溺れた魚

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2025年2月22日成人向G,短編,原作軸,完結済み,カカサス小説エロ,シリアス,暴力的描写有

 腹にどす、と拳がめり込んでカハっと一瞬息が出来なくなる。そのまま仰向けに倒れてヒュー、ヒュー、と息をしながらカカシに尋ねた
「おれきも、ち、わるかっ……」
「別にお前は関係ないよ。ちょっと苛ついてたから殴っただけ。」
 俺のせい、じゃない……。
「いつまでも寝てないでさっさと帰るよ。」
 自分で殴っておいて、カカシはそう言うと一人で歩き出した。
「待っ、う……」
 肝臓に入った、ダメージで起き上がるのがやっとだった。置いていかないで。そう思いながら、苛ついてたから、という理由で殴られた事が嬉しかった。俺を殴る事で少しでもカカシの気が晴れるのなら、俺はカカシの役に立っているという事だから。
 腹を抱えながら、ゆっくりとカカシの後を追う。隣を歩きたい、手を繋ぎたい。殴られたダメージが歩を遅くする。
 カカシ、あんたの頭の中に今、どのくらい俺がいる?
 確かめたい。聞いてみたい。けどきっと話してくれない。けれど殴られる度に、ああ、カカシは俺を殴ることを考えてくれていると実感する。
 毎日何かにつけて殴られたり、蹴られたりするようになって。俺に対する苛立ちだけじゃなく、どんな理由でも、時には理由はないけど殴りたくなったと言って。
 俺はカカシに殴られるのが自分の役割なんだと思うようになった。俺を殴ることでカカシが平穏を保てるのであればいつだって殴られてもいい。カカシの役に立ちたい。
 身体に痣が絶えないようになった。その全てがカカシがもたらしたものだと思うと、嬉しくて、興奮して、一人トイレで痣を見ながら抜くようになった。
 カカシはそんな俺を見てまた気持ち悪いと殴る。
 俺を見るな、近づくな、そう言いたげな目をしながら、俺がカカシを見つめたくて、近くにいたいと思っているのを知っているからカカシはもう何も言わない。
 カカシの隣でその太い腕を抱きしめる時間が好きだった。俺がカカシの負の感情を全部受け止めるから。だからずっとこのまま一緒に……。
 義務的に淡々と出し入れするだけのセックスも、侮蔑の目で見下ろされるとゾクゾクして俺は簡単にイッてしまう。もっと俺を軽蔑して、嫌がって、それが募れば募るほど、カカシの頭の中に占める俺が増えていく。
 もっと俺でいっぱいにして、俺のことしか考えられないくらいに。
 だってあんたはもう、俺からはもう逃げられないって、わかってるだろ。
 
 気がつけば。
 苛立った時、自分が嫌になった時、まあサスケを殴れば少しはスッとするか、と思うようになっていた。
 それに気がついた時、サスケの思い通りになってしまっていることに気がついた時、もうこんな生活をやめて真っ当に生きたいと考える。
 例え暴力が表沙汰になったとしても、サスケの異常性を訴えれば許されるのではないか、そう思いながら、しかし唯一写輪眼を持つ俺がサスケの担当上忍から外れることも出来ない、つまりバッサリと縁を切るということが出来ないという事実があって、訴えたところでどのみち逃れられないと諦めの感情が浮かぶ。
 願わくばサスケが心変わりをするか、飽きるか、別の依存先を見つけるか。それぐらいしかもう、縋るものはなかった。
 最初に感じていた、教え子を殴ることに対するちょっとした良心の呵責なんてもうどこにもない。むしろサスケを殴る口実を常に探しているところがある。
 俺が暴力を振るったときに見せる嬉しそうにはにかむ顔を見続けて、感覚がおかしくなってきている自覚はあった。俺が殴ってやらないと、サスケは満足しない。それなら、と俺は何かにつけ殴る理由を探している。
 そうやって全部諦めて、サスケとの生活に染まってしまった方が、下手に抵抗しようとするよりもずっと楽だった。支配される、というのはこういう感じなんだなと他人事のように思う自分もいる。日常が異常に侵食されていくというのは、想像していたよりもずっと、心地よくすら感じた。
 ソファに座っていると決まって擦り寄ってきて左腕を抱きしめながら幸せそうにするサスケを見ると、頭でも撫でてやればもっと喜ぶんだろうな、と思いながら、自分が何をしたいのか、どうしたいのか見失いそうになる。
 こいつはただの厄介な……病的な程に俺に依存しているだけで、本来その依存を少しずつ他に分散させて俺に依存が一極集中しないようにしなければいけないのに、その幸せそうな顔を見て、いつしか気持ち悪いと思わなくなって、むしろサスケには俺がいてやらないとおかしくなってしまうんじゃないかと、依存の分散とは真逆の考えに傾きかけては、いやこれは異常な状況だと思い直して理性を保とうとするのを繰り返しながら日々が過ぎていく。
 今のままじゃだめだ。このままでは俺までおかしくなる。いや、もうおかしいのかもしれない。狂ってしまった感覚を元に戻さなければいけない。そのためには……ともかくもう、殴るのをやめよう。
 そうサスケに告げた。言葉にして伝えるのはその覚悟を確かなものにするためだった。
「散々暴力を振るってきたけど、そんな自分がもう嫌になった。もうお前を殴ったりしない。」
 サスケはそれを聞いて目を見開き、口元に手を持ってきて、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「あんたに殴られたって痛くなんかない、俺はカカシにだったらどんなに痛い目に遭わされたっていいから、今までみたいに俺を殴って、殴ってくれ、感情をぶつけてくれ、俺のことを考えて、ほし、っ、俺を、見捨てないで、いいようにしていいから、カカシっ」
 俺の服を掴む手の震えを見ながら、どこかで見た事がある光景だと思った。ああ、そうだ。父さんが里中から責められて一人悩んでいる時に俺も似たような事を感じた。俺がいるから、俺のことも見てくれ、父さんの息子なんだから、俺にも頼ってと。結局父さんは俺の方を見ないまま、一人で考え詰めて逝ってしまった。サスケの俺に対する感情は、親に自分を見てほしいという子どもと似ているんだ、きっと。
 でも俺はサスケの親じゃないし親代わりにもなれない。その線引きはしなければいけない。
「お前はあくまで俺の部下の一人、それ以上の特別な関係にはなるつもりはないし、なろうとも思ってない。もう諦めて他を当たれ。何なら上層部に掛け合って、お前に専属の指導者をつけるから。」
 サスケの瞳が揺れる。服を握る手が強くなる。
「あんたじゃなきゃだめなんだ他の奴じゃいやだ、部下の一人でいい、特別じゃなくていい、ただカカシのそばにいさせて欲しい、それだけでいいから、カカシ」
 ……哀れだな。と感じてしまった。そこまでして俺に縋りつこうとするサスケが。だけど敢えて、もう特別扱いはしない。
 サスケの頭に手をぽんと置いて、いつものように見繕った笑顔で最終通告をする。
「……仲間を大切にしない奴はクズだ。サスケも仲間の一人だったはずなのに、今までの俺はどうかしてた。これからはちゃんと先生としてサスケと接するよ。だから泣くな。」
 サスケはこの笑顔とこの台詞の意味を理解したんだろう。手に込めていた力を抜いて腕をだらんと下ろす。
「そんなの……そんなカカシは望んでない……あんたのそばにいたいだけなんだ、ただの部下の一人じゃなくて俺を見て欲しいだけなんだ、そんなこと、そんな、望んでない……」
 まるで母親に置いて行かれた子どものようだった。まあ、俺を親のように見ていたわけだからそれもそうだ。親は無条件で子どもを愛するもの、というのは少し違う。本当は、子どもの方が無条件で親を愛しているのが正解だ。そうしなければ子どもは生き残れないから。そんな子どもを突き放そうとしている俺は酷い奴なんだろうか? 正に親に見捨てられた幼子のような目を俺に向けて涙をこぼし続けるサスケを。
 これは良心の呵責なんだろうか。それとも俺の感覚が狂ってしまっているからだろうか。そんなサスケを見離そうとしている今の自分に抵抗を感じる。サスケには俺がいてやらないとだめなんじゃないかという思いが湧き出てくる。線引きをしなければいけないと判断した俺は正常な判断が出来ていたのだろうか。何が正しくて何が正解なのかわからなくなる。ただ目の前で涙をこぼすサスケを見てこころが揺り動かされているのが今の俺の現実だ。正しいとか正解とか、そんなものよりも大切にしなければいけないものがあるんじゃないのか。俺は何かを見落としてはいないか。泣いている子どもがいる。その子どもを前にして、俺がするべきことは何だ。
 俺はサスケに歩み寄って膝をつき、その細い身体を抱きしめた。
「泣かせてごめん。お前を見捨てたりなんかしないよ。
 泣かなくていい。大丈夫だから。」
 恐る恐る、手を俺の背中に回して、サスケが俺に縋りつく。
「そばに、いてもいいのか、これからも、カカシのそばに」
「うん、いいよ。お前が望む限りそばにいる。」

 それから、俺たちの生活は変わった。暴力もセックスもやめて、ただただ穏やかに時間が流れていく。
 殴られなくなったことに最初不安の表情を見せていたサスケは、日が経つにつれ、殴られなくても俺のそばにいていいのだと理解して、甘える、という行動が目立つようになってきた。独りだった時間を取り戻すかのように。
 でもサスケはそんな穏やかな生活では物足りなかったらしい。痣のほとんどが消えようとしている折に俺の両腕を掴んで、俯きながら訴えてきた。
「カカシお願いだから殴って、それか俺に消えない傷を作ってくれ、でないと俺の身体からあんたの証が消えてしまう……そんなの考えただけで頭がおかしくなりそうなんだ、あんたのこと訴えるとか、もうそんなこと言わないから、お願いだから、あんたの頭の中に俺がいる証を遺してくれ……。」
 サスケの要求には概ね応えてやってきたつもりだった。もう気持ち悪いとも思わないし、哀れで、何とかしてやりたい気持ちすらある。でも求められたとしても殴るわけにはいかない。
「そんなことしなくても、俺の頭ん中にちゃんとお前の存在はあるよ。傷や痣をつける以外に何か方法はないの?」
「……わからない、ただ、カカシの痕跡が欲しいんだ、何でもいいから、俺の身体に何か……」
 少し考えて、しゃがんで俯くサスケの顔を覗き込んだ。今にも泣きそうな顔で、そして生死の淵にいるかのような必死の顔で、その頭にぽんと手をのせてからサスケのシャツを捲り上げて、脇腹に口をつけて強く吸った。赤い跡……キスマークがついたのをサスケに見せる。
「これでどう? 毎日こうしてお前の身体に俺の印をつけてやる。これで我慢できる?」
 今つけた赤い跡を見て、サスケの緊張が解けていく。
「……俺もあんたの身体に同じものを遺したい……それなら、我慢できる。」
 サスケの身体を抱きしめて、背中をぽん、ぽん、とやさしく叩く。
「じゃあこれからは、朝起きたらお互いにしるしをつけよう。それでいいね?」
 サスケは小さく頷いた。
 この子には俺がいてやらないとだめなんだと改めて感じて、支えてやらないといけないと感じて、でもそう感じていることに何か違和感も覚える。何がそう感じさせるんだろう。サスケを助けてやることのどこがいけないんだろう。俺はいいことをしているはずだ。なのにそれが間違っているかのようなその違和感を、とりあえず見なかったことにして、俺はサスケの身体を抱きしめ続けた。
 大丈夫だ、サスケには俺がついてるから。一緒にいるから。
 
 カカシとずっとそばにいられる、それだけで幸せだったはずだった。なのに痣が薄く消えかけていることに気がついて、急激な不安に襲われた。カカシの中にちゃんと俺は存在しているのか、それを証明する痕が消えてしまう。そんな、嫌だ、消えないで、カカシの中に俺がいた大切な証が。
 もうカカシは殴ってくれない。わかっているのに懇願していた。自分でもどうしたらいいのかわからなかった。なんでそばにいるだけで満足できないのかわからなかった。こんな自分はきっとまた気持ち悪がれる。それでいい、嫌がられていい、やさしい檻の中よりも、俺のことを激しく思ってくれていたときの方が安心できた。カカシの中に確かに俺の存在があると実感できたから。
 カカシが新しく遺したくちづけの痕を見て、これから毎日つけてくれると聞いて、少しだけ心を落ち着かせることができた。殴らない、と言ってからのカカシはずっと俺にやさしくしてくれる。俺のことを気にかけてくれているんだと頭では理解しているのに、それだけじゃ足りないと思ってしまう。
 朝起きて、約束通りにカカシは俺の身体にくちづけをして痕を残す。俺もカカシの身体にくちづけて、同じようにチュ、と吸ったらカカシの身体に俺の痕が残った。カカシの身体に俺の。それを見て、はじめて俺は安心できた。カカシは俺のものだ、だってカカシの身体には俺がつけた痕があるんだから。カカシも俺に証を遺してくれたから。だから大丈夫だ、ちゃんとカカシの中に俺がいる。カカシは俺のものだ。カカシは……。 腹にどす、と拳がめり込んでカハっと一瞬息が出来なくなる。そのまま仰向けに倒れてヒュー、ヒュー、と息をしながらカカシに尋ねた
「おれきも、ち、わるかっ……」
「別にお前は関係ないよ。ちょっと苛ついてたから殴っただけ。」
 俺のせい、じゃない……。
「いつまでも寝てないでさっさと帰るよ。」
 自分で殴っておいて、カカシはそう言うと一人で歩き出した。
「待っ、う……」
 肝臓に入った、ダメージで起き上がるのがやっとだった。置いていかないで。そう思いながら、苛ついてたから、という理由で殴られた事が嬉しかった。俺を殴る事で少しでもカカシの気が晴れるのなら、俺はカカシの役に立っているという事だから。
 腹を抱えながら、ゆっくりとカカシの後を追う。隣を歩きたい、手を繋ぎたい。殴られたダメージが歩を遅くする。
 カカシ、あんたの頭の中に今、どのくらい俺がいる?
 確かめたい。聞いてみたい。けどきっと話してくれない。けれど殴られる度に、ああ、カカシは俺を殴ることを考えてくれていると実感する。
 毎日何かにつけて殴られたり、蹴られたりするようになって。俺に対する苛立ちだけじゃなく、どんな理由でも、時には理由はないけど殴りたくなったと言って。
 俺はカカシに殴られるのが自分の役割なんだと思うようになった。俺を殴ることでカカシが平穏を保てるのであればいつだって殴られてもいい。カカシの役に立ちたい。
 身体に痣が絶えないようになった。その全てがカカシがもたらしたものだと思うと、嬉しくて、興奮して、一人トイレで痣を見ながら抜くようになった。
 カカシはそんな俺を見てまた気持ち悪いと殴る。
 俺を見るな、近づくな、そう言いたげな目をしながら、俺がカカシを見つめたくて、近くにいたいと思っているのを知っているからカカシはもう何も言わない。
 カカシの隣でその太い腕を抱きしめる時間が好きだった。俺がカカシの負の感情を全部受け止めるから。だからずっとこのまま一緒に……。
 義務的に淡々と出し入れするだけのセックスも、侮蔑の目で見下ろされるとゾクゾクして俺は簡単にイッてしまう。もっと俺を軽蔑して、嫌がって、それが募れば募るほど、カカシの頭の中に占める俺が増えていく。
 もっと俺でいっぱいにして、俺のことしか考えられないくらいに。
 だってあんたはもう、俺からはもう逃げられないって、わかってるだろ。
 
 気がつけば。
 苛立った時、自分が嫌になった時、まあサスケを殴れば少しはスッとするか、と思うようになっていた。
 それに気がついた時、サスケの思い通りになってしまっていることに気がついた時、もうこんな生活をやめて真っ当に生きたいと考える。
 例え暴力が表沙汰になったとしても、サスケの異常性を訴えれば許されるのではないか、そう思いながら、しかし唯一写輪眼を持つ俺がサスケの担当上忍から外れることも出来ない、つまりバッサリと縁を切るということが出来ないという事実があって、訴えたところでどのみち逃れられないと諦めの感情が浮かぶ。
 願わくばサスケが心変わりをするか、飽きるか、別の依存先を見つけるか。それぐらいしかもう、縋るものはなかった。
 最初に感じていた、教え子を殴ることに対するちょっとした良心の呵責なんてもうどこにもない。むしろサスケを殴る口実を常に探しているところがある。
 俺が暴力を振るったときに見せる嬉しそうにはにかむ顔を見続けて、感覚がおかしくなってきている自覚はあった。俺が殴ってやらないと、サスケは満足しない。それなら、と俺は何かにつけ殴る理由を探している。
 そうやって全部諦めて、サスケとの生活に染まってしまった方が、下手に抵抗しようとするよりもずっと楽だった。支配される、というのはこういう感じなんだなと他人事のように思う自分もいる。日常が異常に侵食されていくというのは、想像していたよりもずっと、心地よくすら感じた。
 ソファに座っていると決まって擦り寄ってきて左腕を抱きしめながら幸せそうにするサスケを見ると、頭でも撫でてやればもっと喜ぶんだろうな、と思いながら、自分が何をしたいのか、どうしたいのか見失いそうになる。
 こいつはただの厄介な……病的な程に俺に依存しているだけで、本来その依存を少しずつ他に分散させて俺に依存が一極集中しないようにしなければいけないのに、その幸せそうな顔を見て、いつしか気持ち悪いと思わなくなって、むしろサスケには俺がいてやらないとおかしくなってしまうんじゃないかと、依存の分散とは真逆の考えに傾きかけては、いやこれは異常な状況だと思い直して理性を保とうとするのを繰り返しながら日々が過ぎていく。
 今のままじゃだめだ。このままでは俺までおかしくなる。いや、もうおかしいのかもしれない。狂ってしまった感覚を元に戻さなければいけない。そのためには……ともかくもう、殴るのをやめよう。
 そうサスケに告げた。言葉にして伝えるのはその覚悟を確かなものにするためだった。
「散々暴力を振るってきたけど、そんな自分がもう嫌になった。もうお前を殴ったりしない。」
 サスケはそれを聞いて目を見開き、口元に手を持ってきて、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「あんたに殴られたって痛くなんかない、俺はカカシにだったらどんなに痛い目に遭わされたっていいから、今までみたいに俺を殴って、殴ってくれ、感情をぶつけてくれ、俺のことを考えて、ほし、っ、俺を、見捨てないで、いいようにしていいから、カカシっ」
 俺の服を掴む手の震えを見ながら、どこかで見た事がある光景だと思った。ああ、そうだ。父さんが里中から責められて一人悩んでいる時に俺も似たような事を感じた。俺がいるから、俺のことも見てくれ、父さんの息子なんだから、俺にも頼ってと。結局父さんは俺の方を見ないまま、一人で考え詰めて逝ってしまった。サスケの俺に対する感情は、親に自分を見てほしいという子どもと似ているんだ、きっと。
 でも俺はサスケの親じゃないし親代わりにもなれない。その線引きはしなければいけない。
「お前はあくまで俺の部下の一人、それ以上の特別な関係にはなるつもりはないし、なろうとも思ってない。もう諦めて他を当たれ。何なら上層部に掛け合って、お前に専属の指導者をつけるから。」
 サスケの瞳が揺れる。服を握る手が強くなる。
「あんたじゃなきゃだめなんだ他の奴じゃいやだ、部下の一人でいい、特別じゃなくていい、ただカカシのそばにいさせて欲しい、それだけでいいから、カカシ」
 ……哀れだな。と感じてしまった。そこまでして俺に縋りつこうとするサスケが。だけど敢えて、もう特別扱いはしない。
 サスケの頭に手をぽんと置いて、いつものように見繕った笑顔で最終通告をする。
「……仲間を大切にしない奴はクズだ。サスケも仲間の一人だったはずなのに、今までの俺はどうかしてた。これからはちゃんと先生としてサスケと接するよ。だから泣くな。」
 サスケはこの笑顔とこの台詞の意味を理解したんだろう。手に込めていた力を抜いて腕をだらんと下ろす。
「そんなの……そんなカカシは望んでない……あんたのそばにいたいだけなんだ、ただの部下の一人じゃなくて俺を見て欲しいだけなんだ、そんなこと、そんな、望んでない……」
 まるで母親に置いて行かれた子どものようだった。まあ、俺を親のように見ていたわけだからそれもそうだ。親は無条件で子どもを愛するもの、というのは少し違う。本当は、子どもの方が無条件で親を愛しているのが正解だ。そうしなければ子どもは生き残れないから。そんな子どもを突き放そうとしている俺は酷い奴なんだろうか? 正に親に見捨てられた幼子のような目を俺に向けて涙をこぼし続けるサスケを。
 これは良心の呵責なんだろうか。それとも俺の感覚が狂ってしまっているからだろうか。そんなサスケを見離そうとしている今の自分に抵抗を感じる。サスケには俺がいてやらないとだめなんじゃないかという思いが湧き出てくる。線引きをしなければいけないと判断した俺は正常な判断が出来ていたのだろうか。何が正しくて何が正解なのかわからなくなる。ただ目の前で涙をこぼすサスケを見てこころが揺り動かされているのが今の俺の現実だ。正しいとか正解とか、そんなものよりも大切にしなければいけないものがあるんじゃないのか。俺は何かを見落としてはいないか。泣いている子どもがいる。その子どもを前にして、俺がするべきことは何だ。
 俺はサスケに歩み寄って膝をつき、その細い身体を抱きしめた。
「泣かせてごめん。お前を見捨てたりなんかしないよ。
 泣かなくていい。大丈夫だから。」
 恐る恐る、手を俺の背中に回して、サスケが俺に縋りつく。
「そばに、いてもいいのか、これからも、カカシのそばに」
「うん、いいよ。お前が望む限りそばにいる。」

 それから、俺たちの生活は変わった。暴力もセックスもやめて、ただただ穏やかに時間が流れていく。
 殴られなくなったことに最初不安の表情を見せていたサスケは、日が経つにつれ、殴られなくても俺のそばにいていいのだと理解して、甘える、という行動が目立つようになってきた。独りだった時間を取り戻すかのように。
 でもサスケはそんな穏やかな生活では物足りなかったらしい。痣のほとんどが消えようとしている折に俺の両腕を掴んで、俯きながら訴えてきた。
「カカシお願いだから殴って、それか俺に消えない傷を作ってくれ、でないと俺の身体からあんたの証が消えてしまう……そんなの考えただけで頭がおかしくなりそうなんだ、あんたのこと訴えるとか、もうそんなこと言わないから、お願いだから、あんたの頭の中に俺がいる証を遺してくれ……。」
 サスケの要求には概ね応えてやってきたつもりだった。もう気持ち悪いとも思わないし、哀れで、何とかしてやりたい気持ちすらある。でも求められたとしても殴るわけにはいかない。
「そんなことしなくても、俺の頭ん中にちゃんとお前の存在はあるよ。傷や痣をつける以外に何か方法はないの?」
「……わからない、ただ、カカシの痕跡が欲しいんだ、何でもいいから、俺の身体に何か……」
 少し考えて、しゃがんで俯くサスケの顔を覗き込んだ。今にも泣きそうな顔で、そして生死の淵にいるかのような必死の顔で、その頭にぽんと手をのせてからサスケのシャツを捲り上げて、脇腹に口をつけて強く吸った。赤い跡……キスマークがついたのをサスケに見せる。
「これでどう? 毎日こうしてお前の身体に俺の印をつけてやる。これで我慢できる?」
 今つけた赤い跡を見て、サスケの緊張が解けていく。
「……俺もあんたの身体に同じものを遺したい……それなら、我慢できる。」
 サスケの身体を抱きしめて、背中をぽん、ぽん、とやさしく叩く。
「じゃあこれからは、朝起きたらお互いにしるしをつけよう。それでいいね?」
 サスケは小さく頷いた。
 この子には俺がいてやらないとだめなんだと改めて感じて、支えてやらないといけないと感じて、でもそう感じていることに何か違和感も覚える。何がそう感じさせるんだろう。サスケを助けてやることのどこがいけないんだろう。俺はいいことをしているはずだ。なのにそれが間違っているかのようなその違和感を、とりあえず見なかったことにして、俺はサスケの身体を抱きしめ続けた。
 大丈夫だ、サスケには俺がついてるから。一緒にいるから。
 
 カカシとずっとそばにいられる、それだけで幸せだったはずだった。なのに痣が薄く消えかけていることに気がついて、急激な不安に襲われた。カカシの中にちゃんと俺は存在しているのか、それを証明する痕が消えてしまう。そんな、嫌だ、消えないで、カカシの中に俺がいた大切なあかしが。
 もうカカシは殴ってくれない。わかっているのに懇願していた。自分でもどうしたらいいのかわからなかった。なんでそばにいるだけで満足できないのかわからなかった。こんな自分はきっとまた気持ち悪がれる。それでいい、嫌がられていい、やさしい檻の中よりも、俺のことを激しく思ってくれていたときの方が安心できた。カカシの中に確かに俺の存在があると実感できたから。
 カカシが新しく遺したくちづけの痕を見て、これから毎日つけてくれると聞いて、少しだけ心を落ち着かせることができた。殴らない、と言ってからのカカシはずっと俺にやさしくしてくれる。俺のことを気にかけてくれているんだと頭では理解しているのに、それだけじゃ足りないと思ってしまう。
 朝起きて、約束通りにカカシは俺の身体にくちづけをして痕を残す。俺もカカシの身体にくちづけて、同じようにチュ、と吸ったらカカシの身体に俺の痕が残った。カカシの身体に俺の。それを見て、はじめて俺は安心できた。カカシは俺のものだ、だってカカシの身体には俺がつけた痕があるんだから。カカシも俺にあかしを遺してくれたから。だから大丈夫だ、ちゃんとカカシの中に俺がいる。カカシは俺のものだ。カカシは……。