知られてはいけない
遺されたもの
カカシの家のリビングで、呆然と立ち尽くしていた。混乱している。あいつさっきなんて言った。この数日間、あいつは俺に何を話しかけていた。
さっきまでカカシが座っていたソファに腰を下ろす。昨日までカカシは隣に座ってひたすら俺に話しかけ続けていた。それが何だったのか、確かめなければいけない気がした。……でも、もう確かめようがない。
ソファに身を預けて天井を眺める。その視界の中にカカシの忍犬がひょこっと顔を出す。あのパックンとかいうチビじゃなくて……なんかデカいやつ。
「……何か用かよ。」
「……別に、あのカカシが惚れた奴の顔を拝んでみようと思っただけだ。」
そいつはしげしげと俺の顔を眺めて、すっとどこかに行ってしまった。
“あのカカシ”……?
そういえば結局俺たちはカカシのことをほとんど何も知らないままだ。ずっとそばにいた忍犬達はカカシのことを知っているのだろうか。
「なあ、カカシはどういう奴なんだ。今までも……こういうこと、してきたのか。」
犬達が静かになって、様子を伺ってみたら何やら意見が割れているようだった。首を横に振ってる奴、前脚を上げてる奴、その脚を踏んで睨みつける奴……。
その中で小さいの……パックンがため息をついて一匹その輪から離れていく。他の忍犬がガウだのバウだのとパックンに向けて威嚇の声を上げるがお構いなしに部屋の端にあるテーブルに向かって行った。
ついていくと、ずらりと忍術書なのか指南書なのか本が綺麗に整頓されて並んでいる。そのテーブルに乗って引き出しにちょんちょんと前脚を伸ばす。開けろってことか?
他人の家の物を勝手に漁るのは気が進まないが、カカシがここに住めと言ったからには俺も住人なんだから、まあいいだろうと自分を納得させる。
中にあったのは分厚い……手帳、のようだ。手に取ってパラパラとめくると1日1ページのタイプらしい。でもそこに書いてあるのはスケジュールではなく……殴り書きのページも多いが、日記、と呼ぶのが一番近いのだろうか。毎日何かしら書いているみたいだった。
「カカシが本音を晒してるのはその手帳の中だけだ。知りたいのなら読んでみろ。」
手帳の中にしかない本音……そんな物を読んで許されるのだろうか。
しばらく考えてから、手帳を戻して引き出しを閉めた。カカシの生々しい頭の中を覗くのが気持ち悪い。知ったところで俺にした事が最低なのは変わらない。
「……必要ない。」
自分の家に帰ろう。替えの服や薬をバックパックに詰め込んで、鍵をかけたら忍犬に渡せばいい。
しかし、俺のバックパックはどこにあるんだ。
リビング、寝室のクローゼット、洗面所、探したけれど見つからない。忍犬に聞いてみても目を逸らされるだけ。仕方なく蛇を口寄せして匂いで探させることにした。
服やバンテージはすぐに見つかった。けれど一組は洗濯機の中で、汚いままバックパックに入れるのも嫌だったから洗濯機を回す。
肝心のバックパックは家中探させたけど見つからなかった。まさか、捨てられたんだろうか?
ため息をついて、またソファにどかっと腰を下ろした。どうするかな、と天井を見上げていると記憶の奥底からあの声がかすかに呼び起こされていることに気づいて、思わず意識を集中させる。
『……がえてばかりだよね、こんなに大切に想ってたはずなのに……』
これは、……カカシの……あいつはもっと何かたくさん話してたはずだ。
思い出せ、記憶を、掘り起こせ。
嫌われてるってわかってた。
だから正攻法じゃきっと意味がないって思ったんだ。
繋がる回数を増やせば、番だから、絆が深まるんじゃないかって……。
サスケが俺に……全てに心を閉ざしてから、俺の言葉を何も聞いてくれなくなって。
でも最中には応えてくれるから、この声は届いてるんじゃないかと勘違いしていた。
……実際にはその度にサスケに苦痛を強いていただけだったし、何も届いてなんかなかった。
もっともっと早くそれに気がつくべきだった。
ごめんって謝らなきゃいけなかった。
……間違ってばかりだよね、こんな大切に想ってたはずなのに、こんなひどいことをしてさ……。
サスケがオメガだと知った日から、この子は俺が守らなきゃいけないんだって、ずっとサスケを見てきたんだ。
優秀なアルファのうちはであり続けるための、血の滲むような努力もずっと見守ってきて……想いは強くなって。
ヒートにする薬を飲ませた日……サスケのフェロモンに未だかつてない感情というのか……情動……とにかくこころが揺らいだ。
運命の番、ってもしかして、って。
でも俺は上司だから、上司として対応しなければと思ってた。
だから娼館でも、セックスだけはしなかった……結果サスケに嫌われたきっかけになったけど、仕方ないって。
適度に距離を置いて上司と部下の立場を守らなきゃって思って。
だから火影様からサスケの相手をしろって命令が降ったときは、どうしたらいいのか分からなかった。
セックスをしてしまったら、上司として保っていた体面が崩れてしまうと思って。
実際にボロボロに崩れたんだけどね、サスケは覚えてないみたいだったけど……まあ、この話はいいや。
……サスケ?
……聞いてない、か……そう、だよね。
いいんだ、これは俺のエゴだから……許してもらおうなんて思ってない。ただサスケに伝えたい、っていうただのエゴ。
情けないんだけどさ、どうしたらいいかわからないんだ。
今までこうなった部下は戦線を離脱してきたから、どうケアしたらいいかなんて教わってもないし学ぶ機会もなくって。
俺にできることがあるなら何だってやりたいよ……俺が原因なのに、おこがましいとは思ってる。
だけど俺がサスケの番だから……いや、サスケのことが大切だから……なんて、どの口か言うんだって話だよね。
……聞かれてないってわかってるのに、なんで今更話したくなるんだAろうね。聞かれてないからこそ言葉が出てくるのかなぁ……。
そろそろ……寝ようか。おやすみ、サスケ。
……愛してる。