恋人未満
なかったことにしたかった
お店で捨てるわけにもいかないから、そのくしゃくしゃの紙袋を鞄に入れて持って帰り、ゴミ箱に放り込んだ。シャワーを浴びながらしていたことを見透かされていたようで恥ずかしさでどうにかなりそうになる。
もう変なことはしない、一切しない。そう思って、お尻が疼いているのも気のせいだと切り捨てて、俺は「いつものように」レポートを書き終えてから、「普通に」ベッドに上がった。横向きで寝ても仰向けに寝ても昨日のことが思い浮かんで、うつ伏せになって枕に顔をうずめる。
翌朝は普通に目覚まし時計の音で起きて、学校に行って、講義を受けて、昨日の欠講のペナルティを確認して、図書室で課題のレポートを書いてからバイト先に向かう。
今日もカカシは普通に訪れて、普通に弁当を買って、いつもと何ら変わりない爽やかな笑顔で「ありがとね」と去っていく。以来、カカシは普通の「いい人」に戻った。
「あー、今日肉まんの気分。オススメある?」
などと普通に聞いてくるから俺も「特製豚まんがイチオシですね。」と思わず普通に答えてしまう。こいつは変態だ、相手してやる義理はない。けれどあまりに自然に話しかけられるから、俺も自然に話してしまう。まるであの日の前に戻ったかのように。
そうして時が経っていくうちに、本当にあれは夢だったんじゃないかと思えてくる、けれど家に帰ってゴミ箱に突っ込まれた紙袋が目に入るたびにいやあいつは変態だと改めて自分に言い聞かせた。
俺はホモなんかじゃない、そう思ってスマホでアダルト動画を見ながら自慰にふける。でもなぜかいまいちピンとこない。いくつか動画を見てみて、ああこれなら、と見始めたものは長ったらしいフェラチオもなくただ女性が気持ちいいことをされるばかりの動画で、何故だか見ているとそれが反応して、扱きながらスマホの中で女性がイクのと同時に射精した。イッてもなおピストンを続ける男性に、女性は腰をビクビクと跳ねさせながらイキ続けている。……何だろう、既視感を感じるような。そもそも何でこの動画じゃないとピンとこなかったんだろう。しばらくスマホの画面を見ながら考えて、俺は男ではなく女の方に自分を重ねて自慰に耽っていたことに気がついて愕然とした。
他の普通のアダルト動画は男目線で男が興奮したり気持ちよくなる内容だ。それでは俺は興奮もしなければそれが反応することもなくたらんと重力に従ってぶら下がっているだけだった。以前はちゃんとこういう普通の動画で抜けたはずなのに。
原因はひとつしか考えられないけどそんな自分をそのままにしておくわけにはいかなかった。普通の男性向けのアダルト動画でも抜けるやつがあるはずだ。女子高生から熟女、和姦から乱交、ノーマルからアブノーマル、色んな動画を見ているうちに日付が変わっていて、俺は一体何をしているんだと首を垂れる。どの動画を見てもやっぱりピンとこなくて、そして女性が気持ちよくなる場面でだけ反応する。同時にあの日の夜の感覚が、快感が蘇って動画の再生を止めるの繰り返しで、もう自慰は金輪際やめようとこころに決めた。
あのときのことはもう封印したい、封印して二度と思い出したくない。
ベッドに入ってばさっと布団をかぶった。うつ伏せで寝るのがもう習慣化していた。
けれど意識しまいと思えば思うほど意識してしまう。指だけで何度もイカされたこと、その後のセックス、脳裏に焼きついている快感、思い出しただけでアダルト動画では反応しなかったそこが反応して、お尻の中が疼く。とても集中して眠れない。ゴミ箱に放り投げたローションが頭をよぎって、何を考えてるんだと頭まで布団をかぶる。寝るんだ、俺は寝る、もう寝ると言い聞かせて頭からあの感覚を追い出そうとするがどうしても忘れられない。
目を瞑って身体にギュッと力を入れてから少しずつ脱力する。いつかどこかで覚えたリラックス法。何度か繰り返して、少しずつ落ち着いてきて、ようやく眠りにつなことができた。
……にもかかわらず、寝起きは最低だった。下着の中がぬめっとしている。何の夢だったかは思い出せないがエロい夢を見た気がする。この下着のそれはそのいい証拠だった。
「……夢精とか、高校生かよ……。」
ベッドから上がって下着ごとパジャマを脱ぐ。このままシャワー浴びよう、としたときにゴミ箱の中の紙袋が目に入った。
「……」
ガサガサとその中身を取り出す。アナル用とご丁寧に書かれたローション。はじめてローションというものを手に取って、どんな感じなんだろうと少しだけ興味が湧いた。封を切って手に出してみるとトロリと出てくる。ぬるぬるしてる……。そのローションがついた手で自分のそれを扱いてみると、今までの自慰と全然違う気持ちよさ。試しに、としか思っていなかったのに、射精するまで夢中で扱いていた。そして賢者タイムに入ってから、朝っぱらから俺は何をやっているんだと己の愚かさにため息が出る。
とりあえずシャワー浴びよう、とそのまま浴室に入ってから、ローションを持ったままだということに気がついて、目にうつらないよう浴室の隅に置いてシャワーを浴びた。ローションは意外にもすぐにぬるつきが取れてほっとすると同時にローションをとるためにそれを洗った刺激でまた元気になろうとしている己に嫌気が刺す。
夢精して、オナって、それでもまだ勃つもんなのかよ。普通一回イッたら終わりだろ……と思いかけて、あの日何度もイった挙句ハメられた後も更にイッていたのを思い出す。思い出すとやっぱりまたあのときの感覚が脳裏に蘇って、記憶を追いかけるように少しぼうっとしていたらまたお尻が疼いてきた。
ローションがある、シャンプーじゃだめだったけどローションならどうなんだろう。
ぼうっとしたまま隅に置いたローションを左指に垂らして俺はまた中指を尻の中に挿れてみた。ぬるっと抵抗なく入って疼いているそこをぐにぐにと押してみる。けどやっぱりカカシがしたときのような感覚はなくて、ただ指の腹が押す感覚しか感じない。
しばらく試してみて結果が変わらないことを確認してから、俺は指を抜いて綺麗に洗い流した。
お尻はまだじんじんと疼いている。この疼きはどうやったらどうにかなるのだろうか。
浴室から出て身体を拭き着替えながらスマホで検索する。男、アナル、感じる、……答えは簡単に出てきた。そこは前立腺という器官の裏側にあたる部分で男のGスポットと呼ばれているらしい。そこで感じるための開発方法の解説記事がいくつも並ぶ。それを読みながら、鞄を背負って大学に向かった。流石に大学の構内ではそんなページは開けなかったけれどそこの開発用のいわゆる大人の玩具がたくさんあることはわかった。指で自分でするよりも遥かにいいらしい、が、流石に大人の玩具に手を出す気にはならなかった。別に開発がしたいわけじゃない、この疼きをどうにかできればそれでいいんだ。
バイトに入ってからはしばらく忙しく仕事に忙殺されて、人波が落ち着いてワンオペになってからどうすればどうにかなるのか考えて、でも一番の答えは自分でもわかっていた。わかっていたけどそれ以外に方法がないのかを必死に考えていた。
そんな折に肩をちょいちょいとつつかれて心拍が急上昇する。
「レジ、頼める?」
いつの間にか俺をこんな目に合わせた張本人が来る時間になっていた。
高鳴る心拍を悟られないように顔を伏せながらレジに向かう。深呼吸をして少しでも落ち着こうとする。
レジに立って弁当のバーコードをスキャンしていると、カカシは俺の顔を覗き込んで、ふっと笑った。
「困りごとでもあるの? よかったら相談に乗るけど。」
いつも通りならただの親切な声掛けだ、でも今の俺の頭は尻の疼きをどうにかすることに七割以上使っていて、そしてその一番の答えであるこの男からのそのセリフは、〝そういう意味〟以外に考えられなかった。
俺はカカシの声掛けを無視して会計金額を伝える。差し出されたスマホに表示されたバーコードを読み込んで、弁当を袋に詰めてカカシの方へ差し出した。
「ああ、そういえばサスケ、トイレのペーパーが切れてたから補充してくれない?」
不意にそう言われて、ああ、補充しないととバックヤードからペーパーをふたつ持って早足でトイレに行き、空になったホルダーにペーパーをセットして、もうひとつを便器の横にある棚に置いたところで、カチ、と音がした。何の音、と確かめようと振り向くと、すぐ背後にレジ袋を持ったカカシがいた。
「……え」
状況を理解しようと頭が回る。たぶんさっきのは鍵の音、後ろに立っているこの男が恐らく一緒に入ってきて鍵をかけた。そして今トイレという、洗面台があるとはいえ狭い空間にそのカカシとふたりきり。……この状況は、……良くない。
後ろから腕ごとカカシに抱きしめられて身体が密着する。腰に何か固いものが当たっている。やばい、このままじゃやばい。
耳元でいつか聞いた低いトーンの声が聞こえる、同時に耳に息がかかる。
「……そろそろ欲しくなってきたんじゃない?」
身体がゾクゾクした。そんなわけねえだろ、と言おうとした口は少し開いただけで声が出なかった。腰に当たる固いものを擦り付けるように密着されて、あの日のあの夜のあの感覚がぶわっと頭を占めていく。
「俺からの贈り物はどうだった?」
使った、なんて言えない、自分で指を入れた、なんてことも言えない。
エプロンをまくって股間を手が撫でる。俺のそこは芯を持っていた。ただ後ろから抱きしめられているだけなのに。
「困ってること、あるんじゃないの?」
言いながらカカシは、ジーンズのボタンを外して前をはだけ始めた。下着の上から爪でカリカリとひっかいたり、さすったりしながら、それがどんどん硬くなっていくのを楽しそうに弄ぶ。
「サスケの困りごと、俺なら解決させてあげられると思うんだけどなぁ……。」
ズル、と下着とジーンズを下された。俺のそれがブルンと外気に触れる。抱きしめていた手が引っ込んだかと思ったら、ローションのついた手が前を扱き始めた。朝、自分でしたときと全然違う。してることは同じはずなのに、何でこんなに気持ちいい……っ、思わずその腕を掴んでいた。
「やめ、やめろ、だめだ、はなせ……っ!」
そんなのお構いなしにもう一方の手がお尻の穴を押す。ぬる、とした感触、ぬぷ、と中に入ってくる。入ってくる、だめだ、振り払って、やめさせないと……やめさせないと? ドクドクと脈打つ心臓が、あの刺激を待っていた。指、指だけ、なら、多分俺がイケばこいつは満足する、だって今はバイト中で、いつ客が来るかもわからない状況で、それ以上のことをするなんて思えない。
そんな言い訳を考えるほど、その指がもたらすものに期待していた。自分ではできなかった、得られなかったものが得られるのではという浅ましい期待。
ゆっくりと入ってきた指が、疼く底を優しく撫でる。抜き差ししながら撫でたり、ぐりっと強く押したりしているうちに俺の息が浅くなっていく。なんで、なんで。何でカカシの指だとこんなに――。
「やめっ……、って、言って、っだめ、だめだっ、て……っ!」
繰り返されていくうちにどんどん頭が蕩けていく。中をノックされるたびに痺れるようなあの気持ちよさが大きくなっていく。
「っは、っく、っ、……っ!」
これを待っていた、ずっと身体が望んでいたのはこれだ、指が出入りするたびに声を堪えて、前はもうはち切れる寸前まで追いやられていて、ぐっとそこを押されながら絞るようにカリを扱かれて俺は腰をびく、と緊張させて便器に向けて白濁液を飛ばしていた。びゅく、びゅ、と何回かに分けて出し尽くすと、はぁっ、はぁっ、と大きく息をする。もう終わりだろ、と思った瞬間2本になった指が中をえぐった。
「ぅあっ!」
思わず出てしまった声、口を手で塞ぐ。カカシは指を抜くどころか更に激しく動かし始めてじんじんと疼くそこを刺激し続ける。
「……困りごとはどう? まだ満足できてないんじゃない?」
「んっ、ちがっ、あっ! ないっ、こまっ、あっ! 困ってな、っあ!」
「でもすーっごく気持ちよさそうじゃない、もっと気持ちよくなりたいでしょ?」
「っあ、あ、あっ、やっ、あっ! だっ、やめっ……!」
そこに、自動ドアが開いた音楽が鳴った。他のお客さん……!
狭いトイレの中で、腰を引いてカカシの腕を押してその指から逃れると急いでズボンを上げる。カカシはドアの前からどいてどうぞとばかりに鍵を開けた。俺はそのままトイレから出て、レジカウンターの中に入る。
お尻が、急になくなった刺激を求めて疼いている、けどバイトの方が大事だ、仕事なんだから。っくそまたあの刺激が欲しくてたまらない。そんなの、だめなことなのに、カカシのせいで……っ!
レジカウンターに載せられたカゴからひとつずつバーコードをスキャンして、営業スマイルで「袋はどうされますか?」と尋ねた声が少し震えていた。
そのお客さんはマイバッグを広げながら「いらない」と商品をその中に詰めていき、トレーに出されたお金をレジに流し込んで出てきたお釣りとレシートを差し出すと、それを受け取ってスタスタと出ていった。
俺はその場にしゃがみ込んで、バクバクする胸とじんじんと熱い尻の中をどうしたらいいのかわからず、はぁ、はぁ、と息を落ち着かせようと懸命に呼吸を繰り返した。