価値

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2025年1月14日成人向,中編,原作軸,完結済み,カカサス小説エロ,シリアス,モブサス

こづかい

 アカデミーから家に帰って、広い部屋の真ん中で巻物を読んでいたときに、気配を感じて振り向こうとしたら大きな浅黒い手が口を塞いで頭を畳に押し付けられた。
 
 どうする
 相手は大人
 実力はわからない
 殺され る、わけには、いかない
 抵抗せず手を頭の上に上げる。
「流石、物分かりがいいな。」
 男は手を引っ込める。
 俺はそのままの体制で尋ねた。
「目的は」
「お前らみたいな孤児が好きでねぇ。一緒に来てもらう。」
 腕を掴まれて引っ張り上げられる。
 そいつの顔は下卑た笑みを浮かべていて、嫌な予感しかしなかった。
「来い」
 拘束もせず、腕を掴むでもなく先導するのは、俺なぞいつでも制圧できるという自負からだろうか。
 どうする
 俺ひとりでどうにかできるとも思えない
 助けを呼ぶすべも知らない
 従うしかない
 街灯のない暗い道を通って一軒の荒屋に辿り着く。
 ギイ、と扉を開けるとそこには、鉄の蓋で覆われた地下へ続く階段があった。
 重さを感じさせない手つきでその蓋を開けた男は、中に入れと顎で指し示す。
 壁に手をつきながら足元を確かめゆっくり降りていくと、そこには鉄格子で囲われた部屋、中には俺と同じか少し年上くらいの少年、それがずらっと並んでいた。
 俺もここに入れられるのか?
 思わず止まった足を、急かすように背中を小突かれる。
「安心しろ、お前は特別扱いだ。」
 ごくりと唾を飲み込んで、鉄格子が両側に並ぶその先にある扉を開けると、そこは今までとは全く違うキラキラした照明に赤くて弾力のありそうなソファ、装飾が施されたテーブル、そして手にグラスを持って正装を身に纏い仮面をつけた男たちがいて、部屋に入ってきた俺を品定めをするように見つめてくる。
「大変お待たせしました、例の子どもです。賢いので抵抗はしないでしょう。さあ、貴重なはじめてのお相手様はどなたになるでしょうか?」
 
 仮面
 相手
 応接間のような空間
 貴重なはじめて
 一体なんなんだ、なにが始まるんだ。
 仮面をつけた男たちが指を立ててその手を上げる。
 続々と手が上がる。指の本数が増えていく。
「終わりでいいでしょうか? それでは1300万円のキツネ様ご落札です!」
 1300万円!?
 それが俺の「貴重なはじめて」の値段?
 はじめて「怖い」という感情が湧いてくる。
「キツネ」と呼ばれた男は俺の元に歩み寄り、下から支えるように左手を握る。
「よろしく、期待しているよ。」
 紳士的な態度とは裏腹に、その仮面の奥にはギラついた目があった。
 慣れた態度でカーペットの敷かれた絢爛な螺旋階段を上り、全員の目の前でその先の部屋に入っていく。
 そこは照明が静かに落とされたベッドルームだった。
 壁には絵画、至る所に調度品、天井から白いカーテンが垂れているバカでかいベッド。そして恐らく「キツネ」にはわからないであろう、見張るように姿を隠す3人の……恐らく、忍。「キツネ」だけならどうにか出来そうだ、と思っていた。けれどそう甘くはないらしい。抵抗したら、きっと奴らが動くのだろう。
 俺はそのバカでかいベッドの上で、「はじめて」を奪われた。
 
 生きて家に帰ってきた、それだけで、上等だろ。
 自分にそう言い聞かせた。
 俺を送り届けた男はいつの間にか姿を消していた。
 あの派手な空間から鉄格子の並ぶ廊下に戻ってきたとき、男は俺に封筒を突きつけた。
「お前のこづかいだ」
 ずしっと重い封筒の中には、暗くてよく見えないけど、紙がたくさん入っているようだった。
 ポケットにそれを入れると、背中を小突かれて歩き始める。家の前まで来て、背後から声がした。
「また来るが、お前の売りは希少性だ。しょっちゅうは来ない。わかっているだろうが、今日のことは他言無用。お前は常に見張られていると思え。」
 家の中に入って、靴を脱いで、台所で手を洗って、タオルで手を拭いて、周囲の気配を確認してから俺はその場にしゃがみ込んだ。
 悪い夢を見た、そうに違いない、きっとこの夢は覚める。
 そんな思いを打ち砕くようにポケットの中の封筒がその重さを主張する。
 取り出して、中身を出した。
 お金だった。
 何枚あるのかわからないくらいの。
 こんなもので、俺は、あの「キツネ」に。
 振り上げた拳、でも、そのお金に振り下ろすことはなかった。
 俺には金がなかった。
 通帳に残された多くないお金を切り崩して生活をしてきた。
 この金があれば、これからはお金のことを気にせずに暮らせる。そう思うと、こんなお金なんて、とは考えられなかった。
 畳に手をついて、俺は泣いた。
 生きなければいけない。
 生きて強くならなければいけない。
 そのためなら何だってやる。
 そう思ってきた。
 その「何だって」が、ひとつ増えただけだ。
 そうだろ。
 そう思わないと、まともでいられる自信がなかった。
 
 男は忘れた頃にやってきては、あそこに連れて行き、あの階段の上の部屋で俺は、仮面の男たちの相手をし続けた。
 その度に渡される封筒を握りしめて、俺は家に帰る。
 だんだんと感覚が麻痺していって、あの部屋での出来事を苦と思わなくなってきたある日、男は「今日が最後だ」と告げて、それからは本当に現れなくなった。
 アカデミーを卒業する少し前のことだった。
 
 下忍になってはじめての給料は微々たるものだった。それだけで暮らしていくにはギリギリだ。「こづかい」の貯金を切り崩していっても収入がこの金額じゃいずれはなくなる。
 俺は子どもの姿に変化して、夜の街に出かけていた。
 探し物はすぐに見つかった。
「坊ちゃん、こづかいが欲しくないか?」
 すっかり見慣れたその目つきの男に黙ってついていく。
 暗い路地の奥で、俺はその男にいつもしてきたように奉仕する。
 でも渡されたのは、ほんのわずかな金額だった。
 あの場所はきっと何か特別な所で、だからあんなに貰えていたのか。
 俺はまた夜の街に出て、声をかけてくる男の相手をし続けた。修行でボロボロに疲れ果てた日以外、毎日のように姿を変えて。
 でもいつものように声をかけてきた男についていった先で、俺はその男から頭にゲンコツを食らった。不意を突かれて、何が起きたのか確かめようと顔を上げたら、そこにいたのは下卑た顔の男ではなく、オレの担当上忍のはたけカカシだった。
「は? なんで……」
「なんで、はこっちのセリフ。なーにやってんの。」
 変化はとけていない、けれど俺の正体はバレているようだった。
 この状況、どう言い訳する?
 黙り込んだ俺の目線に合わせてカカシがしゃがむ。
「自分の身体を大事に出来ない奴は、早死にするよ。」
 身体を大事にする?
 そんな概念、とっくの昔に捨てた。捨てざるを得なかった。何を今更、説教のつもりなのか。
「生き残るためなら何でもやる、それだけだ。」
「……生き残る、ね。お前がしてることはどんな風に生き残るのに役立ってるわけ?」
「上司のあんたが知らないわけねえだろ。下忍の給料、あんな少しの金じゃ……」
「……つまり金欲しさにやってるわけ。」
「わかったなら邪魔をするな、あんたに俺を止める権利は――」
「それが、あるからここにいるんだよねぇ……さて、どうしたものかな。」
 カカシが立ち上がって顎に手を添える。
 夜空を見上げながら少し考えて、俺に向けて手を差し伸べた。
「俺と一緒に住みなさい。家賃も光熱費もいらないよ。暮らせるだけのお金が稼げるようになるまで、俺がお前の面倒を見る。」
 差し出された手を見て、その次にカカシの顔を見上げる。唖然とした顔を晒していることに気づいて表情筋を引き締める。
「まあ――考える時間も、必要かな? 3日後に改めて返事を聞きにくるよ。あ、またこういうことしてたら捕まえにくるからしないでね。じゃ。」
 土煙を立ててカカシは姿を消した。
 俺は今言われたことを頭の中で繰り返し再生して、それは乗ってもいい提案なのではないか、いやずっとひとりで暮らしてきたのに誰かと住むなんて、と考えながら、変化を解いて夜の街から家に帰ろうとしていた、そのとき、後ろから肩に手が乗せられる。
 振り向いて、その手の主人を確認すると、どこかで見たことがあるような……身なりに身体つき、そして目。
「奇遇だね、少し話をしないかな?」
 相手は俺のことを知っているようだった。
「誰……ですか。」
「ああ、失礼。素顔では会ったことが無かったね。『キツネ』……と言えばわかるかな?」
 記憶が頭を駆け巡る。
 あそこではじめて、俺をはじめて買った、あの『キツネ』?
「思い出してくれたみたいだね、良かったらお茶でもしよう。」
 あの時と同じように、下から支えるように俺の手を握る。けれどあの男の支配下でない今、こいつに従う理由はない。
「いやだ、と言ったら。」
「おこづかいをあげる、と言ったら?」
 1300万円を出した人間のその言葉に俺のこころが揺れる。
「今日は本当にお茶するだけ、だめかい?」
「……本当、だな」
「約束しよう。」
「わかった。」
 古びて喫茶店のボックス席。
「本当はね、卒業した子に接触するのは御法度なんだけど。」
 そいつは本当に茶を注文して飲んでいる。俺の分と、洋菓子まで。
「君のこと、忘れられなくてさ。他の子じゃ満足できなくなった。」
「……俺は甘いのが嫌いだ、茶だけもらう。」
「そこでどうだろう、時々僕の家に来てくれないだろうか。もちろん、それなりのおこづかいは渡すよ。」
 ……断る、と、即答したかった。したかったけど、その話は……魅力的にも思えた。
 カカシと暮らすのか、それともときどきこいつを訪ねてこづかいを稼ぐのか。
「悩む気持ちもわかる。けれどあのときと今は状況が違う。君には自由意志があるし、僕は君に嫌われたくはない。だからちゃんとお互いに満足できる時間を作る。
 ……どうかな、物は試し……一回だけでいい、僕の家に来てくれないだろうか。何だったら、おこづかいも今前払いで渡そう。」
 男がジャケットの内ポケットを探り、封筒を取り出して俺の方へすっと差し出す。
 久しぶりに見る少し厚みのある封筒。
「か、んがえる、時間を、」
「……ああ、すまない。急いてしまったかな。では3日後に答えを聞くとしよう。同じ時間に、この店で待ってるよ。」
 あくまでも、紳士的に振る舞う男。
 洋菓子を一口食べて茶を飲み終えたところで、また口を開く。
「重ねて言うけど、僕は君に嫌われたくはない。君の嫌がることはしないつもりだ。その封筒はお茶に付き合ってくれたおこづかいとして貰ってくれるかな。」
 机の上の封筒を見て、立ち上がった男の顔を伺う。口角を上げて目を細めながら、「いい返事を待ってるよ」と言い残して伝票を持って行ってしまった。
 残された封筒に手を伸ばす。30万、くらいはある。
 足を洗ってカカシの家に住むのか、それとも『キツネ』の家に出入りするのか。どうするべきだろう。
 頭では、足を洗ったほうがいいに決まってるとわかっていた。けれど紳士的な『キツネ』の提案する条件は悪いものではない気がしていた。
 封筒をポケットに入れて席を立つ。
 はじめてのあの日がフラッシュバックする。苦しい、つらい、痛いそれだけだった。でも他の奴と比べたら、『キツネ』はやさしかったと思う。
 どんなことをさせられるのかわからないけど、そういう点では信頼できる。けれど、いつまでま俺はそんなことをやり続けるのか。
 喫茶店を出て今度こそ家に向かって歩き始める。
 〝卒業〟まで俺は度々あの場所で身体を差し伸べてきた。あの鉄格子の中の子どもたちもきっと同じ目に遭っていたんだろう。〝卒業〟、という事は幼い子どもだけをターゲットにしていた人の集まりだ。そう思うと、怒りが込み上げてくる。込み上げてくるところで、俺には何もできない。カカシを通じて上層部にチクるのも考えた。
 あの鉄の蓋の場所までの道のりは、いつもちがう道を通らされていたけど大体わかる。
 けどそれは俺がそこに関わっていたと公言するようなものだ。何をしてきたのか、そして代償として受け取って来たおこづかいについても。要は、脅されたとはいえ俺は身体を売ってきた。そんなことを報告するなんてごめんだ。
 そのおこづかいがなければ俺はまともに暮らすことが出来なかっただろうし、今だってお金は必要で……でも、カカシの提案に乗ればそんなに困ることもなくなるだろう。ただそれは『キツネ』の提案に乗っても同じだ。短時間我慢するだけでお金が手に入るのであれば……。
 〝物は試し……一回だけでいい〟
 一回だけなら……。
 一回だけなら、足を向けてみてもいいんじゃないだろうか。
 やっぱり嫌だ、と言えばその一回で終わる。そうなったら、カカシを頼ればいい。
 
 3日後、俺はあの喫茶店に足を運んでいた。
 既にボックス席に座っていた『キツネ』は、俺の姿を見ると口角を上げた。

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