出会いのお話
一歩
小脇に薬屋の紙袋を持って小料理屋へ向かうサスケの後ろには、相変わらずカカシがくっついていた。
まだ賑わう時間には少し早いその一角に着くと、サスケは振り返り、背後のカカシに「帰れ」と言うが、「まあ、まあ、そう言わずに。」とかなんとかはぐらかしてくっついたままだ。
今度は何をするつもりだ。
ピリッと警戒感をあらわにするが、この上忍は勝手に小料理屋の扉を開けて「こんにちは~」と声をかける。
「おい!」
「あら?」と以前注文を取ってくれたお姉さんが厨房から顔を出す。
「お客様、まだお店は開いていません……って、サスケくん?」
お姉さんはにっこり微笑むカカシの後ろで、少しばつが悪そうに佇むサスケに気がつき、困惑した表情を浮かべた。
「どうもー、サスケが世話になってると聞いて、挨拶に来ました。上司のはたけカカシです。」
奥からさらに女将さんと思われる女性が出てくる。
「まぁ、サスケくんの? ……ここでは何だから、中に入ってくださるかしら。」
こうしてカカシはやすやすと小料理屋「なが乃」の中に入っていった。
個室のひとつに通されたカカシとサスケは、出されたお茶に手を伸ばさないまま、正座して待った。
(何をするつもりなんだこいつは)
気が気でないサスケとは裏腹に、カカシは部屋を見渡し、「上等だなぁ」と独り言を言っている。
しばしののちに、障子が開いた。女将さんと板長だ。
「サスケがお世話になってます。この春から彼の上司になりました、はたけカカシです。」
改めてカカシが自己紹介をすると、机をはさんだ対面に二人は座った。
「ご丁寧に、どうも。」
二人は顔を見合わせ、女将さんがコクリと頷き、話し始める。
「ここの女将を務めています、ながのよしこです。こちらは板長のながのいづき。うちはさんは長年のお得意様で、あの事件の後もサスケくんとは何かとお付き合いしております。」
記録によれば、孤児施設を出た後のサスケのアパートの保証人として「ながのいづき」の名前があった。
夜の街をひとりで歩いているサスケに声をかけてから、なが乃とサスケの関係が始まったらしい。
「その節は、お世話になりました。」
「びっくりしたのよ、施設で暮らしてるとばかり思っていたから。でも、どうやら、もう安心してもいいみたいね。」
女将がカカシをチラと見る。
「下忍になって、しっかりした方の部下に落ち着いて。」
「これからは下忍として給料も出ますし、いつまでもお世話になるわけにもいきません。」
「そうですね、任務もあるでしょうし、そろそろここを巣立つ時かもしれませんね。」
「え、ちょっと待……」
大人同士の会話は肝心なところをぼかしながら続いていく。そのために良くわかっていなかったサスケだが、カカシの意図と会話の流れがわかり、慌てて抗議の声をあげた。
「長年お世話になってきて、急に環境が変わるのもよくないでしょうし、これからもサスケの精神的な拠り所として、彼をサポートしてあげてほしい、というのが本音ですが。」
「ええ、もちろんですよ。急にいなくなっちゃうのも寂しいものですから。」
サスケは板長と女将を交互に見る。
ここを離れるのは嫌だった。家族がいなくなったサスケにとって、第二の家族に等しい人たちだ。
黙っていた板長が、動揺するサスケを見て、口を開いた。
「サスケ、別にもうここにきちゃダメとは言ってない。でもいつまでも甘えてちゃいけない。お前はもう下忍だ。」
下忍、そう、もう里の忍者として登録した下忍だ。
「板長……」
「しっかりした良い先生じゃないか、なあ? もうただの子どもじゃない。先生について、しっかり学んで、一人前の忍として力をつけていきなさい。」
「……はい。」
女将だけでなく、板長からもそう言われると、サスケにはもうどうしようもなかった。
「まかないが食べたかったら、いつでも来ていいし、包丁の扱いなら教えてやるから、な。そんな顔をするな。」
板長がサスケの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「お世話に……なりました。」
「じゃ、長居してはご迷惑だと思うので。」
カカシがお茶を飲み干し、サスケに手を差し伸べる。
サスケはその手を取らずに、こうべを垂れたまま、黙って立ち上がった。
なが乃を出たサスケは、うつむいたままだった。
「今生の別れじゃないんだから、そんなにヘコまないの。」
今まで当たり前だったものが、そうじゃなくなった。
このこみ上げる感情は何なんだろう。
薬の入った紙袋をクシャッと握りしめる。
「サスケ?」
カカシはサスケを振り返る。
何かをぎゅっとこらえているような顔をしていた。
ああ、この子もこんな顔をするんだなあ。
「わかるよな? サスケ。」
優等生のサスケに声をかける。
彼は知っているはずだ、忍とはどういうものか、これからどんな世界で生きることになるのか。
「わかってるよ……!」
ほら、いくよ。
手招きをするカカシに応じて、サスケは一歩踏み出した。