意識

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全年齢,超短編,原作軸,カカサス小説ほのぼの

 あ、と思った瞬間には、サスケは川の中に落ちていた。 
 
 それは泊まりがけの演習中だった。
 カカシの影分身と戦いながら森の中を移動し、チェックポイントまで到達するのが目標だ。
 影分身とはいえカカシの猛攻は一瞬も気を緩めることができず、忍術と体術を組み合わせた攻撃を三人それぞれに仕掛ける。
 早々にバラバラにされた三人は各自力を出し尽くして攻撃を避けたり、逆に攻撃を仕掛けたりするが全く敵わない。
 サクラはとにかく逃げて早くチェックポイントまで行く戦術をとり、ナルトはカカシとの戦闘から逃れられず足止めを食らい、そしてサスケは反撃を試みながらもチェックポイントの方へ向かう方針を固めた。
 何せ、カカシを相手に戦う機会は滅多にない。これを機に自分の弱点やカカシの戦法を学ぼうと考えたのだ。
 手裏剣術を駆使しながら火遁、分身、変わり身、体術を組み合わせてカカシに臨むが、カカシは見たことのない術を次々と使い、それに対応しきれず攻撃を食らってしまう、その繰り返しだった。
 思わず一旦退いて体制を立て直すつもりでバックターンをしたものの、そこは木々が途切れており、ちょっとした川が流れていて、そしてサスケは川の中に落ちていった。
 案外深いその川の中で、しまった、と思った次の瞬間、服の胸元が引っ張り上げられ、四月のまだ冷たい川の水の中からザブ、と音を上げて救い出される。
 目の前にいたのはカカシだった。サスケの服を掴んで引っ張り上げたのも恐らくカカシだ。
「サスケらしくないミスするじゃない」
 カカシが呆れたように言う。
「……‥るせぇ」
 サスケはぷいと横を向いて、ザブザブと川の浅瀬に向かって歩いていった。
 
 ‥‥寒い。
 天気は良いが風は強かった。冷たい水を重く吸ったずぶ濡れの服がサスケの身体を冷やす。
 背負っていたバックパックも濡れてしまっている。
 一応、確認のため中を覗いてみたが全部水浸しだ。
「サスケは一旦演習中断ね。」
 カカシの影分身がボン、と消えて、サスケが一人残される。
 替えの服も、タオルもダメだ。
 いっそ服は脱いだ方が良いかもしれない。
 上の服を脱いでズボンに手をかけるが、パンツ一丁の姿をナルトやサクラに見られるのは気恥ずかしかった。
 取り敢えず脱いだ服とバックパックの中の服とタオルを絞って近くの木の枝に掛けるが、いくら天気が良くても乾くまでには何時間かかかるだろう。
 つまらないミスをしてしまった自分を呪いながら、川のほとりにある大きな岩に座って日光を浴びる。
 太陽の光はあたたかいが、やはり風は冷たくて強く、さして状況を明るくはしてくれない。
 そうしている内に、チェックポイントの方角からバックパックを背負ったカカシがやってきた。
 カカシは木に吊るしてある服を見て「焼け石に水だね」と呟きながら、自分のバックパックを開けて中からタオルを取り出し、サスケに向かって放り投げる。
 サスケは黙って受け取ると、上半身を拭いた後、髪の毛の水分を拭っていく。
「青いよ、唇」
 カカシはやれやれ、といった風にため息をつき、バックパックから自分の忍服を取り出してサスケに渡した。
 ……これを着ろってことか。
 カカシに目配せしてからサスケはその服に腕を通す。長袖でぶかぶかだが風を通さない素材で暖かく、サスケはほっと一息つく。
 ‥‥それにしても、大きい。
 当然だ、カカシは背が高い方だ。
 サスケの膝上一五センチくらいまであるその忍服は、袖も長ければ丈も長い。
「ズボンとパンツも脱ぎな。」
「……は?」
「濡れてるでしょ」
 確かに濡れている。
 しかしいくらカカシが大人とはいえ、下半身を全て曝け出すのは抵抗があった。
「乾かしてあげるから、早く脱ぎな。」
 どうやらカカシには何か考えがあるらしい。
 仕方なく岩から降りてズボンとパンツも脱ぎ、カカシに渡すと、カカシはそれを全て木の枝に引っ掛け、何やら印を結び始めたかと思うと、熱い風の渦が発生して濡れた服を激しく揺らした。
「火遁と風遁の組み合わせね。一〇分くらいで乾くと思うよ。」
 なるほど、そんな使い方が。と思いつつ、火遁も、土遁も、さらに風遁まで使いこなすカカシに驚く。
 一体何種類の術が使えるんだろうか?
 素直に感心していると、カカシがサスケの頭をくしゃっと撫でた。
「ま、ミスは誰にでもある。演習中だったのが幸いだな。」
 サスケは袖を捲り上げてカカシの手をどける。
「ガキ扱いするな」
「ガキだろ、どう見ても。たまには大人に甘えなさい。」
「……くそっ」
 貸してもらった忍服は確かに温かくて、その温かさにほっとする。下半身はどうしてもスースーするがやむを得ない。
 カカシに貸しを作ったようで居心地は悪かったが、服の着心地は冷えた身体にとっては救いだった。
「悪くないでしょ、その服」
 いつもカカシがこの服に包まれているのかと思うと、その服を着ている今の状態になんともいえない感情が湧き上がってくる。
「サスケも中忍になったら支給されるよ。」
 ……自分の中忍の姿を想像する。
 背中にうちはの証を入れられないのは嫌だな……。
「借りるだけで十分」「あ、乾いてきた」
 カカシが木の枝に引っかかっているパンツを手に取り、乾き具合を確かめる。
「うん、パンツはもう良いね。はい。」
 ほかほかに乾いたパンツをサスケに手渡し、カカシは熱風に揺れる服を見上げる。
「あと五分くらいかな」
 あと五分。
 五分経ったらこの服は返さなければいけない。
 思わず服をギュッと掴み、その柔らかく伸縮性のあるあたたかい感触を味わった。
 ‥カカシの服。
 もう少しだけ、この感触に包まれていたい。
 そう考えたところで、ハッと我に帰る。
 俺今何を考えた?
 おかしいだろ、カカシの服を着ていたいだなんて。
 カカシがサスケを振り返って、「……ん?」と微笑みかける。
「……なんでもねぇよ。」
「でもなんか、気に入ってるみたいだね、それ。」
 ドキ、と胸が高鳴る。
「……そんなわけ……」
 ……そんなわけ、あってたまるか。
 そう思いながらも、手はギュッと服の裾を掴んでいる。
 その矛盾に、サスケは湧き上がる感情の名前がわからず困惑する。
 なんで、俺。
 どうしちまったんだ、俺は。
 サスケはカカシの目線から顔を隠すように、川の方を向いた。
 身体はもう十分に温まっていて、そのせいか顔も熱い気がする。
 嬉しい、そうだ、この湧き上がる感情は嬉しさだ。
 ……‥どうかしてる。カカシの服を着て嬉しいだなんて。……どうかしてる。
 冷たい水に浸かったせいで、頭がおかしくなったのかもしれない。
 冷たい身体を温めたこの服が、勘違いをさせているのかもしれない。
 きっとそうだ。
 じゃないと、この湧き上がる嬉しさの理由が見つからない。
 
 まだ、乾くな。もう少し、もう少しだけ。
 
 自然に浮かんでくるその考えに、サスケは舌打ちをして足元の石を川に投げつけた。