恋人未満
遊び
カカシはもう俺をどうこうするなつもりはない、そう思うようになるにつれて、あの夜のようなことはもう起きないと思うと、自分でこの脳裏に焼きついている感覚を何とか処理できるようにならなければと俺はバイトが終わってから自分でそこに指を挿れるのが習慣化していった。カカシがくれたローションで。
カカシのようにはいかないけど、真似をして抜き差ししながらそこを刺激していると、何となくだんだんそれっぽいものを感じられるようになってきて、でも何かが足りないことにも気がついて、何が足りないんだろうと考える。
でも考えても考えてもわからなくて、そんな折に珍しくカカシが遅い時間に店に入ってきた。
「あ、よかったまだサスケがいる。」
カウンターの中で割り箸を補充していたら、カカシが覗き込んで優しく笑う。
弁当を選びに行って、まあこの時間はあまり残ってないけど、少し悩んでから唐揚げ弁当を持ってカウンターまで来る。
「珍しいな、残業?」
「うんまあ、ちょっとね。」
バーコードをスキャンして袋に詰めて、カカシが差し出すスマホのバーコードを読み取る。
「もうすぐ上がり?」
「ああ、そろそろ夜勤者と交代。」
「なら、途中まで一緒に帰らない?」
俺はその言葉に、何の下心もないと勝手に思って承諾した。
カカシは少し怪訝そうな顔をする。
「サスケのそういうところ、なんか危なっかしいよねぇ……。」
どういうところが? と聞く前にバックヤードから夜勤者が入ってくる。肩に手をポンと置かれて、レジの前を譲った。
「じゃあ、後でね。」
カカシは自動ドアに向かっていく。
俺も早く帰ろう、とエプロンを脱いでハンガーにかけてから、カバンを背負ってカウンターの脇を通り、「お先に失礼します」とカカシの後を追った。
「最近は悩んでることとかないの?」
「ああ、おかげで猿飛教授も何とかなってるし。」
「それはよかった。」
隣り合わせで歩いていると、カカシは背が高いなと思う。
悩み、と聞いて毎晩の秘め事のことが一瞬頭をよぎって、いや言うべきことじゃないと思い直した。
「もう困り事もなさそうだね。」
カカシの言う困り事、は多分、中の疼きの事なんだろう。これも本当のことを言いたくなくて、グッと抑える。
「もう、大丈夫だ。」
「はは、ちょっと安心した。サスケに悪いことしちゃったなと思ってたから。」
「……そこはしっかり反省しろよ……あんなの無理矢理と変わんねぇ。」
「そう言うけど、気持ちよかったはよかったでしょ?」
「それは……まあ、……。」
こんな風に軽口で語れるくらいには、カカシとの間ではあの夜のことは過去の出来事になっていた。だから毎晩それを思い出しながら指を挿れているなんて、カカシには言えない。
「サスケがその気になってくれたら、俺は嬉しかったんだけどね。でもま、こうやってまた仲良くなれたのも嬉しいよ。」
俺がその気になったら……また、するってことか。俺の返答次第で、この先の別れ道で進む方向が変わる。
「……何で俺と仲良くなりたいと思ったんだ?」
「えーだって、すごいいい感じで接客してくれるし。多分他のお客さんでサスケとお近づきになりたい人、結構いると思うよ。」
そう言われてみると、確かにそんなそぶりを見せる客もいる。他の店員にはバーコード決済なのに、俺の時だけ現金の受け渡しをする女性客とか。
「俺は客なんて客としか見れねえけどな。」
「ふぅん、じゃあ俺だけ特別?」
「……まあ、いつも空いてる時に来るし、ありがとうなんて言う客あんまりいないし……そうだな、あんたは特別だ。」
「はは、なら両思いだ。……あ、確かここだったっけ。」
交差点の信号で立ち止まる。この横断歩道を渡ったら、俺の家は左でカカシの家は右。
「そうだな、ここ渡ったら別れ道だ。」
両思い、って好き同士が使う言葉じゃないのか? 確かに好感は持っているけど、両思い、と言われると何だか違和感がある。
「サスケさえ良ければだけどさ、また俺の家来て、ちょっと遊ばない?」
言っている意味がよくわからず、俺はカカシの顔を見上げた。
「遊ぶ、……って?」
「ああ、そっか、サスケ真面目そうだからこういう言葉はあんまり使わないか。」
信号が青になった。横断歩道を渡りながら、カカシが俺の手を包んで、指を絡ませて、手を繋ぐ。
「ならどういう意味なんだ、遊ぶって。」
繋がれた手よりもその言葉の意味の方が気になった。
横断歩道を渡り終えて、カカシが俺の前に立つ。
「こういうことしない? ってこと。」
そして、俺の方に顔を寄せて唇に軽くくちづけた。
俺は固まりながらその一部始終を呆然と見ていた。
「嫌なら嫌で、全然いいよ。あくまで遊びで本気じゃないからさ。」
……カカシは、「遊び」に慣れているんだろうか。他の人とも同じように軽く誘ったりしているんだろうか。
俺にとってあの夜のことは忘れられない重大な出来事だった、けれどカカシにとっては「遊び」の一環だったということだろうか。俺は……遊ばれた? カカシにとってあれはさして特別なことではなかった?
そう思うとなんだか……少しむかつく。俺だけがこんなに中の疼きに悩んでいて、なんだそれ。
「……いいぜ、あんたの遊びに付き合ってやる。」
冗談のつもりだったのか、カカシは少し驚いた様子だった。
「……ほんと? 俺は嬉しいけど、いいの?」
繋がれた手を引っ張って、俺は右の道に足を向ける。
「いいって言ってんだろ。遊んでやるよ。」
「本当に? えー楽しみ。念のため確認するけど、今日は最初から合意だよね?」
遊ばないか、って言っておいて、合意とか、そういうことは気にするんだな。変な奴。
「……合意じゃなきゃ〝いい〟なんて言わねぇよ。」
「そっか、それは嬉しいな。あ、でも最初に言っておくよ。あくまで遊びだから、間違っても本気にはならないでね?」
またカカシの言っている意味がよくわからず、眉をしかめた。……本気? 何に対する本気? ……恋愛感情を抱くな、とかそういう意味だろうか。……カカシに恋愛感情? そもそも男だし、それはないだろ。
「……遊びなんだろ、なら楽しむのが目的だ。それとも〝本気で遊ぶな〟って意味か?」
それを聞いたカカシはふふ、と笑った。
「本気で遊んでくれるなら、それはそれで大歓迎。」
カカシの家に着いて、玄関のドアが閉まった瞬間にカカシは俺の方を向いてキスを……舌を差し込んで口内に沿わせて舌を絡める。おいおいもうかよ、と思いながらだんだん俺もそのキスに応えて、夢中になっていった。
離れていく唇、カカシは俺の顔を見て、クスッと笑う。
「サスケ、顔真っ赤……」
……逆にカカシはなんでそんな普通の顔してられるんだよ。……遊び慣れてるから?
なんだか腑に落ちないまま靴を脱いで上がって、カカシはキッチンに弁当の袋を置くと背広を脱いでハンガーにかけた。
誘導されるままに座椅子に腰掛けたカカシの上にまたがると、パンツをずり下ろされる。ローションのついた指がそこに入ってきて、いつも自分でしている時よりも心臓は早鐘を打っていた。
「……あれ、ちょっと緩くなった? ……もしかして自分でしてる?」
もうすでに顔は真っ赤なんだからこれ以上赤くなりようはないだろう、そう思ったけど俺の表情は図星だとカカシに伝えてしまったらしい。
くすくす笑うカカシに精一杯の憎まれ口を叩いた。
「ローション渡した奴が、それ言うのかよ。」
「ああ、そういやそうだったね。サスケ、前屈みになって俺の首にしがみついて……そう。」
出入りを繰り返す指が、次第にそこを刺激し始める。いつも自分がやっているのと同じなのに、カカシがそれをするとどうしても気持ちいい。
「っ、は、……っぁ、」
「声、抑えないで? せっかくなんだから、たくさん楽しもうよ」
声を出すことが恥ずかしい、と思ったけれどそうだ、これは遊び。遊びなら、ちゃんと楽しまないと損だ。
「はっ……ぁ、あっ、そこ気持ち、いいっ……!」
感じるたびにカカシにしがみつく手に力が入る。びく、びく、と震えながら、激しくなる指の動きにどんどん頭が快感に侵食されていく。その侵食されていく感覚さえ気持ちいいと感じる。
「あっ、あ、あっ! あ、ぁあっ! きもち、んっ! っあ、あっ……!」
もっと没頭したい、自分では得られなかったこの感覚をまた脳に焼き付けたい。
ビクッと体が固まって、カカシのシャツに俺のそれが飛び散る。そんなのお構いなしにカカシは指での愛撫を続ける。
「もういっ、っあ! あ、あっ、カカっ! ぅんっ! あっ、っん! やめっ、あっ!」
もう過去のことのようにあの夜のことが忘れ去られていくのがなんだか嫌だった。レジカウンター越しに話をするたびにその思いは募って、ああまたサスケをハメたいなぁと思いながら、あの時の声を、表情を思い出しながら自慰にふけっては、またできないかなぁ、なんて思っていた。
一緒に帰るチャンスが巡ってきたとき、どう切り出そうか悩みつつ横断歩道を渡りながら軽く誘ってみたら意外にもサスケは乗ってきて、自戒も込めて「本気にならないでね」と笑って、玄関に入った瞬間に我慢出来ずにキスをした。
サスケも自分でしていることがわかって俺は少し嬉しかった。サスケに俺の痕跡を残すことが出来ていた。であれば、今日はもっとその頭に、身体に俺の感覚を刻み込んでやろうと俺はしつこくねばっこい愛撫でサスケを何度もイカせた。
くったりと俺にもたれかかるサスケの重みを感じながらあの夜のことを思い出す。あの日もしつこく指でイカせ続けて半ば強引に合意を取り付けた。でも今日は違う、サスケもそうすることを望んでこの家まで来てくれたのだから。
ベッドに横たえたサスケはやっぱりくたっとしていてイッた余韻に浸っていた。天井を見つめるその黒い瞳を俺の方へ向かせたいと思うのは決して本気だからではなくタチとしては当たり前に湧く気持ちだ。
目の前で手を振って名前を呼ぶとサスケはその瞳を俺に向けた。期待、興奮、充足感が混じり合った揺れる瞳は食べてしまいたいくらいに俺を囃し立てる。
膝を曲げてそこにあてがったとき、サスケはそこと俺の顔を交互に見た。あー……やっぱりこの子、かわいいわ。他の奴には取られたくないなぁ。話を聞いている限りではその心配はなさそうだけど、俺をもっと忘れないように、もっと俺のことで頭がいっぱいになるようにしてやりたい。独占欲……とまではいかないけど、こうして俺との「遊び」にハマってくれたら良いなと。そしてちょくちょく「遊び」に来てくれるようになったら嬉しいなと。そのために今日は前回よりも目一杯感じさせて、イカせて、深く身体に俺とのセックスを刻み込んであげないと、ね。
『本気にならないでね』
カカシのその言葉の意味が理解できたのは、「遊び」が終わってからのことだった。満足感、心地良い疲労、何よりもカカシのそれ……カカシとのセックス……で合っているんだろうか、それは前回にも増して気持ち良くて何度も意識が飛びかけた。そしてカカシに特別な感情が芽生えそうになって、いやこれは遊びだ、と自分に戒める。
「今日もいっぱいイケたね、感じやすい子、好きだよ。」
繋いだ手も、この「好きだよ」も、恋愛感情とかそんなものではなくて、子ども同士が鬼ごっこで遊んだ後のそれと同じ、その程度の意味の「好き」。カカシにとってこれは、その程度のこと。ただの遊び。
こんな遊びをカカシは他の人ともしているんだろうか、と思うと少し複雑な感情が芽生える。だって、こんな思いを抱く人が他にもいて、そいつがカカシと「遊ぶ」のを楽しみにしているなんて、……なんだか嫌だ。
布団から起き上がれないまま、息を整えながらそんなことを考えていたら、カカシは「先、シャワー浴びてくるね」と浴室に入って行ってしまった。
もう「遊び」は終わった、あとは後片付けをして帰るだけ。……まあ、そうだよな。遊びって、そういうものだ。
最中のあの情動的な眼差しも、表情も、あれは遊びを楽しむ子どもの顔なんだと思うと、少し腑に落ちた。カカシはこういう事を楽しんでやってる。たまたま今日俺が相手だっただけで、きっと他の人とも。
だから俺が特別カカシにとって重要なわけじゃない。それがカカシが言った「本気にならないでね」の意味なんだ。
俺たちの「遊び」はそのあと数日、レジカウンター越しで話題になった。こんなところで話すなよ、と思いながら誰もいないしいいか、と話に付き合う。
俺とカカシの関係は、遊びの後も変わらなかった。
カカシは良い人で、いいお客様で、そして兄さんみたいな存在で。
関係は変わらなかったけど、でも俺たちは時折一緒に遊ぶようになった。俺はカカシとの遊びを楽しみにするようになって、そしてカカシも俺を誘うということは、きっと俺と同じなんだと思う。
遊びの回数が増えていくにつれ、多分俺女を抱くって事はこの先ないだろうなと思うようになった。カカシとの遊びの方が、きっとはるかに気持ちいいから。
友達ではないし、もちろん恋人なんかでもないし、こういう関係ってなんて呼ぶんだろう。ただ忙しい日々の中でカカシと会話する時が、接する時が、少し嬉しいのは確かだった。