伸ばした手
歓迎
証券会社の総合職として入ったが最初は誰でも営業をやらされるらしい。正直あまり得意な分野ではないが会社からやれと言われたからにはやるしかない。
気合を入れて出社した初日、挨拶のため部長の隣に立たされ30人ほどの男ばかりの先輩の視線が集まる中、俺は無難に挨拶をしてよろしくお願いいたしますと頭を下げる。
直濁の上司、係長のはたけカカシさんがいる島の端っこに用意されていた俺のデスクには名刺が5箱置かれていて、一日に一箱分配って回るのが当面のノルマらしい。
一箱100枚、道ゆく人に渡しまくるのか、それとも飛び込み営業とやらでこなすのか、ひとまずビジネスバッグに箱をひとつ入れて名刺入れにもう一つの箱から30枚ほど出して中に入れる。
次々と席を立って営業に出向く先輩社員に続いて自分も立ち上がると係長から呼び止められた。
「うちは……サスケくん、今日は俺に同行ね。いきなり放り出すほど鬼畜じゃないから安心して。得意先も回るけど、新規も行くから明日からの参考にするといい。」
正直、ほっとした。誰も何も言わないからひとりでやらなければいけないと思っていた。ちゃんと教えてくれるみたいだ。
「勉強させていただきます、よろしくお願いいたします。」
頭を下げると、また肩に手を置かれる。
「面接で聞かなかった? うちの社風、そんな固くないから呼ぶ時も下の名前だし堅苦しい敬語もそんなに気にしなくていいよ。」
「あの、でも上司ですし」
「郷に入りては郷に従え。俺はカカシ、で俺も君のことはサスケって呼ぶ。全員そうだからそのうち慣れるよ。」
「えっと、カカシ、よろしくお願いします。」
カカシは「まだ固いなぁ……」と呟きながら部屋を出て行く。慌てて追いかけて一緒のエレベーターに乗った。
新規、というのは飛び込み営業だった。挨拶に回っておりますと名刺を渡して軽く話をして、少しでも興味を持ったなと感じたらさらに資料を渡す。
「基本、売るのを意識するんじゃなくて困り事がないか聞くスタンスで。売るのは商品じゃなくて自分だ。」
メモをとりながら次の会社に向かう。自分を売る……簡単なようで難しい。つまり俺を受け入れて信用して貰えるようなトークが必要だ。
「サスケの売りは新入社員の初々しさだから、……そうだな、最初は女性を狙ってみろ。女性の方が頑張っている新入社員に弱い。」
と、言われても飛び込みで入る会社で対応するのはほとんどが男性だ。難しいことを言ってくれる。
あっという間に夕方になって社屋に戻ってきた。同行で配れた名刺は50枚。明日からはひとりで100枚。なんとなくの流れは掴めたから、あとはやるだけだ。
「今日はありがとうございました。」
係長の席の隣で頭を下げた。
「だからそういうのはいいって、教えるのが俺の仕事だし、教わるのがお前の仕事。気にしないで。」
「承知……わかりました。明日から頑張ります。」
「うん、頑張って。でもその前に、今日サスケの歓迎会あるのは聞いてる?」
「……初耳です。」
「ったく、幹事のくせにサボりやがって……おーい、アスマ。」
カカシが隣の島に声をかけると、熊みたい大男がしまった、という顔でこっちに来る。
「いや、わりぃわりぃ、ちょっと大きい案件がまとまりそうだったからすっかり抜けてたわ。19時に居酒屋で歓迎会やるけど、全員は参加しないから20人くらい。場所はいつものところだからカカシについて行けばいい。」
「わかりました」
歓迎会……正直気が向かない。けど行かないわけにはいかない。
お酒とか、まだ飲んだことないけど飲まされたりするんだろうか? 巷でよく聞く一発芸とかやらされるんだろうか。……嫌だな。
「はた……カカシさん、歓迎会ってどんな感じなんですか?」
「カカシで良いって。営業の奴ら事あるごとに飲みたがるから、その一環。特別なことは何もないよ、ただ飲むだけ。」
なんだ、それなら……大丈夫、かもしれない。
18時の定時きっかりに先輩たちはデスクから立ち上がり思い思いに話をしながら時々そのパスがこっちに回ってくる。
「期待してるぜ、サスケ!」
「あ、えと、どうも……」
「緊張するこたねえよ、見ての通りフラットな職場だからさ、ま、すぐ慣れるさ。」
その人の名前も聞けないまま言いっぱなしでどこかに行ってしまう。
どうしたらいいのか、カカシの方を伺うと軽く伸びをしてからカカシも立ち上がった。
「とりあえず、向かうか。」
頷いて、言われた通りにカカシの後に続く。
「サスケは酒強い方?」
「いや……まだ飲んだことないんです。」
「じゃあ飲みすぎに注意だな。」
「そうですね。」
「やばいと思ったら俺に言いな、他の奴ら諌めるからさ。」
「ありがとうございます。」
話しながら駅前のビルの地下にある大衆居酒屋に入って行く。19時からでは……? と思ったが、通された広間に着くと既に先輩社員たちが飲み始めていた。
「言ったろ、こいつら自分が飲みたいだけだから。」
そんなもん、なのか。
サスケが来たことにも気づかずに話に花を咲かせている。
カカシの隣に腰を落ち着かせてそわそわしていると、「とりあえずビール、飲んでみる?」とメニューを渡された。烏龍茶、と言いたいところをグッと抑えて「ビールお願いします」と答えると、カカシは机の端にあるタブレットで生中を2つ注文した。
徐々に人数が増えて全員揃ったらしい。でも特に俺に挨拶だの何だのをしろというのは回って来なかった。本当に飲むのが目的のようだ。
ちびちびとビールを飲みながら、こんな苦いものよく飲めるなぁと盛り上がる先輩を眺めて過ごしていたら、隣に知らない先輩が腰を下ろす。
「何その飲み方、ビールったらグーッといってカーッだろ!」
声、でか……
俺に注目が集まって、一気コールが湧き起こる。腹くくるしかない。
半分ほど残っていたビールを一気に飲み下した。と思ったらもう一杯キンキンに冷えた生中を渡される。もうヤケクソだ。そのビールも一気に飲み干した。
だんだん顔が熱くなってくるのがわかる。これが酔い、か。ただ、まだ熱い程度だから大丈夫だろう。
渡されるがままに飲み続けて、5杯目だろうか、頭がふわふわしてぼんやりし始めた。これ以上は、とカカシの方を見たら、トイレなのかそこには誰もいなかった。代わりに、また知らない先輩がその席に座って飲むように促す。
「すみません、ちょっと酔ってきて……」
「ここからが本番だろ、ほらもう一杯!」
両サイドからかかる圧に屈してジョッキに手を伸ばす。
部屋がぐるぐると回って見えてきて、それが覚えている最後の記憶になった。
「……、早くしろよ」
……なんか、ゆれ、てる
……? おしり、が、あれ……
「……にバレ……と……」
……でたり、はいっ、なに……
「はっ、はぁっ、はぁっ、は、はぁっ……」
あたまに……ひびいて……おれ……?
「……っ、は、いいケツしてるわこいつ」
「一旦戻せ、時間かけすぎだ。」
なにか……抜けた……なに、が、起きて……
腕を担ぎ上げられて賑やかな声の場所に移った。
「ちょっと吐かせたけど、まーこんな感じだから、後でもう一回つれていくわ。」
「お前らばっかに任せるのも何だ、次は俺が行こう。」
脇を抱えられてどこかに連れられて行く。
さっきより少し意識がはっきりしていた。
ドアを閉める音、遠くなるBGM。
ぐったりと冷たい何かに身を預ける俺のズボンが下げられる。
「せんぱい……?」
腰を持ち上げられて尻の中に指を入れられた。
え? なに、なんで
「このままいけるな」
なにを? なにが? いまどうなって
お尻に硬いものが押し付けられてそのままそれがぬるっと中に入ってくる。
「せ、なに、や、め、っは、……っ!」
「あー……もう少し飲ますか……」
腰を持つ手が俺を揺さぶり始めた。尻のそれが出たり入ったりを繰り返す。
「っは、はぁっ、っ、は、はぁっ、はぁっ、」
「……もしかしてお前、イケる口?」
背後の気配が動いて、尻の中のその動きが変わった。意図的に上側を擦っているような動きに。それと同時に変な声が出た。擦られるたびに出る声。
「うぁ、あ、あっ、あ、あっ」
「楽しもうぜっ」
きもち、いい? 何が起きて? あっ だめ
前を扱かれてビクッと背を丸める。なんで、気持ちいい、声、変な声、止まらない
「は、あっ、あ、あっ! や、だ、いく、っあ、あっ!」
白濁液がほとばしる。行き着く間もなく後ろは出入りを繰り返していてまた変な声が上がる。
なに、が、どう、なっ、て
「いくぞ、」
「え、あっ、あ、あっ! あ、あっ! あっ~~っ!!」
おわ、った? っあ、ぬけ、た……おわっ、た……
衣擦れの音、金属がカチャカチャぶつかる音、そしてコン、コンという固い音。
「入ってます」
「サスケもいるね?」
「いますが……」
「さっきの声はどういう事かな。」
「……何のことです」
「誤魔化しても無駄だよ、全部聴いてたし録音もある。」
カカシのこえ、だ
なんの、はなし……
カチャ、とまた音がする。
「サスケ……!」
「係長もどうです? いい具合で」
ガタガタ、と音
なかにまたなにか……ほそい……
「ん、あ……」
「ごめんね、全部かき出せるかわかんないけどちょっと我慢して。」
「は、ふぅ、ん……っぁ」
あ、ぬけ……
「こんなもんかな……さて。」
サスケの中に出された精液をかき出してから衣服を整えて肩に担ぎ上げた。
宴会の真っ最中の広間に顔を出して、
「完全に潰れてるから、ちょっと送ってくわ。」
と左手を挙げる。しかし送って行こうにもサスケの家を知らない。少し思案して適当なビジネスホテルに入った。
ベッドにサスケを下ろすと、薄く目を開けてはぁ、はぁ、と息をしながら今の状況がわかっていないようだった。
「……覚えてなくていいよ、今は眠りなさい。」
聞こえたのか聞こえてないのか、サスケの目が閉じた。呼吸が少しずつ穏やかになっていく。
カカシはため息をついて、どうするかな、と考え始めた。取り敢えず証拠は撮った、部長かそれともコンプラか。センシティブな内容だ、万が一はあってはならない。
「コンプラだなぁ。しかし……女性職員がすぐ辞めるわけだ。」
宴会の度にこんなことが起きていたんだろうか。もしかしたら他にも被害者がいる? ……全部監視するには目が足りないな。
「取引先から電話が来なければ……守ってやれたのに、……悪かった。」
願わくば、記憶に残っていないことを……。
ガンガン痛む頭にうっすらと目を開ける。見慣れない天井、白くてパリッとしたシーツの布団、どこだここ。
ゆっくり起き上がって痛む頭を右手で押さえながら少しずつ目を開けるとツインのホテルのようだった。隣のベッドに誰かが寝ていた形跡がある。
「誰……」
「あ、起きた?」
タオルで顔を拭きながらカカシが擦りガラスの向こうから顔を出す。なんで係長とホテルに?
「昨日飲みすぎて潰れちゃったの、覚えてる?」
昨日。
記憶を遡る。そう、歓迎会で、ビールをたくさん飲まされて、ええと、それから……。
何かあったような、なかったような。とりあえず今は頭が痛い。
「覚えてない……ね、うん。」
カカシは心なしかホッとしたような顔をしていた。
「出社はできそう?」
頭はガンガン痛むけど、入社2日目で休むわけにはいかない。
「大丈夫です。」
コンビニで買った下着に着替えて、スーツで身を纏う。名刺100枚、何とか頑張ろう。
飛び込み営業も会話の糸口さえ掴めれば、ある程度のトークはできた。相手が欲しい言葉、反応、提案を探り引き出すのは得意だ。
結果、配れたのは112枚、そして契約一件。契約は途中からカカシも同席して進めた。そのときは背中をポン、と叩かれただけだったけど、部内に戻ってきた瞬間ざわっと声が動いてほぼ全員が俺を注目した。
「……えーと……」
部長が席を立ってやってくる。手前で握っていた鞄、手首を掴まれて引っ張り上げられ、その手を包み込むように握りしめられた。
「期待以上だよ、いきなり契約取るなんて前代未聞だ!」
期待と称賛、驚きの視線に混じる嫉妬と憎悪。感じたことがある。弁論大会で優勝したとき、共通模試で校内一位だったとき。
「ありがとうございます、今後も励みます。係長に報告があるので……」
部長が手を外して道をあける。頭を下げてカカシの元に行くと、今日のノルマの報告をした。
「名刺、112枚配れました。」
またざわつきが起こる。よく聴いてみると、100枚というノルマを実際に達成する新入社員はあまりいないらしい。……目立ちすぎたようだ。
カカシだけが変わらない様子で笑いかける。
「その調子で明日もよろしく」
ほっとして自分のデスクに戻り、明日の準備をしているとスマホが振動した。
何だろう。
メッセージアプリを開いたら、トイレの中を上から撮影した10秒の動画……そこに映っていたのは、便座にもたれかかる下半身がはだけられた俺と、その俺の腰を掴んで腰を振る誰か。
何だ、これ……
顔から血の気が引いていくのがわかる。記憶にない、記憶……昨日、飲まされた後……まさか、まさか。
動画に続いてメッセージが流れた。
『これをばら撒かれたくなければ誰にも言わずに5階のトイレまで来い』