知られてはいけない
葛藤
カカシと番になった、この事実はどうしたって覆ることはない。カカシの抑制剤をすべてダメにした俺にも一端の責任はある。発情期のアルファとオメガがどうなるのかなんて知らなかった、では済まされないことだった。ドロドロに溶け合うような待ち侘びたセックスは頭がおかしくなりそうなほど気持ちよくてバカみたいに腰を振るカカシを嘲笑いながらその腰がもたらす快感にいちいち目から星が出るような衝撃を受けて、幻術にでもかかっているかのようにカカシ以外何も感じることが出来なかった。言葉で表し難い充足感、幸福感で満たされて、あの瞬間俺は確かに歓びを感じていた。今日だって。
「……サスケの荷物がまだ家にあって、驚いた。何でって思った。サスケは俺に……いい感情は持ってないと思ってたから。もしサスケがこの家に帰ってきたら、一番に謝ろうと思ってた。」
「……」
「いざサスケが帰ってきたとき、愛しさで頭がどうにかなってしまいそうなくらい……謝ろうと思っていたのに、……自分を止められなかった。もうしないと言うはずだったのに、真逆のことをしてしまった。こんなにも自分の自制心が弱いだなんて思ってもみなかった。」
「……で?」
「少しだけ、期待していた。俺が感じているのと同じ感覚をサスケも感じてくれていたら、って。運命の番と繋がる歓びをサスケも感じてくれていたら、何かが変わるんじゃないかって。」
「それはもう手帳で読んだ。」
「現実は……そんなふうにいかない。わかってたのにやっぱり期待してしまう。」
こころを閉ざしていなければ。
蛇の言う通りにしなければ。
もしかしたら、そう感じていたのかもしれない。
今日のようなセックスを正気のまま毎日繰り返していたら、俺もおかしくなっていたかもしれない。
それは番である以上、自然なことだ。カカシが言うように、本当に運命の番なのであれば、余計にそうなるだろう。オメガの俺にはわからないくらいに、アルファのカカシが影響を受けていてもおかしくはない。
現にカカシは今日、また俺を……いや、俺も……本能では、望んでいた。カカシと繋がることを。
カカシの家に居座り続けたのも、カカシの手帳を全て読んだのも、カカシの言葉を思い出そうとしてきたのも、カカシの全てを知りたくて、でもどうしてそう思うのかはわからなくて、カカシの残り香のついた枕を毎晩抱きしめて、自分が一体どうしたいのかわからなくなっていった。
許せない、憎い、ざまぁみろ、そう思うこころとは裏腹に、カカシがいない喪失感を埋めるために枕の匂いを嗅いではあの大きな手で抱きしめられる夢を見て、起きたらカカシはいなくて、違うあんな奴と二度と会いたくなんかないと思いながら、まとめかけた荷物に手をつけないままカカシの家に残り続けた。
矛盾したこの想いに蛇はもう何も言わなかった。何も言ってくれなかった。あんなにも俺の助けになってくれたのに答えをくれなかった。
理性をとるか、本能をとるか。
でも理性をとったところで、次の発情期が来たらカカシを頼らざるを得ない。
それだったら俺も本能のままに全て受け入れた方が楽なんじゃないのか。番になってしまった以上、カカシとはもう離れることは出来ないのだから。
でも、それでもカカシのしたことは、とても許すことは……。
「……俺、去勢手術受けるよ。」
沈黙を破ったのはカカシだった。
「そしたらもう、サスケを傷つけることはないでしょ?」
顔を上げて、力なく微笑むカカシの頬を、俺はぶん殴っていた。
殴ってから、なんで殴ったのか自分でもわからなくて拳を見つめる。
「あんたは馬鹿で愚かだ。」
口が勝手に動いていた。
「それで全て解決すると思ってんのか。」
何を言うつもりなんだ俺は。
「あんたが種無しになったら俺はどうなる?」
その言葉はまるで。
「俺を番にした責任から逃げるな、自分勝手が過ぎるんだよあんたは!」
殴られて横を向いたままカカシは、目を見開いてその頬に手を当てていた。
「でもそうしないとまた……」
「あんたがどうしようもないバカなのはよくわかった。あんたを許すつもりもない。でも俺たちはもう番だ。運命とかどうとかは知らねえけど! だから俺の番としてやるべきことをやれ。俺だって……」
目頭が熱くなる。
だめだ、こらえろ。
「あんたをずっと待ってた……!」
横を向いたまま間抜け面の目が俺の顔を捉える。
涙がこぼれ落ちるのをなんとか押しとどめて、カカシを睨みつける。
カカシは間抜け面のまま、瞬きひとつせず俺の顔を見つめる。
ああ、何言ってんだ俺は。
けど言ってしまったことは覆せない。
事実として、カカシと繋がっている瞬間はこれ以上なくこころが満たされて、身体が歓びに満ちていた。
脳がフェロモンに侵される感覚は表現しがたいくらいに本能を刺激してカカシだけを求める。
状況が理解できていない顔のカカシ、俺だって意味わかんねえ事言ってると思う。
けどこころに嘘はついていない。
「……ごめ、話を整理……してもいい……?」
「ひとりでやってろ、ウスラトンカチ。」
俺は間抜け面を残して、シャワーを浴びるために寝室を出た。
どんな理屈でこんなことが頭に浮かぶのかわからない。
カカシは許さない。でも俺にはカカシが必要だ。カカシのことを思うとその顔を見たいと思う。抱きしめあいたいと思う。繋がっていたいと思う。こころも、身体も。全て一緒になって混ざり合いたい。
この気持ちに名前をつけたくない。そんな陳腐な言葉じゃ足りないくらいに、俺はカカシのことが。
「……は? ……まさか、俺はカカシを……。」
嘘だ、嘘だ、そんなわけがない。だってカカシは俺を。俺に。何度も何度も酷い扱いを、した、のに。そんな奴を。
そんな奴としたさっきのセックスが頭をよぎる。違う、あれはカカシのフェロモンに狂わされて。……フェロモンに狂わされ……る、のは、そんなに悪いこと、なのか。
〝愛してる……〟
カカシの声……幻聴……?
後ろから抱きしめられる感覚に、現実だと気付
かされる。抱きしめられているだけなのに、なんでこんなにもこころが安らいで、あたたかい気持ちになって、熱い想いが湧き上がってくるんだろう。
『おれも』
口だけ動かして、声には出さなかった。
この気持ちは、どう理屈でこねくり回そうと変わらない。変えられない。
全部に納得いくわけじゃないけど、もう認めるよ。
……俺はカカシが好きだ。