価値
言い分
「最近よく出向いている所があるのはわかってる。サスケ、あの場所で一体何をしてる?」
サスケは内心舌打ちをする。
ただキツネからこうなったときの言い訳も教えられていた。
「商売で服を取り扱っている人だ。商店街で声をかけられた。モデルになって欲しいと。富裕層向けのカタログに載せるものらしい。多少の報酬も受け取っている。個人的に請け負っているバイトみたいなものだ。」
しんと静まった尋問室の中、すらすらと話すサスケの視線、呼吸、声の抑揚、チャクラの揺れ、全て不自然な点は見当たらない。
「報酬っていくらなの?」
「服ひとそろい、写真に撮るごとに5000円。」
「結構もらえるんだ?」
「いかにも金持ってます、っていう人だし、そんなもんなんじゃねえの。」
何気ない会話の中に違和感がないか探る。
これが事実なのか……それとも誤魔化しなのか。
……カマをかけてみるかな。
「とか言って、本当はその人に身体でも売って金もらってるんじゃないの?」
サスケは目を細めてこちらを睨みつける。
「……あんた、言ってる意味わかってんのか。」
「子どもに化けて夜の街うろついてた奴の言うことを素直に聞けると思う?」
「取り消せ、あの人と俺に対する侮辱だ。」
怒り。チャクラが揺れた。
手元の機械を見る。
わずかな体温の上昇。
怒り自体は、嘘、ではなさそうだ。
そうなると次にすることは、幻術。
「……悪かった、上忍やってると疑り深くなるもんでね。今のは忘れて。」
言いながら素早く印を結びチャクラを込める。
サスケはピク、と反応したあと、すぅっと目が半開きになった。
……かかった。
あの男の声真似をする。
「〝待っていたよ、さあ入って〟」
「…………」
「〝いつもと同じようにできるかな?〟」
「……今日は……服はどうする……」
「……〝今日は全部脱いで〟」
「……わかった……」
「……〝あとはいつもと同じでいいよ〟」
「……ベッドで? ……」
息を呑む。モデルならベッドに行く必要なんてない。
「〝そう、まずは何をするかわかるね?〟」
「…………」
サスケは立ち上がって服を脱ぎ始める。下着も全て。
そして俺の方に来て、ズボンを探り始めた。
……もう充分だ。
「〝やっぱり服を着て〟」
「…………」
さっき脱いだ服をサスケは淡々と着込んでいく。
全部着たところで、パン、と手を叩いて幻術を解いた。
ハッとして辺りを目回すサスケ。
俺の姿を認めて、舌打ちをする。
「今俺に何をした。」
「ま、尋問の常套手段。よくわかったよ、どんなことをしていたのか。……何か言うことは?」
「俺の自由意志に基づく行動にあんたが口を出す権利はない。」
「俺は上司として部下の管理をしなければならない。不適切なことがあれば正す必要がある。サスケ、お前のやっていることは不適切と判断した。」
「正す? あんたに何ができる。」
「いいから聞きなさい、サスケ。」
悪いことをしている自覚はない。恐らくは金のためにあそこで身を売っている。まずは説得――。
「自分の価値を下げるようなことをするな、うちは一族としての誇りはどうした?」
「俺の身体にはもう価値なんて残っちゃいねえ。何も知らないあんたが口出しできることなんて何もない。」
「……何も知らない、って言うんなら、教えてよ。なんでサスケは自分の体に価値がないと思ってるの?」
「そんなプライベートな話をすると思うか?」
「知りたいんだ、なあ、サスケ。まさか――今までも、同じようなことを、してきた、のか。」
「あんたに話すことは何もない。」
「大事な話をしている、サスケ。秘密は守る。だから話してくれ。何があった。」
「俺から言うことはもう何もない。」
……ダメ、か。
「話すまで、縛りつけてこの部屋に閉じ込め続ける、と言ったら?」
「……脅しのつもりか。」
「いや、これは尋問だ。どのみち洗いざらい吐くまでここからは出さないよ。」
さて、どうする。
カカシに全てを話すか、嘘で何とかするか。
その場限りの嘘はボロが出やすい……あまりいい手ではない。
別の餌をぶら下げてそちらに意識を向けさせる……何かいい餌は……。
……あの男に連れて行かれたあの場所……あれだけ秘密裏にしていたのだから、里の捜査が入っても何の証拠も残さず全員消えて、子どもたちを保護して終わりになるんじゃないか。そういう場所があるとわかれば、カカシにとっては格好の餌だ。
ただ、なぜ俺がそこを知っているのかという話になる。……誤魔化しは通用するだろうか。
「ひとつ、情報提供してやる。それで手打ちにしないか。」
「……お前ね、自分の状況わかってる?」
「情報がいらないなら、別にいい。今まさに被害に遭っている子どもが救われないだけだ。」
俺の言葉を聞いて、カカシの目つきが変わった。
「それ、どういうこと?」
「手打ちにするなら話す。あんたが嘘をつくようなら俺は一生ここで過ごしたっていいぜ。」
逡巡して、カカシは話を聞くことにしたらしい。
「……わかった、手打ちは約束しよう。それでその情報ってのは?」
「孤児の間では有名な話だ。孤児ばかり狙って攫い、牢屋に閉じ込めて売っている奴らがいる。」
「詳細を。」
「メモとペンを出せ。里の北東部にある庄屋、向かって右に30歩、左に150歩、右に…………その場所に荒屋がある。中に入ると地面に鉄の蓋。開けて階段を降りると牢屋が並んでいて中に幼い子どもがいる。その先にある部屋で子どもが売買されている。」
「何人ぐらい?」
「そこまでは知らねえ。買われた子どもがどうなるのかも知らねえ。」
「サスケがそれを知ったのはいつ?」
「覚えてねえよ、ガキの頃だ。アカデミーの孤児同士の繋がりで聞いた。そこから生きて出てこられた奴から広まったって話だ。」
「……わかった、上層部と対応を協議する。約束通り……今日はここを出ていい。ただ、」
「……何だよ。」
「あの屋敷には、もう行くな。」
カカシの険しい顔を見ても、どうとも思わない。こいつに俺を縛る権利はない。従うつもりは毛頭ない。
「あんたがそう言ったことは、覚えておく。」
次にキツネの屋敷を訪れたときに、キツネに話した。
「あんたに最初に買われたあの場所……尋問でやむなく話をした。近く捜査が入るだろう。もう行かない方がいい。」
キツネはさして驚いた風もなく、静かに言う。
「ご心配、感謝するよ。ただ僕もそれなりの情報網を持っていてね。もう捜査が始まっているのは掴んでいる。尻尾は残していない。心配は無用だ。さて今日は……後ろから、してみようかな。」
俺は壁に手をついて、キツネの指示を待った。
二週間後、新聞に記事が載った。
小児性愛者の人身売買組織を摘発し、34人の孤児を保護したという内容。あの男の顔のイラストがデカデカと載っていて、「重要参考人として国際指名手配」と書かれている。証拠は残さずとも、被害者の口までは塞げない。どんな奴だったのか聞き取ってこのイラストが出来上がったんだろう。
ざまぁみろ、と感じるかと思っていた。実際は……何とも思わない。あの場所で俺は酷い目に遭ってきた。でもあそこで得られたお金がなければ、どうなっていただろう。仕方がなかった。運が悪かったとも、良かったとも言える。あそこでのことはも記憶の底に封印した。何も思うことは、ない。
捜査が終わったからか、またカカシの目が俺に向くようになった。その目を掻い潜ってキツネの元に行ったと思ったら、いつのまにかすぐ後ろにカカシがいた。
「今日は珍しいお客様を連れてきたね。まあ、入って。」
キツネは顔色ひとつ変えずに俺とカカシを屋敷に招き入れる。
ベッドルームではなく応接室に通された俺たちふたりと、テーブルを挟んだツネがソファに腰を落ち着ける。
「お話があってお邪魔しました。この子の上司のはたけカカシと申します。」
「存じ上げております。」
「あなたとこの子がどういう関係か知りました。すぐに関係を絶って頂きたい。」
「彼と僕は自由意志による契約に基づき今の関係を継続しています。第三者が契約を破棄することは出来かねます。お引き取りください。」
「この子はまだ子どもです。あなたがしていることは児童虐待にあたります。契約を破棄しないのであれば告発します。」
「下忍の地位を得た者は年齢を問わず一人前の大人として取り扱われるはずです。したがって児童虐待にはあたりませんし、告発もできません。……違いますか?」
カカシが口ごもる。キツネは更に続ける。
「そもそも僕たちはお互いに納得した上でこの関係を結んでおり、双方どちらかが破棄したければその時点で契約は破棄される平等で健全な関係です。サスケくんは望んで僕のところに来ているし僕もそれを望んでいる。それを邪魔立てされる謂れはありません。もう一度言います、お引き取りください。」
理路整然と話すキツネに対して、静かにカカシの気が荒立っていく。
「あんた、子どもに手ぇ出してただで済むと思ってんの。」
「今度は何です……感情論? それとも脅しですか?」
「……。」
「……再度申し上げますが、ただの僕の性的欲求の発露ではなく、サスケ君自身も僕との行為を望んでいてお互いに楽しんでいます。何度も言いますが僕たちは対等で平等な関係であって、僕が彼を虐げている事実はありません。」
「……カカシ、この人の言う通りだ。もう帰れよ。」
「……帰れない、看過できない。サスケがもうここに来ないと言うまでは……。」
キツネは呆れたように肩をすくめてから、指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、カカシは3人の男に押さえつけられていた。全員忍だ、それもカカシを制圧できるほどの。
「スペシャルゲスト、ということにしよう。この方は別室にお連れして。」
「おい待て! サスケ……!!」
手足を封じられたカカシがどこかに連れて行かれる。応接室の扉が閉まると、キツネは机の上の紅茶に手を伸ばして一口飲み、またカップを戻す。
「時々ある事です、君は何も気にしなくていい。」
「スペシャルゲスト……っていうのは?」
「それも君が気にする必要はないよ。では、2階に行くとしよう。」
キツネが立ち上がって俺に手を差し出す。俺も立ち上がって、その手に自分の手を重ねた。一緒に応接室を出て、いつもの階段を上がりベッドルームに入る。
それからはいつものように、キツネとのセックスを始めた。
カカシが連れて行かれた部屋には、内側と外側に護衛の忍が立っていて鍵がかけられた。
薄暗いが壁はマジックミラーになっているらしくベッドルームが見える。そこに、男とサスケが手を繋いで連れ立って入ってきた。
「サスケ! サスケやめろ!!」
声を張り上げるが、どうやら遮音されているらしくその声は届いていないようだった。
二人は服を脱いでベッドに折り重なる。少しして、声が聞こえ始めた。
「っん、あ、あっ……」
「だいぶ乳首も感じるようになってきたね。」
……まさか、俺に見せつけるつもりなのか、この男……!
縄抜け話をしてマジックミラーを叩く。
「やめろ、サスケ! サスケ!!」
「無駄だ、この部屋の音は向こうには何も聞こえない。」
入り口に立つ忍が言う。
カカシはそちらを睨みつけて足の縄もほどき、そいつの襟首を掴んだ。
「俺をここから出せ、出さないなら強行突破する」
「俺を倒したところで出れませんよ。鍵は外側からしか開けられない。中にある限り出るすべはない。
「ふ、あ、あっ、んっ、はぁっ、っあ」
「……気持ちいい? よかったらそう言ってくれるかな?」
「あっ、きもち、いっ……! んっ、ぁあっ!」
「ならこの壁に穴を開けるまでだ……!」
右手にチャクラを込めて性質変化させる。バチチ、と音が鳴る。千鳥で壊せないものなどない。
しかし右手に集めたチャクラはすぐに消えていく。
「無駄だ、この部屋には少し細工がしてある。忍術は使えない。」
千鳥が駄目なら……!
渾身の力を込めて壁を殴るが、ヒビひとつ入らない。
「諦めて見届ける事だ。あんたの部下がヤッているのを。」
「次は僕のを舐めてくれるかな?」
サスケが男の股間に顔を寄せる。やめろ、やめてくれ、見せるな、ここから出せ、やめさせろ……!
そんな思いも虚しく、カカシは最後までその行為を見せられ、声を聞かなければならなかった。
うなだれながら、ポツポツと涙が床に落ちていた。
これ以上に残酷な仕打ちがあっただろうか。宣言通りにあの男とサスケは求め合いセックスをしてシャワー室に消えていった。シャワー室からも響き始めたサスケの声……もうやめろ、やめてくれ……。
カカシがその部屋から出されたのは、二人がベッドルームを出た数十分後だった。