蛇足の蛇足集

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小話集,超短編,カカサス小説

これから

 3月、こたつをクローゼットにしまって、元のローテ―ブルに戻したのを見てから、サスケは俺の家を訪れなくなった。当然だ、あの子が好きだったのはこたつであって、俺の家だったわけじゃない。
 でも4ヶ月間毎日のように来ていたサスケが来なくなった家はなんだか寂しさを感じる。
 冷蔵庫に残っているサスケが作った調味料もどうしたらいいのかわからないし、サスケのために買い足した皿ももう長いこと食器棚から出していない。
 そんな家にいると、気がつけばサスケは今どうしているかなぁ、などと考えてしまう自分がいて、またサスケが通ってくれないかなぁ、などと考えてしまう自分がいて、ああこれは寂しいってことか、と思い至ったりして。
 こたつ以外にサスケが好きそうなものは何だろうと思考を巡らせながらいつの間にか3ヶ月も月日が経っていた。
 こたつに入っている時のあの幸せそうな顔をもう一度見たいと思うのは自然な感情なんだろうか、それともサスケに対して俺は特別な何かを感じているんだろうか。だとしたらそれは一体何なんだろう。この年になって、そんなことで頭を悩ませることになるとは思っても見なかったけど、家の中に残っているサスケの痕跡を見る度に感じるもどかしさの答えが欲しくなって、演習の帰り道、商店街に向かうサスケに声をかけた。
「なんだ、あんたか。」
 サスケはいつもと変わらない涼しげな顔で振り返って、ああ、この子の顔をもっと見ていたいと思った自分に少し驚いたし、反面腑に落ちた。俺はサスケのことが好きなんだなって。
「久しぶりに俺の家来ない?」
「……俺の作る飯が恋しくなったのか?」
「いや、食事もだけど、サスケが恋しくなった。」
 それを聞いたサスケは意味が分からない、といった風に眉をひそめて、俺も自分が口走った言葉に驚いて、でもまあ、その通りなんだから仕方がないといっそ開き直ることにした。
「こたつ出してる間、ずっと家にサスケがいたからさ、来なくなって寂しくなったのよ。」
 そんなことを言われてサスケがどう思うだろうか、なんて考えもせず脳みそと口が繋がっているかのように出てきた言葉に、しまったな、と思いつつサスケの答えを待ってみる。
 訝しげな顔をしていたサスケがため息をついてから俺の顔を見上げて
「それで、何が食べたいんだ?」
 と言ったとき俺のこころは踊った。サスケが家に来てくれる。たったそれだけの事がこんなにも嬉しいと感じるなんて。
「買い物しながら決めようよ。」
 差し出した手は握り返されることなく、「そうだな」とだけ呟いてサスケはまた商店街の方へ歩き始めた。
 ……手、繋ぎたかったな。
 そんなことを思ってしまう自分にはもう驚かなくなった。俺はサスケが好きだ。もっと顔を見ていたいし、一緒に過ごしたい。その手に触れたいし頭を撫でたい。
 熱心に野菜の品比べをしている斜め後ろから、「そっちの方が大きいんじゃない?」と言ってみたら、「大きければ良いってもんじゃない。切り口の大きさや水分量の方が重要だ。」と振り返りもせず答えが返ってくる。
 いろんな店を回った結果、麻婆豆腐を作ることになって、隣り合って歩きながら自分の家に向かっている最中、俺はずいぶんいろんな事を考えていた。
 
「おいカカシ、これはどういうことだ。」
 玄関の扉を後ろ手で閉めた瞬間、買い物袋を持っているサスケを後ろから抱きしめて、少し埃っぽい髪の匂いを嗅ぐ。
「サスケが来なくなってから寂しくてさ。」
「答えになってない。今しているこれはどういうことだ。」
「俺、サスケがこたつで幸せそうにしてる顔見るの好きだったんだよね。」
「だから答えになってないって言ってるだろ。」
「サスケが好きだ。だからもっとあの幸せそうな顔を見たい。幸せそうな顔じゃなくてもいい。もっとお前の顔を見ていたい。一緒においしいねって言いながら食事をとりたいしもっと……。」
 サスケは抵抗することもなく、ただ玄関に立ったまま俺の腕に抱かれながら黙り込んだ。
 受け入れてくれるわけがない。分かってる。今のうちに振られる準備をしておかないと。馬鹿なこと言っちゃったな。急にそんなこと言われて、困ってるだろうな、サスケ。
 でも、この腕を離したくない。
 サスケは黙ったまま、抱きしめる俺の腕を掴んだ。
「理由は分かった。けど季節柄今は早く肉を調理しねえと悪くなる。」
 掴んだ腕をゆっくりと下ろして、靴を脱いで台所に向かって行く。
 振られなかった。
 振られはしなかった。
 けどサスケの気持ちを聞けたわけじゃない。
 米を研いで炊飯器にセットしてから、材料の下ごしらえを始めたサスケはいつも料理しているときと同じ真剣な表情だった。いつもと同じ。それが何を意味するのか、俺にはわからない。ダイニングテーブルからその様子を眺めていると、下ごしらえを終えたサスケがやってきていつもと同じ向かいの椅子に腰を下ろす。
「飯、炊けるまであと30分あるから、炊けてから仕上げる。」
「うん、わかった。」
 俺はいつものように笑顔を向けたつもりだったけど、ちゃんといつもの顔が出来ていただろうか。ごはんが炊けるまでの30分、今までならこたつに入って幸せそうな顔をしていた。でも今は、真剣な顔で俺を見ている。何を話したらいいんだろう。考えあぐねていたら、サスケが口を開いた。
「さっきの玄関での話の件、本気か?」
 胸の鼓動が早まる。振られる、準備を……。
「俺もあんたのことは嫌いじゃない。でなければいくらこたつがあるとはいえ毎日のように通ったりはしなかった。」
 テーブルの上に載せている手を握り締める。まだ振られてない。大丈夫だ。落ち着け。
「こたつがなくなってから、どんな理由をつけてあんたの家に通うかずっと考えてた。」
 ……それってつまり、どういうこと?
 期待してしまう。もしかしたらサスケも、なんて。
 でもそんな都合のいいように話が進むものなのだろうか。
「俺もあんたと一緒に過ごしたい。一緒に飯食ったり、こたつに入ったり、みかん食ったり。そういう時間が好きだった。……俺もあんたが好きだ。」
「それってつまり」
「あんたの言葉が本当なら、これから毎日でもあんたの家に通う。」
 胸に溢れてくるこの気持ちは何だろう。
「……本当に?」
 ああ、これは嬉しさだ。喜びだ。こころが歓喜に震えているんだ。
「駄目か?」
 テーブルに身を乗り出して、さっきは握り返されることのなかったサスケの手を包み込む。
「俺は今すごく嬉しい。サスケも俺と同じように思ってくれていたことが嬉しい。ねえ、毎日通うくらいならいっそ、ここで一緒に住まないか、サスケ。」
 真剣な顔つきだったサスケが少し目を見開く。口を開きかけて、飲み込んだ。
「……駄目か?」
 サスケは少し視線を左にそらして、それから俺の手に包まれている自分の手を見つめた。
「……あんたが、いいなら……俺もそうしたい。」
「……決まり、ね。」
 炊飯器からご飯の炊ける匂いが漂い始めた。
 俺たちは向かい合って手を握ったまま、これからの生活に思いを馳せて、そして少しだけ笑った。サスケのそれは照れ笑いのようだったけど、俺は心の底から嬉しかった。
 これからは毎日サスケがこの家に帰ってくる。一緒に過ごせる。一緒に食事をとって、お風呂に入って、そして一緒に寝られる。
 こんなに嬉しいことが他にあるだろうか。
「じゃあ……その、これから、よろしく。」

 そして、俺たちの新しい生活が始まった。

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