あの頃のぼくら
きみといっしょに
俺の家に、きみが住むことになった。
きっかけは、バカな上忍が起こした事件。
チンチンちょんぎって一晩中首を掻き切られる幻術を見せた後しかるべきところに突き出して、今や忍でもなんでもないただの受刑者になっているけれど、俺たちにとってその事件はそんなもんで済ませるのが物足りないくらいに衝撃的な事件だった。
って、そんなことはもういい、終わったことだ。
問題は、これからきみが住むにあたって、ベッドをセミダブルかダブルに変えたほうがいいんじゃないか、ってこと。
でも、今まで俺がきみの部屋に通っていたとき俺は寝袋持参だった。
住む家も変わるわけだし、ペラペラの煎餅布団からダブルベッドで一緒に寝るようになるのも、環境が変わりすぎてきみは戸惑うかもしれない。
アッチのことを考えると、ベッドの方がスプリングが効いていいんだけど、ソッチのことを考えてベッドに、というのはさすがに変態じみていると自分でも思う。
だって、十二歳の男の子で自分の教え子に手を出したんだもの、それだけでいったいどれだけの罪を犯していることになるのか、考えただけでも身震いがする。
でも疑問なのは、あのサスケの壁が薄いアパートでほぼ毎日いたしていたにもかかわらず、里側は特に何も言ってきていないということ。
大切な大切なうちはの生き残りに「なんてことしてんだ」というお怒りがあってもおかしくないのに今のところ全く沙汰がない、ということは、俺たちのことは里も暗黙の了解と言う感じになっているんだろうか。
そういえば、最近同僚たちが俺に接する時の態度が、なんだか一歩引いてるような、そんな気がしてならない。もしかして俺が知らないだけで周知の事実になっていたりするんだろうか。
考えてみればもう必要もないのに毎日サスケの家を訪問して一緒に朝の訓練をして任務に出かけるスタイルを続けているのだから里の監視とか以前にただならぬ関係だと思われていても仕方がない。
と、そんなことをひととおり考えてみて、思い浮かぶのがあの子のうなじなんだから、我ながらなかなかに病的だ。
1LDKのカカシの部屋に他人を招き入れるのは上忍の飲み会三次会の宅飲み以来だろうか。
料理をほぼしないためせっかくのシステムキッチンが泣いているが、俺はうんざりするほど料理のセンスがない、いわゆるバカ舌の持ち主なので仕方がない。
日当たりの良さが決め手になって選んだだけで、システムキッチンはなんだか綺麗で広いな、くらいの認識だ。だからキッチンにはケース買いした酎ハイの箱が三つ積まれていて、コンロもうっすらと埃が積もっている。
せっかくの設備も使う人に使われなければただの物置にしかならないということだ。
「おい、カカシ。」
おずおずと玄関に入るサスケが俺の服の裾を引っ張る。そういうところだよ、サスケくん。無意識にそういうことするから俺は頭がどうにかなっちゃうの。と思いつつ、「どうした?」と優しく答える。
例の事件のせいでサスケは落ち込み気味だった。自分が弱いせいで被害にあったのだと真面目に考えている。それは合っているようで違う。それは悪いことをする側の理屈だ。被害者であるサスケが自らセカンドレイプするのは正しいことではない。けれど、忍者として考えれば、隙を作ってしまったら自分や仲間が最悪死ぬ可能性があるからして、サスケが落ち込むのも仕方がない。仕方がないとはいえ、下忍のうちから365日24時間忍者であれ、というのは酷なのだ。
普通は少しずつ難易度を上げていって忍者としての生き方を体に染み込ませるのだから。
「靴はここでいいのか?」
玄関に並んだ靴を見て、ああ、うちにお客さんが来たんだなと実感する。
独り身だったしファッションとかにまるで興味のない俺は持っている靴も二個しかなく、この部屋に靴箱というものは存在しない。
「大丈夫だよ、上がって。服とかはとりあえずベッドの隣に置こうか。」
サスケがうちに来ると決まったのが昨日の今日だったから、サスケ用のタンスなんかも準備できていない。
明日は休みだから、サスケと買いにいかなければ。……そういえば、デートとか、まだしてなかったな。明日はサスケと初デートになるのか。
「必要なものは、明日一緒に買いに行こうね」
コクリと頷くサスケ。ああかわいい。こんなこと口にしたらきっと怒られるけどかわいい。今すぐ抱きしめてベッドに連れ込みたい。朝までサスケとイチャイチャしたい。
「布団……」
服を置きに行ったサスケが何か言いたそうだった。この部屋の中でベッドはひとつだけ、ソファもない。寝る場所はシングルベッドひとつだけだ。
サスケが持参した布団を敷くスペースもリビングにしかない。
「うん、今日は一緒に寝よう」
そしてサスケを抱きしめながら寝よう。……というのは、サスケにとっては不服だったらしい。
「あんたは俺んちで寝袋だったじゃねえか。」
だから俺も寝袋でいい。
「えー、ベッドで寝ようよ。サスケそんなに大きくないし、二人寝られるよ?」
でないと俺のイチャイチャ計画が根底から覆されてしまう。すると、「大きくない」つまり、小さいという言葉に反応して、「俺、成長期だしすぐデカくなるぞ」と反論がきた。
いじらしいなぁ、かわいいなぁ、からかいたくなるけど、話がこじれるのもアレだから、ハイハイとはぐらかす。
「そういや、今日の晩ご飯どうしよっか」
俺がローテーブルの前に座ると、サスケも向かい側に正座した。
「店屋物にする? それか、お客としてなが乃に行くか?」
サスケに笑いかけると、目を見開いて驚いたような表情を見せた。
「店屋物……!? なが乃!? 高いだろ! もったいない! 何かないのか?」
サスケがキッチンを見ると……そこには缶酎ハイの段ボール。
サスケが立ち上がってささやかな大きさの冷蔵庫を開けると、そこは冷え冷えの酎ハイ天国だ。
念のため、と野菜室を開けるが、やはりそこにも酎ハイ。
信じられないという顔で呆然と台所事情を知り、振り向いた。
「だめだ、店屋物もなが乃もだめだ、ラーメン食いに行こう。ラーメンならまだ安い。」
こうして、二人で一楽に行くことになった。
以前訪れたときはまだただの師弟だったな、と思いつつ、ナルトあたりと鉢合わせたらちょっと面倒だなと思いつつ、靴を履いて玄関を出る。
「あ、そうだ。」
ガチャリとしっかり施錠してから、サスケの方を向いた。
「鍵、渡しておくね。ちゃんと閉めてよ。」
チャリ、とサスケの手の中に鍵が落ちる。
「……わかった。」
サスケは受け取った鍵をポケットに入れた。
嬉しい。
なんでもないことが嬉しい。
俺の家に、サスケのものが増えていって、今までは単に俺が勝手に転がり込んでただけだけど、これからはちゃんと同棲するのだ。思わず笑みがこぼれてしまう。
チラリとサスケを見たら、ポケットの中身をポンポン、と確かめて、なんだか嬉しそうだった。
俺たち、今、幸せだよね。
言葉には出さなかったけど、こんな幸せを噛みしめられる日が俺にも来るなんてな。
「行こっか」
ポケットを気にするサスケに、声をかける。
「あ、ああ。」
手をつなぐのは一応やめといた。
それは明日のデートにとっておきたかった。
「ちわー」
一楽ののれんをくぐる。先客はいなかった。
「ラーメンふたつ……あ、やっぱチャーシュー麺ふたつで」
「おいっ、勝手に注文するなよ」
「たまにはいいじゃん、ほら、今日記念日だし、ちょっとだけ贅沢したってさ。」
同棲始めました記念日。
サスケは少し考えた後、顔を赤くしてうつむいた。
「……なんだよ、それ」
小さく言った言葉を俺は聞き逃さない。
「だって俺たちこいび……」
「ここで言うな! バカか!」
「だめだった?」
「だめだ、絶対に」
一楽のおやじが、麺の水気を切りながらニヤリと笑う。
さっそくバレてるよ、サスケくん。
「はい、お待ち」
かくして待ち望んだラーメンは、チャーシューだけでなく、半分に切った煮卵も入っていた。
「サービスだ、記念日なんだろ?」
おやじがニヤニヤしながら言う。
サスケは少しうつむきながら箸を取り、「いただきます」と食べ始めた。その耳は赤い。
かわいいなぁ、幸せだなぁ。
俺も割り箸をとって、口布を下げて、手を合わせた。
「ありがたくいただきます」
豚骨醤油の、心なしかチャーシューの量も多い、煮卵入りのラーメンを、ありがたくすすった。
「ふぅ、お腹いっぱい。」
口布を戻して、財布を出す。
「勘定お願い」
「二人で千四百円ね」
「はいよ~」
財布の中をゴソゴソ探っていると、サスケもポケットから財布を取り出す。
「ん? 奢るよ?」
「そういうわけには」
「いやほら、俺"先生"だし、さすがに出させてよ。」
サスケはハッとした顔をして、財布をしまった。そういうところもほら、おやじに見られてるよ。
口外するような人ではないとわかっているので、財布から千四百円を出し、渡した。
「どうも、ごちそうさま。」
「ごちそうさまでした」
サスケがペコ、と頭を下げる。
「さ、帰ろっか」
俺とサスケの家に。
ふたりで一緒にラーメンを食べる。
なんでもないようなことなのに、こんなに嬉しくて、幸せになれるんだなぁ。