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全年齢,超短編,原作軸,カカサス小説シリアス

 サスケはアカデミーでも一目置かれていた。……避けられていた、と言うべきかもしれない。時に中忍の先生たちを凌駕する火遁や手裏剣術を見せれば、一歩距離を置かれるのも仕方がなかっただろう。
 他方ナルトは九尾の封印が影響しているのか忍術もからっきしで、体術の授業も身が入らず落ちこぼれていき、目をかける先生はイルカくらいのものだった。
 生まれた時から親を知らないナルトにとってはイルカの存在はさぞかし大きかっただろう。
 だがサスケにはそういう存在は今までいなかった。
 それが晴れて下忍になった時、はじめて圧倒的な力を見せつけられ、うちは一族と同じ写輪眼を持つカカシの存在は日に日に大きくなっていった。
 でも上忍のカカシにとってはナルトもサスケもサクラも、皆アカデミーを出たての子どもだ。
 例え首席卒業であっても落ちこぼれであってもカカシにとってはどんぐりの背比べ程度の差だった。
 そうやって分け隔てなく接してくれる存在は、サスケにとってはじめての人物だった。
 対等に子どもとして扱ってくれる。自分よりはるかに上をいく体術、幻術、そして忍術。
 そんなカカシに特別な想いを抱くのは時間の問題だった。
 ただ、その想いは決して態度に現すことはなかった。
 それは自分の立場をわきまえていたからだ。
 カカシにとってサスケはただの部下で、生徒で、特別な存在でもなんでもないのをわかっていたから。
 ……でもそれも、中忍試験までだった。
 大蛇丸という脅威。呪印という呪い。それを自らの血を使って封印してくれたこと。そして同じ眼を持つものとしてマンツーマンの修行の相手をしてくれたこと。
 サスケの特別な想いは大きくなっていった。
 でもやっぱり、それを伝えることはなかった。
 カカシは親でも兄でもない、たまたまサスケ達を受け持つことになった上忍。
 そう、たまたまだ。運命でも何でもない。カカシにとってサスケは所詮部下の一人だ。
 特別な想いが何だ。
 伝えたところであしらわれて終わるだけだ。
 そもそもこの想いの正体も伝え方も知らない。
 千鳥を会得した時は少しだけカカシに近づけたと思った。でもそれはやっぱりカカシにとっては教え子が成長した、という事実でしかない。そこに特別な想いはきっと何もない。
 カカシから言われた言葉。
「その力は仲間を守るためのものだ。」
 ナルトやサクラのための力。
 どこまでいってもカカシにとってサスケは三人の教え子の内の一人にすぎないのだ。
 拳をぎゅっと握り締める。
 いつかカカシを守れるくらいに強くなりたい。
 与えられてばかりで黙っていられる性格ではなかった。
 けれど実際に何をすればいいのかわからなかった。
 そんな時に襲ってきたのがうちはイタチだった。
 
 カカシですら勝てない相手にサスケが敵うわけがなかった。ナルトを狙っていると聞いて血が沸騰しそうなくらい熱くなった。仲間を守るための力。……宿敵を倒すための力。それはイタチには全く通用しなかった。
 今まで絶対的に強いと思っていたカカシの存在がはじめて揺らいだ。
 イタチを倒すためには、カカシの元にいても意味がない。
 ……じゃあ一体、どうすれば良いんだ。
 カカシをも守る力が欲しいと思った。
 ナルトでもサクラでもなく、カカシを。
 強くなりたい。
 その思いに応えるように呪印が反応する。
 呪印。
 大蛇丸は言った。
「いつか必ず私を求める」と。
 実際呪印を解放した時の全能感は今までの何よりも強かった。
 あの力をコントロールできれば。
 でもそれは木の葉の敵である大蛇丸に師事するということだった。
 里の中にはまだ三代目が大蛇丸の手によって殺されたことで暗い雰囲気が流れていた。
 その三代目を殺した敵の元に行くというのは、木の葉の敵になるということだ。
 力のためにナルトやサクラを、カカシを、敵に回すのか。
 でもそれ以外に強くなる方法が見つからない。
 呪われた力に手を出して、自分がどうなってしまうかわからない。……いや、本心ではイタチさえ倒せれば自分はどうなっても構わないという気持ちもあった。
 落ちこぼれだったナルトでさえサスケに肉迫する実力を身につけている。
 その事実が悔しくていてもたってもいられなくなった。
 焦っていた。
 悔しかった。
 自分も強くなっているんだと、感じたかった。
 しかしナルトとの決闘はカカシの手によって中断された。
 仲間を守るための力を、仲間に向けた。
 カカシはそれを重く受け止めていた。
 だがそれが何だ。
 カカシが与えた力だとしても、どう使うのかはサスケ次第だ。
 木に縛り付けられたとき、サスケの想いは爆発した。
 馬鹿なことを言ってる。わかってる。でも止められなかった。
「復讐なんかやめとけ」
 そんな言葉はカカシの口から一番聞きたくない説教だった。
 誰に俺を止められる権利がある。
 所詮イタチに負ける程度の力しか持っていないカカシが何を言ってもサスケの心には響かなかった。
 カカシに対する特別な想いは、散ろうとしていた。
 だがカカシは拘束を解いてサスケを抱きしめた。
「サスケの気持ちはよくわかるよ」
 嘘だ。それなら復讐をやめろなんて言うわけがない。
「お前は俺の大切な教え子だ」
 違う、ただの教え子のうちの一人だ。
「サスケには呪印に、大蛇丸の力に負けてほしくない」
 それはカカシの、木の葉のエゴだ。
「ナルトも、サクラも、……俺も、サスケのことを特別だと思ってる。特別な仲間だ。そうだろ?」
 俺にとって特別なのはうちはイタチだけだ。
 イタチを殺すためなら、他の奴らは全員踏み台だ。
 仲間だなんて笑わせる。あんただって踏み台のひとつでしかない。
「少なくとも、俺にとってはお前は特別だよ。」
 聞きたくない。
 あんたの口からそんな言葉は聞きたくない。
 あんたにとって俺はただの教え子の一人だ。
 これ以上俺の中に入ってくるな。
 今更俺の想いの中に入ってくるな。
 もう全てが遅い。
 俺にとってあんたは、あんたは……っ!
 サスケを抱きしめるカカシの胸をドン、と押す。
「なら俺を殺してでも止めてみせろよ、あんたにそれが出来るのか? 出来ねえだろ。大切? 特別? それが何だ! ……俺はあんたのことが好きだった。でもそれももう過去の話だ。くだらねぇ説教かましてる暇があったら、いっそ俺を殺せよ!」
 はぁ、はぁ、と息を荒くする。
 カカシは眼を丸くしてサスケを見ている。
 そして絞り出すように言葉を紡ぐ。
「そんなこと……出来るわけないじゃない……言ったろ、お前は特別だって……。これ以上俺は大切な存在を失いたくない。サスケにも、わかるだろ……? 七班の存在は、サスケにとって特別じゃないのか?」
「わかんねぇよ、何もわかんねぇよ! 俺にとってあんたは、あんただけは特別だった。でも俺を止めようとするのなら、あんたはもう敵だ……!」
「なら何でそんな、泣きそうな顔してるの……」
 言われて、腕で目元を隠す。
「俺に、どうしろって言うんだよ……!!」
 サスケは木から降りてその場を立ち去る。
 特別だった。
 カカシは特別な存在だった。
 その想いはもう過去のもののはずだった。
 なのにサスケの胸を締め付ける。
 苦しい。苦しい。苦しい。
 もう俺はカカシの特別にはなれない。
 俺は力を求める道を進む。
 それが邪の道であっても、イタチさえ殺せれば何でもいい。
 アパートの前に着くと、鍵を開けて中に入る。
 一心不乱に走り抜けてきた心臓がバクバクと全身に血を送り出している。
 扉を背に、そのままずるずると座り込む。
「もう、遅いんだよ……」
 顔を手で覆って、唇を噛み締めた。
 俺の想いに、これ以上踏み込まないでくれ。
 俺の復讐の邪魔をするなら、この想いも捨ててやる。
 カカシがどう思っていようと関係ない。
 俺は力を手に入れる。
 そのために何だってしてやる。
 例え差し違えてでも、俺の道を邪魔するのなら全員殺す。
 暗い部屋の中、写輪眼が光る。
 俺は復讐者だ。
 なのにそれを忘れかけていた。
 復讐に特別な想いなんか必要ない。
 必要なのは力だけだ。
 力だけだ。
 目から溢れた血が頬をどろりと落ちていく。
 必ず、殺す。
 そのためには、何だって利用してやる。
 サスケの想いは固まった。