ある男の生涯
荒屋の横で光っているものを見つけて、興味本位で覗いてみたら、そこには白い服を纏った者がいた。
その顔立ちは男とも女ともつかず、真珠のような涙を溢しながらただ泣いていた。
助けなければならない、という衝動に駆られて己の上着をそっと肩にかけると、その者はビクッと怯える。
「君は誰? 俺は君に害をなす者じゃないから安心して。」
真珠のような涙を溢しながら、その者は語った。
「俺は神の子……けれど悪しき人の子に捕まり翼をもぎ取られ輪を奪われてもう天上に帰ることもままならない……。」
神の子……? そんなものが本当に存在するなんて。でもその身体の光は優しく温かく慈愛に満ちていて、なぜか納得できてしまう。
天上に帰れないことを嘆いているのだろうか。こぼれ落ちる涙すら美しいその者は更に続ける。
「俺は人の子を憎むべきなのか愛するべきなのかわからないでいる……こうなってしまってもなお人の子は愛おしい。それが悲しくてたまらない。翼を奪った人の子は憎い、けれど俺は神の子だから憎み切ることができない……。」
哀れに思ってしまった。天上に帰れないことではなく、そんな目に遭ってもなお人を愛せざるを得ないという神の子の宿命に。そしてそんなことをした奴を憎く思う。無垢な天使を地上に落とした人間たちを。
「……ここにいては目立つ、また害をなす連中が来るともわからない。俺の家に匿おう。」
その者は顔を上げて黒曜石のような瞳で俺を見た。
「愛する人の子、俺に救いの手を差し伸べてくれるのか。……やはり人は愛おしい。それなのに俺は人を憎いと思ってしまった罪深き子だ。……それでも救いの手を差し伸べてくれるというのか。」
俺は自分の家の中にサスケと名乗った神の子を閉じ込めた。ひとたび外に出そうものならその慈しみのこもった光にいざなわれて噂が噂を呼び、この天上人は俺の手元からいなくなるかもしれない。
しかしサスケは全ての人を愛し思いを馳せ、いつも窓の外を眺めていた。
「俺は腹は減らない、地上のものを口にしてはならぬと父上が仰った。だから食事は必要ない。」
サスケは食事も摂らず、トイレにも行くことはないようだった。
いつも窓の外、空を見つめるその横顔は神々しく美しい。見ているだけでこころが浄化されるようだった。
哀れみから手を差し出したが、俺の思いは次第に哀れみから欲望に変わっていった。この光は俺だけのものだ、この愛は俺だけが受け止める。俺の手元から離してなるものか。
この美しき神の子の愛は、俺だけのものだ。
サスケを家に閉じ込めて幾日経っただろう。俺はサスケに尋ねた。
「人がどうやって人を愛するか知ってる?」
サスケは愛しいものを見る目で俺を見つめる。
「俺はまだ幼い、だから多くは知らない。」
「サスケは人である俺を愛してくれている、だから俺もサスケを人のやり方で愛したい。」
サスケは少し目を開いて、そして嬉しそうに答えた。
「人の子から愛されるとは、俺は幸せだ。」
布団の上、サスケの細い身体を抱きしめる。肌と肌のふれあい、慈愛に満ちた神の子と間近に接する喜び。
サスケもまた同じように感じているようだった。
「抱きしめられるとはこうも愛おしい行為なんだな……」
「……まだこれからだ、サスケ」
肌に舌を這わせば甘く、甘噛みすれば鈴の音のような声が漏れ出て、ピクンと肩が揺れるたびにその瞳が潤んで宝石のように煌めく。
どんな構造なのかはわからないが陰部には孔があって、指をそろっと入れると女のようにぬるぬるとした分泌液が出ており、指を二本にして中をぐるりと撫でるとサスケがピクンと反応する。
「? 今、なにか、っ」
サスケが反応したところをゆっくりとマッサージする。次第にぷっくりと膨らんできて、血流がそこに集まっているのを感じる。そして鈴の音のような声も、それに合わせて大きくなっていった。
「あっ……、あ、あっ! ……これ、はっ、んっ! なにっ……!」
「……気持ちいい、だよ、サスケ。これは快楽だ。」
指を抜いて、己のものをそこにあてがい、その身体を抱きしめながら少しずつ中にうずめていく。
「はぁっ、あ、な、なか、に……っ、カカシの、っ!」
「……こうして繋がって一体になるのが人の愛し方だ、サスケ、愛してる……。」
ゆっくりと腰を動かしては身体をそらすサスケを抱きしめる。
全身で俺からの愛を受け止めるその様は美しくそして魅惑的だった。徐々に腰つきを早くしていくとサスケもそれに合わせて声を上げる。
「あっ、あ、あっ! はぁっ、あっ、っん!」
神の子とまぐわう喜び、天上人を穢している背徳感、どちらも俺を興奮させて、あっという間にサスケの中に白濁液を流し込む。
宝石のように潤んだ瞳を見つめながら、その唇を奪うと、サスケは抵抗することなく俺の舌を迎え入れた。
「これが、人の子の愛し方……」
「サスケが俺を愛するように、俺もサスケを愛したい……。」
それから俺たちは毎日のように愛し合った。神の子とのまぐわいは史上の喜びで俺は夢中になっていた。だから気が付かなかった。俺がサスケを愛するたびに、その天上人の光が弱まっていくのを。
いつものように窓の外を眺めていたサスケが、何かに気づいたように自分の身体を確認し始めた。次第に顔色が悪くないっていく。
「どうしたの、サスケ」
肩に手を置いたとき、俺もまたサスケの身体の光が弱々しくなっていることに気がついた。
「なんで、一体どうして……!?」
狼狽するサスケを抱きしめながら、原因を考えてみるがわからない。まさか、俺がサスケを愛したことが影響しているのだろうか。人と天上人はまぐわってはいけなかったのだろうか。
「このままでは俺は、羽をもがれただけでなく、神の子ですらなくなってしまう……カカシ、俺はどうしたらいいんだ。」
サスケは震えた声で俺をギュッと抱きしめる。
「人の子と愛し合っただけなのに、言いつけを守り地上のものは身体に入れなかったのに、一体なぜ……」
それを聞いて、俺はサスケとまぐわうたびに己の精をサスケの中に放ち続けたことに思い至った。地上のもの、俺のものをサスケの身体に遺してしまったがために、サスケは光を失ってしまうのか。……だとしても、俺はサスケを手放したりなんかしない。これからも愛し続けたい。
「……サスケが神の子でなくなったとしても、俺はサスケを愛し続ける。だから泣かないでくれ。」
「……けれど俺はもう神の子ではない、もう無条件で人を愛することはできない……カカシのことも……」
「俺のことも、……愛してくれない……? 神の子としてではなく、地上の者として人と同じように愛してはくれないの……?」
サスケは俺を見上げて、涙を浮かべた黒い瞳を俺に向ける。もう黒曜石のような輝きはその目にはなかった。
「神の子でなくなった俺はもう堕ちる事しかできない、……堕天し悪魔と化しても、カカシは俺を愛してくれるか?」
「もちろんだ、俺だけがサスケを愛し慈しみ続ける。」
「……いやだめだ、悪魔と化したらお前の精力を吸い尽くして殺してしまう。そうなる前にどうか俺を殺してくれ、愛する人の子に害をなす者になるくらいならいっそ、父上のもとへ無垢な魂となって還った方が」
「……俺は食い殺されても構わない。だってサスケを天上人でなくしたのは、この俺なのだから。」
サスケがまた俺を見上げる。ポロポロと涙をこぼしながら。
「カカシそれはどういう意味……」
俺は深呼吸をして、その無垢な瞳に向き合った。
「お前を愛するたびに俺はお前の中に俺の精を放った。地上のものを少しずつお前の中に入れたのは俺だ。だからお前は光を失った。……憎まれてもいい、ただその代わりにお前の堕ちる先へ俺も連れていってくれ。お前への愛の証であるなら俺は何であろうと受け入れる。」
サスケの大きな目に溜まった涙が揺れる。
「その言葉……信じる。俺と一緒に堕ちてくれ……」
ぽろ、と涙をこぼしてサスケが目を閉じた。その瞬間、ばさっと白い翼が広がりその身体が神々しく光る。頭上には神々しい輪が眩い光を放っていた。
その変化に、サスケは天を見上げながら両手を掲げて祈りを捧げるように目を閉じる。
「父上が……真の愛を知った俺を救ってくださった……」
翼をばさっと広げ、サスケは少しだけ俺の方を見た。慈愛に満ちた神の子の眼差しを。
「待って、まさか天に戻るのか」
サスケは微笑んだ。頬に涙の流れた跡が残るその顔で。
「俺は天上に棲む者……だかカカシ、俺はお前を愛し続ける。離れてもそれは変わらない。」
サスケはそのまま翼を羽ばたかせ、天井などなかったかのように天へと消えていった。俺は家を出て、空を見上げたが、もうそこに神の子の、サスケの姿はなかった。
のちに、俺は商売で稼ぎ、小さな教会を作った。神を模したとされる像を職人に掘らせて小さなステンドグラスの前に置いて毎日祈りを捧げた。時々、あのサスケから感じた慈愛に満ちた光を感じて目を開けるが、そこには何もいない。
サスケが全ての人を愛したように、俺もその教会を訪れる全ての人に愛を捧げた。孤児を引き取り育てるようになって、シスターを雇い、成した財を取り崩しながら穏やかに歳を重ねていった。
歳を重ねて次第に体力が落ち始め、ああ、老いるとはこういう事なのかと思いながら、しかし病気を患ったり、身体に痛みを感じることはなかった。ただ、ただ、少しずつ身体を動かすのが億劫になっていく。
布団に横になって、ふと目が覚めると2日経っていたりする。うとうとしながら、いつかこのまま俺は目覚めなくなり、そのまま天に召されるのだろうと静かに目を閉じる。
ああ、喉が渇いたな……。薄く目を開くと、そこには黒曜石のような瞳を細めて俺を見つめるサスケがいた。あのときと同じ姿のまま……。
喉は枯れて声はもう出せないと思っていた。しかし俺は確かにこの神の子の名を呼んだ。
「会いたかった、サスケ……」
「俺もだ、カカシ。ずっとあんたを見守ってきた。ずっとあんたの隣にいた。」
サスケが、こうして見える、ということは……
「俺は……死ぬんだね……」
「ああ、一緒に父上のもとへ行こうカカシ。」
重くて上がらなかったはずの手が、羽のように軽く感じる。俺は両手を伸ばして、サスケを抱きしめた。
「愛している……お前を穢してしまったことをずっと詫びたかった。人の愛なんて教えなければよかったと。」
「何を言う、あんたの愛のおかげで俺は天へ還ることが出来た。詫びることなんて何もない。さあ、一緒にいこう。」
元商人の神父が、その日静かに息を引き取った。その顔は穏やかに笑みを湛えていて、まるでその小さな教会に置かれた、神を模した像のように慈愛に満ちた顔だったという。