伸ばした手
道
あの日見せられた動画のタイトルから片っ端から検索して7本の動画を確認した。全て見た。サスケが本当にこれを望んでいるのか今でもわからない。でも同じ場所まで行くと決めたからには、俺は自分のするべき事をする。
人事部と面談のアポを取った。
総合職採用で営業に来た新人がなぜ早期退職するのか、アップロードされていた居酒屋のトイレでの動画、そしてサスケを連れていった二人組、その後目にした光景、社屋の中だと確認できる動画、映っている男たちの特徴から割り出した人物、そして――男たちに尻を向けて嬌声を上げるサスケの姿、見知っているものは全て伝えた。その上で、俺は進言する。
「うちはサスケ、ならびに本件に関わった6人の営業職員の解雇を求めます。優秀な職員ばかりではありますが、社内外にこの事が知れたら大きな損失になる、そのリスクを早期に排除する方が社にとってメリットと考えます。そして、このような部下に育ててしまった私も、責任を取って退職させて頂きたく――」
胸ポケットに入れていた退職届を差し出す。
「……受理をお願いいたします。」
その後、しばらく人事からの沙汰も動きもなかった。社長まで話が行っているんだろう、それなりに大きい組織だ、時間がかかるのは仕方がない。
恐らくこれが最後になるだろう、という飲みの席で、珍しくアスマが立ち上がり、声を張り上げた。
「いつも無礼講っちゃ無礼講だが、今日は特別だ! いつも以上に派手にやるぞ!」
おおっと盛り上がったのも束の間、アスマはすぐそばの席に座る部下の胸ぐらを掴んで、その顔をぶん殴った。何が起きたのか、状況がわかっていない大多数。アスマは次の部下を睨みつけてその席に向かい同じようにぶん殴る。全部で6人、顔の腫れた無惨な部下を並べて正座をさせた。
「こいつら全員、今日限りでクビだ!!」
どうやら、アスマに事が伝わっていたらしい。しかし他の職員にどう説明するつもりなんだ。
「何か、あったんですか……?」
案の定、疑問の声が上がる。こんな剣幕で殴りつけてクビだと宣告するほどの「何」が起きたというのだろうと。
「てめぇの口で言える奴、いるか、あ?」
並んで正座する6人は何も答えない。アスマにシャツを掴まれても「ヒッ」と顔を手でガードするだけだ。
「なら俺が言おう、こいつら全員、新人を狙って意識がなくなるまで飲ませた挙句、介抱すると見せかけてトイレで強姦していやがった!! 被害者は一人や二人じゃねえ、女も男も関係ねえ、その上それを動画に撮って脅して更に強姦し続けていた!!」
ざわめきが起こる。きっとこの場にサスケがいたらその注目を集めていただろう。好奇の目で見られていたかもしれない。この場にいなくてよかったと心から思う。飲みの場には二度と参加するなと最初の被害の次の日に伝えてから、サスケは一回も宴会に参加していない。
しかしこの場にいないのをいいことに、「もしかして」「サスケって」「様子が変わったなと」「あの子も?」とサスケの話をし始める。……ああ、嫌だな、この空気。
「だが俺にはまだ納得いかねぇ事がある、カカシ!!」
大声で呼ばれて、「え」と声が出る。俺に注目が集まった。この流れで俺の名前を出されると、俺まで悪い奴みたいじゃない……。
「なんでてめぇまで退職願出してんだよ! 俺の部下の話だ、責任を取るなら辞めるべきは俺だ!!」
どうやら、サスケのことまでは伝わっていないらしい。まあ……事が事なだけに人事もその辺は考慮したんだろう。
「じゃあ言わせてもらうけど、アスマお前、その6人だけだと思ってる?」
またざわつきが起こる。当たり前だ、ここに座っている他の誰かもそんな最低な人間かもしれないのだと言っているわけだから。
「今回たまたま明らかになったのがその6人、と、俺は思うけどね。そんな奴が他にもいるかもしれない中で仕事するのは御免だよ。」
「それはこの俺が責任を持って炙り出す、膿を出し切ったら俺も責任を取る。だがお前は残れ、カカシ!」
「嫌だって言ってんでしょ、だいいち退職願はもう受理されてる。あとはお前に任せるよ。」
なおも納得いかない顔で睨むアスマに、しっしっとひらひら手を振った。この話はもう終わり、という長年の付き合いの中での暗黙のサイン。
「……まあいい、今日はこのクズどもを肴に飲むぞ! ただし被害者が誰かという詮索は無しだ! 飲む気にならなくなった奴は帰っていい、こいつらを殴りたい奴は好きなだけ殴れ――無礼講だ。」
俺は手に持っていたぐい呑みに残っていた日本酒を流し込んで、鞄を持って席を立った。靴を履いてから、俺を見ているであろうアスマに片手を上げて店を出る。
あいつらしい、と言えばあいつらしいやり方だ。俺はもう会社の事なんて考えている暇はない。会社を辞めさせられたサスケが向かう先に、俺も行かなければならない。サスケが行くのはきっと……。
営業部で見かけない壮年男性がいるな、と思ったら、俺の方へ向かって歩いてきた。何だろう。
肩に手をのせられて、会社の資料や名刺はもう全て置いていっていいから、一緒に来なさいと言われたときに、ああ俺、クビになったんだと悟った。
会議室の中で詳しい話はしない、けれど退職するようにと勧められて、俺は言われるがまま自己都合の退職届を書いてその人に渡した。
財布とスマホだけが入った軽い鞄を持ってICカードで最後の勤怠を記録した後、その人にICカードを渡した。
クビ、クビか……。
明日からどうしようとかそういうことよりも先に、もう俺を快感の海に沈めてくれる先輩はいなくなってしまった虚無感で、何も考えられないまま電車に乗って、家に帰った。
布団の上に転がっているバイブを見ても今日は挿れたいとは思わなかった。
総合職採用されて嬉しかったっけ。営業部に行くって聞いたときはちょっと緊張したよな。名刺配るのも大変だったけど……契約、1000万を俺に預けてくれるって言われたとき、嬉しかったな。上司も良い人で、そのまま……そのまま普通のサラリーマンとして、少しずつ昇進して、いつか良い人に出会って、結婚して、子ども作って……って、思っていたのはいつまでだったっけ。
俺もう道を外れたよ、その世界とは反対側を向いて、ただ自分の欲求を満たすことばかり考えるようになって、こんな俺がもう普通の会社に就職……なんて、違うよな。まだ第二新卒の募集はあるけど……俺の道はもうそっちじゃない。
ああ、そうだ、会社やめたから別の方法でお金も稼がなきゃいけないんだった。
……あるじゃないか、俺にぴったりの稼ぎ方。俺に相応しい場所。俺がいるべき場所。
名刺を配る中でいくつか遭遇した、いわゆるヤクザの事務所。そのどこかにきっと、そういうシノギを持っているところがあるだろう。営業で稼いだ情報が役に立つとは思わなかったけど、明日ダメ元で扉を叩きにいこう。
小さな窓しかない三階建ての建物から出て、ふうーと長いため息をつく。嘘やハッタリは得意な方だけど、相手が相手なだけに流石に緊張した。
その入り口の扉をノックしたのは一時間前、持ち前の営業スマイルで「私を売りに来ました」と告げると扉を開けた男は訝しげに俺の全身を舐めるように見た後、「話だけ聞く」と中に招き入れられた。
俺はサスケの写真を差し出した。
「近い内、この子がゲイ風俗の斡旋を求めに来ます……モノとしては一級品、ですが、ちょいとじゃじゃ馬でして、躾が必要です。その躾・監視役として、私を売りに来ました。……ああ、参考までに……少し動画が出回っていますので、どうぞご覧になってください。」
着崩したスーツの男が黙って写真を手に取り、そしてタブレットで動画を流し見した後口を開く。
「――確かに、顔は上玉、年齢も悪くない、上客に出しても良さそうに見えるが……躾ってぇのは、あんたじゃねえと出来えねのか? うちもそれなりの人員を持っているつもりだが。」
「ええ、情報を持ってきた、ということはそれなりにこの子をよく見知っている訳です。この子はウリの経験がない、にも関わらずここに自分を売りに来るだろう、と判断できる根拠を持ってこちらにお邪魔したのですが……そうですねぇ、仰る通りさぞ優秀な人材がお揃いなんでしょう。私の出る幕はなさそうです。本日は情報提供のみで失礼することにいたします。」
出されたお茶に手を伸ばそうとしたら、「待て」と静止が入る。
「余程のじゃじゃ馬と見た。情報通りにこいつが来た時は、あんたを呼ばせてもらおう。そこであんたを買うかどうか判断する。はたけ……カカシ、だったな。」
「……ご贔屓に。」
お茶を手に取りぐいと飲んで、音を立てないように机に茶碗を置いた。
「用件は終わりだ、行け。」
この建物を無事に出るまでが営業だ。気を抜かないよう周囲を警戒しながら、そのそぶりを見せないよう鞄の持ち手を掴む。すっと立ち上がって無駄のない足運びで入り口まで行くと、出迎えた男がまた扉を開けた。
外に出てから、頭を下げて扉が完全に閉まるのを待ち、ゆっくりと建物から出た。
どっと疲れが出たがしばらくは警戒を緩めないほうがいいだろう。近くのネットカフェに入り、個室のリクライニングチェアに腰掛けてはじめて全身の力を抜いた。
こわ――ヤクザこっわ――。
けどこれで網は貼った、サスケは必ずここに辿り着く。毎日配った100枚以上の名刺と同じ数だけ持ち帰った名刺、全部確認した。その中にあった数枚のヤクザの事務所の厄介払い用の名刺。サスケはこれを頼ってウリをしに来る。その道、俺も一緒に行くよ、サスケ。
門前払いされ続けて4軒目、最後の綱。インターホンを押すと、誰も応答することなく扉が開かれた。
「本当に来るとはなぁ……。」
俺のことを知っているかのような反応に躊躇したけど、中に入れられたということはチャンスがあるということだ。
「お忙しい中ご挨拶の時間を頂きありがとうございます。私は――」
「ウリがやりたいんだろ、小僧。まあ座れ。」
え、なんで。
「は、はい。」
なんでこの人たちは俺のことを?
「誰でも入れてる訳じゃねえ、確認させてもらう。」
明らかに普通の人とは違う……オーラというのか、気配というのか、そんな大の大人に囲まれて。俺は縮こまりながら示された椅子に座る。
確認ってなんだ、なにするんだろう。
「身包み剥がせ」
「っ!」
あっという間に背広もシャツもズボンも靴も全部脱がされて裸にされてしまった。その身体を二人の男がじっくりと見回していく。
「綺麗なもんですよ、傷ひとつ無ぇ。」
「連れてけ」
腕を引っ張られて次は部屋の奥の廊下の先にある部屋に連れて行かれる。
小さな窓から光が漏れているだけの暗い部屋、デスクと椅子に書棚……事務室?
連れてきた男がズボンのチャックを開けてそれを出す。
「やることはわかるな?」
俺は深呼吸をしてから、それにしゃぶりついた。
連絡を受けて俺はまたあの建物の扉の前まで来た。軽く深呼吸してインターホンを鳴らし、はたけですと短く応えると中に招かれる。奥から漏れ聞こえてくる声……サスケがいる。
「躾に行ってみろ、あんたもテストだ。」
「はい」
足早に声が聞こえてくる部屋に向かう。
その戸を開けると、デスクにしがみつくサスケと、セックスをしている男の姿があった。
「あつ! あ、あっ、あ゛っ!! あ、ぅあ、あっ!!」
快感を貪るその姿を直で見るのは初めてだった。目を伏せたい気持ちを抑えながら、サスケがしがみついているデスクに腰を下ろしてその顎を上げて俺を認識させる。
「え、あっ! かか、? あぅっ! あっ、っあ!!」
「ウリがやりたいんだろ、サスケ。なら相手は誰だ。」
「あっ、あ、そんっ、あっ!!」
「お客様、だ。わかるか、おきゃくさま。」
「~~あっ! あ、んっ! あっ、もっ、あっ! もっと、っくださ、っぁああ!!」
「そう、何をすべきかわかるな?」
「っあああ! きも、ち、あぅっ! きもちい、い、ですっんぁっ! あ、もっ、あっ! もっとくだ、あああっ! いっ、いくいっちゃ、い、っああああ!!」
「まさか自分だけ満足するつもりじゃないよね?」
「~~~っ!! くだ、さ、奥にっ! あっ、奥に精子っあああ!! たく、さんっくだ、さ、あ、あっ、ああぅ」
「奥って、どんな穴の奥?」
「や、やらしいっあ、おれ、のっ、っあ! 穴の、おくに、ぃっ、なかっだし、っあああ! だし、おねが、あ、あつ、ああああっ!!」
後ろの男の動きが止まった、ぐり、と押し付けるようにしてから、ずちゅ、とそれを抜く。すぐに白い液体が溢れ出て、サスケは全身の力が抜けたように四肢を弛緩させた。
「よく出来たね、サスケ、いい子だ」
髪を撫でてやるとその目が潤んでいく。
「なん、で、カカシ……」
「それはおいおい」
部屋の戸が開く。恐らくはここで一番偉い人、俺と話をした人物が入ってきた。
「どうだ。」
「フェラはC、感度A、反応C……でしたが、躾でAに。」
「ほう、やり方は?」
「何か……特別な関係、なんすかね。1の声かけで8くらい理解出来てたような。」
「……ふ、なるほど。向こうで話をする。」
踵を返して戻っていく。反応は良さそうに見えたが、どうなることか。
「サスケ、服を着なさい。」
「……あ、服……向こうで脱がされ……」
よく見たら室内にはサスケの服がない。このまま、というのも何だからジャケットを脱いで肩にかけてやった。手を引いて「向こう」に歩いていく。ふたりで、一緒に、ゆっくりと。
椅子の周りに脱ぎ散らかされた服を見つけて、その近くにいた男に目配せすると、顎でくいと合図が送られてきたのを「着せろ」という指示と捉えてサスケに服を着せた。
二人で揃って例の男の向かいのソファに腰を下ろす。俺は営業スマイルで、サスケは緊張した面持ちで。
「……まあ、二人とも合格にしておく。俺たちが扱っているその手のシノギはみっつだ。ひとつは最底辺のクズの掃き溜め、ひとつはごく普通のウリセン、最後に上客向け……ま、男版コールガールみたいなもんだ。最初はふたつめに言ったウリセンで技術を磨け。あと躾を完璧にしろ。一年以内に上客向けの男娼に育てるのが目標だ。ガリガリは好まれん、適度に肉付けとけ。その管理もはたけカカシ、あんたの仕事だ。」
「お任せを」
「店の責任者と調整を入れる。初出勤日が決まったら沙汰を出す。あとは店の奴とやりとりしろ。以上だ。」
「ありがとうございます。」
俺が頭を下げると、サスケも慌てて頭を下げた。
「……ありがとう、ございます……。」
以上、と言われたからにはささっと帰ったほうがよさそうだ。サスケの背中に手を添えて立つように促し、入り口の扉に向かう。いつもの扉の男が扉を開き、俺たちが外に出た瞬間バタンと閉じられた。建物を出たとき、手を繋いでいることに気がついたサスケがその手を振り払う。
「なんでっ! なんであんたがここにいて、なんで、」
「……ま、歩きながら話そう。」
駅の方向へ向かって歩き出す俺をサスケが追いかけた。
「意味わかんねえっ! 何もかもわかんねえ説明しろよ!」
「……焦るな、時間はある。ゆっくり話そう。」