ふたりだけの
任務が終わって川のほとりで弁当を食べていたとき、ふと目線を空に上げたサスケに気づいた。
今日は少し曇りがちだけどいい天気だ。初夏の始まりを告げる強い日差しが四人に降り注いでいる。
時折太陽を覆う雲にナルトが「もっと雲来い!」とか言いながらガッツポーズをするくらい、日が上がる前の涼しかった朝から急激に上がった気温が任務に励む三人の体力を奪っていた。
「薬草摘みって案外体力使うのねー。」
任務内容を伝えた時は三人とも「なんだそんな任務か」という顔をしていたが、遮るものが何もないだだっ広い丘の上で指定された薬草を探して中腰で目を光らせ続けるのはそれなりに疲れる任務だった。
カカシは竹で編まれた籠の中に入っている薬草を見ながら、
「でもま、午前中で片付いてよかったじゃない」
と三人に笑いかける。
あ、また見た。
サスケも太陽に雲がかかりますように、なんて思っているんだろうか。汗ばんではいるがいつもの涼しい顔をしている。何を考えているんだろう。
「ごちそーさまっ!」
ナルトが弁当箱に蓋をして手を合わせた。どうやら全員食べ終わったらしい。
「んじゃ、完了報告に行くか!」
カカシは立ち上がって三人を先導した。
「うん、五十グラム確かに。」
依頼人はバネばかりで量を確認すると書類にサインする。そしてニコッと明るい笑顔で「ありがとね!」と言って去っていった。あとはこの報告書を提出すれば正式に任務完了だ。
「じゃあ今日は解散な。明日は九時集合ね。」
カカシは報告書を手に部屋から出ていく。
……雲が、多くなってきたな。
サスケは空を見上げながら家に向かって歩く。家に荷物を置いたら、鍛錬のために近くの森に行く予定だった。背後から声をかけられるまでは。
「サスケ、帰るの?」
「何の用だ。」
「用がなくちゃ話しかけたらだめ?」
「………用はないんだな? 帰る。」
「そんな寂しいこと言わないでよ」
カカシはサスケの後を着いて歩く。本当に何の用だ? しかし暇そうだからこの際鍛錬に付き合わせようと思い至る。
「あんたどうせ暇なんだろ?」
「そう見える?」
「俺の鍛錬に付き合えよ。」
「えー……どうしよっかな。」
「センセイだろ? 教え子の頼みを無碍にすんのか?」
「それ、頼む人の言い方じゃないよね。」
「で、どうなんだよ。」
カカシは雲が増えてきた空を見上げて、
「雨が降る前までなら、付き合ってもいいよ。」
とニコッと笑った。
……雲行きが怪しいと思ったら、雨、やっぱり降るのか。
サスケは鍛錬に使っている森に向かってまた歩き出した。
「どっからでもいいよ、殺す気で来な。」
カカシはポケットに両手を突っ込んだままくいと顎を上げる。サスケは遠慮なく写輪眼を使って分身、火遁、体術、手裏剣術でカカシを攻める。
しばらく守りに徹していたカカシが動いた。起爆布付きのクナイで牽制しながら素早く結ぶ印。攻撃に転じる――と思ったら、頬にポツンと冷たい感触。
空を見上げると、どんよりと暗い雲が広がっていた。
「こりゃ、一気に来るぞ。撤収しよう。」
サスケも頷いて、急いで帰る支度を始める。
アパートに着いた頃には、土砂降りの雨になっていた。ザーザーと響く音。サスケはひとまず濡れたシャツを脱ぐ。
「シャワー浴びてくるけど、あんたどうする。」
「やむまで待たせてもらうよ。通り雨だろうからすぐ上がるんじゃないかな。
……今日サスケが空を見てたのは雨を気にしてたの?」
「……いや、夜も晴れてたらいいなと思って。」
サスケは箪笥から着替えを取り出して洗面所に向かう。シャワーを終えて洗面所から出てきたときには、雨はパラパラと降る程度になっていた。やはり通り雨だったらしい。
「ところで、今日の夜何かあるの?」
「……晴れていれば、流星群が見られるはずだ。」
サスケは窓を見る。夕立ならこの後きっと晴れるんだろう。流星群が見られるのは明け方近くだから、その頃には晴れているかもしれない。
「流星群、か。ねぇ、一緒に見てもいい?」
サスケがカカシの方を向く。
「見られるの、夜の三時くらいだぞ。晴れるかもわかんねえし。」
「いいよ、それでも。三時にサスケのアパートに来るね。」
小康状態になった雨を見て、カカシが玄関に向かう。
「やんできたから、一旦帰るわ。」
そう言って、靴を履いて出ていった。
午前三時。
サスケの部屋の扉をノックすると、上から声が降ってくる。
「屋根の上だ。」
カカシが屋根に上がると、レジャーシートを敷いてクッションを枕に仰向けになっているサスケがいる。
「隣、いい?」
カカシもレジャーシートの上に寝転ぶと、後頭部で腕を組んだ。郊外にあるサスケのアパートは星がよく見える。
ふたりで空を見つめていると、サスケが「流れた」と呟く。それからは、五分に一度くらい流れては消えていく星屑を眺めていた。
徐々に明るくなっていく東の空。
「今日は……こんなとこだな。」
サスケが起き上がってクッションを手に持ちレジャーシートを畳み始める。カカシも手伝いながら、思わず漏らした。
「サスケが流れ星見るなんて、なんか意外。」
「……昔からの、習慣みたいなものだ。誰かと見るのは久々だけど。
…ナルトとサクラには言うなよ。あいつらはうるさい。」
「わかったよ、ふたりだけの秘密ね。」
「そうしてくれ。」
それからふたりは一緒に朝日が昇るのを見届け、屋根から飛び降りた。カカシから差し出された手は少しだけひやりとしていて、そして温かかい。
幼い頃よく一緒に空を見上げていた家族の手を思い出して、サスケは目を伏せた。