逢魔刻
カカシ、
「こっち向いてよ」
これは一体、
「い、やだっ」
どういう、
「……ま、いいけど」
こと、なんだ
放課後、教室に残って自習をしていたらいつの間にか窓の外から沈む陽の茜色が差し込んでいてもうすぐ訪れる夜が帷を下ろす支度をしている時間だった。
教室には誰もいない。机の上のノートと問題集を鞄に放り込んで椅子から立ち上がるとガタンという音がやけに響いて聞こえる。
教室を出て、廊下、階段、廊下、昇降口、生徒も先生も誰も見かけることなく靴箱の戸を開けたとき、肩に誰かの手が置かれて思わず「ひっ」と声が出た。
確かに誰も見かけなかった、足音や話し声さえ聞こえなかった。じゃあこの肩の手は一体誰のもの?
振り向くとそこにいた人物、少し暗い黄昏の光を背にしたその顔は影に隠れていてよく見えない。けれどこの背格好、髪の色は見覚えがあった。
「……びっくり、させないでくれ。カカシ。」
影になって表情はわからないが、腕を組んで首を傾げる様子から注意をしにきたのだろうと想像する。
「残念だけどサスケ、きみここから出られないよ。」
想像に反してカカシの口調はいつもと同じように……いや、どことなく愉しげなように聞こえる。そしてその口調で出てきた言葉の意味が俺にはよく理解できなかった。
「どういう意味だよ。」
靴を履き替えようと靴箱に伸ばしていた手を下げてカカシの方を向く。そうしている間にもどんどん空が闇に染まろうとしている。
「おかしいと思わなかった? 鳴らなかったチャイム、ひとっこひとりいない学校、突然現れた俺……今みたいな……日が暮れかかった時間のことをどう呼ぶかは知ってるよね。」
「黄昏時……?」
「もうひとつ。実はこっちが本質なんだ。向かいから歩いてくる人の顔が影になって見えない。陽と陰が混じり合うとき。そのヒトに見えるモノは本当に人間かな? ……わからないんだよ、顔が見えないから。もしかしたらヒトではない魔性の者かもしれない。……だからヒトはこう名付けた……逢魔時。」
カカシが全てを言い終わる前に俺は上履きのまま東門に向け走っていた。アレは違う。多分としか言えないが、あれはカカシじゃない、何か別の。
自転車置き場の横を走り抜けて人一人分だけ隙間が空いた東門に手をかけて学校の敷地から足を踏み出した瞬間、俺はなぜか教室の入り口にいた。
「……っえ、は……?」
あたりを見回す。確かにさっきまで自習をしていた教室だ。自分の机もある。窓の外はさっきと同じように茜色の……待て、この時間はすぐ陽が落ちるからもっと暗くなっているはずじゃないのか。
「もうさ、逃げられないわけよ、きみ。」
また突然背後から肩に手をのせられる。ビクッと引きつれたのを嘲笑うように、込み上げる笑いをこらえながらその手は俺の肩からすすっと上腕、前腕をなぞって手首を掴んだ。
「久しいなぁ、〝残り物〟にありつけるなんて。」
身体が固まって動かない。状況を整理しろ。まず「コレ」はカカシじゃない。そして「ココ」はいつもの学校じゃない。では「コレ」は誰で、「ココ」はどこなんだ。
振り向くとそこには、茜色を横顔に浴びたカカシがいた。カカシはいつもの柔らかな笑顔で、少し猫背で、黒いマスクをつけていて、左目は傷で塞がれていて。とても別の何者かとは思えない。もしかしたら、最初からカカシは「こちら」の住人だったのだろうか。そう思わせるくらいに、茜色に染まった右半分の顔はいつものカカシそのものだった。
そのカカシの手がマスクを下げてから俺の頬を包み込む。迫ってくるその顔を俺はただ見ていることしかできない。
顔立ち、表情、背丈、手の大きさ、ふわりと漂うシャンプーの香り、それら全てが目の前の人がカカシだと示している。それなのに、お互いの吐息を感じる距離で、その人は俺の唇に自分のそれを重ねた。
違う、カカシはこんな事しない。違うのに、頭はカカシとしか認識できない。混乱する頭、離れる唇、普段見せないマスクの下の笑み。自分が置かれている状況が全くわからない。この人は誰? カカシなのか? 違う何かのか? ここは学校? それとも別のどこか?
「嫌がらないんだ? 嬉しいねぇ……抵抗されるのも好きだけど、受け入れてくれるならうんと愛しちゃう。」
「あい……?」
相変わらず固まったまま動けない俺の身体、カカシにしか見えないそれは俺のズボンのベルトに手をかけて前をはだけていく。一体なんなんだ、何をするつもりなんだ。局部をはだけられた恥ずかしさに紅潮する頬。抵抗しようと思った。思ったのに身体が言うことを聞かない。なんで? どうして? ぐるぐると回る頭。そんな俺なんてお構いなしにシャツのボタンも外されていく。肌着をたくし上げられて露出した胸の突起に、そいつは舌を這わせてチュ、チュ、と唇で刺激し始めた。
「……っ、え? ……ぁっ、な、に……っ」
甘い痺れるような刺激にピクンと身体が震える。漏れそうな声をこらえながらこれから何が始まるのかを想像して、いやまさかそんな、と否定する。否定しているというのにそいつはその手を俺の太ももにそわせてから局部に触れて、よしよしとばかりに優しく上下に扱き始めた。
「っちょ、待っ……! カカ……違う、ええと、とにかくやめろ!」
乳首を舐めていた顔がずいっと俺の目の前に来る。
「俺はカカシだよ。……ほら、どう見てもサスケがよく知ってるカカシ先生、でしょ?」
唇をペロ、と舐めて、そのまままた俺の唇に重なる、だけじゃなかった。その舌は俺の唇を舐めながら割って入ってきて、口内をぬるりと一周して舌を絡める。
「……ん、っふ、……ん、っ!」
10秒程度だった、なのにとんでもなく長い時間に思えた。離れていく舌と唇をぼうっとした頭で見つめる。
「俺はサスケの担任のカカシだ、他の誰でもない。わかったね?」
「かか……し……」
「そう、カカシ。」
扱かれている俺のものはいつの間にか芯を持っていて、カカシはしゃがんでその手の中のものを口に含んだ。
「やっ……! ……っぁ、」
思わず顔を逸らして手で口元を覆う。
カカシ
何で、そんなことを
「こっち向いてよ」
これは一体
「い、やだっ」
どういう
「ま、いいけど」
こと、なんだ
「……元気になってきた、見てみる?」
ブンブン頭を振ってギュッと目を閉じる。
やめ、やめて、くれ。
何で、カカシが、俺を、俺の、を舐めて。
ぬるりと這い回る舌が敏感なところを舐め回す。吸いながら上下に揺れる頭、感じたことのない強い刺激に駆け上がる射精感。
「っだ、めっ、やめっ……! で、る、からっ……!」
顔を背けながらカカシの髪を掴んで押すけれど、それは何の意味もなかった。
「……っ、あ、っぁ、……っく……!」
ビク、と腰が跳ねる。吐き出される精液はカカシの口の中にドクドクと入っていく。はあっと荒く息を吐きながら薄目を開いて様子を伺うと、カカシは俺の背中と足を持ち上げてひょいと机の上に乗せた。バサっと落ちたズボンと下着、露出した臀部、足をぐいと上げられてくの字になった身体、そして持ち上がったお尻にドロリと口の中のそれを出して、穴の中に舌を差し入れる。
「カカっ……!!」
「大丈夫、なーんも心配しないで。」
穴の奥に精液を押し込むように舌を入れると、立ち上がって俺の額に口付けながら指を穴に沿わせる。
ドキドキと脈打つ心臓が一層その拍動を早めていった。ゆっくり入ってくる指が中で動き始めると、どうしようもない感覚が背筋を駆け上がる。
「っあ! あ、だめ、っ……! や、あっ、あっ!」
指が動くたびに感じるこの感覚は一体何? 今俺に何が起きている? 目を開いてそこを見ようとしたら、ぐりっと強く擦られて思わず背が反った。
「は、ぅあっ!」
「まだ何か考える余裕ある?」
「カカ、や、やめ、あっ! あ、あっ、っく、待っ、ぅあっ!!」
高校生が習わない範囲のことを先生に聞いて困らせるのが好きだった。え? と聞き返す先生、しどろもどろになる先生、うろたえる先生達を眺めて悦に入るのが入学したばかりの頃のちょっとした楽しみだった。でもカカシだけは、授業が終わってから個別で教えてあげると進路指導室を借りてしっかりと質問に応えてくれた。この人は他の先生とは違う、入学して半月で俺のカカシを見る目は変わった。
先生を困らすとか、そんな事はどうでもよくなって、ただカカシにだけは、またふたりきりになりたくて時折大学レベルの質問を投げかけた。
個室にふたりで肩を並べて説明を受けながら、俺はいつもドキドキしていた。カカシとの接点を少しでも増やそうと授業では何か問われる度に挙手をした。
机の横を通るときにふわりと香るのは何だろうとドラッグストアで石鹸やシャンプー、コンディショナーのフレーバーサンプルを確認して、同じシャンプーを使ってみたりした。
俺はカカシに惹かれていた。
カカシのことが好きだった。
「あ、……ぁっ、や、カカッ、やめ、や、……っあぅっ!!」
カカシのそれが俺の中に深く入って、目からぽろ、と涙がこぼれる。
「なんでやめて欲しいの? だってサスケは俺のこと好きでしょ?」
違う、俺の「好き」はそういう「好き」じゃない。
好きだけど、好きだけどこんなこと、したくなんかない。
こぼれる涙が止まらないまま頭を横にぶんぶん振ると、顎を掴まれて正面を向かされた。
「目を開けて、サスケ」
うっすらと目を開けてみると、すぐ目の前にカカシの顔。その瞳に吸い込まれるように俺は目を開いた。
「違うでしょ? 本当は俺とキスしたくて、エロい事もしたくてしたくてたまらないくらい、俺のことが好きだよね?」
カカシの言葉が脳の中で反復する。目眩のような感覚。カカシの言葉だけが頭を占めて思考が止まる。
「……した、い……すき……」
「そうだよね、いい子だ。たくさんしようね?」
「う、んっ、あ、あっ! ぅあ、カカシ、好きっ、んぁっ! あっ、ああっ!」
だいすきな
カカシと
つながって
しあ、わせ
……?
……なにか
だいじな……こと
わすれてる
きが……する……
「サスケ、俺だけ見て俺の言葉だけ聞いて俺だけを感じて」
「あっ! うんっ、カカ、んぁっ! っだけ、おれっ」
突かれるままに声を上げて、カカシの首にしがみついて、いつ終わるのかもわからないそれが、一生続けばどんなに幸せだろうと、カカシと繋がって同じ瞬間を共有している事実に酔いしれて、もうそのことしか頭になかった。だからぼそ、と呟いたその声も、耳には届いても頭には入ってこなかった。
「……久々の〝残り物〟がこんな当たりだとはねぇ……」
聞くべきだった。
疑問を覚えるべきだった。
思い出すべきだった。
ココがどこで、目の前のコレが何なのか。
俺が写生する度にそれは頭を撫でて「いい子だね」と囁く。何がいいのかわからないままただカカシに褒められたことが嬉しくて俺は目を細める。
一生続くんじゃないかというくらい長い長い時間に感じた。でも魔の刻は明けの明星が光り始めてから少しずつ薄れていく。
遠くなっていく意識の向こうで何かが聞こえた気がした。
目が覚めると、おれは自分の机に突っ伏していた。スマホを見ると朝の6時、着信履歴が数十件、兄さんからだった。なんだか変な夢を見ていた気がする。
俺は学校で眠っていた? いや、それなら誰かが気付いて起こして帰そうとする……はずだ。
身体が怠くてまるで持久走を走り終えた後のような疲労感、喉も枯れている。
夜の間に何かあったのだろうか。思い出そうとするけど思い出せない。ただ強烈な感情だけが残っていた。
そこに、教室の扉が開く。
「……サスケ!? なんでこんな時間にここにいるの……!」
カカシだった。そのカカシに、なぜだろう、強烈な感情が動く。
「カカシ、……俺あんたのこと、……。」
それを聞いたカカシは、一瞬目を開いて、肩を揺らしながら右手を額に当てた。
「……あー、覚えてるんだ……。なら続きは生徒指導室でしようか。」
覚えて? ……何を?
訳がわからないまま、俺は手を引かれていった。