出会いのお話
薬
昨日サスケに飲ませた睡眠薬は元々カカシに処方されたものだった。何を隠そう、カカシも不眠症で薬がないとろくに眠れない。そんなカカシの飲んでいる睡眠薬はグレードでいえば一番高い、有り体に言えば物凄くよく効く薬だった。
カカシ自身は薬に慣れきってしまって何ともないが、そんなに強い薬を慣れていないサスケが飲んだためにまだ薬が残ってしまっている、というのがカカシの見立てだ。
(叱られるなこれ……)
酔った勢いとはいえ良かれと思ってした行動が見事に裏目に出てしまった。
副作用に「翌日眠気が残ったりふらつきが起こる可能性がある」と書いてあるのは知っていたが、自分にその副作用が起きたことがなかったから甘く見ていたのだ。
医務室に入り、ベッドにサスケをそっと寝かせた。
「おや、はたけカカシじゃないか。まったく先生になったばかりだというのにまたサボりに来たのかね?」
医務室の影から白衣を着た女性が現れる。
「いやー違うんです、この子を診てもらいたくて……」
「うん? うちはサスケじゃないか。よく寝ているようだが……」
「俺の睡眠薬飲ませたら、効き過ぎちゃったみたいで……」
正直に白状すると、これでもかというくらいこってり絞られた。
「わかってます、俺がバカでした。ごめんなさい。そろそろ許してください。お願いします。」
すっかり反省した様子のカカシを見て、ようやく医務の先生はため息をつき、サスケに目を向ける。
「カカシ、あんたに処方されてるのはこれでもかってくらい強い薬なんだよ。しかも大人の分量ね。サスケくらいの子どもがいきなり飲んだら……二、三日は様子見だね。危険な訓練とかは避けるように。あとね、謝罪の言葉はこの子が起きた時に直接言いなさい。言う相手が間違ってる。ほんとに、もう。」
最大限の反省を示すカカシの頭をコツンと殴り、
「今日のところは預かるから、あんたは残ってる二人のところに戻りな。」
と扉に向け背中を押した。
「よろしくお願いします。」
頭を下げて、医務室を退室する。
あ――ーやっちまったなぁ。事故報告書もんだよ。
カカシは頭をぽりぽりかきながら、演習場へ急いだ。
「どこか悪いのかしら……アカデミーではこんなこと一度もなかったのに。」
「せっかくうまく行きそうだったのによーサスケのせいで……」
「病気かもしれないのに、そんな風に言わないでよ!」
「あわ、ごめんってばよサクラちゃーん!」
二人ともとっくに昼食は食べ終わっていた。
なかなか帰ってこない二人に否が応でも心配になるのはサスケに想いを寄せるサクラだった。
その時、ボフンと煙が立ち、カカシが姿を現わす。
「先生!」
サスケはいない。
「先生、サスケくんは大丈夫なんですか……?」
涙目で詰め寄るサクラに、バツの悪いカカシは視線を空に逸らした。
「んー、医務の先生からは二、三日は危険な訓練とかを避けるように様子見るよう言われたけど、大きい病気とかじゃなさそうだから、まあ大丈夫でしょ。」
大丈夫、という言葉で少しは安心したものの、この場にサスケがいないことに対して心配は拭いきれない。
「カカシ先生、さっきの演習なんだけどさー」
そんな中、重い空気をナルトの空気の読めない言葉が中和する。
「結局お宝はなんなんだってばよー」
「ん? それはナーイショ」
「えー!」
「でもまあ、お前らいい線いってたよ。うん。」
ニコッと笑ってサクラとナルトの頭をくしゃくしゃなでる。二人とも嬉しそうに笑った。
目を開くと、そこには見知らぬ天井があった。
消毒の匂い、パリッとしたシーツのベッド。
「あら、気がついたわね。」
……知らない大人の女性。
「私、里の医務を任されている者よ。目覚めの気分はどう?」
上半身を起こすが、まだふらつく。気分? 気分は……そんなに悪くはない。
「なんで俺が医務室に……」
「演習中に倒れちゃったのよ。」
演習、そうだ演習の途中だった。急に目眩のような……、ふらついて、意識が遠のいた。
よく寝た気がするけど、まだ頭はすっきりせず、眠気が残っている。こんなことは初めてだ。
「まだ横になってていいのよ、サスケくん」
「これ……は、なんかの病気なのか?」
深刻そうな顔をするサスケに、思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、医務の先生はサスケの肩に手を置いた。
「カカシ先生から君の睡眠時間が少ないと報告を受けてる。単なる睡眠不足よ、安心して。寝付くのに時間がかかってるって?」
睡眠不足……という単語を聞いて、ホッとする。大したことじゃない。と思ったが、医務の先生が続ける。
「睡眠不足を治すクスリは寝る以外にないの。どれくらいの期間短時間睡眠を続けてたかにもよるけど、例えば一週間寝不足が続いたら身体のコンディションは徹夜した次の日と同じくらい低下するというデータもある。単なる睡眠不足だけど、このままだとパフォーマンスは下がる一方ね。」
たかが睡眠、されど睡眠。
「そうね、まず寝つきをよくする漢方から始めてみましょう。」
カリカリと紙に何か書き、サスケに差し出した。
「調剤薬局で処方してもらいなさい。お金の心配はいらないわ、里が負担することになってる。一週間その薬で様子を見て、なくなったらまたここに来ること。」
“処方箋"と書かれた紙を受け取り、コクリと頷いた。
「あ、あとこれ」
机の上に乱雑に置かれた封筒を取り上げ、サスケに渡す。
「カカシ先生に渡してね。」
こちらの封筒には"診療情報提供書"と書かれていた。
「これは……?」
「お薬を出したことと、よく眠れるよう演習の時間を調整するように、という先生への指示書よ。」
里の中枢……火影の部屋なんかがある建物の中に医務室はあった。そのためか、周りを歩くのは中忍や上忍ばかりだ。
演習場へ戻るか、素直に薬局へ立ち寄るかサスケは悩んでいた。
戻らないと、多分サクラあたりが心配するだろう。
それに、封筒をカカシに渡さないといけない。
「このままだとパフォーマンスは下がる一方、か。」
カカシに言われただけでは実感が湧かなかったが、食事や睡眠を整えるのは本当に大事なことらしい。
カカシを無下に扱ったことを少しだけ反省した。とはいえ昨晩の酔っ払いと口移しは許さないが。
「おー、いたいた。サスケくーん」
頭上から急に話しかけられた。この声は
「カカシ」
「先生もつけてくれると嬉しいなあ」
かの人物は屋根の上からストンと目の前に降りてくる。
「演習は終わったのか?」
「今日は早めに切り上げちゃったよ。サスケも心配だったし。もう大丈夫なの?」
ぐいぐいと近寄ってくるカカシに、サスケは思わず後ずさる。
「……今から薬局に行くところだ。」
だから邪魔するな、と睨みつけるも、カカシはどこ吹く風。
「また倒れちゃったら心配だし、一緒に行こうか」
ね、とにっこり笑う。
「大丈夫だ。ついてくるな。」
「言っただろ、お前の管理も俺の任務のうち。どんな薬もらうのか知りたいし。」
そこで封筒の存在を思い出した。診療情報なんとか。
ポケットから茶色の封筒を出し、ペラ、とカカシに差し出す。
「医務の先生から、あんたに。」
「ああ、はい、確かに」
受け取ったものの、カカシはそのままポケットにそれをつっこむ。
「読まないのか?」
「後でじっくり見るよ。それより薬局。お前どこにあるか知らないでしょ。いいとこ知ってるから教えてあげる。」
そう言ってカカシはニコッと笑い、サスケに手を差し出したが、……その手がとられることはなかった。
(しまったなー、つい子ども扱いしちゃうなー)
無理もない、目の前にいるのはまぎれもない子どもだ。
出した手をポケットに入れて、「こっちだよ」とサスケの一歩前を歩くと、意外にも素直についてきたので、カカシはそのまま薬局まで一緒に歩いた。
薬、という大きい看板の店に入ると、カウンターにいる初老の男が「いらっしゃい」とボソボソした声で言った。
サスケが処方箋を渡すと、男は店の奥に入っていった。
店の中は乱雑で、雑貨が商品棚から溢れており、表の看板がなければ薬局とはとても思えない店内だった。
この薬局のどこが「いいとこ」なのかはかりかねていると、男が紙袋を持ってカウンターに再び現れる。
「寝れないのかい?」
袋の中から薬の入った小袋を出す。
「ああ、」
「寝つきも悪ければ睡眠の質も悪いし、時間も少ないですねぇ」
横からカカシが顔を出して、勝手なことを言う。
「そうかい、この薬は寝つきを良くするタイプだ。漢方だから効きはまったりとしているが、気持ちを落ち着ける効果もある。翌日に眠気が残ることもほとんどない。寝る前に一袋飲みなさい。一週間分ね。」
お大事に。
表情をほとんど変えないまま、早く帰れとばかりに店の奥に入っていった。
「行くか」
カカシの提案に、サスケは「そうだな」と応えた。