あの頃のぼくら
特別なデート
三代目火影の葬儀が終わり、喪に服していた人々も徐々に普通の生活を取り戻し始めていた。とはいえ、損壊した建物や殉死した忍、次の火影候補がまだ見つかっていないなど、まだ完全な落ち着きを取り戻したとはいえない。
そんな中、ゴタゴタのまま終わった中忍試験の結果、シカマルだけが中忍として任命された。サスケの試合中に戦争が始まってしまった都合、仕方がないとはいえ、一歩出遅れた感は残っており、悔しさがにじむ。
そんなサスケに、カカシは慰めるでもなく、いつもの調子を崩さなかった。
「ところで、サスケ」
イチャパラのページをめくりながらカカシが声をかける。台所に立っていたサスケは手を止め、カカシのいるローテーブルの方を向いた。
「なんだ?」
「ホラ、あれ。」
「あれって何だよ。」
「埋め合わせ。」
(……あ。)
そう、千鳥を会得する修行に付き合ってくれたら、埋め合わせをすると言ったのはサスケだ。一体どんな要求が来るのかと身構えていると、予想していたやらしいことではないようだった。
「デートしよ、で、付き合ってほしいとこがある。」
それくらいなら、いくらでもできる。わざわざ埋め合わせのためじゃなくても。
「そんなことで、いいのか?」
「うん、ちょっと特別な場所なんだ。俺にとって。いつかサスケにとってもそうなるかもしれない。だから、ね。」
「……わかった。」
またイチャパラに視線を落としたので、サスケも調理を再開した。
次の日の朝、起きたらローテーブルにカカシの書き置きがあった。先に起きて何処かに出かけたらしい。
『十時に団子屋さんで落ち合おう。』
カカシが一人でどこかにいくのは珍しいことじゃない。というか、朝の修行の後、一緒に集合場所まで行けばいいのに、カカシはどこかに行ってしまい、毎回集合時刻を大幅に遅れて登場する。どこで何をしているのか聞いても、いつもはぐらかされるのだ。
だからサスケは気にするのはやめることにした。今日もそんなところだろう。
朝食に昨日の残りのおかずを出して食べ、十時までは少し時間があるため、軽く修行をしてから出向くことにした。
大蛇丸の呪印は、サスケの意識に反応するようで、自分に情けなさを感じたり、強くなりたいプレッシャーを感じているときにその存在を主張する。
そのため、チャクラを使いすぎないように気をつける必要があった。とはいえ、千鳥と比べたら普通の忍術ではそんなに消耗するわけではない。
中忍試験では、基礎能力もそれなりに大事だと学んだため、チャクラコントロールと手裏剣やクナイの軌道を変えて命中させたりと、修行の内容もだいぶ変わった。ナルトが水の上に浮く修行をしたと聞いて、それを真似るような修行もしている。
木に刺さった手裏剣を回収しながらポケットの中の懐中時計を見ると、もうそろそろ十時に近かったため、今日の修行は切り上げて、サスケは「デート」の待ち合わせ場所に行くことにした。
珍しくカカシは待ち合わせの時間通りに待っていた。
「待ったか?」
サスケが駆け寄ると、ニコ、と笑って「大丈夫だよ」とサスケの頭をポンと撫でる。
「ただちょっとね、想定してなかったことがあって。今日はデートできないかもしれない。せっかくなのに、ごめんね。」
カカシは上忍だから、いつ任務の呼び出しがあるかわからない。今回もそんなところだろうか?
予定がドタキャンされるのは慣れているので、「そうか」と返して、「じゃあ俺は帰ってるから」とサスケは来た道を戻ることにした。
「ごめんね、ほんと」
「まあ、しょうがねえよ。」
片手を上げて、サスケがテクテクと歩いていったのを確認してから、カカシは火影のもとに向かった。
(晩飯の献立でも考えるか)
サスケは里で一番賑わう商店街に来ていた。
(昨日は魚だったから、今日は肉だな。)
生肉店に立ち寄ると、合い挽きの挽肉が一〇〇gあたり八八円だ。豚の肩ロースのブロックもなかなか安い。
ふむ、と考えて、豚の肩ロースブロックを三〇〇g買った。厚めに切って、トンテキにしよう。
主菜が決まると、副菜だ。トンテキがこってりしているからさっぱりしたものがいいだろう。豆腐屋で絹豆腐を一丁買って、八百屋でトマトと小松菜、にんじんを買う。
トマトは輪切りにして塩をかけるだけで美味い。小松菜とにんじんは和え物に。そして豆腐は味噌汁用だ。
あとは家にあるものでなんとかなりそうだ。
買い物袋を手に家に向かって歩いていくと、前の方から見慣れたピンク色がチラと見える。サクラだ。
すぐにサクラもこちらに気がついて、手を振って小走りで駆け寄ってくる。
「サスケ君、お買い物? 私もお使いなんだ~奇遇だね!」
「ああ、夕食の買い出しに。何を買いに来たんだ? 肉なら挽肉とブロックが安かったぞ。」
サクラは一瞬目を見開いて、右下に視線を逸らす。
「なんかサスケ君……主婦みたい。ふふっ」
そしてパッと明るい笑顔で、またサスケの方を向いた。
「私、お料理の勉強中なの! だから今度サスケ君に私の作ったお弁当食べて欲しいな……なんてね、えへ」
サスケが小料理屋で料理の修行をしている事は、サクラは知らない。ただ、同年代の他人が作る弁当、というのは興味があった。
「じゃあ、俺のと交換するか?」
サクラは目を大きく見開いて、満面の笑顔になる。
「サスケ君のお弁当って、アレよね、おにぎり! 私、サスケ君のおにぎり食べたい!」
「いや、さすがに人に食べてもらうもんだし、おにぎりじゃなくてちゃんとした弁当、作ってくる。」
「え~いいのに……」
ガックリと首を垂れるサクラは、喜怒哀楽が激しく見ていて面白かった。
「じゃあ、おにぎりとおかずにするか。」
それを聞いて、パッと顔を上げる。
「ほんと!? 嬉しい!」
「じゃあ、明日な。」
「うん! 明日交換しよっ!」
ブンブンと大きく手を振るサクラに、曖昧に手を挙げて家の方角に向かう。
カカシと一緒に住んでいる事はサクラには言ってない。多分言わないほうがいいだらう、と思っているが、いずれバレたらどう言い訳するのがいいかな。
言い訳といえば、カカシの得意分野か。
多分カカシなら、いつバレてもいいように言い訳の一つや二つ用意しているだろうから今日聞いてみよう。
ポケットから鍵を取り出し、玄関の扉をガチャリと開ける。誰もいないものかと思っていたが、デートをドタキャンしたカカシがそこにいた。
「任務じゃなかったのか?」
台所に買い物袋を下ろし、中身を冷蔵庫に入れていく。
「俺もそうかな~と思ったんだけどね、火影様に呼び出されて、ナルトを自来也様っていう……三忍の……まあとにかく凄い人に、修行をつけてもらうことになってさ。その承認のため呼び出されただけだった。」
で、サスケより早く帰宅したと。
ふーん、と適当な相槌を打って、時計をチラと見る。ちょうど昼時だ。
「なら……」
「デート、行こっか?」
「だな。」
サスケは冷蔵庫に買ったものをしまい終えると、カカシと一緒に家を出た。
どこに行くんだろう。特別な場所、って言ってたよな。
カカシについて歩いていくと、そこは懐かしい場所だった。鈴取り合戦をした演習場。
……にある、石碑の前にカカシは立った。確か、この石碑は殉職した忍の名前が刻まれているっていう……。
カカシは石碑に刻まれた名前を指でなぞる。
「俺もね、最初は先生について、スリーマンセルで任務をこなしてたんだ。」
サスケは黙ってカカシの話を聞く。カカシが過去について話すのは初めてだった。
「中忍になって、上忍にも手が届きそうなときだった。俺は三人の中でリーダーとして指揮を取っていた。でもうまく、いかなかった。色々失敗しちゃって、ひとり、もうひとりと、仲間を失ってしまった。」
その失った二人は、サスケにとってはナルトとサクラだ。カカシが鈴取りの時、仲間を大事にしない奴はクズだ、と言っていたのは、自分に対する戒めでもあったのかもしれない。
「悲惨だったよ、二人とも、俺の目の前で死んでいった。俺は何も守れなかった。その代わり手に入れたのが左目の写輪眼だ。」
サスケが石碑に近づき、カカシの指元を見る。そこには確かに、「うちは」の名前がある。
「仲間も、自分の目も失って、……その仲間が最後にくれたのがこの左目だ。」
サスケは言葉を失っていた。俺なら、耐えられるだろうか。そんな状況を。
「『コピー忍者カカシ』という二つ名を聞くたび、胸の奥が痛むよ。正直ね。この目が二人の死に様を忘れさせてくれないし、俺は一生二人を背負っていくんだと思う。」
カカシの言葉を聞いて、サスケも胸が痛んだ。どれほどの悲しさ、悔しさがあったんだろう。想像もできない。
「あの頃は戦争でさ、子どもでも忍者だから、危険な任務もこなさなきゃいけなかった。だからね、今の平和を守らなきゃって思うんだ。あんな悲惨なことは、繰り返したくないからさ。下忍の任務って、つまんないと思うだろ? でもそれでいいんだ。な、サスケ。」
サスケは思わず俯く。
戦争があるから憎しみが増える。経験を積める。自分を追い込める。強くなれる。そういう側面があったから、カカシも、イタチも強くなったんだと思っていた。ただ、だからといって仲間の命が危険にさらされるのは……ナルトとサクラの顔が浮かぶ。あいつらには、そんな悲惨な目には合わせたくない。
我愛羅との戦いで俺はサクラの命を危険に晒してしまった。助けたのはナルトだ。サクラを好きなナルトだから、俺がその実力を認めた奴だから、ナルトに託した。でももしその判断が間違っていて、二人とも失っていたらどうなっていただろうか。
「戦争なんて、起こらないほうがいい。でも忍は、戦争があったほうが依頼が増える。……このバランスは……、難しいよねぇ。」
カカシが石碑から目を逸らし、サスケに振り返る。
「サスケ、俺はお前たちを守る。でもそれじゃ不満だよな。けど俺は死んでもお前たちを守りたい。大切な仲間を失うのは、もう嫌なんだ。怖いんだ。」
ニコ、と笑ってサスケの頭に手をポンと置く。
「怖がりな先生で、ごめんな。ほんとはもっと強くありたいんだけど、俺にはそれはできないんだ。」
カカシの腕がサスケを包み込む。
誰かに見られたら、と思ったが、人の気配はなかったので、サスケもカカシの背に手を回した。
「なんでそんな大事な話……俺だけに言うんだよ。」
「こんな弱い俺でも、サスケなら受け入れてくれるかな、ってね。」
そしてカカシは、小さく呟く。
「ごめんね、こんな俺で。」
サスケはカカシの背にまわした手に力を込めた。
「あんたが情けない奴だってのは、散々思い知らされてる。ウスラトンカチが。それでも今、こうしてここにいるだろ。……カカシのことなら、何だって……受け入れてきたじゃねーか。」
あんたが怖がりなのは知ってる。その感情のぶつけ方が下手くそなのも知ってる。俺たち三人を大事にしてくれてることも知ってる。信じてくれてるのも知ってる。強いけど弱い奴なのも知ってる。
「だから、謝ることなんかねえよ。」
まるで大人と子どもが逆になったみたいだ。
「教えてくれて、ありがとな。」
サスケはカカシの背をトン、トン、とやさしく叩く。
カカシは深く深呼吸をして、サスケと向かい合った。
「こんな俺でも、いい?」
「どんなあんたでも、いいよ、俺は。その……一応、恋人、だし。」
言いながら、サスケの顔が、カーッと赤くなる。
それが愛おしくて、カカシはもう一度ギュッとサスケを抱きしめた。
「三色を、ふたつ」
最初の待ち合わせ場所である団子屋で、カカシが注文する。団子屋は二人のデートの定番の場所だった。夏になってからは団子だけでなく、何故かかき氷も出すようになったが、団子屋としての意地なのか白玉付きのあんこがかかったかき氷だ。
カカシが三色団子を一本差し出すと、サスケは手にとってカカシが腰を下ろすのを待つ。
「いただきます」
かぷ、と一つ目の団子にかじりつくと、カカシはニコニコしながらサスケを見つめてくる。
「……なんだよ、あんたも食べろよ。」
促されて、口布を下げると、カカシも団子にかぶりつく。
「平和だね、うん……平和だ。デート日和だ。火影様の呼び出しが大した内容じゃなくてよかった。」
団子屋からも壊れた家屋が見えるが、たしかに今は平和だ。こうして上忍のカカシが団子屋で団子を頬張る余裕があるくらいには。
「ずっとこうだと、良いんだけどなぁ。」
まるで、いずれそうじゃなくなるかのように言う。
カカシはよくこういう表現をするのだ。
今の幸せを噛み締めようとしているのか、何か平和が脅かされるほどの不穏な気配でも感じているのか。だが、あえてサスケはそこには突っ込まないようにしている。
「団子ばっかり食べてたら、太るぞ。」
「そういう意味じゃなくて~、サスケと団子屋で一緒にお団子食べるくらいの平和が続くと良いのにな、ってコト。」
平和が長続きしないかのように、カカシは言う。確かに、変わらないものなどない。今は平和に感じられても、俺たち下っ端のわからないところで大きな意思が下りて、戦争が起こる可能性はきっとあるんだろう。
大蛇丸も、三代目が命をかけて両手を奪ったものの、不気味な奴だからいつまた襲ってくるかわからない。先の戦争では上忍も、暗部も、それなりの数殉職したと聞いている。だからきっと、危険な任務に入ることの多い上忍であるカカシにとっては、平和は貴重で尊いものなんだろう。
「ん、ご馳走さま。」
串入れに食べ終わった団子の串を放り込むと、サスケはカカシが食べ終わるのを眺めていた。カカシは団子を二口に分けて食べるから、サスケよりも食べるのが遅い。最後の一口を口に入れると、すっと口布を上げてその口元を隠した。
そういえば、写輪眼のことは聞けたけど、顔を隠している理由はまだ聞いていないな……。
「なあ、カカシ……」
「よっ! サクラじゃないの」
カカシがサスケの背後に向けて右手を上げる。サスケが振り向くと、そこにはサクラが立っていた。
「カカシ先生にサスケ君、何で二人でお団子食べてるの?」
至極真っ当な疑問に、言い訳のプロが答える。
「ちょっとそこで会ってさ、俺が団子食べたい気分だったから付き合ってもらったのよ。二人で食べる方が美味しいでしょ。」
わからなくもない、という顔でサクラは二人をしげしげと見つめる。
「あれ? じゃあ待って、一緒にお団子食べたってことは……サスケ君見たの? カカシ先生の顔!」
「あぁ、見た。面白味のない普通の顔だったぜ。」
「え――なになに? カカシ先生、サスケ君には顔見せるのにあたしたちには見せてくれないの? ずるーい! 私も見たい!」
サクラがズイズイとカカシに迫る。
「……ま! あれだ……その内な!」
ええー、とがっくり項垂れるサクラを見て、もしかしてカカシの素顔を見られるというのは結構特別なことなんじゃないかと思えてくる。
そういえば、ベッドサイドにあるカカシの子どもの頃の写真も、すでに口元を隠していた。うちは一族が背負うこの家紋のように、はたけ一族は顔を隠さなきゃいけない、みたいなものがあるのだろうか?
「そういうわけだから、俺は帰るね。」
「え?」
聞き返した時には、カカシはその場にいなかった。サクラとサスケが団子屋に残される。
「……行っちゃった。はぐらかされちゃった……。」
サクラが若干寂しそうに言う。
「考えてみると、カカシ先生のこと、私たちよく知らないのよね。顔からして隠してるし。他の班の子なんて、先生と一緒に焼肉食べたりしてるのよ! ……なんか、壁作られてるみたいで、寂しいな。」
先程カカシから過去の話を聞かされたばかりのサスケは、何と言おうか悩んだ。
「……カカシにはカカシなりの事情が、あるんじゃねえの。そのうち機会があれば聴かせてもらえるだろ、きっと。」
サスケだけが知る素顔、過去、現在、その想い。大切にしなきゃいけないと、心から思う。
「そうかな……そうよね、サスケ君だけに顔見せてるなんて不公平だもの!」
サクラはぐっと拳を握りしめた。本当に、サクラは喜怒哀楽がわかりやすい。一緒にいると、何だか背負ってる荷物が気にならなくなるくらい楽だ。
それは彼女がサスケのことを好きだからではなく、素のままでいるのがサクラの魅力のひとつなんだろう。
「俺も帰るけど、サクラ、お前んちどっちだ?」
万が一同じ方向だとカカシと同居しているのがバレかねない。幸いにもサクラは正反対の方を指差した。
「そうか、じゃあ、ここでお別れだな。明日弁当楽しみにしとけよ。」
「私のお弁当もっ! 楽しみにしててね、頑張って作るから!」
じゃあ、と二人とも歩き出す。
素直に感情を出すサクラ。目の前で怒ったり、笑ったり、忙しいやつだ。でも、嫌いじゃなかった。
サスケは、おそらくカカシが待っている我が家へと向かった。