溺れた魚
沼
毎朝お互いの身体にキスマークをつけるようになって、徐々にサスケは一箇所だけでは物足りなくなり、少しずつその数が増えていった。下腹部に顔を寄せたときはさすがに止めたが、この調子だとキスマークだけではまたすぐに物足りなくなるだろう。とはいえセックスはしないと決めたし伝えた。けれどサスケはあのセックスとも呼べないただ出し入れするだけの行為を、その感覚を忘れられないようだった。
「あんたのことを一番近い場所で、深く感じることができた。」
未練たっぷりのその呟きに、どうしたものかと思い悩む。
次第にサスケはキスだけでなく、キスをしながら俺の身体を舐めるようになって、もうセックスを要求し始めるのは時間の問題だと容易に想像ができた。
もしそうなったとしても、オーラルセックスまでだ。多分、希望的観測に過ぎないけれど出したら少しは落ち着くだろう。
「そばにいられるだけでいい……じゃなかったの?」
いつか泣きながらそう言ったサスケは、俺がサスケを拒否しようとしていると感じたのか、俺に抱きつく、というよりもしがみつく。
「ごめん、ごめんなさい。わがまま、ばかり、もう言わないから、だから見捨てないでくれ、そばにいさせてくれ。」
こうして怯えながら縋りつく反面、朝のキスはエスカレートしていく。首筋にキスマークをつけた後、サスケは俺の腹の上に座って、その唇同士を合わせようとした。迫る顔の間に手を挟んでそれはだめだと諭すと、一変して涙目になり俺が嫌いになった? ごめんなさい、嫌いにならないでと震えながら言うものだから、俺は嫌いになんてなってないよと頭を撫でて落ち着かせる。そんなに怯えられると、サスケのしたいようにさせてあげようか、と考えてはこれ以上はだめだと思い直して、でもそうすることでまたサスケが拒否されたと感じて泣くのを見るのもこころが痛み、求められてもオーラルセックスまでだと決めたのだから、キスくらいなら許してやろうと求められるまま俺はキスに応じるようになった。
いつからだろう、サスケが怯えるのを見ると罪悪感で頭がいっぱいになって、何とかしてサスケを安心させなければと思うようになったのは。
一度だけ見たきりのアダルトビデオのキスを覚えていたらしいサスケは、深く舌を絡めながら俺の身体をさすってズボンの上から股間にまで手を伸ばす。
当たり前だけど起きたばかりだから朝勃ちしていて、その硬さを確かめるように撫でながら、興奮でキスをする息が荒くなっていく。このままだと何を始めるかわからない。そっと肩を押して唇を離すと、サスケはハッとした顔をして、そしてまた俺を嫌いにならないでと縋りつく。
そんなサスケを今度は抱きしめながら、大丈夫、嫌いになってないからと背中をさすって落ち着かせる。サスケはそれが本当なら……と言いかけて、口ごもった。……きっとそれ以上のことを求めようとして、やめたのだろう。また拒否されるのを怖がって。
俺はサスケを怯えさせたり怖がらせたりするのは本意じゃない。この子は俺が支えてやらなきゃいけないんだと抱きしめたあの日からそれはずっと変わらない。俺に求めてばかりいる事に引け目を感じているんだろうか。そうだ……サスケのしたがるようにはさせてきたけど、俺は俺からサスケのことを大切に感じていると態度で示したことは一度もなかった。それがサスケを不安にさせているんだろうか。それなら、サスケが何かにつけ怯えているのは俺のせいなんだろうか。
抱きしめる腕を緩めて、サスケの後頭部を右手で支えながら、俺ははじめて俺からサスケにキスをした。サスケは驚きながらも、俺のキスに応えて深くくちづけをする。
唇を離すとサスケは頬を赤く染めて黒い瞳を俺に向ける。
「……怯えなくていいよ、ちゃんと俺の中にお前はいるから。見捨てたりなんかしない。」
俺はずるい奴だと思う。どうしてみせればカカシが俺を抱きしめて「大丈夫」と言ってくれるのかを知っていて、怯えたふりをする。そんなことをしなくてもカカシはもう俺のものだとわかっているのに、弱い子どものふりをしてカカシに縋って望みどおりに抱きしめられながら安心する。怯えているのは俺じゃなくて今はむしろカカシの方だ。俺にはカカシがいないと駄目なんだと思わせて、カカシをどんどん俺という沼の中に引き入れていくことで俺の精神的安寧が保たれる。
今はもう俺にはカカシが必要、ではなくカカシには俺が必要、という段階まで来ている。カカシは俺を見放すことはできない。カカシは俺に冷たい態度をとることができない。カカシの頭の中に占める俺は今どのくらいだろうか。常に俺のことを考えてくれているだろうか。そうやって演技をしながら、カカシを独占している優越感に浸っているこの関係が正常なものではない自覚はある。でもそうでもしないときっとカカシは手に入らなかった。カカシの視線を俺に向けさせることはできなかった。今朝はじめてカカシの方からキスをしてきて、ああ、また一歩沼に引き入れることができたんだと実感して気分が良かった。カカシが怯える俺を怯えることに対処することを覚えた。もっと俺という沼の深みに入ってきて。そして沼の底で抱きしめ合いながら一緒にいよう。あんたにとってもそこは心地がいいはずだ。だって、その為の餌は散々振りまいてきたのだから。
これからずっとこんな生活が続いていくと何の疑いもなく思っていた。カカシの日常に俺がいる、カカシの中にずっと俺の存在がある。けれど、ある日同僚と飲みに行ったというその帰宅後、カカシの様子が変わってしまった。おかえりと玄関に駆け寄った俺を一瞥して、カカシは視線を逸らした。
「ただいま。少しひとりで考えたい事があるから、先に寝ててもらっていい?」
いくら尋ねても、何を考えたいのかは教えてもらえなかった。もしかしたら任務の関係かもしれないと思って、そのときは先に布団に入った。でもその日から、カカシは俺と接するときに少し間を置くようになった。
抱きしめてくれる、手を繋いでくれる、毎朝のキスもしてくれる。けれどこのギクシャクとした感じは何なんだろう。あの日飲みに行ったという同僚から、何かを言われたのだろうか。話を聞こうとしても、うまくかわされてなかなか聞けないまま数日が過ぎた。
アスマと紅と三人で飲みに行って、サスケと暮らしてることを話したら二人はその話題に食いついてきた。
どうしてそうなったのか、誤魔化しながら経緯を説明して、あいつには俺がいてやらないとダメみたいでさ、と笑ってみせたら、紅は真剣な面持ちで話し始めた。
「カカシ、あんたはサスケ君のことが好きなの?」
好き? 好き、と言われると返答に悩む。ただあの子を泣かせたくない、望み通りにしてやりたいという気持ちは確かに好きな人に向ける感情と同じかもしれない。
即答できなかった俺に紅が更に口を出す。
「あんた、それ共依存になってない?」
「そんなんじゃないよ」
すぐに否定したものの、共依存、と言われると、確かに思い当たるところがある。じゃあ、サスケを大切にしたいこの気持ちは、サスケを安心させたいとかけ続けた言葉は、やってきた事は、俺の自由意志に基づくものではなくそう思わせられてきただけだった?
もし本当に共依存であるなら、それは健全なものではないし続けるべきことではない。
でも愛情に基づく自然な感情なら、これからも変える必要はない。
居酒屋を出てからも、紅が言った言葉が頭から離れず、何が正しくて何が正しくないのかわからなくなった。
家に帰ってからも答えがわからず、ひとりで考えて、考えて、いつものようにサスケが甘えてきても、いつものように無条件で受け入れることが出来なかった。
もし共依存なら、今の関係は終わらせるべきだ。でもそうなったとき、サスケがどうなってしまうかわからない。うまく着地させるにはどうしたらいいのか。でもこの感情が本当の愛情だとしたら、今俺はいたずらにサスケを傷つけているだけになる。
飲み会以降サスケと接する時にあった心理的抵抗を一切振り切って、俺はサスケを好きなのか、愛しているのか、確かめるようにサスケを求めるようにした。そうして自分の気持ちが、感情が、意思がどこから湧き出ているのかを探ろうとした。
オーラルセックスまで、と決めていたのもやめて感情のままにまたサスケを抱いたとき、俺は自分がサスケを好きだと、愛しているのだと改めて思った。本当にそう思ったのか、そう思いたかったのか、脳が興奮してそう錯覚したのかはもうどうだっていい。サスケとの生活が、触れ合いが、そのはにかむ笑顔がおれのこころを満たしている。それが心地よく感じているのなら、例え共依存だろうが何だろうが構わない。俺はサスケとこれからも一緒に過ごすし大切にする。
飲み会から数日かけて俺は、そう結論づけることにした。誰に何と言われようと、これが俺たちの幸せのかたちなんだ。
朝目が覚めて、起き上がるとまだ眠っていたカカシもうっすらと目を開ける。俺の方を見ておはようと優し家顔で言われて、俺もおはようと返した。
そのままカカシのパジャマをはだけて俺は赤いしるしをいくつも遺す。顔を上げたらキスが待っていて、深くくちづけた後、次はカカシが俺の身体に赤いしるしを遺す。脇腹とみぞおちに赤いそれがあるのを確認して、もう一度キスをしてから朝の支度を始める。
日中は何でもないようにナルトの相手をして、サクラとちょっとした会話をしながらつまらない任務をこなして、修行をしてからカカシの家に帰る。
ただいま、と扉を開けるとカカシはもう料理を始めていて、スパイスのいい香りが漂っていた。俺の方を振り向いておかえり、と微笑むその顔は俺の前でだけ見せる優しい笑顔。
修行でどろどろになった身体をきれいにするために浴室に向かって、服を洗濯機に入れてからシャワーを浴びる。
部屋着に着替えてからリビングに行くと、カカシからもう出来るよ、と声がかかって、ダイニングテーブルにランチョンマットとスプーンを用意した。
カレーとポテトサラダがテーブルに並んで、カカシも椅子に座り、いただきます、と食事を始める。
今日の修行は何をしたとか、とりとめのない会話をしながら食事が終わると、二人でキッチンに並んで後片付けをしてからソファーに場所を移す。
カカシに寄り添って腕に抱きつくと、サスケ、キスと顎を支えられてキスをする。最近はもう俺から何かを求める事はほとんどなくなった。カカシからこうして、したいことをしてくれるようになったから。
キスをしながら抱き上げられて、布団の上に下ろされて服の裾から手を差し込まれて身体を撫でられながら、カカシは唇を離して俺の目を見つめた。
「サスケ、愛してる。」
俺は感極まって、欲しくて欲しくてたまらなかったはずのその言葉に、すぐに応えることが出来なかった。
「俺、も」
何とか口から出た言葉に、カカシはまた優しく笑ってキスをする。そうしながら胸の突起を撫でて指で転がされて身体が震えた。カカシの唇が移ってそこを舐め始めると思わず声が漏れてしまう。痺れるような甘い刺激、そしてズボンをずらされてそこを扱きはじめ、カカシの頭を抱きながら息が荒くなっていく。
「一回出す?」
「いや、だ、中に挿れて……」
ズボンと下着を脱がされて手にローションを垂らしたカカシは、ゆっくりと指を入れて押し広げながらあそこを撫でていく。
「……ぁ、……っ、んっ……」
指が増やされて充分に慣れてから、そこを重点的に刺激され続けて、感度がどんどん上がっていった。
「あっ、あ、っん! は、あっ、カカ、シ出ちゃ、っあ!」
「気持ちいい? ……サスケ教えて」
「きもち、いっ、あ、あっ! い、いくっ、カカシっ、あっ、……っぁあ!」
下半身がこわばって、俺のそこは白濁液を飛ばしていた。中に入っている指をきゅうぅ、と締め付けているのがわかる。全部出終わって、今度は身体からくたっと力が抜けた。指が抜けて、熱いものがそこに触れて、カカシは熱のこもった目で俺を見る。
「……挿れていい? もう我慢できない」
俺が頷くと、カカシのそれがゆっくりと入ってきた。俺の中に、カカシが入って。嬉しくて嬉しくて、それが奥まで入ったら、カカシの肩を抱き寄せてしがみついた。
「サスケ……愛してる。」
首筋にキスをしてから、カカシは腰を動かし始めた。あそこにぐりっと擦り付けながら奥を突かれる度に俺は声が出て、身体が熱くなっていく。さっき出したばかりのそこが、また硬さを取り戻していく。
奥で動きを止めて、カカシは俺の前髪をサラッとかき分けた。
「……サスケも俺のことを愛してる?」
ぐっと更に奥に押し込まれる。
「っあいし、っあ、愛してるっ、俺も、……あ、……っあ、おくっ、きもちい、いっ……っん!」
「……奥?」
ぐっ、ぐっと小さく腰を動かして奥を何度も突かれて俺は声を漏らし続ける。そして額にキスをされてから、カカシは腰の動きを激しくした。その動きに、中の刺激のままに喘いで、カカシの興奮した息づかいを感じて、俺もまた興奮が高まって、カカシの動きに合わせて腰を揺らす。更に奥まで突かれて一段と声が高くなって、俺はカカシにしがみつきながらまた白濁液を飛ばした。
カカシもまた腰の動きを早めて奥に熱いものを流し込む。ドカン、ドクンと鼓動を感じながら、しがみつく腕に力を込めた。
「カカシ、愛して、る、……っ」
俺の沼の底は心地いいだろ、カカシ。
やっとここまで引きずりこめた。
ずっとこのまま、俺と一緒に。
絶対に、離さない。