あくまのこ
みちすじ
ベーコンエッグをつつきながらサスケに話を聞く。
「研究所ってどこにあるの? 何でそこから出てきたわけ?」
サスケは首をかしげる。
「けんきゅうじょって何?」
「お前、自分で言ったんじゃないの。それともあの機械音声はお前の意思と関係なく出てくるもんなの?」
「ええと、システムメッセージのこと? 俺わかんない。」
「システム……?」
「俺たちみんなにインストールされてるの。俺のはまだでばっく中だって言われたよ。」
「俺たち、って何人ぐらいいるんだ。」
「兄さん以外みんな連れてかれたから……ええと……たくさん!」
「連れてかれた……?」
サスケの話を要約すると、元々は恐らく日本の山間にある集落で暮らしていたが、ある日の夜白い服と顔にマスクをつけた人間に連れ去られて、兄であるイタチ以外の一族全員が四角い建物に連れて行かれたらしい。
元々は違う姿だったが、システムを埋め込まれてから姿を変えられて、今の悪魔のような形の角、羽、そして尻尾が新たに生えたという。
「って事は、元の姿に戻ることもできるの?」
サスケはきょとんとした顔をしてから、ギュッと目をつぶった。するとまた機械音声が響く。
『被験体にアバター変更権限はありません。システムに従ってください。繰り返します……』
サスケの頭の角がぼやっと滲んで、また元に戻った。
「っぷは、だめ……出来なかった。」
落ち込んでいる様子のサスケの頭に手を載せる。
「いや、よく頑張ったよ。しかし、……システムねぇ……。」
一番そういうことをやりそうなのはロシアとかアメリカだ。まあ、今の見た目からするとアメリカだろう。軍隊か、それとも別の研究機関があるのか……オビトがこの目を持って生まれたように他にもそういう人はいるだろうから、その人の角膜や視神経とかを研究してこの世のものではないものを可視化する技術があるのかもしれない。
システムはサスケのことを兵器だと言っていた。しかし常人の目に見えないままで兵器として使えるのだろうか。
「ヒトの目に映る姿にはなれる?」
サスケが再び目をギュッとつぶる。
『可視化プログラム起動、オペレーションシステムを確認中……起動を許可します。アバターの可視化を開始しました。』
……今度のシステムメッセージは、どうやら可視化を許可したらしい。左眼を閉じてサスケを見ると、確かにその姿が見える。
「うーん……よくわかんない……。」
「……いや、出来てるよ。うん。出来てる。」
ただ、さっきまでと違う姿だ、角も羽もないし尻尾もない、まるで普通の子ども。これは……
「サスケ、ずっとその姿でいる事はできる?」
「はじめてするからわかんない……。」
この姿を維持できるなら、ワンチャン学校に通わせて教育を受けさせることも出来るかもしれない。そうすれば、ちょっと先の見通しも立てられる。
「……よし、当面の目標は……可視化の維持、俺の貧血対策、長期目標はお前の兄さんに引き渡すことだな。」
とは言え、こちらからイタチとやらを探すのは骨が折れる。が、恐らくイタチも家族の行方を探していることだろう。であれば、サスケを目立たせる……可視化の維持を何とか定着させて子役タレントにでも応募してみるか、……それともスポーツか何かで有名にさせるか、ともかく、サスケを育てて何かしらに特化させる必要がある。
テーブルの上のスマホが振動した。ああ、そういえば会社に連絡してない。
少し考えて、直属の上司にメッセージを送る。
『お疲れ様です。すみませんインフルか何かで……動けませんでした。今も喉が……喋るのも難しい状態です。申し訳ありませんが、あと数日お休みを頂きたく、よろしくお願いいたします。』
よし、これでサスケをどうにかするための猶予期間が出来た。取り敢えずはこの可視化がどのくらい持つのか……可視化することでサスケに負担はあるのか、うまくいきそうであれば取り敢えず一時保育に預けてみる。そこでうまくやれそうなら、来年度小学校入学を目指して手続きを色々する。……うまくいけばの話だが。
2日経って、一度起動した可視化プログラムとやらはどうやら特段負荷がかかるわけでもなく、解除するまではそのまま維持できるものらしいことがわかった。
あとは俺の身体だがやっぱりというか深刻な貧血状態だったらしくその場で点滴を打たれたあと鉄剤が処方された。
買い出しに行って緑黄色野菜と野菜ジュースを買い溜めしてから、そういえば、と腹一杯俺の血を飲んで2日経ったサスケに尋ねた。
「……お前の腹は何日くらいで減るもんなの?」
「わかんないけど今まで一日一回なにか飲んでたよ。」
「……なら今めっちゃ腹減ってる?」
「うんちょっとお腹すいた」
腹一杯が続くのは2日まで、だけど腹一杯飲まれると俺が持たない。毎日少しずつ与えるしかないか。献血で取る血は一般的には400、多くて800、その位で済めば、あまり体調にも響かないだろう。
「でもね、俺野菜ジュースも好きー!」
サスケが箱買いした野菜ジュースの方を見て目をキラキラさせている。……これは朗報かもしれない。
「野菜ジュースでも腹膨れる?」
「うん! 野菜ジュース好き!」
野菜ジュースがいけるなら、スープ状のものも飲めるだろう。希望的観測だが、もしかしたら普通の食事もいけるかもしれない。
「ちょっと待ってな。」
俺は冷蔵庫から卵を取り出してスクランブルエッグを作って、冷蔵庫に冷やしてあった野菜ジュースと一緒にテーブルに置いた。
「座って。んー、座布団2枚くらいいるか……これで高さはいいね、うん。」
「食べていいの?」
「いいよ、スプーンと箸どっちがいい?」
「おはし―!」
嬉しそうに足を揺らしながら、上手に箸でスクランブルエッグを食べている。箸を使うのははじめてではなさそう、ということは、普通の食事も……食べていた?
「サスケはさ、仲間と暮らしてた頃どんな生活してたの?」
サスケはおいしそうにスクランブルエッグを食べながら少しずつ話す。
「ヒトと一緒の村に住んでたよ! 俺たちはヒトがときどきとくべつな場所に来た時に、そのヒトを食べる代わりに夢を見せるの! それ以外ではこういうごはんだったよ。」
……なんだ、毎日血を飲ませる必要はないってことか。
でもこのサスケの話はちょっとしたヒントになりそうだ。サスケの一族を信仰……ないし、共存していた村があって、特別な儀式の場で血のやりとりがされていた。
「サスケもその特別な場所に行ったことがある?」
「父さんに見せてもらったことある! 母さんが村のヒトのせーきを食べてた!」
……せーき? 生気? 精気……?
「ごめん、何を食べてたって?」
「せーえき!」
精液……?
「待って、サスケ達が食べるのはヒトの血だけじゃないってこと?」
「……? 体液のなかにある生気ならぜんぶ食べるよ、俺まだ血しか食べたことないけど。」
……なるほど、子どもの内は血で、大人になったら精液、を通じてヒトの生気を食べていくわけか。日本の鬼……いや、妖怪の類にそんなのいたっけ……。いや、いる。サスケの話とは少し違うが、飛縁魔、もしくはアイヌにも確かそんな伝承があった気がする。
「サスケ、お前が暮らしていた村は雪がたくさん降ったか?」
「おひさまがひくくなったら、ずーっと雪! いっぱい雪だった!」
ずっと雪……であればアイヌの方が当たりかもしれない。向こうの事はあまり調べたことがなかったから調べないといけないな。しかし……地域が絞れたとはいえ、北海道は広い。
スマホで検索する。アイヌ、淫魔……すぐに見つかった。パウチカムイ。カムイ、ということはアイヌの人からは神に分類されていたようだ。しかし、地域によってその特徴はかなり違うらしい。……ということは、サスケの一族の特徴に当てはまるパウチカムイを探せば、元のコタンがわかる、という事になる。
「……とはいえ、東京から北海道はちと遠いな……。」
現地のアイヌ文化に詳しい人を探して連絡を取る……か。アイヌの文化歴史関連の書籍を出している著者をあたるか、現地の大学の民俗学を教えている人、もしくは博物館の管理者あたりかな。
肩をちょんちょん、と小さい指がつつく。スマホから顔を上げると、サスケがきれいに空になったお皿を指さして「おかわり!」と笑った。
サスケの正体に少し近づいたが、研究所とやらではどんな改造がされたのかまだ分からない。可視化は元々持っていた能力なのか、食事でも腹が膨れるのにお腹が空いたと俺を襲って血を飲んだのは何故か。毎日飲んでいたという液体は何なのか。……兵器として利用するつもりだったのであれば、食事ではなく人間の体液だけを求めるようにシステムが組まれている可能性もある。
サスケはデバッグ中だと言っていたから完全にはシステムは完成していないんだろう。デバッグ中だからこそ恐らくあのシステムメッセージが聞こえるようになっている。あのメッセージがなければ意味がわからないままだっただろうから、ある意味デバッグ中で良かった。
そういえば、サスケは何で研究所から脱出したのだろうか。
卵2個分のスクランブルエッグを食べ終えるのを見守ってから聞いてみた。
「研究所からはどうして出てきたの? どうやってここまできた?」
ずっとニコニコしていたサスケが、それを聞いて少ししゅんとする。
「兄さんに会いたかったの。でもたてものの外、ぜんぜん知らないところで、でっかい鉄の塊に乗ってたら、いつのまにかちがうとこにいて、ここどこだろうって飛んでたんだけど、お腹すいて飛べなくなってあそこでどうしようどうしようってなってた。」
日本まで……鉄の塊……飛行機か。
仮説として……北海道のどこかの米軍基地からそういう特殊部隊がサスケの一族を攫って本国の基地内にある研究所まで拉致、研究中サスケが脱走して米軍の飛行機に乗って……横浜基地だろうか、そこまで来て、その後この小さい羽で飛んで東京まで来た、と。
話が大体繋がった。
「研究所ではヒトの血を飲むように言われてたんだね?」
「うん、ヒトおいしー! でもごはんもおいしいよー」
「もうここは研究所じゃないから、ヒトは食べないようにしようか、できる?」
「ごはん食べれるならできる!」
「いい子だ、明日ヒトの子どもがたくさんいるところに行くけど、仲良く遊べる?」
「できるよ! だってヒトとふつうに遊んでたもん!」
ん、ちょっと待て、普通の人にはサスケは見えないんじゃないのか。
「自由にヒトにも見えるようになれたって事?」
「なれたよ? システム入れられてから、見えないのがふつうになっちゃったけど。がんばったらもどれた!」
よしよし、とサスケの頭を撫でて、思っていたよりもうまく事が運びそうで安心した。
あとの問題は……戸籍がないこと、俺が養育する事が認められるかどうか、小学校に入ったとして、見た目よりも幼い点をどうカバーするか。
……帰国子女という事にして、日本語に慣れていない、という設定にするか。
翌日、一時保育に預けて8時間、迎えに行くと他の子どもと積み木で遊んでいた。というよりも、自分よりも幼い子と遊んであげていたようだった。声をかけると笑顔で駆け寄ってきて、俺に抱きつく。
「先生、どうでしたか、サスケは。」
園長先生が穏やかに笑いながら「とってもいい子でしたよ」と俺に園での様子が書かれた紙を渡す。
『小さい子のお世話をするのがとっても上手で、大好きなようです。お昼もおかわりをするくらい好き嫌いなくたくさん食べました。午後は積み木でお家を作ったりしておままごとをして遊びました。』
俺に抱きついているサスケの頭を撫でる。
「偉いな、サスケ、いい子にしてたんだね。」
「うん、俺いい子ー!」
この調子なら、小学校も何とかなりそうだ。頑張って入学させないと。
帰り道、本屋に寄って年長さん向けの教育書と子ども向けの辞書を買って帰った。
夕食を済ませてから、その本を開いてサスケに見せてみる。サスケは興味津々でそのページをめくって、買った本全てに目を通した。
「どう? 内容わかる?」
「え? ぜんぶ覚えたよ!」
「え?」
コピー用紙を出してサスケの目の前に置く。簡単な計算式を書いてサスケにペンを渡すと綺麗な字ですらすらと答えを書いていく。
「……こういうのも読んでみる?」
子ども向けの分厚い辞書を渡してみたら、例のメッセージが頭に響いた。
『学習モードに入ります。終了まで接触者は自動排除します。』
瞳が赤色に戻って辞書の文字を追うように上下に動く。パラパラパラ、とあっという間に辞書を全てめくり終わったところでまたシステムメッセージが流れた。
『学習モードを終えました。既定の学習量を超えています。9時間の睡眠が必要です。睡眠を開始します。』
サスケはメッセージ通りに、前に倒れるようにして眠り始めた。
まさか……辞書の中身、全部覚えた、とか言わないよな。
眠りこけたサスケを抱き上げてベッドに移し、自分もシャワーを浴びてから寝る事にした。