出会いのお話
睡眠
「酒くせ……何しに来たんだ」
「あれー言ってなかったっけ、しばらくサスケんち泊まるから、よろしく!」
「……」
頬を朱に染めた上忍、こと新しい上司は酒臭い息を漏らしながらあっけらかんととんでもないことを言う。
「任務中に酒かよ、ありえねぇ」
部下の生活指導も任務のうちだと昨日確かにそう言った。単なる酔狂でなければうちに押しかけてくるのもれっきとした任務のはずだ。だからこそ俺は拒否できなかった。なのに酒? 頭おかしいんじゃねーか。
「まあまあ、細かいことは気にしなーい。お邪魔するよ。」
玄関の扉を勝手に開けて勝手に部屋に上り込む。
今日はどこかで野宿してやろうか、いや、俺の部屋なのになんで俺が出て行かなきゃならないんだ。
どうやったらこの男を追い出せるか考えあぐねていると、はたけカカシは俺の布団の横に寝袋を敷いて横になった。
「ホラホラ、サスケくんおーいで。センセイが添い寝してあげるから。あ、その前にお水一杯くれない?」
どこまでも図々しい。怒りに手が震えそうになりながらコップに水を注いで渡すと、カカシは口布を下げてぐいっと水を飲み………目が合った、と思ったら、頭を掴まれて、その水を口移しで俺の口内に流し込んだ。
何が起きたかわからなかった。水と一緒に何かを飲まされた。慌てて台所に行き手を喉に突っ込むが、吐き出せない。何をしやがった、こいつ。何のつもりだ。
「ダイジョーブ、ただの睡眠薬だから。昨日眠れてないでしょ? 今日はちゃんと寝ようね」
「て……めえ……」
頭がぐらっとする。速効性のタイプの睡眠薬だ。
「出て……行け……」
足を踏ん張って台所のシンクにもたれかかる。
添い寝? 冗談じゃない。酒臭いクソ野郎。口移しで? ちょっと待てこいつ男じゃねーか。
「おえっ……」
再び薬を吐き出そうとシンクに向かうが、出てこない。
だめだ、頭がはたらかない。立っていられずその場にしゃがみ込むと、それから目が覚めるまでの記憶が消えた。
よしよし、寝たね。
サスケからもらった水の残りを飲み干して、シンクにコップを置く。
ついでに、台所でスウスウと寝息を立てるサスケを抱き上げて、薄っぺらい布団に運んだ。
しばらくは深い眠りにつけるだろうから、悪夢にうなされることもないだろう。
さっきまで修羅のような顔をしていたのに寝顔は可愛いもんだった。額当てを外しておでこに触れると、ピクッと身体が動く。ジャーキングだ。疲れてるんだろう。
サスケに布団をかけ、自分は寝袋におさまる。
今日の報告書を書きながら、スヤスヤ眠るサスケを見守った。
「ん……」
窓から差し込む日差しで目が覚めた。
何だか今日はよく眠れた気がする。いつもの夢も見ることなく、ただ目覚めはぼーっとして頭がなかなかはたらかない。
ふと横を見ると、畳んだ寝袋と紙切れがあった。何だこれ。
手にとって書かれている文字を目で追う。
『グッスリ眠ってたから起こさずにおいたよ♡目が覚めたらおにぎり食べて第三演習場に来ること。』
働かない頭を総動員させる。
今何時だ?
この手紙は何だ?
寝袋?
血の気がサーっと引いていくのがわかった。
そうだ、昨日の夜帰ったらあいつがいて、睡眠薬を………口移しで飲まされた。
時計を見る。もう十時を回っていた。十二時間は寝ていたことになる。そりゃよく眠れたと思うわけだ。いやちょっと待て、今日の集合時間は九時だ。遅刻じゃないか!
まだ頭がフラフラする。
どんな強い薬を飲まされたんだ?
ていうか口移し……
「おえっ!」
当然だが何も出てこない。そう、飲まされた直後でも吐けなかったんだから。
なんなんだあいつ
なんなんだあいつ
なんなんだあいつ……!!
怒りと悔しさがこみ上げてくる。
演習をバックレようかと頭に浮かぶが、ナルトとサクラには遅刻以上の迷惑はかけられない。
風呂場の蛇口をひねってお湯を出しながら、昨日貰ってきたおにぎりを口に放り込む。
あれが上司? ふざけんな。
これからずっと? ……ふざけんな!
熱めのシャワーで無理やり目を覚まし、急いで支度をした。
結局演習場に着いたのは十一時を回った頃だった。
「おー、来たか。グッスリ眠れた?」
言いたいことは山ほどあったが、ナルトとサクラの手前ぐっとこらえる。
「あんたのおかげでな!」
殺気を込めて睨みつけ、ナルトとサクラに遅れたことを詫びる。
昨日は変な夢を見て最低の目覚めだったと思ったが、今日はもっと最低だ!
しかもあいつは「しばらく泊まる」とか言っていた気がする。これが続くのか!? それ自体が悪夢だった。
「サスケくん、体調が悪いってカカシ先生から聞いたけど……もう大丈夫なの?」
事情を知らないサクラが心配そうに見上げる。
俺が体調が悪い程度で遅刻なんかするかよ!
「ああ、大丈夫だ」
正直まだ頭はすっきりしないが、軽い演習程度なら問題ない程度だった。
「んじゃー、サスケも来たことだし改めて今日の演習について説明するぞー」
へらへらと笑うその顔に業火球をぶち込みたい気持ちをなだめて三人で話を聞く。
今日の演習は「宝探し」
ただし、何が宝なのかはわからない。演習場のどこかに隠してあるそれを協力して探し出せ、という内容だ。
「実際の任務でもアレを探せ、ただし詳細は不明、てのはよくある。情報収集能力が問われるぞ。昼休憩は三人で話し合って決めて三十分取ること。夕方の五時までに見つけること。俺はその間ここで待ってるから、まあせいぜい頑張りなさい。以上!」
情報収集たって、知ってるのはカカシしかいないんだから奴からヒントを引っ張り出さないといけない。
一旦カカシから離れて、三人で作戦会議だな。
よっしゃー! 行くぞー! と腕を上げるナルトの首根っこを掴む。
「何もわからないのにどこ行くつもりだ、ウスラトンカチ」
演習場の木陰に引っ張っていった。
「カカシから出た情報をまずまとめるぞ、いいか。」
「協力して、って言ってたわね。私たちそれぞれの力を使わないと探せないものなのかしら。」
「俺は影分身だってばよ!」
「隠してあるってことは相手がいる話じゃない、ということは地面の下とか、木のうろとかに隠されていると推測できる。」
「私は探し物に役立つような特技持ってない……。どう協力すればいいの?」
「俺もお前らの特技や能力は知らないに等しい。まずはお互いのことを知ることが重要だな。手っ取り早いのは……」
全員が目を合わせる。
「敵だ。敵に対してどう行動するか。お互いによく見る。見ながら少しずつ連携を図っていこう。」
「でも敵なんていな……あー!」
「うるさいぞウスラトンカチ」
「カカシ先生を利用する……ってこと?」
「そうだ、情報源はそもそもあいつしかいないし、カカシに手を出してはいけないというルールはない。まずは情報を引き出せるように仕掛ける。が、簡単には出てこないだろう。第一手がうまく行かなければ攻撃だ。なに、相手は上忍だ。殺すつもりでやっていい。いいな。」
「それなら……あのね、多分最初はカカシ先生は戦わないと思うの。防戦か、避けるか。私たちがお互いを知りたいのと同じくらい、先生は私たちの力量を見たいと思う。私ならそうする。」
「そこにどれだけ隙を見つけられるかだな。」
「それなら俺が第一手をやるってばよ! いい考えがあるからよ!」
三人、目線で合図した後、それぞれに散った。
三人仲良く森に入ってから十分、あたりは静まり返ったままだ。イチャパラのページをめくる作業がはかどる。
と、森の中の気配が変わった。こちらに近づいてくる。三人……いやそれ以上?
さしづめナルトの影分身だろう。
果たして、森の中から現れたのは、ボンッキュッボンなお姉さん一人だった。
「暇そうね、センセ……♡」
「ナルトだな?」
「ゲェッ! もうバレたってばよ!」
「もうその術は見たからね。で? 一人で何の用?」
「どんだけ考えてもわかんねーから、宝のことちょっとは教えて欲しいんだってばよ! 先生~お願いします!」
「ハハハ、ナルトらしいなぁ。じゃあちょっとだけヒント……って、出すわけないでしょ。夕方まであるんだから十分そこそこで根を上げないの。」
「え~~だめ~~??」
「ダメだ」
ね、と最後まで言おうとカカシの口が動いた瞬間、その首が吹き飛んだ。
(うわ~~やりすぎだろサスケ~~!! )
ナルトは動揺するが、同時にそれが丸太に変わる。
いつのまにかナルトの背後にカカシの姿はあった。
次の瞬間、十人のナルトが森からカカシめがけて攻撃に出る。影分身の術だ。首に思い切りクナイを刺す、が、そのカカシも丸太に変わる。
「どこだってばよ!?」
合計十一人のナルトが一斉に辺りを見回すと、一本の木の幹に座るカカシの姿。
一番近くにいるナルトが素早く印を結ぶ。
すうっと息を吸い込んだかと思えば、次にその口から出てきたのは
「火遁・業火球の術!」
幹ごと燃やし尽くす火炎の球がカカシを襲う、と同時にナルトの変化がとけてサスケの姿になった。
「やったか!?」
ナルトの影分身も一人に収束していく。
しかし燃え盛る木の煙の中から出てきたのは「ハズレ」と書かれた丸太だった。
「ナルト! 一旦出直すぞ!」
「命令すんじゃねー遅刻野郎のくせに!」
閃光弾を地面に投げつけ、二人は再び森の中へ姿を隠す。
(んー、悪くないじゃない? )
カカシはイチャパラを片手に、二人が消えた森を見つめた。
三人の様子をつぶさに見ていたのは森に身を潜めていたサクラだ。
二人が森の中に入った後、"最初の丸太"が再びカカシに姿を変えた。どういうことか。
カカシは全ての攻撃を避けたように見えたが、 最初からあの場にはカカシがいなかった可能性があるということだ。つまり、幻術。本物は森の中にいて戦闘をコントロールしていたのだ。そうすると「宝」は「カカシ先生本人」の可能性がある。そして「宝」を見つけるには今のように戦闘を仕掛けてカカシ先生を近くまでおびき寄せるのが一番手っ取り早い。
問題は「宝が自ら逃げることはありうるか」……先生が宝である以上はそれもありうる。本物の任務でも起こりうるからだ。そうであれば制限時間が夕方までと長いのも合点が行く。
サクラは森に身を隠した二人の元へ急いだ。
「カカシ先生が宝??」
納得がいかない様子のナルトはすっとんきょうな声をあげた。あくまで可能性の話だが、サクラの予想が正しければ現状打破の突破口になりうる。
「もしくは、カカシが持っている"何か"というのも選択肢に入るな」
問題は、戦闘でカカシの目をあざむくのと、周囲にいるはずのカカシを探して捕まえるのと、ふた通りにチームを分ける必要があることだ。
本物のカカシの隙をつくには幻術との戦闘にもそれなりの力を入れないといけないだろう。
「まず、見つけなきゃ。でも私は二人ほどの戦闘はできない。だから私は探す方に全力を尽くす。でも、私が戦闘に参加していないとカカシ先生に怪しまれるから、サスケくん、分身の術と変化の術で私も戦いに参加しているように見せかけて欲しいの。」
「カカシ先生を見つけたら二人に合図を送るから、そこからは本体への攻撃に切り替えて、カカシ先生を押さえる。とはいえ……」
「上忍だから簡単には捕まえれないだろうな。何かしら策を立てて油断させる必要がある。」
「俺のハーレムの術に任せろってばよ!」
「さっきの戦闘のことを考えると、多分それはもう通用しないな。」
「ぐっ……」
「夕方までチャンスはある。本体攻撃に備えて戦闘の連携の確認ももう少ししたい。本物のカカシを見つけてもしばらくは手を出さずに幻術に騙されたふりを続けよう。」
アイコンタクトののち、三人は再び散った。
火遁・業火球の術!
森の中から演習場の入り口で読書を続けるカカシに向けて一直線に火の玉が飛ぶ。
再び丸太に姿を変えたカカシ、「影分身の術!」十人のナルトが虫の目のように次のカカシの出現箇所を見つける。「そこだってばよっ!」無数の手裏剣がカカシに向けられる、が、命中の瞬間やはりカカシは丸太に変わる。ナルトが再度辺りを見回したところに、新たに出現したカカシに向け空中蹴りをするサスケ、そしてあらかじめサクラがセットしておいた札爆弾が爆発する。
そのカカシもまた丸太に変わる。
「あーもう丸太はいいってばよ!!」
地団駄を踏むナルトの背後に新たなカカシが立つ。
「俺に勝とうなんて十年早いよ、ナルト」
そのカカシに向かって十人のナルトが一斉に殴りかかるが、カカシはドロンと消えてナルト同士で殴り合う羽目になった。
影分身の術がとける。
次のカカシは森の入り口の木の幹にもたれかかっている。
サスケとサクラが分身の術を使い、次々に殴りかかるのをカカシは片手でいなしていく。
「オラァ!!」
カカシの上空にクナイを両手で持ち振りかぶるサスケ、上に気を取らた瞬間、カカシの足元に現れたサスケが業火球を放つ。
「チッ」
しかしやはりカカシは丸太に。
そろそろ一旦引こう。
サスケはバックステップでナルトと肩を並べて「引くぞ」と耳打ち、「チクショー!」と吠えるナルトとともにドロンと姿を消した。
「幻術だと思っても腹立つってばよ!」
ギリギリと奥歯を噛みしめるナルト。
「でもサスケくんたちのおかげで、幻術の外にいるカカシ先生を見つけたわ!」
サクラが大成功とばかりに目を輝かせる。
「よっしゃぁ! 昼飯前に叩いて終わりにしようってばよ!」
息巻くナルトをサスケが制した。
「叩き方が問題だ。本物を見つけてもまた幻術をかけられたら終わりだからな。慎重に考えねーと……」
隙をつくにはどうしたらいい? ナルトの影分身は使える。ひとりだけ幻術外でサクラとともに行動することができる。ただ影分身のナルトとサクラだけでは本物を叩くには足りないだろう。俺がどう立ち回るかだ。
「サクラ、本物にマーキングできるか。煙でも光でもなんでもいい。それを見て俺も動く。」
サクラがコクっと頷く。
「ナルトは影分身して俺に分身の方をつけ、本物はサクラと一緒に行動」
(サクラちゃんと二人行動!? )
「サスケわかってるじゃねーかってばよ!」
いしし、と笑いながら「サクラちゃん、二人でギッタギタにしてやろうぜ!」とサクラの肩に手をおく。
「よし、昼飯前に片付けるぞ。」
イチャパラのページをめくるカカシのもとに、サスケは歩いて近づいた。
「今度は何だ? お前じゃ俺に勝てないし、仮に勝ったとしてもヒントはあげないよ」
「やってみなきゃわかんねーだろ」
二つの影が動いた。
体術を中心に組み立てる。ほとんどの攻撃は避けられる。想定内だ。そこに複数の影が加わった。ナルトの影分身だ。「おらぁっ!」渾身のフルスイングはカカシの身代わりである丸太を破壊した。
「今度は肉弾戦ってわけね」
背後のカカシがイチャパラを閉じてポケットにしまう。
サスケの姿が消え、カカシの足元に現れたかと思うと、強烈な蹴りを顔面めがけてお見舞いする。しかし逆に右手で足を掴まれてしまった。
「何やってんだってば!」
六人のナルトが次々にカカシに殴りかかるが、全て避けられる。サスケは身体をひねり、勢いをつけてカカシの顔面を狙い再び蹴り込む。
ボンっとカカシが丸太に変わった。
その時、森で爆発が起きた。
ピンク色の煙が一筋上がる。サクラだ。
影分身のナルトが消え、サスケも森に向かい走る。
「第二ラウンド突入、か。」
ピンク色の煙の中でカカシはゆっくり立ち上がり、森の奥の方へ逃げた。しかしその先々でサクラの仕掛けた起爆布が次々爆発する。ナルトは殴りかかり、追いついたサスケが業火球を放ち、サクラが手裏剣を投げる。
「逃がさねえ!」
カカシの進路にサスケが立つ。
「!?」
しかし、クナイを投げようとする手が重い。頭がくらくらして、目がかすみ、サスケはそのままふらっと木から落ちた。
「えっ!?」
サクラとナルトはこれも何かの作戦なのか分からず落ちていくサスケを呆然と見ていた。
動いたのはカカシだ。木の上からふっと消え、落ちてきたサスケをドサっとキャッチする。
「う……」
サスケは気絶するように眠っていた。
「サスケくん!」
「サスケ!」
サクラとナルトも駆け寄ってくる。
「大丈夫……だと思うけど、念のため医務室に行くか。演習は中断ね。俺が行って戻ってくるまでの間、お昼ご飯食べてなさい。」
今日は朝から体調が悪くて遅刻していたサスケだったが、演習中に倒れるなんてよっぽどどこか悪いんじゃないか、心配するサクラの頭に手をポンポンと置いて「んじゃ、行ってくるね」
ニコッと笑って二人は消えた。