あの頃のぼくら

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成人向,長編,原作軸,完結済み,カカサス小説エロ,オリジナル設定有,シリアス,ほのぼの,甘々

 食卓につくと、父さんは新聞を広げて難しい顔をしている。台所から食卓へ料理を運んできた母さんは、俺を見るとクスッと笑った。
「なんでそんな顔してるの? 珍しいわね」
 言われて、自分の顔の筋肉を確かめると、口元には笑顔がこぼれている。
「あれ……あれ、何でだろ。」
 父さんも新聞を下げ、俺をチラリと見る。
「よくわかんないけど、なんか、嬉しくて。」
 フッと笑って、父さんはまた新聞に目を落とした。
 食卓には、焼き魚とだし巻き卵、お味噌汁が美味しそうに湯気を立てている。
 母さんは最後に、ちゃぶ台の脇にお櫃を置くと、それぞれにご飯をよそった。
「お父さん、用意できましたよ。」
 穏やかな母さんの声。
 父さんも、「ああ、ありがとう」と新聞を脇に置く。
「いただきます」
 箸を手に取って、お味噌汁を一口含むと、懐かしい味がした。
 
 ……?
 どうして懐かしいと思ったんだろう。
 景色がぐるりと回り、急な目眩に箸を落とした。
「どうしたの? サスケ」
 優しい母さんの声が聞こえる。
「どうした?」
 父さんの声も。
「どう……して……」
 目眩がおさまらない。
「どう……して……サスケだけ……生きているの……?」
「!!」
 背後に倒れそうになるところを、辛うじて手で畳を支える。
 目の前には血に塗れた父さんと母さんが、俺に向けて手を差し出している。
「どう……シテ………」
「うわああっ!!」
 慌てて、後退り、部屋から出る。
 どこもかしこも暗い。
 明かりの付いていない廊下を慌てて走り玄関を出ると、夜の闇の中、至る所に同胞の亡骸が倒れている。
 月明かりの中にある影に気づいた時、その影は目の前にスタ、と降りてきた。
 その姿は、任務に出ているはずの兄さん。
「……あ、……ああ、……に、いさん……」
 片手に持つ刀からドロリとした血が滴り落ちる。
「お前は、殺す価値もない。」
 刀をブン、と振り、地面にビシャリと血が落ちた。
「手をつき、首を垂れて、憎しみを腑に抱えて醜く生きろ。」
 その目に光る写輪眼の前に、四肢の力が抜けていく。
「にいさ……なん、で……」
 呼びかけには応えず、兄さんは俺に背を向け、刀を鞘に戻す。
 最後に一瞥し、闇の中に姿を消した。
 横たわる亡骸が、モゾリと蠢く。
「なん……で……お前……だけ……」
 亡骸が一斉に蠢き、その目がサスケを射る。
「ナ……ン……デ……」
 
 見慣れた天井。
 乱れた呼吸。
 隣で何かが動く気配がして、バッと瞬身し、ベッドから距離を取る。
 隣にいたのは、カカシだった。
「うなされてたけど、大丈夫……じゃないよね。」
 汗が額を伝う。
 優しいのんびりとした口調の中に、心配の色が滲んでいる。
 カカシと生活をするようになってから、久しぶりに見た夢だった。
 そう、夢だ。
 呼吸を落ち着かせようと息を吸うと、ヒュー、とかすれた音がして喉が突っ張るのを感じる。
「大丈夫……だ」
 手でカカシを制して、もう一方の手を扉に伸ばすと、カカシがその手を握る。
 いつの間にか背後に立っていたカカシは、サスケをそっと抱きしめる。
「甘えてもいいんだよ。」
 その温かい声が、夢の中の母さんとかぶる。
「っ大丈夫だって言ってんだろ!」
 カカシの腕を振り払って扉を開ける。
 喉がまだ引きつって痛い。台所に干してあるコップを取り、勢いよく水を出してその中を満たし、一気に喉に流し込んだ。
 口元を袖で拭い、寝間着から着替えると、おにぎりを持って飛び出すように玄関を出る。
 
 なぜ俺だけ生かした。
 なぜ生きろと言った
 転がる亡骸が眼球のない目で訴える。
『なぜ、お前だけ』
 
『ナゼ、お前だけ、シアワセそうに、シテいる?」
『ナゼ』
『何故』
『なぜ』
「俺が、知るかよっ!」
 修行場に着いた時、サスケは肩で息をしていた。
「うちは……イタチ」
 サスケの目に写輪眼が浮かぶ。
 あいつを殺す。
 父さんと母さんの無念を。
 同胞達の無念を。
 俺を孤独に突き落としたことを、後悔させてやる。
 
 すぅ、と息を吸い込むと、素早く印を結び、ターゲットに決めた木に業火球を叩き込む。
 その中心に、投げた手裏剣がカカカッと音を立てて刺さる。燃え上がる木の幹を蹴り飛ばし、更にクナイを突き刺す。
 
 くそ、やっぱりだめだ。ひとりでできる修行には限界がある。かと言って、振り払って出てきた手前、今日はカカシの力を借りるのは躊躇われた。渦巻く憎悪を向ける対象がなく、地面を殴る。
 くそ、くそ、くそ、
 次第に拳に傷ができ、地面を赤黒く染めていく。
 遠い。
 どうすれば近づけるのかわからない。こんな所で引っかかってる暇なんてないのに。あいつを殺すなんて、こんなんじゃ夢のまた夢だ。
 俺の後ろに転がっている同胞の亡骸が、「何故、お前だけ」と囁き始め、そして大合唱のようにその声は大きくなっていく。
 
 毎日食事なんか作ってる暇があったら少しでも修行の時間に当てるべきだ。セックスなんかに現を抜かしている余裕があるならもっと追い込むべきだ。カカシとの生活を望んでしまった俺は、家族ごっこで温もりが欲しいだけのただのガキだ。
 違うだろ。
 俺はそんなんじゃなかった筈だろ。
 足りないんだ。
 足りない。
 時間が、努力が、密度が、そして夢すら見なくなりつつあったくらいに、俺の本当の姿が見えなくなっていた。
 俺は復讐者だ。
 イタチは誰かに師事していた訳でもないのに、俺の歳には馬鹿みたいに強くて、暗部の仕事までして、反面俺はまだ駆け出しの下忍で。
 ……この差は、何なんだ。
「ッくそ!」
 血が滲む拳を地面に叩きつける。
 その拳を、優しく包み込むのは少しひんやりした手。
「なーにやってんの……」
 顔を上げられなかった。俺が俺じゃなくなりそうで。
 復讐者だ、俺は。
 強くならなければいけないんだ。ナルトにすら追い越されそうな弱い自分が嫌なんだ。
 強く、もっと強く、でないと俺じゃねぇ。
 
 ヒリついた背中にカカシの手がポンと置かれる。
「ちゃんと強くなってるよ、お前は」
 そんな言葉が聞きたいんじゃない。
 あんたはいつも俺の欲しい言葉をかけてくれる筈だろ?
「焦るな、一歩一歩進めばいい。お前はちゃんと進めてる。大丈夫だから。」
 違う、違う。
 そんなんじゃ全然足りないんだ。遅すぎるんだ。
「俺はちゃんとお前のこと見てるから。」
 クナイを取り出し、俺の手を包むカカシの手にその切っ先を押し込む。
 クナイはカカシの手を貫通し、俺の拳に刺さる。
「うだうだとうるせぇんだよ! あんたに俺の何がわかる!」
 キッと睨みつけたその先には、カカシの真剣な眼差しがあった。
「言わないでおこうと思ってたんだけどね、伝えておくよ。いいか、サスケ。」
 クナイが貫通した手が、俺の拳をギュッと握る。
「お前は、強くなった。強くなってる。だから、中忍試験にお前を推薦した。それだけの実力はあると思ってる。」
 中忍、という言葉にハッとする。
「実力だけで言えば、中忍と遜色ない。この俺が保証する。ただ、何事も一足飛びには進まない。まずは中忍だ。サスケが目指すものは、もっと先なんだろ。」
 カカシが右手に刺さったクナイを引き抜くと、それをサスケのホルダーにしまった。
 カカシの右手からはドクドクと血が溢れている。赤い血が。夢の中と同じ、赤。
「っあ、」
「何回でも言うよ、サスケ。お前はちゃんと強くなってる。大丈夫だ。」
「……っ」
 ズキズキと、拳が痛みだした。
 同胞の怨嗟の声が遠ざかっていく。
「大丈夫」
 根拠のないその優しい言葉が、身体中に響く。
「俺はね、お前のことは全部ひっくるめて、大切なんだ。お前の野望も、全部な。」
 再び背中に置かれたカカシの手が、ポン、ポンと、まるで赤子を寝かしつけるように優しくさする。
「だから甘えて良いんだよ。俺を利用したって良い。利用価値がなくなったら捨てれば良い。」
「っ!? あんた……」
「本心だよ。」
 いつになく真面目な眼差し。
「それだけ、俺は大事なんだよ。サスケが。復讐するな、なんて言わない。俺を置いていくなら、とも言わない。サスケの全部が大切だから、サスケのことは全部受け止める。」
 あんたはいつも俺の欲しい言葉をかけてくれる。
 なのになんで今日は、今日だけは違うんだ。
 なんで捨てれば良いなんて言うんだ。
 なんで、なんで――
 
 サスケの目から、ポロ、と涙がこぼれる。
 血だらけの右手で、頬を伝うそれをカカシが掬い上げる。
「馬鹿、だろ、避けれたくせに、馬鹿だろ、こんな、っこんな血だらけになって、ウスラトンカチが……っ」
 ポロポロと涙があふれてくる。
 カカシは自分の血を止めようともせず、サスケの拳をそっと持ち上げてさする。
「言ったでしょ、全部受け止めるって。サスケの痛みも全部。」
「それで利用されるだけされて捨てられても良いなんてっ、おかしいだろ! なんでそんなに、俺なんかに!」
 カカシはニコ、と笑う。何を言うのかわかっていた。わかっていてそれでも確認しようとする俺もバカなガキだ。
「それだけサスケが大切な存在なんだよ。」
 左手はずっとサスケの背中をさすっている。……温かい。
 温かさなんて、復讐の炎を燃やすための薪だと思っていたのに、いつの間にかその心地よさがサスケを包み込んでいた。
「……ウスラトンカチが……」
「……うん。まず中忍試験、頑張ろっか。」