魅入られた者

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2025年4月3日成人向,短編,現代パロ,連載中,カカサス小説エロ

思い出せない一日

 その日俺はずっとボーッとしていたらしい。らしい、というのも自分ではそれを全く覚えていないからだ。ただ、その前日俺は家に帰らず、兄さんが寝食も忘れて探し回った挙句、俺は朝何の変哲もなく登校して関係各所を驚かせたのだとか。
 その覚えていない一日についても、俺の様子がおかしいと兄さんは物凄く心配して、翌日からもしばらくは常に連絡を欠かさないように言われて、1時間おきに来るメッセージに返信をする生活が続きそうだった。
 まるで神隠しにでも遭ったかのようだけど覚えていないものはどうにもならない。
 とりあえずは無事でよかった、で場はおさまった。
 でも俺は、その日から変な夢を見るようになった。具体的には覚えていないけど、いわゆる淫夢とでも言うのだろうか、性的な気持ちよさを強烈に感じながら、ずっとこうされていたいと思うような夢。
 ただ、そんな夢を見ても無精とかはなく、それどころか朝勃ちもしていない。そして眠っていたのに起きたときに身体が重たく、疲れのようなものを感じている。
 一日目は、まあたまにはそんな夢も見るだろうとあまり気にしなかった。けど二日、三日と同じことが続いてさすがに何かおかしくないか、と俺は四日目の夜、真夜中の2時にアラームをセットして寝ることにした。
 布団に入って眠りに落ちたあと、何かが聞こえる……ああ、アラーム……とうっすら意識したとき下半身に耐え難い快感を覚えて驚き目を開ける。
「あっ! あんっ! ぅあ、あっ! んっ、あっ!」
 え、なに、俺の声?
 身体が揺れていて、局部を何かが出入りしている、それが、その動きがめちゃくちゃに気持ちよくて何が起きているのかわからないまま喘ぎながら、暗い部屋の中そこに何がいるのか確かめようと手を伸ばす。そこにあったのは人肌の温かさ、丸い頭部と思しきものにはふわふわの髪の毛……人? は? 誰? 何??
 その丸いふわふわが俺の顔に近づいて唇を覆われた。口内に入ってきた舌がじっとりと俺の舌に絡めて、それもまた気持ちよくて頭の回転が止まる。その間にも下半身の方は何かがよくわからないけどめちゃくちゃ気持ちよくて唇を覆われながら声を漏らす俺にそいつは頭を撫でた。
 褒められ……? 嬉しい……
 ……じゃ、ない、待て、何だ、この、状況、っ!
「んっ、あっ、あぁっ! だ、あっ! だれっ、あっ!」
 なんとか言葉になった「だれ」に対して、そいつは動きを緩やかにして上半身を上げた。目が慣れてきて、何となく見える。男、だ、多分。
「あれ……もしかして意識ある? 何でかなぁ。ま、いいか。」
 え? この声、聞き覚えが、……まさか
「あっ、ん゛っ! やっ、あっ! なんっ、でっ、っあ、あっ!」
 自分の状況がわかってきた、俺今、誰かに、尻の穴に、多分あれを入れられて、つまりはアナルセックスをしている? させられている?
 それが意味がわからないくらいに、気持ちいい。
「大丈夫だよこれは夢だから、感じるままに感じるだけでなんにも考えなくていい」
「え、あっ、あっ! っぁ、あっ、きもち、いっ! はぁっ、んっ!」
 その誰かの言葉が耳に入ると思考が溶けていく。
 夢……夢なら……いいか
「あっ、い、っく、いっちゃ、あっ、あ、あっ、あ、ああっ、あ!!」
 下半身がこわばって、びゅく、びゅく、と飛び散るそれをすくう指。
「いっぱい出せたね、もっと出そうね?」
「っあ゛! だ、っぅ、だめっ、っあぅ! これいじょ……っ!! っあああ!」
「だめなんかじゃないよ、夢なんだから」
 声が、頭の中に入るたびにリフレインして、そっか、いいんだ……と、止まらないどころか、激しくなる律動にまた感じるままに喉を震わせる。
 夢……だから、こんなに……気持ちいい……
 この声もきっと夢だから……
 何度イッても終わらない永遠のように感じる時間をずっと快感に震え続けて、時々撫でられるその手が嬉しくて、その声の主の名前を何度も呼んだ。その度に返ってくる俺の名を呼ぶ声にじんとして、うっとりしながら腕を伸ばしてその誰かを抱き寄せて、キスをして――。
 
 目が覚めたとき、俺はやっぱりどんな夢を見ていたのか思い出せなかった。ただアラームの音が聞こえた時に一瞬だけぼんやりと目が覚めて、誰かと性的な行為をしていた事と、その時に聞こえた、その誰かの声だけは覚えている。
 その声の主は、俺が学校の中で唯一尊敬していて、好意を持っている先生と酷くよく似ていた。
 好意は持っている、けどそういう対象としては見ていない。なのにこの妙な夢の中に出てきたのは、まさか俺は自分でも気がつかないうちにその先生をそんなふうに見ていた、という事なんだろうか。
 だとしたら……恥ずかしすぎる。連日そんな夢を、しかも相手は同性なのに、……セックスして気持ちよがる夢を見てしまっているなんて。
 少し重い身体を起こしながら、どんな顔をして今日、その先生に会ったら良いのか……まあ、俺が勝手に見た夢なんだから普通の顔でいいんだろうけど。ただやっぱり気恥ずかしい。
 着替えてリビングに行くと、兄さんがそわそわした様子で俺を待っていた。
「サスケ、おはよう。……よく眠れたか。」
「ああ、……兄さん何かあったのか?」
 兄さんは言いにくそうに視線を泳がせながら、なんとも言えない顔で口を開く。
「いや、昨日……変な時間にサスケの部屋からアラームが聞こえたからお前の部屋に行ったんだが、……うなされている、というより……ともかく様子がおかしかったから、心配になってな。」
 ……まさか、俺寝ながら喘いでたとか、……ない、よな。
「……兄さん、俺ももうそんな子どもじゃないんだから、心配しないでくれ。大丈夫だから。」
「しかしあんな事件があったばかりだし、心配にもなるよ。本当に大丈夫なのか?」
 その事件からずっと、変な夢を見続けているなんてとても言えない。けど待てよ、確かに「神隠し」の後からだ、こんな夢を見るようになったのは。……何か関係があるんだろうか。
 とはいえ、その日のことを俺は思い出せない。思い出せないということは、きっと何かがあったんだと思う。どこかに何かヒントはないだろうか。あの日の朝、兄さんに電話をしたのはカカシ先生だと聞いた。担任でも何でもないカカシが電話をするのも妙な話だ。朝当番で校門に立っていたのであれば、他の先生に取り次ぐだろうし、あの日うちの担任は朝当番じゃなかったから、基本的には家庭への連絡は担任か学年主任のどちらかのはず。
 ……連絡をしてきたのもカカシ、夢に出てきたのもカカシ、……カカシに聞けば何かヒントがわかるだろうか。
「……大丈夫だ、兄さん。俺は何ともないよ。」
 兄さんは心配そうな顔のまま、朝食を作りにキッチンに向かった。
 
 今日はカカシの授業はない。だから職員室まで行って呼び出さないと話は聞けない。
 入学してからしばらく、俺は教科担任の先生に高校レベルから外れた質問をして、うろたえたり焦ったり意味が理解できていない顔を見るのがちょっとした楽しみだった。
 そんな中で、カカシだけが俺の問いに対して解を説明したり、その質問は今の授業とは外れるから、後で別室で教えるねと生徒指導室で教えてくれたりした。
 素直にこの先生は良いなぁと思ったし、何度か生徒指導室で教えてもらう内に、ふたりきりのときはカカシでいいよと言われた時は、カカシから特別扱いをされている感じがして嬉しかった。
 今もカカシのことは先生として好きだし、ふたりきりになれるあの生徒指導室での時間も嬉しいと思う。
 ただそれだけで、カカシのことをそういう対象としては見たことがない。なのになんであんな夢を見るようになったんだろう。もしかしたら、今日はカカシだっただけで、昨日は別の人とそういうことをする夢だったのかもしれない。何にしても、普通に女性を相手にしているならともかく、相手が男で俺がやられている方、というのも腑に落ちない。もちろん俺はそっちの気なんてないし考えたこともなかった。
 なのになんで……。
 
 授業が終わって、俺は鞄を手に職員室の扉をノックする。失礼します、と中に入って中を見渡した。窓辺の席にいるカカシを見つけて、他の先生に極力意識されないようにそろっとその隣に向かう。
「はたけ先生、相談したいことがあります。お時間頂けませんか。」
 カカシは俺を見上げて、いつものふわっとした笑顔で答える。
「ん、いいよ。生徒指導室でいい?」
「はい。ありがとうございます。」
 先に職員室から出て、生徒指導室の鍵を持ったカカシが出てくるのを待つ。
 指で鍵についた輪をくるくると回しながら、カカシが出てきて扉を閉めた。
 生徒指導室は保健室と昇降場を挟んで向こう側。
 カカシが鍵を開けて扉を開き、中に入るよう促す。いつものように、俺は中に入って椅子に座った。
 カカシは向かい合わせの椅子に座って、机の上で手を組む。
「今日は何を教えて欲しいの?」
 勉強のことだと思っているらしい、俺は鞄を床に置いて、まっすぐにカカシを見た。
「カカシが神隠しの俺を見つけたときのこと、詳しく聞きたい。普通に登校してきた、って聞いたけど、俺は本当に普通に校門をくぐって歩いてきたのか?」
 そういうことか、とカカシは背もたれに背中を預けて足を組んだ。
「いや、あんまり騒ぎになってもどうかと思ってそう言っといただけ。実際は、俺が朝当番で学校の鍵を開けて回ってた時に教室の自分の机で寝てたサスケを見つけたの。」
 教室で?
 一晩中、学校にいたってことか?
「毎日職員が帰る時間に、すべての教室とかは目視確認して、誰もいないことを確認してから鍵を閉めてる。だから、その時点ではサスケは学校にはいなかったはずなのね。」
「……どういうことなんだ……。」
「それがね、わかんないから神隠しって言われてる訳よ。朝サスケを見つけたはいいけど意識がはっきりしてなくて。おぶってこの部屋まで運んで寝かせてたんだけどさ。目が覚めてからもずっとぼーっとしてて返事もしないし。」
 俺に……何が起きていたんだろう。俺は一体どこにいたんだ。……全然思い出せない。
「登校の時間になったから、そのぼーっとしてるサスケを教室まで誘導して、親御さん……お兄さんに連絡したってわけ。」
 てっきり、学校の外で「神隠し」に遭った中と思っていた。それなら、いくらでも隠れる場所? はありそうだし。でも実際に見つかったのは教室の中……。
「何気なくさ、その前の日にサスケが帰るとこ見た人がいないか探したけど、教室に最後まで残ってた事しかわからなかった。でも、職員が見回った18時半頃時点では、サスケはもう学校にはいなかった。」
 謎が深まるばかりだった。教室で最後目撃されていて、見つかったのも教室。でも夜には俺はいなくなっていた。……どこに行っていたんだろう。俺の身に何が起きていたんだろう。いなくなったその当日の記憶どころか、見つかった日の記憶すらないのにわかりようがない。
「俺にわかるのは、このくらいだ。正直、本当に神隠しに遭ったとしか思えないくらい。あんまり参考にならなくて悪いね。」
「……いや、ありがとう……。ともかく、学校の中でその……神隠しに遭った可能性が高いわけだな。」
「……現状、そうとしか思えないけどね。けど残念ながら、うちの学校には七不思議みたいなものはないし、まあそもそも設立して6年の歴史もない学校だからそんなオカルトな噂も立ちようがない。歴史的に、何か特別な場所の跡地ってわけでもない。見ての通り周りは住宅地で墓地とかもない、全く普通の学校だ。」
 そんな普通の学校で起きた俺の神隠し。
 教室で寝ていて、意識がはっきりせず、ぼーっとして過ごしている間の記憶は全くなくて、朝普通に起きてリビングに降りて行ったときは兄さんが駆け寄ってひどく心配しながら「どこに行っていたんだ」と言われてはじめて俺は一晩姿を消していたことも、見つかった後の様子が変だったことも知った。
 俺がいなくなった日の記憶はうっすらとある。普通に授業を受けて、いつものように放課後勉強を……していた……あれ、放課後、勉強していた、か?
 ……だめだ、放課後からの記憶があやふやだ。授業が終わって、他の奴らがガタガタと椅子を動かして立ち上がり、教室を出ていくところは、見た。その後、俺何をしてたんだっけ。
 いや、でも、最後まで教室に残っていたのが最後に確認された俺の姿なのだとしたら、多分いつものように勉強を、していた、んだと思う。
 何だろう、一瞬何かを見たのを思い出しかけた。……色だ、あれは……何色だった。
 生徒指導質の窓から刺す光が、少しずつ赤みを帯びてくる。
 橙色……違う、あれは……琥珀のような少し暗い茜……
 窓を見つめる俺の肩に、カカシが手を載せる。
「……ま、怪我もなく無事に見つかってよかったよ。俺から話せるのは、このくらいだ。今日はもう帰りな、お兄さんがまた心配するから。」
 現実に引き戻されたようにハッとなった。
「あ、そうだ、兄さんにメッセージ送っておかないと。」
 スマホを取り出して、メッセージを打つ俺を横目に、カカシは窓のカーテンを閉めた。
「何か思い出したら、俺にも教えてね。気をつけて帰りなよ。」
 カーテンを閉めて振り返るカカシ、蛍光灯の光に照らされた優しい顔。
「わかった、ありがとう。」
 生徒指導室に鍵をかけるのを見守ってから、自分の靴が置いてある昇降場に向かい、靴箱を開ける。
 ……あれ、何だろう。何か変な感じがする。
 見回してみても、同じく靴箱から靴を取り出す女子がいるだけで、特に変わったものは見当たらない。
 気のせい、か……?
 靴を出して、上靴をしまう。
 ……靴箱……ここで何かがあったような。……思い出せない。
 靴を履いて、自転車置き場の横を通り、人ひとり分開いている東門から学校を出て、家に急いだ。
 ……何かが、あった。思い出せないけど、……何かが起きた。思い出したのは、陽が落ちる瞬間のような、少し暗い茜色だけだった。
  その日俺はずっとボーッとしていたらしい。らしい、というのも自分ではそれを全く覚えていないからだ。ただ、その前日俺は家に帰らず、兄さんが寝食も忘れて探し回った挙句、俺は朝何の変哲もなく登校して関係各所を驚かせたのだとか。
 その覚えていない一日についても、俺の様子がおかしいと兄さんは物凄く心配して、翌日からもしばらくは常に連絡を欠かさないように言われて、1時間おきに来るメッセージに返信をする生活が続きそうだった。
 まるで神隠しにでも遭ったかのようだけど覚えていないものはどうにもならない。
 とりあえずは無事でよかった、で場はおさまった。
 でも俺は、その日から変な夢を見るようになった。具体的には覚えていないけど、いわゆる淫夢とでも言うのだろうか、性的な気持ちよさを強烈に感じながら、ずっとこうされていたいと思うような夢。
 ただ、そんな夢を見ても無精とかはなく、それどころか朝勃ちもしていない。そして眠っていたのに起きたときに身体が重たく、疲れのようなものを感じている。
 一日目は、まあたまにはそんな夢も見るだろうとあまり気にしなかった。けど二日、三日と同じことが続いてさすがに何かおかしくないか、と俺は四日目の夜、真夜中の2時にアラームをセットして寝ることにした。
 布団に入って眠りに落ちたあと、何かが聞こえる……ああ、アラーム……とうっすら意識したとき下半身に耐え難い快感を覚えて驚き目を開ける。
「あっ! あんっ! ぅあ、あっ! んっ、あっ!」
 え、なに、俺の声?
 身体が揺れていて、局部を何かが出入りしている、それが、その動きがめちゃくちゃに気持ちよくて何が起きているのかわからないまま喘ぎながら、暗い部屋の中そこに何がいるのか確かめようと手を伸ばす。そこにあったのは人肌の温かさ、丸い頭部と思しきものにはふわふわの髪の毛……人? は? 誰? 何??
 その丸いふわふわが俺の顔に近づいて唇を覆われた。口内に入ってきた舌がじっとりと俺の舌に絡めて、それもまた気持ちよくて頭の回転が止まる。その間にも下半身の方は何かがよくわからないけどめちゃくちゃ気持ちよくて唇を覆われながら声を漏らす俺にそいつは頭を撫でた。
 褒められ……? 嬉しい……
 ……じゃ、ない、待て、何だ、この、状況、っ!
「んっ、あっ、あぁっ! だ、あっ! だれっ、あっ!」
 なんとか言葉になった「だれ」に対して、そいつは動きを緩やかにして上半身を上げた。目が慣れてきて、何となく見える。男、だ、多分。
「あれ……もしかして意識ある? 何でかなぁ。ま、いいか。」
 え? この声、聞き覚えが、……まさか
「あっ、ん゛っ! やっ、あっ! なんっ、でっ、っあ、あっ!」
 自分の状況がわかってきた、俺今、誰かに、尻の穴に、多分あれを入れられて、つまりはアナルセックスをしている? させられている?
 それが意味がわからないくらいに、気持ちいい。
「大丈夫だよこれは夢だから、感じるままに感じるだけでなんにも考えなくていい」
「え、あっ、あっ! っぁ、あっ、きもち、いっ! はぁっ、んっ!」
 その誰かの言葉が耳に入ると思考が溶けていく。
 夢……夢なら……いいか
「あっ、い、っく、いっちゃ、あっ、あ、あっ、あ、ああっ、あ!!」
 下半身がこわばって、びゅく、びゅく、と飛び散るそれをすくう指。
「いっぱい出せたね、もっと出そうね?」
「っあ゛! だ、っぅ、だめっ、っあぅ! これいじょ……っ!! っあああ!」
「だめなんかじゃないよ、夢なんだから」
 声が、頭の中に入るたびにリフレインして、そっか、いいんだ……と、止まらないどころか、激しくなる律動にまた感じるままに喉を震わせる。
 夢……だから、こんなに……気持ちいい……
 この声もきっと夢だから……
 何度イッても終わらない永遠のように感じる時間をずっと快感に震え続けて、時々撫でられるその手が嬉しくて、その声の主の名前を何度も呼んだ。その度に返ってくる俺の名を呼ぶ声にじんとして、うっとりしながら腕を伸ばしてその誰かを抱き寄せて、キスをして――。
 
 目が覚めたとき、俺はやっぱりどんな夢を見ていたのか思い出せなかった。ただアラームの音が聞こえた時に一瞬だけぼんやりと目が覚めて、誰かと性的な行為をしていた事と、その時に聞こえた、その誰かの声だけは覚えている。
 その声の主は、俺が学校の中で唯一尊敬していて、好意を持っている先生と酷くよく似ていた。
 好意は持っている、けどそういう対象としては見ていない。なのにこの妙な夢の中に出てきたのは、まさか俺は自分でも気がつかないうちにその先生をそんなふうに見ていた、という事なんだろうか。
 だとしたら……恥ずかしすぎる。連日そんな夢を、しかも相手は同性なのに、……セックスして気持ちよがる夢を見てしまっているなんて。
 少し重い身体を起こしながら、どんな顔をして今日、その先生に会ったら良いのか……まあ、俺が勝手に見た夢なんだから普通の顔でいいんだろうけど。ただやっぱり気恥ずかしい。
 着替えてリビングに行くと、兄さんがそわそわした様子で俺を待っていた。
「サスケ、おはよう。……よく眠れたか。」
「ああ、……兄さん何かあったのか?」
 兄さんは言いにくそうに視線を泳がせながら、なんとも言えない顔で口を開く。
「いや、昨日……変な時間にサスケの部屋からアラームが聞こえたからお前の部屋に行ったんだが、……うなされている、というより……ともかく様子がおかしかったから、心配になってな。」
 ……まさか、俺寝ながら喘いでたとか、……ない、よな。
「……兄さん、俺ももうそんな子どもじゃないんだから、心配しないでくれ。大丈夫だから。」
「しかしあんな事件があったばかりだし、心配にもなるよ。本当に大丈夫なのか?」
 その事件からずっと、変な夢を見続けているなんてとても言えない。けど待てよ、確かに「神隠し」の後からだ、こんな夢を見るようになったのは。……何か関係があるんだろうか。
 とはいえ、その日のことを俺は思い出せない。思い出せないということは、きっと何かがあったんだと思う。どこかに何かヒントはないだろうか。あの日の朝、兄さんに電話をしたのはカカシ先生だと聞いた。担任でも何でもないカカシが電話をするのも妙な話だ。朝当番で校門に立っていたのであれば、他の先生に取り次ぐだろうし、あの日うちの担任は朝当番じゃなかったから、基本的には家庭への連絡は担任か学年主任のどちらかのはず。
 ……連絡をしてきたのもカカシ、夢に出てきたのもカカシ、……カカシに聞けば何かヒントがわかるだろうか。
「……大丈夫だ、兄さん。俺は何ともないよ。」
 兄さんは心配そうな顔のまま、朝食を作りにキッチンに向かった。
 
 今日はカカシの授業はない。だから職員室まで行って呼び出さないと話は聞けない。
 入学してからしばらく、俺は教科担任の先生に高校レベルから外れた質問をして、うろたえたり焦ったり意味が理解できていない顔を見るのがちょっとした楽しみだった。
 そんな中で、カカシだけが俺の問いに対して解を説明したり、その質問は今の授業とは外れるから、後で別室で教えるねと生徒指導室で教えてくれたりした。
 素直にこの先生は良いなぁと思ったし、何度か生徒指導室で教えてもらう内に、ふたりきりのときはカカシでいいよと言われた時は、カカシから特別扱いをされている感じがして嬉しかった。
 今もカカシのことは先生として好きだし、ふたりきりになれるあの生徒指導室での時間も嬉しいと思う。
 ただそれだけで、カカシのことをそういう対象としては見たことがない。なのになんであんな夢を見るようになったんだろう。もしかしたら、今日はカカシだっただけで、昨日は別の人とそういうことをする夢だったのかもしれない。何にしても、普通に女性を相手にしているならともかく、相手が男で俺がやられている方、というのも腑に落ちない。もちろん俺はそっちの気なんてないし考えたこともなかった。
 なのになんで……。
 
 授業が終わって、俺は鞄を手に職員室の扉をノックする。失礼します、と中に入って中を見渡した。窓辺の席にいるカカシを見つけて、他の先生に極力意識されないようにそろっとその隣に向かう。
「はたけ先生、相談したいことがあります。お時間頂けませんか。」
 カカシは俺を見上げて、いつものふわっとした笑顔で答える。
「ん、いいよ。生徒指導室でいい?」
「はい。ありがとうございます。」
 先に職員室から出て、生徒指導室の鍵を持ったカカシが出てくるのを待つ。
 指で鍵についた輪をくるくると回しながら、カカシが出てきて扉を閉めた。
 生徒指導室は保健室と昇降場を挟んで向こう側。
 カカシが鍵を開けて扉を開き、中に入るよう促す。いつものように、俺は中に入って椅子に座った。
 カカシは向かい合わせの椅子に座って、机の上で手を組む。
「今日は何を教えて欲しいの?」
 勉強のことだと思っているらしい、俺は鞄を床に置いて、まっすぐにカカシを見た。
「カカシが神隠しの俺を見つけたときのこと、詳しく聞きたい。普通に登校してきた、って聞いたけど、俺は本当に普通に校門をくぐって歩いてきたのか?」
 そういうことか、とカカシは背もたれに背中を預けて足を組んだ。
「いや、あんまり騒ぎになってもどうかと思ってそう言っといただけ。実際は、俺が朝当番で学校の鍵を開けて回ってた時に教室の自分の机で寝てたサスケを見つけたの。」
 教室で?
 一晩中、学校にいたってことか?
「毎日職員が帰る時間に、すべての教室とかは目視確認して、誰もいないことを確認してから鍵を閉めてる。だから、その時点ではサスケは学校にはいなかったはずなのね。」
「……どういうことなんだ……。」
「それがね、わかんないから神隠しって言われてる訳よ。朝サスケを見つけたはいいけど意識がはっきりしてなくて。おぶってこの部屋まで運んで寝かせてたんだけどさ。目が覚めてからもずっとぼーっとしてて返事もしないし。」
 俺に……何が起きていたんだろう。俺は一体どこにいたんだ。……全然思い出せない。
「登校の時間になったから、そのぼーっとしてるサスケを教室まで誘導して、親御さん……お兄さんに連絡したってわけ。」
 てっきり、学校の外で「神隠し」に遭った中と思っていた。それなら、いくらでも隠れる場所? はありそうだし。でも実際に見つかったのは教室の中……。
「何気なくさ、その前の日にサスケが帰るとこ見た人がいないか探したけど、教室に最後まで残ってた事しかわからなかった。でも、職員が見回った18時半頃時点では、サスケはもう学校にはいなかった。」
 謎が深まるばかりだった。教室で最後目撃されていて、見つかったのも教室。でも夜には俺はいなくなっていた。……どこに行っていたんだろう。俺の身に何が起きていたんだろう。いなくなったその当日の記憶どころか、見つかった日の記憶すらないのにわかりようがない。
「俺にわかるのは、このくらいだ。正直、本当に神隠しに遭ったとしか思えないくらい。あんまり参考にならなくて悪いね。」
「……いや、ありがとう……。ともかく、学校の中でその……神隠しに遭った可能性が高いわけだな。」
「……現状、そうとしか思えないけどね。けど残念ながら、うちの学校には七不思議みたいなものはないし、まあそもそも設立して6年の歴史もない学校だからそんなオカルトな噂も立ちようがない。歴史的に、何か特別な場所の跡地ってわけでもない。見ての通り周りは住宅地で墓地とかもない、全く普通の学校だ。」
 そんな普通の学校で起きた俺の神隠し。
 教室で寝ていて、意識がはっきりせず、ぼーっとして過ごしている間の記憶は全くなくて、朝普通に起きてリビングに降りて行ったときは兄さんが駆け寄ってひどく心配しながら「どこに行っていたんだ」と言われてはじめて俺は一晩姿を消していたことも、見つかった後の様子が変だったことも知った。
 俺がいなくなった日の記憶はうっすらとある。普通に授業を受けて、いつものように放課後勉強を……していた……あれ、放課後、勉強していた、か?
 ……だめだ、放課後からの記憶があやふやだ。授業が終わって、他の奴らがガタガタと椅子を動かして立ち上がり、教室を出ていくところは、見た。その後、俺何をしてたんだっけ。
 いや、でも、最後まで教室に残っていたのが最後に確認された俺の姿なのだとしたら、多分いつものように勉強を、していた、んだと思う。
 何だろう、一瞬何かを見たのを思い出しかけた。……色だ、あれは……何色だった。
 生徒指導質の窓から刺す光が、少しずつ赤みを帯びてくる。
 橙色……違う、あれは……琥珀のような少し暗い茜……
 窓を見つめる俺の肩に、カカシが手を載せる。
「……ま、怪我もなく無事に見つかってよかったよ。俺から話せるのは、このくらいだ。今日はもう帰りな、お兄さんがまた心配するから。」
 現実に引き戻されたようにハッとなった。
「あ、そうだ、兄さんにメッセージ送っておかないと。」
 スマホを取り出して、メッセージを打つ俺を横目に、カカシは窓のカーテンを閉めた。
「何か思い出したら、俺にも教えてね。気をつけて帰りなよ。」
 カーテンを閉めて振り返るカカシ、蛍光灯の光に照らされた優しい顔。
「わかった、ありがとう。」
 生徒指導室に鍵をかけるのを見守ってから、自分の靴が置いてある昇降場に向かい、靴箱を開ける。
 ……あれ、何だろう。何か変な感じがする。
 見回してみても、同じく靴箱から靴を取り出す女子がいるだけで、特に変わったものは見当たらない。
 気のせい、か……?
 靴を出して、上靴をしまう。
 ……靴箱……ここで何かがあったような。……思い出せない。
 靴を履いて、自転車置き場の横を通り、人ひとり分開いている東門から学校を出て、家に急いだ。
 ……何かが、あった。思い出せないけど、……何かが起きた。思い出したのは、陽が落ちる瞬間のような、少し暗い茜色だけだった。

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