価値
すべて
いつもの少し暗いベッドルーム、服を脱ぎながらキツネに話しかけた。
「なあ、あんた俺をイカせること、できるか。」
キツネは少し間を置いて、
「ということは……誰かにイカされた、ということかな。」
と静かに答えた。
「せっかく丁寧に育てているのに、横取りするとは無粋だね。」
上の服を脱いでキツネを伺うと、それに気づいたキツネがニコ、と笑いかける。
「その誰かよりももっとたくさんイカせてあげよう。それと……ちょっとスケジュールを巻くことにしよう。」
スケジュール? 巻く?
何のことだかわからなかったけど、たくさんイカせてあげよう、という言葉に期待で胸が高鳴った。
その日の逢瀬は6時間に及んだ。
くたくたになりながらカカシの家に帰る。
カカシが歩み寄って来た。いつものやつだろう。
「おかえり、愛してる。」
無視してテーブルへ行き突っ伏した。キツネの宣言通りに何度もイカされて、かと思ったらイク寸前で止められてはもどかしくて腰を振り、その様子を見て楽しむキツネに懇願したらまた何度もイカされて。
愛なんてものがなくてもイクのだと身体に叩きつけられた。
「随分、……長かったね。」
「……ああ、数え切れないくらいイカされたからな。あんたなんかよりずっとよかったぜ。」
カカシが手を握りしめた。ざまぁみろ。あんたが語る愛なんて所詮その程度、中身のない上っ面だけの言葉だ。
「……そっか。それでサスケは……そうされるのが嬉しかったの?」
「金貰える上に、気持ちいい思い出来るんだから嬉しいに決まってんだろ。」
カカシはそれを聞いて、俺に笑いかけた。
「サスケが嬉しかったのなら、俺も嬉しいよ。」
……は?
そこは悔しがるところだろ、嫉妬するところだろ、失望するところだろ、なに嬉しがってんだよ。俺がキツネとやりまくって金もらった話だぞ。それのどこが嬉しいんだよ。
「あんた俺のこと馬鹿にしてるだろ。」
「……してないけど。馬鹿にされたと感じて嫌な気持ちになったの?」
「なるに決まってんだろふざけんなよ。」
「それって、サスケが自分に価値があるからこそ思う気持ちじゃないの? 本当に価値がなかったら、馬鹿にされて腹が立つなんてこと、ないよね。」
……サスケの言葉が止まった。
俺には価値なんてない、そんなもの残っちゃいない。
なのに馬鹿にされて腹が立った、価値がないなら馬鹿にされて当然だとでも感じるはずなのに。どれだけ馬鹿にされようが貶されようが何も感じないはずなのに。
俺にはまだ、何かが残ってるのか。全部失ったわけじゃないのか。何が残ってるんだ。こんな俺に何が。
肩に手を置かれる。その手に視線を移す。
「サスケ、お前には尊厳がある。だから腹が立ったんだ。」
「尊厳? ……そんなもの……」
「でも俺はサスケのこと馬鹿にしてない。ただどんなサスケであっても、サスケのことを愛しているし、サスケが嬉しいのなら俺も嬉しい、サスケが悲しければ俺も悲しい、それだけだ。」
「……おっさんに身体売ってることの何が嬉しいんだ。」
「だってサスケは嬉しいと感じたんでしょ。だったら……どんなことをしたとか関係なく、俺も嬉しいよ。サスケのことを知った上で全部大切に思ってるから。愛してるから。」
呆然とするサスケに笑いかける。何か、感じてくれただろうか。自分のことを、少しは考えてくれただろうか。わからない。だから言い続けるしかない。どんなお前だろうと全部愛してると。
「……今日は気分乗らねえから、ヤらないでおいてやる。」
「……うん、そういうときもあるよね。」
……カカシの言葉にいちいちイラっとくる。本当はそんなこと思ってないくせに、まるで俺の味方みたいな口振りで、何様のつもりだ、何が目的だ。……俺の懐柔か。
その手には乗らねえ、何度も何人も俺を懐柔させようとしてきた。俺を思い通りにしようと。
もう一度思い知らせてやる。カカシの思い通りになんかならないと。カカシの手に負える俺じゃないと。絶望させてやる。落胆させてやる。そして諦めさせてやる。
カカシがトイレに行った隙に、飲んでいた缶酎ハイに青い錠剤を入れた。戻ってきたカカシに「もう寝る」と告げて寝室に行く。
しばらくして、カカシもふらつきながら寝室の戸を開けた。ベッドに腰を下ろすと、そのままごろ、と横になる。
はぁ、はぁ、と息をしながら、半開きの目を俺に向けた。カカシの様子を見ていた俺と目が合う。俺は布団をはだけてカカシに膝立ちて跨った。
「サスケ……」
ズボンを下ろして指に唾液をたっぷりつけて後ろの穴をほぐす。
薬が効いているカカシのそれはしっかり勃っていた。ズボンとパンツをずらして露出させるとヒクヒクと透明な液体を垂れ流している。それに舌を添えて舐め上げ咥え込み唾液でしっかりと濡らす。
「なに、を……」
意識が朦朧としているはずのカカシが問いかける。後ろを慣らしながら、耳元で言ってやった。
「俺はあんたをオナニーの道具にすることにした。せいぜいチンコを勃たせておくんだな。」
「なら、ちゃん……と、まん、ぞく……」
「聞こえなかったかあんたは俺のただの棒なんだよ、おっ勃てたら黙ってろ。」
跨ってぬるりと光るそれを中におさめていく。
「はぁっ、あ……あっ、んっ、んぅっ! は……あ、あっ、っあ」
奥まで挿れて、ぐ、ぐ、と奥に押し込んでは震えながら声を上げる。男を気持ち良くさせるためじゃなく、自分が気持ち良くなるためのオナニー。
「あっん、あっ、あ、ここっ、っんぁ! 気持ちいっ、あ、あっ!」
「さ……す」
カカシが掠れた声を出す。……まだ意識があったのか。
俺はその顔をぶん殴った。
「棒は黙ってろ」
再び腰を動かして、俺は中の熱い塊の感触にうっとりしながら高みに上っていく。
「あっ、あ、ぁあっ、あっ! っくる、っあ、あ、ああっ、ああああっ!!」
プシャッと自分のそれから何か飛び出した。ああ、精通、やっときたのか。きゅううと締め付けて棒を離そうとしないナカ、ぐりぐりと奥に押し込んでまた声を漏らす。
散々キツネにイカされて、コツみたいなものを掴んでいた。もうひとりでイける。棒さえあれば他は必要ない。カカシあんたは俺の棒だ、俺にとってあんたにそれ以上の価値はない。
目が覚めたら、乱れた服、ヒリヒリする頬、耳に残っているサスケの声……。薬を入れられたのはわかっていた。わかっていて敢えて飲んだ。
お前が望むのなら……望む通りにする。何をしようが、俺をどう扱おうが、俺がお前を愛する気持ちは揺るがない、だから。全部受け止める、受け入れる。サスケをひとりぼっちにはさせない。
起きてきたサスケにいつもの笑顔で「おはよう」と声をかける。サスケは俺を無視してテーブルについた。
「なあ、サスケ」
「ただの棒が偉そうに話しかけてんじゃねえよ。」
「……サスケが俺にそう望むなら、俺は棒にでも何でもなるよ。」
サスケの眉間に皺が寄る。
「サスケのことが大切だから、サスケのことは何だって受け入れる。」
ドン、とテーブルにこぶしを叩きつける音が響いた。
何なんだよ、無力さを思い知れよ、悔しがれよ、怒れよ、どうしたらこいつは俺のことを諦めるんだ、見限るんだ。イライラする……!
ガタンと音を立てて立ち上がってカカシの前に立つ、俺を見るその顔、見るだけで反吐が出る。俺は左腕を振りかぶってその右頬を思い切りぶん殴った。
カカシは避けなかった、いなしもしなかった、ただ俺の拳を受け入れて、よろけた。
「……なんで避けなかった」
「全部受け入れるって言ったろ……」
「暴力も受け入れるのかよ」
「サスケのこころは……ずっと暴力に晒されてきたじゃない」
「訳わかんねえこと言うんじゃねえ」
「……ごめんね、ただ俺は」
「全部受け入れるってなら、俺はあんたをサンドバッグにするぞ」
「それでサスケが満足するなら……いいよ」
「いいわけ、ねえだろ! 頭おかしいのか!?」
「もしかして、……心配、してくれてる?」
「自惚れんな……!!」
「ハハ、ごめんね」
「あんたはっ、俺を見下せ、軽蔑しろ! 白い目で見て、遠ざけて、もう俺に関わるな! うぜえんだよ!!」
「ごめんけど、それは断る」
「なんでだよよくわかっただろ俺が最低な奴だって思い知っただろ今日!」
「どんなに最低だろうが何だろうが、俺はお前が大切だ、何をされたってそれは変わらない。」
「どうしてそこまで俺に固執するんだ、どうしてそうまでして俺に関わるんだ!」
「……サスケなんで、……泣いてるの」
「は……?」
目からこぼれた温かいものが、頬を伝って、落ちていった。
袖で目をこすると、濡れた跡が袖に残る。
「本当はそんなこと、思ってないんじゃないの、サスケ。」
「黙れうぜえってんだろ」
「わざと……最低な事を自分でして、自分の価値を下げて、俺を幻滅させようとして……でも本当のサスケは」
「うるさい、うるさいそれ以上、喋るな!」
「助けを求めていたんじゃないの、ずっとさ。」
「喋るなって、言ってんだろ聞こえねえのか!」
カカシが俺の両肩に手を置いた。俺は俯いてカカシの顔を見ないようにした。ずっと守ってきたものが壊れてしまいそうで、俺は俯いたままときどき床に落ちる水滴を見ていた。
「……俺は金のために汚えおっさんのチンコけつの穴に入れて生きてきた汚ねえ人間だ、何があろうがその事実は変わらないしたがって俺が汚ねえ人間なのも変わらない。あんたが言うような価値は俺にはない俺はあんたに大切にされる資格なんてない俺はあんたに酷いことをする最低な人間なんだからいい加減もう俺を見限れよ、じゃないともっと最低なことをやり始めるぞ。」
「……何度でも同じこと言うけどサスケがどうあろうと何をしようと全部ひっくるめてそれがサスケだ、そんなサスケが俺は大切だし何があっても見限ったりなんかしない、絶対に。」
ぽた、ぽたた、ぽた、落ちていく水滴を見つめる。
なんでこんなものがあふれて、……これだけじゃない。
あふれてくる、色んなものが。
いいものも、わるいものも、まぜこぜで。
俺なにやってんだろ、俺がほんとにやりたかったことってなんだっけ。
なにかが、聞こえる、とおくから、ちがう、すぐちかくから。
ああ、むかしの俺だ、そういや、最初にあそこに行った日……金を前にして、泣いてたっけ。
……もう、泣くなよな、俺強くなったから
つらくても踏ん張って立っていられるくらいにさ、強くなったから、もう泣くなよ。
そんな弱い俺は俺じゃないって、ずっと見ようとしてこなかったっけ。見向きもされないつらさ、知ってるはずなのに。
ごめんな、もう置いていったりしない。
つらかった思い出ぜんぶ、これからは持っていくよ。
弱い俺も、生きるために必死だった俺も、ぜんぶ俺だもんな。
これからは、ぜんぶ抱きしめて生きていくよ。
だからもう、泣くなよ。
「……どうしようもないバカだな、あんた」
「サスケがそう言うなら、そうかもね」
「腹が立ったらサンドバッグにしてやる」
「わかった、いつでもおいで」
「生き延びるためなら俺はなんだってやる」
「うん、そんなサスケもぜんぶ大切にする」
「金のためなら身体なんていくらでも売る」
「そうやって生きてきたサスケを否定なんてしない」
「最低なこともやり続ける」
「俺は最低だなんて思わないよ」
「……やっぱりあんたは、どうしようもないバカだ」
「バカかもしれないけど、サスケの隣にいさせてよ」
「本当にしつこい奴だな」
「しつこさにはちょっと自信あるよ」
「……仕方ねえから、負けてやるよ。あんたを……認める。」
「……ほんとうに?」
「サンドバッグにはするけどな。」
「サスケ、ねえ、ちょっとさ」
「……なんだよ」
「抱きしめてもいい?」
「だめ……だって言ってんだろおい!!」
暴れるサスケをギュッと抱きしめて、抱きしめて、絶対に離さないと心に誓った。
俺の声、きっとサスケに届いたんだ、そう思うと嬉しくて嬉しくて、でもこれがやっとスタート地点。ただ、今はひたすらに嬉しい。
サスケはこれからも色んなことをしでかすかもしれない。俺を困らせようとするかもしれない。悪いことに手を出すかもしれない。なにが起きるかさっぱり予想がつかない。
でも何があってもサスケの全てを大切にし続ける。サスケを愛する。そしていつか、他の子と同じように無邪気に笑えるようになるまで見守り続ける。
だからこれからは一緒に歩こう、サスケ。
一緒に困って、一緒に怒って、一緒に苦労して、そして一緒に……笑おう。