先生と呼ばないで
尊敬
波の国の任務からサスケが俺を見る目が少し変わったように思う。力量の差を見せつけてやったことが要因だろうか、それとも敵から守ってやったことだろうか、死の淵に追いやられたからだろうか。その目はまるで師に向ける尊敬の眼差しのような、親を慕う子のような、ともかく今までとは違う、良い印象で俺を見ている目。
そのサスケに、家に来るように声をかけたら動揺でもしているかのように瞳孔が揺れた。長期任務明けで久々だからだろうか、それとも俺に対する認識が変わったせいだろうか。何にしてもやる事は変わらない。
サスケは黙ったまま俺についてきた。いつも通りに。
いつかあいつに言われた。忍は一人では行動しない。必ず仲間を伴う。チームワークを大切にしろ。そしてその仲間を守れるように強くなれ。
その心得は何が起きても俺の中に残り続けていた。アカデミーでは習わなかったその心得を口にして行動したカカシに対して尊敬の念を抱いてしまうのは仕方がないと思う。上忍という立場の知り合いは一族にもいたがカカシが見せた力はその知り合いよりも圧倒的で、この人が自分の上司である事を嬉しく思った。反面、こいつは卑しい大人の一人であることも事実。
波の国から帰ってはじめてカカシから声をかけられたとき、カカシを師として慕う気持ちと、卑しい大人として見下す気持ちが反発して、どういう思いでカカシに従ったら良いのか定まらないままその寝室に入る。
いつものように服を脱いでベッドに上がるとあの左眼を露わにしたカカシがギシ、とベッドに座る。閉じられたその瞼の奥にある写輪眼、何故その眼を持っているのか、何故あんなにも強くて、仲間思いなはずなのに、俺にこんな事をしようとするのか、今までしてきたのか、ただ単に受け入れてきた今までとは違って、尊敬して師としても慕っている思いがあるからこそ、今からするのであろう俺を搾取する卑しい行動との整合性が取れず、こころを虚無にすることが出来ないままベッドに仰向けになって膝を立てる。
整理できない頭のままカカシはいつも通りに指を入れて中をほぐし始める。俺は気持ちが揺れたままカカシがそうするのを見て、そして俺の顔を覗き込むカカシと目が合って、戸惑いを隠すことが出来なかった。
あんたは立派で優秀な忍であり上司なのに、なぜこうして己の価値を蔑めるようなことをするんだ。何があんたをそうさせているんだ。あんたの本質はどっちなんだ。
そこへの刺激が始まって、俺は混乱した頭のまま俺の顔を覗き込むカカシの顔から眼をそらすことが出来ない。
「! ……っ、ぁっ……」
俺の反応を見て楽しんでいる事は知っている。わかっている。だけどそれをしているのが敵に対峙しながら俺たちに笑顔を向けたあのカカシと同一人物だとはとても信じられない。
「あっ、……っ、は、……っあ、」
次第に激しくなっていく指の動きに、喉から出るまま声を出す。
今までの大人は表も裏もなくただ下品で卑しいだけの奴らだった。けどカカシは違う。違った。なのに、する事は同じ。なんで、……なんでだよ。
「……っ! っあ、あっ、あぅっ! んっ、あっ!」
喘ぐ声を聞かれる事に抵抗を感じたのはいつぶりだろう、尊敬している人にこんな声なんか聞かれたくない。今までさんざん聞かれてきているはずなのに、そんな事もう慣れきっているはずなのに、「あの」カカシに「こんな」俺を見せたくない。でも今目の前にいるのは、「あの」カカシだけど「あの」カカシではない。俺を搾取する卑しい大人の一人の「そいつ」だ。
こいつは、「あの」カカシじゃない、こいつは、俺が尊敬するカカシじゃないただの卑しい大人の、……そう思おうとしても、目の前にいるのは紛れもないカカシ本人で、あのとき振り向いて笑顔を見せたあのカカシ本人で……ただ言えることは、俺はとても冷静でいることが出来ないということだった。
「っあ、あ、あっ、あっ! ……っ、カカ、シ……っ!」
シーツを握りしめながら、指だけでイカされて思わずその名を口にしてしまった。
やめてくれ、これ以上はしないでくれ、俺はあんたを尊敬しているのに、もうこんなこと、やめてくれ。
悔しさじゃない、悲しさでもない、ただこれ以上自分の価値を下げるような真似をしないで欲しい、強くて、優しく、仲間思いな、そんな尊敬する忍であるカカシがこんな下卑た事をする奴だなんて、俺に思い知らせないでくれ。素直にあんたを尊敬して慕いたいのに、それなのになんで。
俺の思いなど当然に無視してカカシはそれをあてがう。涙がこぼれそうな目を手で隠そうとして、その手を掴まれる。
やめてくれ、そんなカカシは見たくない。
カカシはそんな俺の顔を見ながら、腰を進めていく。
「カカ、シ……っ、っぁ、あっ、……っ!」
あとはもう、いつも通りに揺さぶられるまま、喘ぐだけ。なんで。やめてくれ。そんな思いも、腰の動きが激しくなると掻き消える。俺はただカカシの名前を口にすることしか出来なかった。やめてくれともなんでとも言えずに、いつの間にかボロボロに泣きながらカカシの最後の一滴を受け入れるまで、ただただ、突かれるまま喘ぐことしか。
身なりを整えるカカシの後ろで、目元を拭いながら服を着込む。カカシは何を思って俺に手を出した。何か理由なり事情なりがあるはずだ。そう信じたかった。俺が尊敬するカカシ先生はこういう酷い事をする人じゃないはずだと、思いたかった。
「……あんたはなんで、こういう事をするんだ。」
まともな答えが返ってくるとは思っていない。返ってくる答えにむしろ失望するかもしれない。それでも聞かざるを得なかった。俺はあんたに失望した、そして尊敬もした、俺はあんたに対してどっちの思いを抱けばいいんだ。
予想通り、答えは返ってこない。諦めて、寝室のドアを開けた。
「……満足、したか。カカシセンセイ。」
カカシは何も答えなかった。俺はそのまま寝室を出て、カカシの家を後にした。
ベッドに横になるサスケの顔はやはりいつもと違う。俺を慕う目、今起きている現実を信じたくないと俺に訴えかける目。そうやって勝手に俺を慕って尊敬する奴に、その念を抱いた事を後悔させるような仕打ちをして絶望させた瞬間の気持ちよさをお前も味合わせてくれるのかと期待にこころが震える。その目はずっと俺の顔から視線を外す事なく、何かを言いたげに訴え続けて、まだ現実が見えていないらしかった。
いいよ、これからたっぷり味合わせてやる。お前という弱者は俺という強者から虐げられる運命なんだと。
しかしサスケはその日何度も俺の名を口にした。名前を呼ばれる度に、いつもは感じない引っ掛かりを感じる。何が引っ掛かるんだ、俺は俺のしたいようにしているはずだ。
俺の名を呼ぶ声と何かを訴えるような視線がノイズになって集中できない。……それが苛つく。
「……あんたはなんで、こういう事をするんだ。」
なんで? 屈服させたいから、以外の理由があるとでも? ……いや、前提条件として俺より立場の弱い奴を対象にしているのだから屈服するのは当たり前だ。俺を勝手にいい人だと思い込んでいたバカが悔しがる顔を見たい、絶望する顔を見たい、幻滅する顔が見たい。そう、俺に対して「そんな人だったなんて」と失望する様を見るのが面白くて手を出してきた。
……何だ。何かが引っ掛かる。
今までずっとそうしてきたしその様子を見るのを面白がってきたのに、サスケに問われて今、喉の奥に魚の骨が刺さったような違和感を覚えているのはなぜだ。
「……満足、したか。カカシセンセイ。」
……まただ、俺の名前を口にする。耳障りなその三文字。分かれよ、わかっていただろ、お前は理解していたはずだ、俺がこういう人間だということは。
俺は弱者を虐げて支配してそれを喜ぶ人間だ、そんな目で見られるような出来た人間じゃない。
わからなくなったのなら、もう一度わからせてやる。そして失望させて、妙な期待を抱かせないようにしてやる。俺は慕われるような人間じゃない、俺は尊敬されるような人間じゃない。それをもう一度、脳に刻み込む。
カカシに呼ばれる日、カカシはいつものように俺を搾取するような行動をとる。カカシを尊敬するという気持ちは薄れていった。でも、カカシがなんでそういう行動をするのかがわからない。俺にはカカシが自分で自分を悪い人間として振る舞おうとしているようにしか思えない。そうして自分の価値を下げる事でこころの平穏を保っているようにしか見えない。だって本当に最低な人間だったら、あの時俺たちを守ったり、そして修行を課したり、俺を信頼して戦わせたりなんてしないはずだ。本来のカカシはそういう人間じゃないのか。それとも二面性があるだけなのか。
もし弱者を虐げる事で平穏を保っているのであれば、そんなのは自傷と同じだ。
俺はずっとわからないままでいた。カカシを悪い大人の一人として捉えるのか、敢えてそういうことをして自分を慕う人間を遠ざけたいのか。
尊敬している。尊敬していた。上司として、忍として。でも俺はカカシがわからない。何を信じたらいいのかわからない。あのとき見せた笑顔は本物だとしか思えない。仲間を守る、それを大切にしている、尊敬すべき人。なのにどうしてこんな真似をするんだ。
何をされても、どう扱われても、その疑問だけは消えなかった。何があんたをそうさせているんだ、カカシ……。
思い通りにいかないことに苛立ちを覚える。サスケはずっと俺のことをあの目で見続けている。失望しないどころか、むしろ何かを訴えるように何度も俺の名を口にする。
いつもの場所で、その下に誰も眠ってはいない石の前で、俺は語りかける。
「なぁ、オビト。俺みたいな人間をさ、いつまでも見限らずにいる部下がいるんだ。バカだよな。俺は尊敬されるような人間じゃないって、何度わからせようとしても、そいつは理解しないんだ。こんな最低な奴を慕うなんて、バカだよな。そう、思わないか。」
そう、俺は最低な人間だ。父も救えず、仲間も救えず、ひたすら敵を殺し続けて、気がついたら他の奴らから尊敬のまなざしを向けられるようになって。違う、俺はそんなんじゃない。父を、仲間を、一人も救うことが出来なかった、それどころか自ら手にかけた、そんな最低な人間なんだ。俺は尊敬されるような人間じゃないんだ。失望の目を向けられる俺が正しいんだ。だから今までずっと。
……なのに、何をしてもサスケは俺に向ける目を変えない。ずっとその目で見られていることが今は苦しい。俺は違う。俺は最低だ。俺に失望しろ。そして俺から遠ざかれ。そう思っているのに、そう思わせるようなことをしているのに、サスケは俺をいつまでもあの目で見続ける。俺は立派な人間なんかじゃない、尊敬にも値しない。敵を殺すことにだけは自信がある。だけどそれだけだ、それ以外のものは持ち合わせていない。サスケお前が見ている俺は、ただの思い込みか幻であって、本来の俺はそんなんじゃない。
「……なぁ、どうすればわからせられるかな。俺もわからなくなってきたよ。俺は一体どうすればいい。オビト、お前ならどうする?」
目の前にあるのはただの石だ、返事なんて返ってくるわけがない。わかっていても、問いかけたくなるときがある。バカだなぁ、って笑う子どもの姿のままのお前がそこにいるような気がして。
こんな石に毎日語りかけにくる俺はきっと、まだ前を向くことはできない。父の、オビトの、リンの亡骸の上に立って向けられる賞賛に納得できるわけがない。俺は賞賛を向けられるような奴じゃない、俺は最低な人間だ、どんなに立派なことをしようが俺がしてきた過去は変えられない。
失望と軽蔑の目で見られるのが本来の俺のあるべき姿なんだ。だから、サスケも……いい加減、わかれよ。わかってくれ。期待するな。尊敬するな。虐げて征服して満足するような奴を、どうしていつまでもその目で見続けるんだ。
もう、やめてくれ。
どんなにそう思ってもカカシには届かない。繰り返される内に、カカシが見せるようになった焦りのような、苛立ちのような感情。
なんでそんな感情を抱くんだ。俺が以前のようにあんたを軽蔑の目で見なくなったからなのか。あんたは、俺に軽蔑されたいのか。失望させたいのか。
だったら尚のこと、俺はカカシを信じ続ける。本来のカカシは自らこんなことをするような人間じゃないと。仲間思いで、尊敬に値する人間だと、俺は信じ続ける。