出会いのお話
子ども
「お、珍しい組み合わせだなぁ!」
一楽の暖簾をくぐると、そこにはカカシとサスケの姿があった。
「ん? 誰だってばよ?」
ナルトもつられて首をつっこむ。
イルカはいかにも子どもウケしそうな懐っこい笑顔でカカシの隣に座った。
「サスケじゃねーか! 具合はもういいのか? あ、俺いつもの!」
イルカの隣の席にナルトが飛び乗ると、いつもの調子で元気よく注文を入れた。雰囲気がパッと明るくなる。
「薬ももらったし、大したことねー。」
ぶっきらぼうにナルトの相手をするサスケは、この二人が来るまでずっと無言を貫いていた。
仲が悪いと言っても、何だかんだ同年代のナルトの存在はサスケにとって小さくはないらしい。
すでに食べ終わっていたカカシは割り箸を揃えて「ごちそーさま!」と大将に声をかける。
それを見て、「あー!」とナルトが叫んだ。
「あー! あー……せっかくチャンスだったのに見れなかったってばよ~! サスケ、お前見たのか? カカシ先生の顔!」
「顔? ………ああ、口布のことか?」
「そうそう! どうせ変な顔なんだろ? 隠してるくらいだし!」
「別に……どうでもいいだろ顔なんて」
特に意識はしていなかったサスケは、呆れたように言う。
「ナルトお前……カカシ先生に失礼だろ!」
「いでっ!」
イルカ先生がナルトにげんこつを落とす。
「だって気になるじゃん~!」
頭を押さえながら、ナルトはまだ騒いでいた。
「美しすぎて道行く女性を全て惚れさせてしまうから隠してるのよ。なぁーサスケ。」
「普通の顔だろ……」
丼をぐいっと傾け、汁を残さず飲んだサスケが呟いた。
「え? サスケやっぱり見たのか顔! どんなだった!?」
顔は確かに見た、昨日の夜に。そう、口移しの時……。
……なんて言えねぇ!!
「おい、カカシ、さっさと帰るぞ」
クイクイとカカシの服の裾を引っ張る。
「ん、おお、そうだな。じゃっ! また明日なーナルト」
「ずりいぞサスケー! いでっ!」
イルカ先生からの二発目のげんこつをもらいながら、ナルトはいつものように手を振った。
二〇三号室の扉が開く。
「ただいま~」と自然に中に入っていくのはカカシだった。
「アンタな……!」
昨夜の「こと」にようやく文句が言える時がきた。
バタンと扉を閉めて、つかつかとカカシに歩み寄り、胸ぐらを掴む。
とはいえ、サスケの方が背が低いのでカカシは背中を丸める形になった。
「何だあの薬は! つーかなんで口移しなんだ! キモいんだよ!」
「ファースト・キスじゃないでしょ?」
サスケの脳裏に消し去りたいナルトとの接吻がよみがえる。
「そういう問題じゃねー!!」
思い切り振りかぶってカカシの横っ面にパンチを繰り出す。どうせ避けられるだろう、と思ったら、なぜかクリーンヒットした。
カカシとしては、口移しはともかく薬に関して負い目があったのだ。だからあえて、一発はもらった。
「えーと、うん、すまん、サスケ。俺が悪かった。」
素直に謝られると調子が狂う。
「何なんだアンタは! くそっ!」
カカシの寝袋を蹴飛ばし、踏んづける。
「サスケお前……そんなに怒ることもあるんだな。いつもすました顔で冷静なのかと思ってた。」
「だーれがこんだけ怒らせたと思ってるんだてめえ!」
口を開いたら油に火を注ぐだけになりそうだ。
あ、いかん、今のサスケなら本物の業火球を吹き出しかねん。
「なが乃でもそうだ、事前に説明なりするってことができねーのかこのウスラトンカチ!」
今度は蹴りが飛んでくるが、それは左手でいなした。
「まあ待て、ごめんってば。あと医務の先生からの手紙読むから、ちょっと落ち着いてよ。」
まだ怒りがおさまりきらない様子のサスケを懸命になだめると、「ふんっ!」と台所に向かっていった。
封筒を開けると、中身は睡眠時間の管理をしっかりすることと、当面午前中は寝かせて睡眠負債の解消に努めるよう書かれている。
まあ、何とかなるでしょ。
何だかんだ泊り込むことについてはサスケは拒絶しなくなった。今日倒れたことで体調管理の重要性を理解してくれたようだ。ホントは俺のせいだけど、それは医務の先生からは語られなかったようなのでこのまま隠蔽することにする。
サスケに目を向けると、プンプン怒りながら薬の袋を開けていた。まだ十九時だけど……多分医務の先生からよく寝なさいと言われたのを律儀に守ろうとしているんだろう。
サラサラ、と口の中に漢方の粉薬を入れて、水で流し込んだ。
「………」
渋い顔になる。それを見て、なんとも可笑しくなってしまった。
「……ぷっ」
「あ!?」
「プフッあはは!」
クールでニヒルで「イタチを殺す」とかキリッと言っていたサスケが、こんなにも怒ったり、苦い薬に渋い顔をする。
「ごめっふふっアハハハッ」
なんだよ、普通の子どもと変わんないじゃん。かっこつけてるくせに。
目に涙を浮かべて笑う俺を、サスケは怒るどころかエイリアンでも見つけたかのような思いで見ていた。
「あー、ひー……、スマンスマン。ぷっ、思い出し笑いです。」
「……俺はもう寝るから、静かにしろよ。」
「はいはい、おやすみ。しっかり寝な。」
サスケは電気を消して、布団に入った。スウスウと規則正しい寝息が聞こえてくるまで、三十分。うん、薬は効いてるようだ。
さて、ナルトとサクラに演習時間の変更を知らせてこないとな。
カカシは影分身を二体作り、それぞれ手紙を持たせて夜の街へ放った。
目が醒めると、寝袋から「おはよう」と声をかけられる。カカシはイチャパラを片手に、伸びをした。
よく眠れた……と思う。嫌な夢も見なかった。
しかしサスケには、カカシが泊り込むようになってから、朝、小さな変化が起きていた。
「……」
初日はカカシのしわざに違いないと思ったが、当の本人は全く思いいたるところがなさそうだった。今日もだ。何か俺にイタズラを仕掛けた風には見えない。
「……」
カカシに聞くべきか、どうするべきか。
何しろ、他にこの件について話せる相手もいない。
「なあ、あんた………」
何か身体の不調の現れかもしれない。何せ今までこんなことは起きたことがなかった。
「どしたの、サスケ。あらたまって。」
「いや……ちょっと、聞きたい事が、あるんだが。」
いつになく真面目なサスケに、カカシも寝袋をたたんで正座する。
「何でも聞くよ?」
「その……あんたが泊まりに来てから、ちょっとおかしいんだ。」
「ん?」
「起きたらパンツに……ねっとりしたものが着いてて……」
「あー、はいはい。……はい!?」
「やっぱり、なんかおかしいのか? 病気か!?」
サスケがカカシの胸ぐらを掴んでグラグラと揺する。
あ、ああー、そうね、教える人いないしね、友達もいなさそうだしね、知らないってこともあるよね。ここは大人としてクールに………視線が空中をウロウロする。
「えーっとね、うん、落ち着こう、一旦落ち着こう。」
カカシは半分自分に言い聞かせながら、二人は再度正座して向かい合った。
「今もその……そうなの?」
「ああ。見せた方がいいか?」
「いや、結構です。えーとね、サスケ君。それは夢精と言います。」
「ムセイ? どうしたら治せるんだ?」
あ~~そう来ますか、そう来ますか、そう来ますよね~~!
夢精の治し方なんて抜くしかないでしょ……どう説明するんだ……。
「んー、なおすというよりは抑える、方法ならある。あとそれは生理現象であって病気ではないから安心しなさい。」
「セイリゲンショウ……どんな方法だ? 教えてくれ。」
そうなりますよね、そう、なりますよね……。
落ち着こう俺、男として、人生の先輩として、一肌脱ぐときじゃあないか。
「ちょっと準備する時間をもらってもいいかな? ひとまず今日はパンツを洗って新しいのに履き直しておきなさい。今日の夜寝る前に教えてあげるから。」
カカシは努めて冷静に、サスケを諭した。
サスケはホッとした顔で「わかった」と頷いた。
カカシはニッコリと微笑んだ表情を顔に貼り付けたまま、その場からドロンと姿を消した。
そして夜……。
サスケはソワソワとカカシが来るのを待った。コンコン、とノックの音がしたのは二十時過ぎだ。
いつになく真剣な顔のカカシが、本のようなものが入っている紙袋を持って現れた。
「お邪魔するよ」
「あ、ああ……」
朝「準備する」と言っていたのはこの紙袋のことだろうか。カカシを部屋に上げると、布団の横に紙袋をどさっと置いて、目でサスケを座るように促す。
「えーとね。まず説明すると、夢精はサスケくらいの年齢の男の子なら大体誰でも経験するものです。」
「セーリゲンショウ?」
「そう、それ。アカデミーで思春期に男女の体に起きる変化については習ったね?」
「ああ。男は精通、女は月経。」
「よろしい。結論から言おう、朝サスケのパンツについてたねばっこいやつは、サスケの精子です。」
「え、精子って勝手に出るのか!?」
「寝てる間に精子が出る、つまり射精することを、夢精、と言います。」
「シャセイ」
ぽかんと口を開けながら聞き入るサスケ。いいぞ、この感じなら恥ずかしくない。この感じならいける。
「寝ている間に射精したくなかったら、寝る前に出しちゃえばいい。自分でコントロールして射精することを、一般的には「抜く」と言います。」
「抜く」
「どうやって抜くのかというと、こういうものを利用します。」
カカシは持参した紙袋の中から、一冊の雑誌を取り出す。そこにはふくよかな胸をあらわにしてポーズをとるお姉さんが大きく載っていた。
「………………………え?」
思考が追いつかない様子のサスケに、カカシは冷静に説明していく。
「俺たち男の身体は、こういうスケベな雑誌を見たり、スケベな想像をすると、おちんちんが大きくなる、つまり勃起するという特徴がある。勃起させて抜くことによって、精子を身体の外に出すことができる。そうすると、スッキリして夢精しなくなる、というわけです。」
「勃起」
「そう、勃起。」