知られてはいけない
事実
「……う……?」
身体中がだるくて重い。腰と股関節が痛む。それとは別に首筋がじんじんと痛い。
妙にふかふかした布団。見覚えのない天井。その視界に蛇の顔が入り込む。
「良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞く?」
「……前者から。」
「発情期、終わったぜ。」
ハッと目が覚めた。発情期。俺を苦しめ続けたあの発情期が、ようやく、終わった。次の発情期まで、普通に……普通に、過ごすことができる。たったそれだけの事がこんなにも嬉しく感じるなんて。
「悪い知らせの方、……お前、噛まれたぞ。」
……噛まれた? どこを? それの何が悪い……いや、いやちょっと待て。首筋に感じる痛み。手でそっと触れると鋭く痛む。……まさか、これって、……嘘だろ。
「カカシ、か……?」
「一応、妨害は試みたが、上忍には敵わなかった。すまねえ。」
首を、アルファのカカシに噛まれた、ということは。つまり、俺とカカシは……。
部屋の扉が開く。重い身体を起こして入ってくる人物を待つ。入ってきたのは……上半身裸で下半身にバスタオルを巻いた、カカシ。俺と目が合うとバツが悪そうに視線を逸らす。
「……悪い。最初に謝っておく。……言い出しにくいが……。」
苦虫を噛み潰したような、苦々しい表情。そんな顔を俺に見せて、一体何を言うつもりなんだ。
「……俺は、……お前のうなじを、噛んでしまった、みたいだ。……つまりサスケは……俺の番になった……事になる。」
やっぱり、この首筋の痛みは、噛まれたというのは、本当に、本当に俺とカカシが。
「……意味、わかんねぇ。アルファはオメガのフェロモンまともに浴びたら誰にでも噛み付くもんなのかよ。……違うだろ、なんで俺なんだ、なんで噛んだんだ!」
「……すまない。というのも、俺も記憶が定かじゃない。サスケが抑制剤を駄目にしちゃったから、一回痛い目見せとくか……と思ったところまでは良かったんだが……。」
「こいつは途中で正気を失って、お前に噛みついた。」
「事前に打ってあった抑制剤の効果が切れた後のことだと思う……すまない。ただ……」
すまない?
そんな言葉で済むことだと思ってるのか?
「言い訳なんか聞きたくねぇ……どうしてくれるんだよ、この落とし前は。なあ、おい。どうするつもりなんだよ……っ。」
「……悪い。悪いことをした。すまない。サスケの意思に反して、サスケの一生に関わることをしてしまった。事の重大さはよくわかってる。だから本当にすまないとは、思ってる。」
頭をいくら下げられたところで、もう俺とカカシは番になってしまっている。もうどうしようも出来ないじゃないか。
……それなら、それくらいなら。
「……いくら謝られたところで、噛んだ事実はもう消えねぇ……一生に関わる事をしたって自覚があるのなら、……俺に発情期が来る度に、あんた俺の言うことに従え。……一生だ。」
カカシは頭を下げたまま、少しの時を置いて、また口を開く。
「一生……いや、わかった。 それくらいのことはしてしまっている。従うよ。約束する。」
オメガという性を、番というクソみたいな特性をこんなにも呪う日が来るなんて。
ベッドの上でこぶしを握り締める、
番……これから一生、こんな奴としか、……。
いや、どのみち一生オメガであることは隠し通さなければならないんだ。確か番になれば俺のフェロモンはカカシにしか効かなくなる。次の発情期が来ても、カカシをいいように扱えばいい。……相手がカカシなのだけは、……すぐには納得できそうにない、けれど。
「……話は終わりだ、服着たらどっか行けよ。俺はもう少し休む。」
カカシは俺をチラと見て、目を伏せて、クローゼットから服を出すと、部屋から出て行った。
それを確認して、俺はまたベッドにバサッと身を埋め、だるくて重い身体を感じながら、想い出せる限りの記憶を辿った。
サスケにはああ言ったけど、抑制剤の効果が切れたというのは嘘だ。長期作用タイプのものを飲んでいたから。だからサスケのうなじを噛んだのは完全に俺の意志だった。……いや、フェロモンの影響は多少なり受けていただろうから、完全にとは言い難いかもしれない。
アカデミー時代にサスケがオメガだとわかってから、普通のアルファをもしのぐその頭脳が、実力が、並々ならぬ努力の結果なのだと実際に観察してきたから知っている。そうまでしてうちはの教えを守ろうとする姿には元々好感を持っていたし、上司としての体裁は保ちながら、何とか助けになりたいと思っていた。
そして身体を繋いだら、俺の腰の動きに喘ぐ声も、反応も、サスケのそれは何もかもが愛おしく感じて、セックスを重ねるにつれそれは大きくなっていって、サスケを他の誰にも触れさせたくないと思った。
……サスケは俺を拒否した。だから俺の家には来ず、またあの娼館に向かっていた。サスケが俺を避けている……もしくは嫌っているのは分かっていた。だからこそ、サスケが他の誰かと、なんて考えるのも嫌だった。サスケを独占したくなった。俺だけのものにしたかった。
……だから、正気を失ったふりをして噛んだ。サスケの蛇が止めようと首を締め付けてきたが、所詮は蛇だ。
これでサスケの一生は俺のもの。俺だけのサスケ。俺だけのために存在するオメガ。
寝室から寝息が聞こえてきて、そっと覗くとサスケはまた眠りに落ちていた。その額に軽く口づけをして寝顔を見つめる。眠るあどけない顔すら愛おしい。
もうこの子は俺だけのもの。他の誰にも……触れさせない。