情とは限らない

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成人向,超短編,現代パロ,カカサス小説シリアス

 コンビニの軒先で雨宿りをしている子どもを拾った。
 前髪からポタポタと垂れ落ちる雫。
 何処かから走ってきてようやく見つけた軒先だったんだろう。
 俺の大きい傘の中に入れて手を差し出すとふい、と横を向く。
 その目には孤独の色が滲み出ていた。
 傘を肩に掛けて子猫を担ぎあげると、しばらくの間暴れたり引っ掻いたりしていたけれど、元々消耗していたのだろう、抵抗は時間と共に小さくなっていった。
 安アパートの二階、俺の家に着くと玄関の前で子どもと傘を下ろす。
 黒い瞳はウトウトと今にも眠りそうで、玄関の鍵を開けるともう一度抱き上げて中に入り乱暴に靴を脱いだ。
「お前、名前は?」
 尋ねても返事はこない。
 バスタオルを取り出し濡れそぼった髪の毛を乾かしてやると、少し元気が出たのか壁際に後退り俺を威嚇する。
「俺を、どうするつもりだ」
 近づいたらまた引っ掻かれそうだったからそのままの距離で答えてやる。
「濡れててかわいそうだったから連れ帰った。それだけ。」
 孤独に塗れた瞳は細められ警戒を解かない。
「しばらく雨予報だから、晴れるまではうちにいな。」
 明日の朝ごはん用に買ったパンとジュースを目の前に置いてやると、俺は浴室に入ってシャワーを浴びることにした。
 
 シャワーを浴び終わって様子を伺うと、パンとジュースは中身が空になっていて、そのままフローリングの上で丸まって眠っている。
 よほど疲れていたんだろう。俺はまた子どもを抱き上げると、寝室のシングルベッドに横たえて布団をかけておいた。
 スウスウ眠る子猫は時折うなされながら、それでも朝までその眼を開けることはなかった。
 
 外はまだ暗い雲がザァザァと雨を振り下ろしている。
 子どもより先に目が覚めた俺はその黒い髪をサラと撫でながらこれからどうするか考えていた。
 幸いなことに今日から三連休で向き合う時間はたっぷりある。
 その間に懐くようだったら手元に置いておいてもいいだろう。
 本来の飼い主がいるようなら探してみてもいいが、この孤独の深い眼はそんな存在はいないと語っている。
 親も兄弟もいないのかもしれない。
 眠る顔は年相応に無垢で昨日の警戒した様子が嘘のようだった。
 しばらくそうして髪を撫でていると、ふっとその眼が開かれる。
「おはよ」
 声をかけてみるがやはり返答はない。
 バッと起き上がり、隣に横になっている俺を認めて狭いベッドの上で距離をとり、また威嚇する。
「俺はお前の敵じゃないよ」
 ……味方でもないけど。
 とは言わずに、顔を洗っておいでとベッドから出るよう促す。
 昨日買ったパンはなくなっちゃったから、俺は冷蔵庫から卵をふたつ取り出してフライパンに割り入れた。
 適当に火が通ったところで塩胡椒をふって、フライ返しで半分に割る。
 それを食パンの上に載せて、皿に分け、テーブルの上に置いた。
「お腹空いてるでしょ。おいで。」
 背に腹は変えられないんだろう。子どもはすんなりテーブルの向かいに座る。
 牛乳をコップに入れてやると、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「これ、お前の分ね。」
「……サスケ」
「……ん?」
「サスケだ。俺の名前。」
 黒い瞳が真っ直ぐに俺を見る。害をなすものとは判断されなかったらしい。
 子どもを懐かせるにはやっぱり餌付けが一番だな、と思いながら俺も口を開く。
「サスケ、よろしくね。俺はカカシ。」
 笑顔を向けてやっても、それをつぶさに観察されて、作り物であることを見抜かれそうだった。だから接待は終わりにする。
「さ、食べなサスケ」
 おずおずとトーストに手を伸ばすと、サスケは控えめに口を開いて少しずつかじり始めた。
 俺もトーストを手に取りむしゃむしゃと食べ始める。
「サスケは帰るところあるの?」
 咀嚼しながら目を向けると、サスケは顔を伏せる。
「………ない」
「これからどうしたい? 警察に行く?」
「警察は、嫌だ」
 どうやらもう経験があるらしい。
 警察に行っても身内を探されて引き渡されるだけだ。帰るところがないと言うサスケにとってその身内は帰りたくない場所なんだろう。
「じゃあ、しばらくここにいるか?」
 言いながら最後の一口を食べ終えると、サスケは「いいのか?」と顔を上げる。
「ずっと……ってわけにはいかないけど、それでもいいならね。」
 こうして俺とサスケの生活が始まった。
 
 それは側から見ると奇妙な関係だったのかもしれない。
 人肌に飢えたもの同士が一緒に過ごしているうちに、身体の関係を持つようになるのも時間の問題だった。
 はじめて経験したときのサスケは小さく震えていて、思わず抱きしめるとその小さな手が俺の背中に回された。
 いつか終わる関係。
 それがいつになるかわからない。
 だから手を繋ぐこともない。
 キスをすることもない。
 愛だの恋だのと語ることもない。
 ただ一緒のベッドに入ると、自然とお互いに求め合う。それだけの関係が一年続いた。
 
 それは食料の買い出しに二人で出かけたときのことだった。
 サスケの肩に、見知らぬ誰かの手が置かれる。
「サスケ?」
 その声の音色にサスケは目を丸くして後ろを振り向いた。
 そこにはサスケによく似た風貌の、黒髪の男が立っていた。
 男はサスケの顔を認めるとその腕を引き「サスケ……!」と抱きしめる。サスケは抵抗もしないままただただ呆然と立ち尽くしていた。
 俺はああ、終わる。と思いながらそれを見つめる。
「探したぞ、サスケ。どこにいたんだ……」
「兄さん……」
 サスケが俺をチラと見る。
 俺は二人に笑顔を見せて、心の中でさよならの
 練習をする。
「カカシの……この人の家で暮らしてる。」
「どうも」
 サスケはこの笑顔が偽物だと知っている。
 サスケはこの関係がいつか終わると知っている。
 だからカカシの顔を見ないように顔を伏せて、そっと「兄さん」の背中に手を回す。
「兄さん」は俺に向き直り、「うちはイタチといいます。サスケの兄です。サスケがお世話になりました」と丁寧にお辞儀する。
 俺はサスケの苗字すら知らなかったことに気づいた。知ろうともしなかった。ただのサスケと、ただの俺ってだけで十分だった。
 けれどイタチは愛おしそうにサスケの頭を撫でる。
 そのサスケの顔はほのかに喜んでいるように見える。
 ああ、俺たちの関係は、終わったんだな。
「じゃあ、そういうことで」
 俺は踵を返して右手をひらひらと上げた。
 サスケは今どこを見ているだろう。
 俺の立ち去る姿を見ているだろうか。
 それともイタチとの再会を喜んで俺の入る隙間なんてないだろうか。
 ……女々しいな。いつか終わることはわかっていたはずなのに。
 ふと振り返って二人の様子を見ると、手を繋いで立ち去っていくところだった。
 俺たちが繋いだことのない手を。
 ……所詮、お互いに人恋しさを埋めるだけの、それだけの関係だったんだ。
 今日は女でもナンパして連れ込もう。
 
 シングルベッドの上で、横に眠る女を見下ろしながら煙草を吸う。
 そういえば、サスケとした後は吸ったことがなかった。
 一夜限りの関係をリセットするための紫煙が立ち上る。
 あの小さな身体を思い出す。
 あの声変わりのしていない喘ぎ声を思い出す。
 本当に終わりにしてよかったんだろうか。
 本当に人肌を埋めるだけの関係だったのだろうか。
 考えたところでもうサスケは戻ってこない。
 この感情に名前はいらない。
 ラジオからは恋を歌うポップスが流れている。
 恋なんかじゃない。
 愛なんかじゃない。
 ただ傍にいただけの関係。
 くだらないことを言って笑い合っただけの関係。
 俺は煙草を灰皿に押しつけて、肉付きのいい女の身体を抱いて眠る。
 目が覚めれば、
 お前のいない現実が、ただひっそりとそこに待っているだけだ。