魅入られた者
思い出せない一日
その日俺はずっとボーッとしていたらしい。らしい、というのも自分ではそれを全く覚えていないからだ。ただ、その前日俺は家に帰らず、兄さんが寝食も忘れて探し回った挙句、俺は朝何の変哲もなく登校して関係各所を驚かせたのだとか。
その覚えていない一日についても、俺の様子がおかしいと兄さんは物凄く心配して、翌日からもしばらくは常に連絡を欠かさないように言われて、1時間おきに来るメッセージに返信をする生活が続きそうだった。
まるで神隠しにでも遭ったかのようだけど覚えていないものはどうにもならない。
とりあえずは無事でよかった、で場はおさまった。
でも俺は、その日から変な夢を見るようになった。具体的には覚えていないけど、いわゆる淫夢とでも言うのだろうか、性的な気持ちよさを強烈に感じながら、ずっとこうされていたいと思うような夢。
ただ、そんな夢を見ても無精とかはなく、それどころか朝勃ちもしていない。そして眠っていたのに起きたときに身体が重たく、疲れのようなものを感じている。
一日目は、まあたまにはそんな夢も見るだろうとあまり気にしなかった。けど二日、三日と同じことが続いてさすがに何かおかしくないか、と俺は四日目の夜、真夜中の2時にアラームをセットして寝ることにした。
布団に入って眠りに落ちたあと、何かが聞こえる……ああ、アラーム……とうっすら意識したとき下半身に耐え難い快感を覚えて驚き目を開ける。
「あっ! あんっ! ぅあ、あっ! んっ、あっ!」
え、なに、俺の声?
身体が揺れていて、局部を何かが出入りしている、それが、その動きがめちゃくちゃに気持ちよくて何が起きているのかわからないまま喘ぎながら、暗い部屋の中そこに何がいるのか確かめようと手を伸ばす。そこにあったのは人肌の温かさ、丸い頭部と思しきものにはふわふわの髪の毛……人? は? 誰? 何??
その丸いふわふわが俺の顔に近づいて唇を覆われた。口内に入ってきた舌がじっとりと俺の舌に絡めて、それもまた気持ちよくて頭の回転が止まる。その間にも下半身の方は何かがよくわからないけどめちゃくちゃ気持ちよくて唇を覆われながら声を漏らす俺にそいつは頭を撫でた。
褒められ……? 嬉しい……
……じゃ、ない、待て、何だ、この、状況、っ!
「んっ、あっ、あぁっ! だ、あっ! だれっ、あっ!」
なんとか言葉になった「だれ」に対して、そいつは動きを緩やかにして上半身を上げた。目が慣れてきて、何となく見える。男、だ、多分。
「あれ……もしかして意識ある? 何でかなぁ。ま、いいか。」
え? この声、聞き覚えが、……まさか
「あっ、ん゛っ! やっ、あっ! なんっ、でっ、っあ、あっ!」
自分の状況がわかってきた、俺今、誰かに、尻の穴に、多分あれを入れられて、つまりはアナルセックスをしている? させられている?
それが意味がわからないくらいに、気持ちいい。
「大丈夫だよこれは夢だから、感じるままに感じるだけでなんにも考えなくていい」
「え、あっ、あっ! っぁ、あっ、きもち、いっ! はぁっ、んっ!」
その誰かの言葉が耳に入ると思考が溶けていく。
夢……夢なら……いいか
「あっ、い、っく、いっちゃ、あっ、あ、あっ、あ、ああっ、あ!!」
下半身がこわばって、びゅく、びゅく、と飛び散るそれをすくう指。
「いっぱい出せたね、もっと出そうね?」
「っあ゛! だ、っぅ、だめっ、っあぅ! これいじょ……っ!! っあああ!」
「だめなんかじゃないよ、夢なんだから」
声が、頭の中に入るたびにリフレインして、そっか、いいんだ……と、止まらないどころか、激しくなる律動にまた感じるままに喉を震わせる。
夢……だから、こんなに……気持ちいい……
この声もきっと夢だから……
何度イッても終わらない永遠のように感じる時間をずっと快感に震え続けて、時々撫でられるその手が嬉しくて、その声の主の名前を何度も呼んだ。その度に返ってくる俺の名を呼ぶ声にじんとして、うっとりしながら腕を伸ばしてその誰かを抱き寄せて、キスをして――。
目が覚めたとき、俺はやっぱりどんな夢を見ていたのか思い出せなかった。ただアラームの音が聞こえた時に一瞬だけぼんやりと目が覚めて、誰かと性的な行為をしていた事と、その時に聞こえた、その誰かの声だけは覚えている。
その声の主は、俺が学校の中で唯一尊敬していて、好意を持っている先生と酷くよく似ていた。
好意は持っている、けどそういう対象としては見ていない。なのにこの妙な夢の中に出てきたのは、まさか俺は自分でも気がつかないうちにその先生をそんなふうに見ていた、という事なんだろうか。
だとしたら……恥ずかしすぎる。連日そんな夢を、しかも相手は同性なのに、……セックスして気持ちよがる夢を見てしまっているなんて。
少し重い身体を起こしながら、どんな顔をして今日、その先生に会ったら良いのか……まあ、俺が勝手に見た夢なんだから普通の顔でいいんだろうけど。ただやっぱり気恥ずかしい。
着替えてリビングに行くと、兄さんがそわそわした様子で俺を待っていた。
「サスケ、おはよう。……よく眠れたか。」
「ああ、……兄さん何かあったのか?」
兄さんは言いにくそうに視線を泳がせながら、なんとも言えない顔で口を開く。
「いや、昨日……変な時間にサスケの部屋からアラームが聞こえたからお前の部屋に行ったんだが、……うなされている、というより……ともかく様子がおかしかったから、心配になってな。」
……まさか、俺寝ながら喘いでたとか、……ない、よな。
「……兄さん、俺ももうそんな子どもじゃないんだから、心配しないでくれ。大丈夫だから。」
「しかしあんな事件があったばかりだし、心配にもなるよ。本当に大丈夫なのか?」
その事件からずっと、変な夢を見続けているなんてとても言えない。けど待てよ、確かに「神隠し」の後からだ、こんな夢を見るようになったのは。……何か関係があるんだろうか。
とはいえ、その日のことを俺は思い出せない。思い出せないということは、きっと何かがあったんだと思う。どこかに何かヒントはないだろうか。あの日の朝、兄さんに電話をしたのはカカシ先生だと聞いた。担任でも何でもないカカシが電話をするのも妙な話だ。朝当番で校門に立っていたのであれば、他の先生に取り次ぐだろうし、あの日うちの担任は朝当番じゃなかったから、基本的には家庭への連絡は担任か学年主任のどちらかのはず。
……連絡をしてきたのもカカシ、夢に出てきたのもカカシ、……カカシに聞けば何かヒントがわかるだろうか。
「……大丈夫だ、兄さん。俺は何ともないよ。」
兄さんは心配そうな顔のまま、朝食を作りにキッチンに向かった。
今日はカカシの授業はない。だから職員室まで行って呼び出さないと話は聞けない。
入学してからしばらく、俺は教科担任の先生に高校レベルから外れた質問をして、うろたえたり焦ったり意味が理解できていない顔を見るのがちょっとした楽しみだった。
そんな中で、カカシだけが俺の問いに対して解を説明したり、その質問は今の授業とは外れるから、後で別室で教えるねと生徒指導室で教えてくれたりした。
素直にこの先生は良いなぁと思ったし、何度か生徒指導室で教えてもらう内に、ふたりきりのときはカカシでいいよと言われた時は、カカシから特別扱いをされている感じがして嬉しかった。
今もカカシのことは先生として好きだし、ふたりきりになれるあの生徒指導室での時間も嬉しいと思う。
ただそれだけで、カカシのことをそういう対象としては見たことがない。なのになんであんな夢を見るようになったんだろう。もしかしたら、今日はカカシだっただけで、昨日は別の人とそういうことをする夢だったのかもしれない。何にしても、普通に女性を相手にしているならともかく、相手が男で俺がやられている方、というのも腑に落ちない。もちろん俺はそっちの気なんてないし考えたこともなかった。
なのになんで……。
授業が終わって、俺は鞄を手に職員室の扉をノックする。失礼します、と中に入って中を見渡した。窓辺の席にいるカカシを見つけて、他の先生に極力意識されないようにそろっとその隣に向かう。
「はたけ先生、相談したいことがあります。お時間頂けませんか。」
カカシは俺を見上げて、いつものふわっとした笑顔で答える。
「ん、いいよ。生徒指導室でいい?」
「はい。ありがとうございます。」
先に職員室から出て、生徒指導室の鍵を持ったカカシが出てくるのを待つ。
指で鍵についた輪をくるくると回しながら、カカシが出てきて扉を閉めた。
生徒指導室は保健室と昇降場を挟んで向こう側。
カカシが鍵を開けて扉を開き、中に入るよう促す。いつものように、俺は中に入って椅子に座った。
カカシは向かい合わせの椅子に座って、机の上で手を組む。
「今日は何を教えて欲しいの?」
勉強のことだと思っているらしい、俺は鞄を床に置いて、まっすぐにカカシを見た。
「カカシが神隠しの俺を見つけたときのこと、詳しく聞きたい。普通に登校してきた、って聞いたけど、俺は本当に普通に校門をくぐって歩いてきたのか?」
そういうことか、とカカシは背もたれに背中を預けて足を組んだ。
「いや、あんまり騒ぎになってもどうかと思ってそう言っといただけ。実際は、俺が朝当番で学校の鍵を開けて回ってた時に教室の自分の机で寝てたサスケを見つけたの。」
教室で?
一晩中、学校にいたってことか?
「毎日職員が帰る時間に、すべての教室とかは目視確認して、誰もいないことを確認してから鍵を閉めてる。だから、その時点ではサスケは学校にはいなかったはずなのね。」
「……どういうことなんだ……。」
「それがね、わかんないから神隠しって言われてる訳よ。朝サスケを見つけたはいいけど意識がはっきりしてなくて。おぶってこの部屋まで運んで寝かせてたんだけどさ。目が覚めてからもずっとぼーっとしてて返事もしないし。」
俺に……何が起きていたんだろう。俺は一体どこにいたんだ。……全然思い出せない。
「登校の時間になったから、そのぼーっとしてるサスケを教室まで誘導して、親御さん……お兄さんに連絡したってわけ。」
てっきり、学校の外で「神隠し」に遭った中と思っていた。それなら、いくらでも隠れる場所? はありそうだし。でも実際に見つかったのは教室の中……。
「何気なくさ、その前の日にサスケが帰るとこ見た人がいないか探したけど、教室に最後まで残ってた事しかわからなかった。でも、職員が見回った18時半頃時点では、サスケはもう学校にはいなかった。」
謎が深まるばかりだった。教室で最後目撃されていて、見つかったのも教室。でも夜には俺はいなくなっていた。……どこに行っていたんだろう。俺の身に何が起きていたんだろう。いなくなったその当日の記憶どころか、見つかった日の記憶すらないのにわかりようがない。
「俺にわかるのは、このくらいだ。正直、本当に神隠しに遭ったとしか思えないくらい。あんまり参考にならなくて悪いね。」
「……いや、ありがとう……。ともかく、学校の中でその……神隠しに遭った可能性が高いわけだな。」
「……現状、そうとしか思えないけどね。けど残念ながら、うちの学校には七不思議みたいなものはないし、まあそもそも設立して6年の歴史もない学校だからそんなオカルトな噂も立ちようがない。歴史的に、何か特別な場所の跡地ってわけでもない。見ての通り周りは住宅地で墓地とかもない、全く普通の学校だ。」
そんな普通の学校で起きた俺の神隠し。
教室で寝ていて、意識がはっきりせず、ぼーっとして過ごしている間の記憶は全くなくて、朝普通に起きてリビングに降りて行ったときは兄さんが駆け寄ってひどく心配しながら「どこに行っていたんだ」と言われてはじめて俺は一晩姿を消していたことも、見つかった後の様子が変だったことも知った。
俺がいなくなった日の記憶はうっすらとある。普通に授業を受けて、いつものように放課後勉強を……していた……あれ、放課後、勉強していた、か?
……だめだ、放課後からの記憶があやふやだ。授業が終わって、他の奴らがガタガタと椅子を動かして立ち上がり、教室を出ていくところは、見た。その後、俺何をしてたんだっけ。
いや、でも、最後まで教室に残っていたのが最後に確認された俺の姿なのだとしたら、多分いつものように勉強を、していた、んだと思う。
何だろう、一瞬何かを見たのを思い出しかけた。……色だ、あれは……何色だった。
生徒指導質の窓から刺す光が、少しずつ赤みを帯びてくる。
橙色……違う、あれは……琥珀のような少し暗い茜……
窓を見つめる俺の肩に、カカシが手を載せる。
「……ま、怪我もなく無事に見つかってよかったよ。俺から話せるのは、このくらいだ。今日はもう帰りな、お兄さんがまた心配するから。」
現実に引き戻されたようにハッとなった。
「あ、そうだ、兄さんにメッセージ送っておかないと。」
スマホを取り出して、メッセージを打つ俺を横目に、カカシは窓のカーテンを閉めた。
「何か思い出したら、俺にも教えてね。気をつけて帰りなよ。」
カーテンを閉めて振り返るカカシ、蛍光灯の光に照らされた優しい顔。
「わかった、ありがとう。」
生徒指導室に鍵をかけるのを見守ってから、自分の靴が置いてある昇降場に向かい、靴箱を開ける。
……あれ、何だろう。何か変な感じがする。
見回してみても、同じく靴箱から靴を取り出す女子がいるだけで、特に変わったものは見当たらない。
気のせい、か……?
靴を出して、上靴をしまう。
……靴箱……ここで何かがあったような。……思い出せない。
靴を履いて、自転車置き場の横を通り、人ひとり分開いている東門から学校を出て、家に急いだ。
……何かが、あった。思い出せないけど、……何かが起きた。思い出したのは、陽が落ちる瞬間のような、少し暗い茜色だけだった。
その日俺はずっとボーッとしていたらしい。らしい、というのも自分ではそれを全く覚えていないからだ。ただ、その前日俺は家に帰らず、兄さんが寝食も忘れて探し回った挙句、俺は朝何の変哲もなく登校して関係各所を驚かせたのだとか。
その覚えていない一日についても、俺の様子がおかしいと兄さんは物凄く心配して、翌日からもしばらくは常に連絡を欠かさないように言われて、1時間おきに来るメッセージに返信をする生活が続きそうだった。
まるで神隠しにでも遭ったかのようだけど覚えていないものはどうにもならない。
とりあえずは無事でよかった、で場はおさまった。
でも俺は、その日から変な夢を見るようになった。具体的には覚えていないけど、いわゆる淫夢とでも言うのだろうか、性的な気持ちよさを強烈に感じながら、ずっとこうされていたいと思うような夢。
ただ、そんな夢を見ても無精とかはなく、それどころか朝勃ちもしていない。そして眠っていたのに起きたときに身体が重たく、疲れのようなものを感じている。
一日目は、まあたまにはそんな夢も見るだろうとあまり気にしなかった。けど二日、三日と同じことが続いてさすがに何かおかしくないか、と俺は四日目の夜、真夜中の2時にアラームをセットして寝ることにした。
布団に入って眠りに落ちたあと、何かが聞こえる……ああ、アラーム……とうっすら意識したとき下半身に耐え難い快感を覚えて驚き目を開ける。
「あっ! あんっ! ぅあ、あっ! んっ、あっ!」
え、なに、俺の声?
身体が揺れていて、局部を何かが出入りしている、それが、その動きがめちゃくちゃに気持ちよくて何が起きているのかわからないまま喘ぎながら、暗い部屋の中そこに何がいるのか確かめようと手を伸ばす。そこにあったのは人肌の温かさ、丸い頭部と思しきものにはふわふわの髪の毛……人? は? 誰? 何??
その丸いふわふわが俺の顔に近づいて唇を覆われた。口内に入ってきた舌がじっとりと俺の舌に絡めて、それもまた気持ちよくて頭の回転が止まる。その間にも下半身の方は何かがよくわからないけどめちゃくちゃ気持ちよくて唇を覆われながら声を漏らす俺にそいつは頭を撫でた。
褒められ……? 嬉しい……
……じゃ、ない、待て、何だ、この、状況、っ!
「んっ、あっ、あぁっ! だ、あっ! だれっ、あっ!」
なんとか言葉になった「だれ」に対して、そいつは動きを緩やかにして上半身を上げた。目が慣れてきて、何となく見える。男、だ、多分。
「あれ……もしかして意識ある? 何でかなぁ。ま、いいか。」
え? この声、聞き覚えが、……まさか
「あっ、ん゛っ! やっ、あっ! なんっ、でっ、っあ、あっ!」
自分の状況がわかってきた、俺今、誰かに、尻の穴に、多分あれを入れられて、つまりはアナルセックスをしている? させられている?
それが意味がわからないくらいに、気持ちいい。
「大丈夫だよこれは夢だから、感じるままに感じるだけでなんにも考えなくていい」
「え、あっ、あっ! っぁ、あっ、きもち、いっ! はぁっ、んっ!」
その誰かの言葉が耳に入ると思考が溶けていく。
夢……夢なら……いいか
「あっ、い、っく、いっちゃ、あっ、あ、あっ、あ、ああっ、あ!!」
下半身がこわばって、びゅく、びゅく、と飛び散るそれをすくう指。
「いっぱい出せたね、もっと出そうね?」
「っあ゛! だ、っぅ、だめっ、っあぅ! これいじょ……っ!! っあああ!」
「だめなんかじゃないよ、夢なんだから」
声が、頭の中に入るたびにリフレインして、そっか、いいんだ……と、止まらないどころか、激しくなる律動にまた感じるままに喉を震わせる。
夢……だから、こんなに……気持ちいい……
この声もきっと夢だから……
何度イッても終わらない永遠のように感じる時間をずっと快感に震え続けて、時々撫でられるその手が嬉しくて、その声の主の名前を何度も呼んだ。その度に返ってくる俺の名を呼ぶ声にじんとして、うっとりしながら腕を伸ばしてその誰かを抱き寄せて、キスをして――。
目が覚めたとき、俺はやっぱりどんな夢を見ていたのか思い出せなかった。ただアラームの音が聞こえた時に一瞬だけぼんやりと目が覚めて、誰かと性的な行為をしていた事と、その時に聞こえた、その誰かの声だけは覚えている。
その声の主は、俺が学校の中で唯一尊敬していて、好意を持っている先生と酷くよく似ていた。
好意は持っている、けどそういう対象としては見ていない。なのにこの妙な夢の中に出てきたのは、まさか俺は自分でも気がつかないうちにその先生をそんなふうに見ていた、という事なんだろうか。
だとしたら……恥ずかしすぎる。連日そんな夢を、しかも相手は同性なのに、……セックスして気持ちよがる夢を見てしまっているなんて。
少し重い身体を起こしながら、どんな顔をして今日、その先生に会ったら良いのか……まあ、俺が勝手に見た夢なんだから普通の顔でいいんだろうけど。ただやっぱり気恥ずかしい。
着替えてリビングに行くと、兄さんがそわそわした様子で俺を待っていた。
「サスケ、おはよう。……よく眠れたか。」
「ああ、……兄さん何かあったのか?」
兄さんは言いにくそうに視線を泳がせながら、なんとも言えない顔で口を開く。
「いや、昨日……変な時間にサスケの部屋からアラームが聞こえたからお前の部屋に行ったんだが、……うなされている、というより……ともかく様子がおかしかったから、心配になってな。」
……まさか、俺寝ながら喘いでたとか、……ない、よな。
「……兄さん、俺ももうそんな子どもじゃないんだから、心配しないでくれ。大丈夫だから。」
「しかしあんな事件があったばかりだし、心配にもなるよ。本当に大丈夫なのか?」
その事件からずっと、変な夢を見続けているなんてとても言えない。けど待てよ、確かに「神隠し」の後からだ、こんな夢を見るようになったのは。……何か関係があるんだろうか。
とはいえ、その日のことを俺は思い出せない。思い出せないということは、きっと何かがあったんだと思う。どこかに何かヒントはないだろうか。あの日の朝、兄さんに電話をしたのはカカシ先生だと聞いた。担任でも何でもないカカシが電話をするのも妙な話だ。朝当番で校門に立っていたのであれば、他の先生に取り次ぐだろうし、あの日うちの担任は朝当番じゃなかったから、基本的には家庭への連絡は担任か学年主任のどちらかのはず。
……連絡をしてきたのもカカシ、夢に出てきたのもカカシ、……カカシに聞けば何かヒントがわかるだろうか。
「……大丈夫だ、兄さん。俺は何ともないよ。」
兄さんは心配そうな顔のまま、朝食を作りにキッチンに向かった。
今日はカカシの授業はない。だから職員室まで行って呼び出さないと話は聞けない。
入学してからしばらく、俺は教科担任の先生に高校レベルから外れた質問をして、うろたえたり焦ったり意味が理解できていない顔を見るのがちょっとした楽しみだった。
そんな中で、カカシだけが俺の問いに対して解を説明したり、その質問は今の授業とは外れるから、後で別室で教えるねと生徒指導室で教えてくれたりした。
素直にこの先生は良いなぁと思ったし、何度か生徒指導室で教えてもらう内に、ふたりきりのときはカカシでいいよと言われた時は、カカシから特別扱いをされている感じがして嬉しかった。
今もカカシのことは先生として好きだし、ふたりきりになれるあの生徒指導室での時間も嬉しいと思う。
ただそれだけで、カカシのことをそういう対象としては見たことがない。なのになんであんな夢を見るようになったんだろう。もしかしたら、今日はカカシだっただけで、昨日は別の人とそういうことをする夢だったのかもしれない。何にしても、普通に女性を相手にしているならともかく、相手が男で俺がやられている方、というのも腑に落ちない。もちろん俺はそっちの気なんてないし考えたこともなかった。
なのになんで……。
授業が終わって、俺は鞄を手に職員室の扉をノックする。失礼します、と中に入って中を見渡した。窓辺の席にいるカカシを見つけて、他の先生に極力意識されないようにそろっとその隣に向かう。
「はたけ先生、相談したいことがあります。お時間頂けませんか。」
カカシは俺を見上げて、いつものふわっとした笑顔で答える。
「ん、いいよ。生徒指導室でいい?」
「はい。ありがとうございます。」
先に職員室から出て、生徒指導室の鍵を持ったカカシが出てくるのを待つ。
指で鍵についた輪をくるくると回しながら、カカシが出てきて扉を閉めた。
生徒指導室は保健室と昇降場を挟んで向こう側。
カカシが鍵を開けて扉を開き、中に入るよう促す。いつものように、俺は中に入って椅子に座った。
カカシは向かい合わせの椅子に座って、机の上で手を組む。
「今日は何を教えて欲しいの?」
勉強のことだと思っているらしい、俺は鞄を床に置いて、まっすぐにカカシを見た。
「カカシが神隠しの俺を見つけたときのこと、詳しく聞きたい。普通に登校してきた、って聞いたけど、俺は本当に普通に校門をくぐって歩いてきたのか?」
そういうことか、とカカシは背もたれに背中を預けて足を組んだ。
「いや、あんまり騒ぎになってもどうかと思ってそう言っといただけ。実際は、俺が朝当番で学校の鍵を開けて回ってた時に教室の自分の机で寝てたサスケを見つけたの。」
教室で?
一晩中、学校にいたってことか?
「毎日職員が帰る時間に、すべての教室とかは目視確認して、誰もいないことを確認してから鍵を閉めてる。だから、その時点ではサスケは学校にはいなかったはずなのね。」
「……どういうことなんだ……。」
「それがね、わかんないから神隠しって言われてる訳よ。朝サスケを見つけたはいいけど意識がはっきりしてなくて。おぶってこの部屋まで運んで寝かせてたんだけどさ。目が覚めてからもずっとぼーっとしてて返事もしないし。」
俺に……何が起きていたんだろう。俺は一体どこにいたんだ。……全然思い出せない。
「登校の時間になったから、そのぼーっとしてるサスケを教室まで誘導して、親御さん……お兄さんに連絡したってわけ。」
てっきり、学校の外で「神隠し」に遭った中と思っていた。それなら、いくらでも隠れる場所? はありそうだし。でも実際に見つかったのは教室の中……。
「何気なくさ、その前の日にサスケが帰るとこ見た人がいないか探したけど、教室に最後まで残ってた事しかわからなかった。でも、職員が見回った18時半頃時点では、サスケはもう学校にはいなかった。」
謎が深まるばかりだった。教室で最後目撃されていて、見つかったのも教室。でも夜には俺はいなくなっていた。……どこに行っていたんだろう。俺の身に何が起きていたんだろう。いなくなったその当日の記憶どころか、見つかった日の記憶すらないのにわかりようがない。
「俺にわかるのは、このくらいだ。正直、本当に神隠しに遭ったとしか思えないくらい。あんまり参考にならなくて悪いね。」
「……いや、ありがとう……。ともかく、学校の中でその……神隠しに遭った可能性が高いわけだな。」
「……現状、そうとしか思えないけどね。けど残念ながら、うちの学校には七不思議みたいなものはないし、まあそもそも設立して6年の歴史もない学校だからそんなオカルトな噂も立ちようがない。歴史的に、何か特別な場所の跡地ってわけでもない。見ての通り周りは住宅地で墓地とかもない、全く普通の学校だ。」
そんな普通の学校で起きた俺の神隠し。
教室で寝ていて、意識がはっきりせず、ぼーっとして過ごしている間の記憶は全くなくて、朝普通に起きてリビングに降りて行ったときは兄さんが駆け寄ってひどく心配しながら「どこに行っていたんだ」と言われてはじめて俺は一晩姿を消していたことも、見つかった後の様子が変だったことも知った。
俺がいなくなった日の記憶はうっすらとある。普通に授業を受けて、いつものように放課後勉強を……していた……あれ、放課後、勉強していた、か?
……だめだ、放課後からの記憶があやふやだ。授業が終わって、他の奴らがガタガタと椅子を動かして立ち上がり、教室を出ていくところは、見た。その後、俺何をしてたんだっけ。
いや、でも、最後まで教室に残っていたのが最後に確認された俺の姿なのだとしたら、多分いつものように勉強を、していた、んだと思う。
何だろう、一瞬何かを見たのを思い出しかけた。……色だ、あれは……何色だった。
生徒指導質の窓から刺す光が、少しずつ赤みを帯びてくる。
橙色……違う、あれは……琥珀のような少し暗い茜……
窓を見つめる俺の肩に、カカシが手を載せる。
「……ま、怪我もなく無事に見つかってよかったよ。俺から話せるのは、このくらいだ。今日はもう帰りな、お兄さんがまた心配するから。」
現実に引き戻されたようにハッとなった。
「あ、そうだ、兄さんにメッセージ送っておかないと。」
スマホを取り出して、メッセージを打つ俺を横目に、カカシは窓のカーテンを閉めた。
「何か思い出したら、俺にも教えてね。気をつけて帰りなよ。」
カーテンを閉めて振り返るカカシ、蛍光灯の光に照らされた優しい顔。
「わかった、ありがとう。」
生徒指導室に鍵をかけるのを見守ってから、自分の靴が置いてある昇降場に向かい、靴箱を開ける。
……あれ、何だろう。何か変な感じがする。
見回してみても、同じく靴箱から靴を取り出す女子がいるだけで、特に変わったものは見当たらない。
気のせい、か……?
靴を出して、上靴をしまう。
……靴箱……ここで何かがあったような。……思い出せない。
靴を履いて、自転車置き場の横を通り、人ひとり分開いている東門から学校を出て、家に急いだ。
……何かが、あった。思い出せないけど、……何かが起きた。思い出したのは、陽が落ちる瞬間のような、少し暗い茜色だけだった。
夢じゃなかった
夢の中でこれは夢だと気がつくこと、いわゆる明晰夢と呼ばれるそれを、どうにかしてみる方法はないだろうかとスマホで検索する。
神隠しで何が起きていたのか分からない。
でも現在進行形で見ている妙な夢は、どうにかして朝まで覚えておく方法を見つけたい。
それが神隠しのヒントにもなるかもしれないのだから。
ともかく眠りを浅くするのがひとつ、夢を覚えておく方法としては有効らしい。俺はその日は明かりをつけたままベッドに横にならずに座って壁にもたれかかることにした。なかなか寝付けないのは想定通りだ。うとうとするくらいの浅い眠りを保って、見た夢をスマホのボイスメモに残す。そのために、ボイスメモは一晩中録音を続けることにした。三時間座ったまま目を閉じて眠っては半分起きて、を繰り返しながら、ちょんちょんと肩を指でつつかれて顔を上げると、カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされた、その顔は確かにカカシのそれだった。
「……ふふ、可愛い。そんなに俺と愛し合うのを覚えていたいの?」
あいし……? 何言ってんだ、カカシ。……カカシ……? カカシはこんな表情は、しない。
「……誰だ、カカシのふりはやめろ」
そいつは俺の頬を包み込んで、目を覗き込む。
「俺はカカシだよ、サスケが大好きな、カカシ。ね?」
ぐにゃりと思考が歪んでその声が頭にまとわりつくように離れない、見つめられる目を見ているとその目以外何も見られなくなる。何かが狂っていくのに何なのか分からない。目の前にいる、俺の目を覗き込んでいる、この人は……そうだ、カカシ、だ、おれの、すきな……。
「……カカシ……」
「そうだよ、俺はサスケが好きなカカシだ。」
優しいキスが、ついばみながらじわじわと舌が口の中に舌が入ってきて、それが気持ちよくて夢中になる。
口の端から垂れる唾液も舐め取られて、ドキドキと興奮する胸が唇が離れるのを惜しみながら次を期待していた。
「サスケは俺のことが大好きだよね?」
だいすき、だい、すき……おれはカカシが……だい、すき……
「……すきだ、大好き……」
「俺も好きだよ、サスケ、今日も愛し合おうね?」
今日も……あいし……?
カカシは月明かりに照らされた右半分の顔にいつもの笑顔を浮かべてじっと俺を見ている。
そうだった……毎日俺たちは……愛し合って……
「いい子だねサスケ、……現世は邪魔が入ってよくない、夢の中においで。」
「ゆめ……の、なか……」
カカシの腕が俺に背中と膝の裏に差し込まれて、抱き上げられる。
ああ、今日もまたあの幸せな……
「んっ、ふ……っ、ぁ、んっ!」
キスをしながら後ろの穴に入った指が敏感なところを刺激して、その甘い快感に震えながらキスに応える。
蕩けるような口の中の気持ちよさにその刺激が加わってその大きな背中を抱き寄せながら漏れる声と熱い息。
大好きなカカシと愛し合える喜びに震えながら夢中になって舌を絡めてこころも身体も満たされていく。
カカシが好きだ、大好きだ。早く繋がりたい……と思ったとき、ハッとして目を開けた。
俺は硬い壁にもたれかかっていた。そうだ、座ったまま俺は寝て。何かしなくちゃいけなかったはず……スマホ……そうだ、見た夢を……。
「カカシ……きす……ゆめで……あいし……」
眠くて頭が回らない。かろうじてそれだけ呟いて、また眠りに落ちていく。
裸のカカシと俺が、俺のベッドで折り重なっている。
「っあ、あっ、あ、んっ!」
そこはすでに繋がっていてキスの雨を受け止めながらカカシが動くたびに俺は声を上げていた。夢……夢だ、現実にはありえない。これは今俺が見ている夢……なんて幸せな気分なんだろう。こんな夢なら覚めたくない……けどこれは夢……。
「か、かし、っ、あっ、んぁっ! あっ、かか、」
「ん……また意識がある? ……おかしいなぁ、足りなかったかな。」
カカシがまた俺の目を覗き込む。その目を見ていると頭の中が溶けていく。その感覚も気持ちいい。何を考えていたのか思い出そうとしたら腰の動きが早くなって背が弓形になる。
「っあ゛! あっ、あ! っぅあ、あ゛っ!!」
「何も考えないで俺だけを感じて、サスケ、愛してる。」
かかし……だけを……かんじたい……
「あっ、あ、いくっ、あ゛っ! い、っ~!! っあああ!!」
びゅるる、びゅる、とほとばしる精液。
カカシは満足気に笑った。
「そう、たくさん感じて、たくさんイッて、一緒に気持ちよくなろうね」
はぁっ、は、と息をしながら、止まらない快感にまた喘いだ。
気持ちいい、カカシと、愛し合って、幸せで気持ちいい。
意識が朦朧とする。
気がついたら、硬い壁に背を預けている。
あ……今の、夢……だ、記録を……。
「カカシ……せっく、す……しあわせな……」
眠くて今がまだ夢の中なのか現実なのかよく分からない……すぐにまた眠りに落ちそうな頭をなんとか動かしてスマホに喋りかけた。
……だめだ……ねむ……
「あっ! あ、あああっ! あっ! きもち、あっ! カカシっぁあっ! あっ、あああっ!!」
激しくぶつかり合う肌の音、脳にガンガンと響く強い快感に頭がおかしくなりそうになりながら汗ばむ身体にしがみつく。何かを考える余裕もなくただただカカシを感じて、その行為に夢中になっているその顔を見て胸がいっぱいになる。
好きな人と愛し合う幸せを、セックスがもたらす快感を感じながらこんな夢なら覚めないでと、脳裏に浮かんだ考えに驚いた。
夢、そうだこれ、夢だ。
「っあ゛! あぁあっ!! かかっ、ぅあっ! っあああ!!」
「可愛いね、サスケ……一晩中愛し合おうね。」
息の乱れたこのカカシの声も、脳幹に響くような快感も、この幸せな気持ちも、すべて夢……夢だったらもっと、もっとこのままカカシを感じ続けたい……。
夢を見ながら、意識が現実に戻っては、また夢を見て、永遠にそれを繰り返し続けるんじゃないかと思うくらいに、朦朧とする意識で夢と現実がわからなくなりながら、ひたすら終わりが来るのを待った。
アラームの音に身体がビクッと動いて、ようやく朝が来たと思った時には、半分眠っていたはずなのに疲労でまた眠りそうになる。
……今寝たら兄さんがまた心配する……。
頭に喝を入れてなんとか瞼を持ち上げてカーテンを開けると、眩い朝の光が少しずつ眠気を飛ばしていった。
傍のスマホのボイスレコーダーの録音を止める。
ヒストグラムは二〇回何らかの音を拾っていた。その部分以外を編集して削除し、一番最初の録音を聴く。
『……ふふ、可愛い。そんなに俺と愛し合うのを覚えていたいの?』
え?
急激に頭が冴えていく。
この声、夢の、でも録音されてる、ということは、現実? どういう事だ?
『……誰だ、カカシのふりはやめろ』
これは俺の声だ、確かに言った覚えがある。その後の記憶は曖昧だけど。
『俺はカカシだよ、サスケが大好きな、カカシ。ね?』
録音されている音声が信じられない。確かにこれはカカシの声だ。けどカカシがこんな事を言うわけがない。
『……カカシ……』
俺の声、だけど何かが違う。覇気がない、催眠術にでもかかっているような抑揚のない声。
『そうだよ、俺はサスケが好きなカカシだ。』
このカカシを名乗る何者かが、この部屋に現れて俺に何かしている。もうこのやりとりの記憶は残っていない。神隠しのときと同じように。こいつは一体何者なんだ。
『サスケは俺のことが大好きだよね?』
『……すきだ、大好き……』
『俺も好きだよ、サスケ、今日も愛し合おうね?』
今日〝も〟……ということは、神隠しの後からずっとこいつは俺のもとを訪れていた、ということなのか。
『いい子だねサスケ、……現世は邪魔が入ってよくない、夢の中においで。』
『ゆめ……の、なか……』
……最初の音声はここで途切れていた。この会話が本当なら、この後俺は眠りに落ちて、この何者かと夢の中でセックスをして……それが毎晩続いている、ということ、だろうか。
最後の記録は朝の五時過ぎ……自分の声だった。呂律があまり回っていない。けど何を言っているのかは聞き取れた。
『……カシ……また……あいし……』
……また、……またあいつが来る、と言いたかったのだろうか。正体のわからないあいつはまた来る……。
最初のやり取り、夢の記憶が残っていないこと、俺の神隠しの原因は間違いなくカカシの顔をしたこいつ。
……カカシとも何か関係があるのか、それとも俺がカカシに好意を寄せているからカカシの姿で現れているのか……。
これはカカシに相談……するべきなんだろうか。
月明かりに照らされた右半分の顔しか見えなかった正体のわからないこいつ。……いや、待て、……月明かりに照らされた顔、もう半分の左側、その目、丸い瞳、その色は……血のような赤い色だった。
子供の頃に怪我をして見えなくなったと話したカカシのその左目はいつも閉じられている。もし、その目が開くとしたらその色は何色なんだ。本当に目がないなら窪んでいる。という事は、義眼か何かをつけている。左目の瞼を開けたときに、その義眼を見ることが出来るはずだ。……あるいは、もしかしたら、赤い瞳が……。
神隠しに遭った俺を最初に見つけたのはカカシだ。覚えていないその日にカカシは俺に何かをした……?
自分の考えに、何考えてるんだと否定する。カカシのわけがない、あれはカカシを装ったこの世のものではない何かだ。
……でも、左目は確認しておきたい。カカシじゃない事を確かめるために。
カカシの授業を受けながら、そういえばいつもマスクしてるよな、と思う。アレルギーとかそういう話は聞いたことがないし、マスクを外した時に咳き込んだりするところも見たことがない。……なんでマスク、着けてんだろ。思えば、カカシに好感を抱いてはいるけどカカシのプライベートに関しては全く知らない。どの辺りに住んでるとか、そんな話も出てきたことがないし、家族の話をしないから多分独身なんだろうな、くらいで、先生としてのカカシしか俺は知らない。
別に知る必要はないんだけど、正体のわからない何かがカカシの姿をしているせいで、カカシのことが気になってしまう。
俺は手を挙げて、今の授業の論点……だけど大学レベルの問いかけをする。カカシはいつものように、それは今教えることじゃないけど気になるなら後で個別に教えるよと笑顔を向ける。
いつもの生徒指導室、鍵を開けて扉を開けるカカシ。中に入って椅子に座り、鞄を置く。
どうやって左目を見せてもらおうか、聞いてみたらすんなり見せてくれるかもしれない。見せてくれなかったら……昨夜の話をする。カカシの姿で、でもその左目が赤かった事を。だから確認したいのだと。
扉を閉めてカカシが向かいの椅子に腰を下ろした。さっき問いかけた論点について、俺の知識を確認しながら解を説明する。
「よくわかった、ありがとう。」
「相変わらずサスケは知識欲が旺盛だねえ。」
背もたれに背中を預けるカカシの左目を見ながら、俺は話を切り出した。
「カカシの左目、義眼みたいなの入ってるんだろ。見てみたい。その瞼って、開くことできるのか?」
カカシは意外に思ったのか、少し右目を見開いた。
「何で急に気になったの? まあ、瞼は一応開けられるけど。……正直あんまり見られたくないかな。きれいなものではないからさ。」
「一回だけでいい、見せてくれないか? あんたのこと、もっと知りたいし。左目がどうなってても、驚いたりとかしないから。」
カカシは少し悩んでから、また笑顔を作る。
「うーん……ごめんけど、やめとく。こういうものは、興味本位で見るもんじゃないよ。」
嗜めるように言われて、昨夜のことを話すしかない、と覚悟を決めた。鞄からスマホを取り出して、ボイスレコーダーを再生する。最初のあのやりとりを。
「……昨日の夜、ずっと録音していたんだ。最近夜変な夢ばかり見るから。それで、この音声が最初に録音されていた。……カカシの声で、カカシを名乗ってる何者かが俺のところに来ていた。そのカカシの姿をした何者かの左目は赤い色をしていた。」
カカシは興味深そうにスマホを見ている。
「だから、この何者かがカカシじゃないことを確認したくて、カカシの左目を見せて欲しいんだ。」
スマホの再生を止めて、顎に手を添えるカカシの顔を見る。真面目な顔で、スマホの画面を見続けていた。
「……なるほどね、……そっか、そういうこと。」
どういうこと、なんだ。聞こうとしたら、カカシがスマホから俺の顔に視線を移した。
「ま、そういうことなら見せてあげる。よく見えるようにこっちに来て。」
俺は立ち上がって、カカシが座る明日の隣に歩み寄る。カカシは座ったまま、俺の方を向いた。
「開くから、しっかり見てね。」
固く閉じられていた瞼がピク、と動く。ゆっくりと持ち上がるその重たい瞼の下に現れたのは、血のように赤い瞳孔だった。
繋がり
カカシは笑い始めた、クツクツと静かに笑いながら額に手を当てて天井を仰ぎ見る。
俺は今見たものが信じられなくて、そんなカカシを見ながら「嘘だ……」と呟いた。
「眠らないように可愛い抵抗していたのかと思ったら……俺たちも文明に追いついていかないといけないって訳だ。」
ひとりごとのように呟いてからカカシは、またいつもの優しい笑顔に戻る。
俺は後退りながら、カカシが言った言葉の意味を考えたくなくて、そのまま壁に背をついた。
「さて……こんなに早くバレちゃうとはねぇ。どうしたものかなぁ……。ま、建設的に話をしよう、サスケ。座りな?」
もう閉じられている左目。いつもの笑顔。いつもの声。でもその言葉は、自分が俺を神隠しに遭わせ、その後毎日俺の夢に現れているそいつ本人であることを認めている。……そんなの、信じたくない。信じられない。カカシが人間じゃない別の何かだなんて。
「……別に今は取って食おうなんてしないよ、ここにいるのはただのはたけ先生。だからとりあえず座ろっか。」
動揺を隠しきれないでいる俺は、カカシの言う通りに元の椅子に腰を下ろした。机の上に置いたままだったスマホを手に取り握りしめる。
「警戒しないでよ……って言っても無理かな。ともかく話そう、ね? 俺とお前はもう繋がっちゃってるから、俺を追い払う事はできないよ、てのがまずひとつ。」
「……なんで、繋がったんだ。神隠しのとき、か。」
「あー、と、そうだね、前提条件としてサスケは俺たちのことを全然知らないわけだ。知りたいのであれば何かと交換する必要がある。俺たちのことを知る代わりにサスケは何を俺に差し出してくれる?」
何を、って……、こんな意味のわからない存在に何を差し出したらいいのかなんてわからない。知りたい気持ちと、そんな交換条件がつくなら知らないままでいい気持ちの間で揺れる。
「ふむ、それもわからない、か。ならまずは自己紹介くらいはしておこう。俺は普段は普通の人間と変わらない、ように装ってる夢魔に分類されるうちの淫魔。カタカナで言うところのインキュバス、の方がわかりやすい?」
いんま……インキュバス……淫魔? それってつまり、性的な夢を見せる悪魔、だったか。……そんなこと全然詳しくないからよくわからない、けどその通りであれば、俺がカカシのことを知る交換条件はつまり、性的なこと……。
「と、いうわけだから、交換条件が何なのか、賢いサスケなら察しがつくよね。どうする? 知りたいか、知りたくないか。大丈夫、対等に話をするつもりだ、陽が高い内は力も使えない。」
知りたい、けど変なことをされるくらいなら知らないままでいい。対等に話って言ったって、俺は今まで餌食になってきてるわけで、俄かには信じられない。
「一応、聞いておくけどその情報料には、……どの程度のことが、必要なんだ。」
カカシは右手の人差し指を立てる。
「射精1回分、でいいよ。」
「……こんな状況で勃つわけねえだろ。」
カカシはそれを、交渉に前向きだと捉えたようだった。
「淫魔を舐めないで欲しいなぁ」
立ち上がり、俺が座る椅子の方まで来てその手を伸ばす。俺は立ち上がってその手から逃げるように身を引いた。
「怖くないから逃げないでよ、ちゃんと気持ちよくさせてあげるのに。」
心外そうに手を引いて腰に置く。無理矢理、するつもりはないみたいだった。
「その交渉は断る、元の場所に戻れ。建設的な話とやらを聞いてやる。」
肩をすくめて、カカシはまた向かいの椅子に腰掛ける。机の上で手を組んで、いつもの笑顔を見せるカカシは、俺が好きだったカカシそのもの。だけどもう、そんな思いは抱けない。こいつはカカシだけど、人間じゃない。
「……建設的に、ね。さっきも言ったけど、俺とお前はもう繋がっちゃってるから、お前は俺から逃げる事はできない。ここ、重要なところね。」
「何で繋がったんだ、あんたと俺が何か特別な事でもしたって言うのか。」
カカシは少し視線を逸らして何かを考えてから、また俺に視線を戻す。
「本来俺たちと人間……含む現世の者は交わることがない。簡単に言ば別の次元で生きてる。けど唯一重なり合うタイミングがある。そのタイミングに、人間であるサスケと、人間でない俺が鉢合わせた。そこで俺たちに繋がりができた。それがあの神隠しの日にあたる。」
「……ちょっと待て、それなら今俺の目の前にいるあんたは何なんだ。俺たちと交わらないならカカシという存在がそもそもこうして目の前にいないはずじゃないのか。」
「そこはちょっとワケアリ。簡単に言えば淫魔が繋がった人間に惚れて子供作っちゃった、それが俺。」
あっけらかんと話すがまた信じられないような話だった。そんなハーフありなのか。そもそも淫魔って妊娠するのか。
「だから俺は陽が水平線に沈んでその光を完全に失うまでの間は人間として現世にいられる。黄昏時からは半分半分、闇が支配する時間になると完全に隠世の者になるから人間の目には映らなくなる。」
「かくりよ……? でも夜あんた俺の目の前に、いたはず、だよな。なんで人間の俺の目に映ってんだよ、辻褄が合わない。」
「それは俺とサスケが繋がってるからだ。」
何なんだ……繋がりって、しかも追い払うことができないって。
「どうやったらその繋がりを断てるんだ。」
「……俺のこと嫌がってる? ……ちょっと寂しいね、それ。でも繋がりを断つ方法はごめんけど、俺も知らない。」
カカシは少しだけ眉を垂らして、それでも笑顔を崩さない。一縷の望みが絶たれた。俺はこの先ずっと夜あんな目に遭い続けなければいけないのか。繋がってしまったから。……何で繋がってしまったんだ、あの日何があったんだ……。
「そういう訳だから、毎晩俺は自然とサスケのもとへ向かってしまう。繋がることでサスケだけでなく俺も縛られちゃってるわけよ。繋がり自体はもう諦めるしかない。そこで、ここからが本題ね。」
もうこんな話なんか続けたくもない。まだ何かあるのか。意味わかんねえ事ばっかりベラベラと話されて俺の気持ちにもなれよ、いつものカカシならわかってくれるはずなのにまだ話が続くのかよ。勘弁してくれ……。
「……まあ、そんな気落ちしないでよ。ともかく俺は毎晩サスケのもとに行く。淫魔として。今までは暗示をかけて夢の中に誘い込んできた。でも今サスケは俺のことを認知している。俺が毎晩サスケのところに行くことも知った。俺とサスケは毎晩一緒に過ごさなければならない。繋がってるからね。でだ、サスケはどっちがいい。今までのように暗示をかけられるのと、正気の状態で俺と向き合うの。」
正気の方がいいに決まって……待て、淫魔としてということは、正気の状態でつまりカカシとセックスするって話なのか今のは。そんなの無理だ。それなら暗示とやらをかけられてる方がマシだ、意識を保ったままあんな行為を受け入れるなんて絶対に嫌だ。たとえ夢の中だとしても、現実じゃないとしても、カカシとそんなことをするなんて、受け入れられない。
「……前者、だ。来るのを拒めない事は納得したくないが理解はした。その代わり約束しろ。あんたが来たことを絶対に俺に悟らせるな。あんたが来た形跡を何ひとつ残さずに朝になったら立ち去れ。」
カカシは意外そうに目を丸めた。そして寂しそうに笑う。
「……サスケは夜の俺とは会いたくないって事ね、……わかった。努力する。」
主張が通ってホッとする。俺は変な夢を見た気がすると思うだけで済む。夢の中で何が起こっていようが所詮夢だ、現実に支障はない。ただカカシの正体がわかった以上、もうこうしてカカシの授業で手を挙げてこの部屋で教わる事はないだろう。変化があるとすれば、そのくらいだ。
「もう論点はないな?」
「うんまあ、夢の中でサスケの精力を貰うけど、そこは勘弁してね、ってくらい。」
俺は鞄にスマホを入れて椅子から立ち上がった。まだ信じられない気持ちと、カカシの左目が赤かった事実、語られた事、どんなに意味がわからなくても受け入れざるを得ない、けど被害は最小限で済む。
カカシのことは好きだった。けどもうそんな事を思うこともないだろう。
「失礼します、〝はたけ先生〟。」
生徒指導室の扉を閉めて、ため息をついてから昇降場に向かった。
約束通りに、その日からはよく思い出せないけど妙な夢だった気がする、と思う程度で、少しだるい朝を迎える以外は何の変哲もない日常に戻った。
学校に行けばカカシは普通に先生をしてるし、他の先生と何ら変わらない。読破してある教科書をなぞるつまらない授業を受けながら、大学入試の過去問に目を通すつまらない毎日。
そのつまらない毎日の中で、カカシに教えを乞うあの生徒指導室の時間だけは特別だった。
それもなくなった今、志望校に合格するための勉強に励む以外にすることはなくなった。
教科書を脇に置いて問題集を広げる俺を指す先生もいなくなった。ことごとく正当な解を出してきたから野放しにすることにしたんだろう。
家から近いのと、歴史が浅いながらも難関大への進学率の高さで選んだ高校だけど、蓋を開けてみれば特別な事をするわけでもない、多分最初から優秀な奴が入ってきてそういう結果を残したってだけなんだろう。
授業はつまらないが、図書室の本のラインナップは悪くないし、自習に集中できる環境は用意されている。今まで教室に残るのが俺しかいなかったからその図書室の自習スペースは使ったことがないけど、いずれ世話になるかもしれない。
つまらない生活を続けながら、朝だけ少しの違和感を覚えては、あいつもよくもまあ毎日足繁く通うよな、とは思う。妙な夢を見た気がすると思うのは、カカシが来た証拠。次第に朝のその違和感を覚えるたびにカカシのことが頭に浮かぶようになっていった。
あいつは夢の中で、俺にカカシが好きだと暗示をかけて一晩中ゼックスに明け暮れているんだろうか。暗示をかけた俺とヤッてつまらないとは思わないもんなのだろうか。
まあ多分、本来の淫魔とかいうのはそういうものなんだろうから、カカシにとっても「いつも通り」なんだろう。対象が俺に絞られただけで。
そこでふと思った。「繋がり」とかいうやつ、ネットに何か情報はないだろうか。カカシの両親も「繋がって」いたという事は、俺が知る限りサンプルが2件。他にも経験している人がいるかもしれない。
カカシが口にした単語を思い出す。現世と隠世。陽が水平線に沈んでその光を完全に失った後は隠世。「俺たち」としか表現しなかったけど、多分総称が何かある。モノノケ? 妖怪? 思いついた単語を検索していくと、なんだかオカルトっぽいサイトが引っ掛かった。そこには「隠世の住民」という表現で説明が加えられていた。
『陽の光が届く現世(うつしよ)が現実世界の住民の世界だとしたら、陽の光が落ちた後の闇に包まれた時間は隠世(かくりよ)の住民の世界だ。通常交わることのないこの二つの世界を結ぶ黄昏時に、稀に私たちは彼らの姿を認めることがある。黄昏時の中でも、季節や空気の澄み具合、天候など様々な条件が重なった時、黄昏時は逢魔刻と化す。
私はその条件を満たせそうなタイミングを狙って隠世の住民と相見えることが出来ないか何度も検証したが、残念ながらまだ確証を持ってこれは隠世の住民だと思える者とは出会えたことがない。
ただ当サイトに寄せられた体験談を見るに、確かに隠世の住民は存在する。共通する特徴として、人間と変わらぬ姿をしていること。顔がよく見えないこと。そして人間を惑わせ、何らかの接触行動をとることがわかっている。』
……体験談があるという事は、その人達は記憶を保ったまま元の世界に戻ってきている。俺とは少し違う。いや、多分それはカカシが俺に暗示をかけたからだ。ということは、この体験談の中にカカシと同類の奴はいない。
体験談のページを開く。目次をざっと見て「繋がり」がないか探したが無さそうだった。このサイトの体験談自体が9件しかないから母数が少なすぎる。それに恐らく「無事に帰って来れた」人達だろう。「無事では済まなかった」人の話がどこかにないだろうか。
唯一ヒットしたそのサイト以外に情報は無さそうだった。
それなら……。
アングラサイトとして悪名高い巨大掲示板群を開く。カテゴリーの中にあった「オカルト」掲示板を開いて、新しくスレッドを立てる。
『淫魔と「繋がり」を持ってしまったがどうするべきか教えてくれ』
1にざっと経緯を書くと、すぐにレスがつく。
『kwsk』
『裏山けしからんと思ったら男同士か、ドンマイ』
『繋がりって何だ誰か詳しい人』
取り立てて役立ちそうなレスはつかない。むしろ好奇心でもっと詳しく話せと言う奴ばかりだ。
一旦、スマホを置いてこの日はもう寝ることにした。
消せない現実
思い出せないけどいい夢だった気がすると、感じることから始まる朝。少しだるい身体を起こしてスマホで自分の立てたスレッドを確認するが、やっぱり有益なレスはついていない。寺で祓ってもらえ、と何件か書かれていて、近所の普通の寺でもそういうことができるんだろうかと思ったけど、何もしないよりは良いかと次の休みの日に寺廻りをしてみることにした。
……結果としては、全滅だ。祓うどころか、そういう存在を知らない坊さんばかりで話にならなかった。やっぱりそういうものが専門のちゃんとした寺に行ってみないといけないらしい。
スレッドにそのことを書き込んだら、何件かおすすめの寺の情報が返ってきた。ただ、どこも県外だ。高校生が気軽には行けない場所ばかり。
当面、寺のことは置いておいて他に似た経験をした人がいたら教えて欲しいと書いてスマホをしまう。
こうやって俺が無駄な足掻きをしている間もカカシは毎日俺を良いように操って俺を好きなようにして精気とやらを食っていると思うと何だか腹が立ってきた。
明日は土曜日だし、今日は一晩中起きて、朝になってから寝てやる。カカシが約束を守るなら起きている俺の前には姿を現さないはずだ。
寝る時間を過ぎても、俺は机に向かって勉強を続けた。問題集の問題を解きながら、時々参考書を開いてノートにメモ書きをして、また問題を解く。少しは眠かったけど勉強に集中していると時間を忘れられた。
そうして何時間が経っただろうか。後ろから肩をちょんちょんと突かれて手を止める。……まさか、と振り向いたら、しゅんとした顔のカカシがそこにいた。
「……おい、約束はどうした。」
「……だって……サスケ寝ないから。」
「姿を現すな、俺が寝てからにしろ。という話だったはずだ。」
「でも繋がってるから俺はサスケに引き寄せられちゃうんだよ。しばらく窓の外で様子見てたんだよ? しばらくっていうか何時間も。でも全然寝る気配がないから、俺もこの引力に逆らうこと出来ないし。」
……そういえば、忘れてたけど繋がりのせいでこいつ、毎日俺のところに来ざるを得ない、んだった。
「なら俺が寝るまでそこで座って待ってろ。」
「……サスケ、寝るつもり……ある?」
「眠くなったら寝る、それまで待て。」
「んー……我慢できるかなぁ……。」
俺はそのカカシの言葉を、カカシ自身が我慢できるか、という話だと理解してせいぜい我慢してろとまた問題集に目を落とす。
カカシがいると思うとあまり集中はできないが眠くなることもなかった。ただその代わりに、何だか身体がほてっているような、初夏にはまだ早いし夜なのにのぼせたような熱を感じて、風邪でも引いたのだろうかと薄手のカーディガンを一枚羽織る。だんだん胸も鼓動が早くなって、同時に息も上がり始めた。……風邪だ、これは。寝ておきたい……ところだけど背後に座っているカカシの存在を思い出して、今夜一晩は何とか頑張ろうと思い直す。机の上のペットボトルの水を一口飲んで、ほてる頬に手の甲をあててみたら、やっぱり熱っぽい。体温を測っておこうと、リビングにある体温計を取りに行くために椅子から立ち上がった時、衣擦れに得体の知れない感覚が走った。
「……っ、?」
布が肌に当たり、擦れる度にその感覚が強くなって、特に顕著に感じる股間に目をやると傘を張っている。
「……は……?」
勉強してたのにどこに勃つ要素があるんだ。
身動きするとどうにも何もかもが刺激として感じてしまう。机に手をついて立ち上がった姿勢のまま俺は固まった。
何なんだ、どうなってるんだ、何が……まさか、これカカシの仕業か……!?
「……おいあんた、俺に何しやがった……!」
カカシはさも平然と答える。
「淫魔と繋がってるって、そういうことなのよ。ましてや間近に俺がいる今の状況じゃあ、発情するのはごく自然なことだよ?」
「ならどっか行け!」
「それが出来るならとっくにしてるって。……それで、どうするのサスケは。寝たら俺がちゃんとその身体も満足させてあげられるけど。」
それが気に食わなくて起きてたのに、結局そうしろと? 負けたような気がして嫌だ。とはいえ、このままでもいられない。
「自分で抜くからあんたは部屋の外にいろ。」
気配が動いて、部屋の中から消えた。
ズボンを脱ぐと傘を張っているパンツの先が濡れている。いつの間にこんな事に……。
ティッシュをすぐ取れる場所に置いて、それに手を伸ばす。ガチガチに勃っていてすぐにイきそうな事に安堵と疑問を持ちながら扱くと、思っていた通りにすぐに白濁液を吐き出した。……なのにそれの硬さは衰えない。何がどうなってんだ。
3回繰り返して変わらない現実に、言われた言葉を思い出す。
『間近に俺がいる今の状況じゃあ、発情するのはごく自然なことだよ?』
カカシは寝れば何とかするとか言っていた。それ以外にどうにかする方法はないのか、これは。
「……カカシ、入ってこい。」
音を立てずに気配だけが近づいてくる。扉の外に行く時もそういえば物音がしなかった。
「ほら、我慢できなくなったんでしょ。悪いこと言わないから寝なよ。」
「それ以外になんかないのか、どうにかする方法は。」
「悪いけど、俺父親に育てられてきたから、寝てもらう以外よくわかんないんだよね。淫魔として今サスケに何をしてあげられるのか。」
……ああ、くそ、もう降参するしかないのか。腹は立つけどこうなるともう止むを得ない。
「……わかったよ、寝れば良いんだな。」
動く度に衣擦れの刺激で身体が震えそうになるのを耐えながら、羽織っていたカーディガンを脱いでベッドに上がる。布団を整えて寝ようとしたその瞬間、目の前にカカシの顔があった。
「……ごめん、俺もちょっと我慢の限界。」
どういう意味、と聞く前に唇が奪われていた。熱い舌が口内を蹂躙しながら舌を絡めていくのを抵抗できずにそのまま受け入れるどころか俺はその舌の動きに応えて絡め合っていた。……気持ちいい……身体がまた熱くなっていく。その身体をカカシの手が撫でて、その感覚にまた刺激を感じながら、服がはだけられていくのに俺はキスの気持ちよさに夢中で気が付かなかった。頭を支えられながらゆっくりと倒されていく上半身。唇を離したカカシはその額を合わせた。
「夢の中に行こうサスケ、声出してもいいように……。」
こえ、って、なんのこと、だ。
暗転して次に気がついた時、俺はベッドに身を任せながら、カカシがそこをじゅぼ、じゅぼ、と音を立てながら咥えていた。強烈な気持ちよさに喉が震える。
「は、っあ、はぁっ、っあ、く、だめ、だいく、いっ、……っ!!」
ドク、ドク、とカカシの口の中に4回目の迸りがはぜる。カカシはそれを飲み込んで丁寧に舐めとった。
「は……、ごめん、後でちゃんと謝るから……」
謝るって、なにを……? と思っていたら、後ろの穴にぬるっと何かが入ってきた。俺の身体はそれを待ち侘びていたように震える。
「あ、あっ、はぁっ、あ、っん、あっ!」
何なのかもうよくわからない、けど気持ちいい、気持ちよくて何もかもどうでもよくなってくる。薄目を開けると俺を見るカカシの顔が、いつになく余裕がなくて、目が合うとまた「ごめん」と言われた。
何を謝っているのかわからないままほてった身体を慰めるような快感に堪らなくなって伸ばした手がカカシの首を捕らえた。離すものかと引き寄せたらまた唇が触れ合う。
「ん、……んっ、んぅっ、んんっ! っん、あっ!」
カカシが俺の顔を見てる、息を乱しながら、何か我慢しているような顔で。中の刺激で声を上げる俺を見ながら、半開きだった口を結んだ。
中に入っていたものが抜けていって、すぐに熱くて大きいものが押し付けられ、それが中に入ってくる。
「ぁ、っ、な、に、あっ、う、んっ、あ、あっ、……っ!」
それが奥まで届いたとき、さっきまでとはまた違う快感が走って手に力を込めた。
そのまま始まった律動に、それがカカシのものだとわかって、けれどさっきまでとは全然違う強い快感にまた頭の中が真っ白になる。
「あ゛っ! あっ、っぁあ! ぅあっ、あっ!」
これを待っていた、待ち望んでいた。カカシにこうされることを。そう感じたことに動揺して、違うそんなわけないと打ち消したかったのにカカシは考える暇を与えてはくれない。
「やっ、あっ! いくっ、あ゛っ! いく、いっ、っああ!」
ビク、と下半身に力が入ってびゅる、びゅ、と精液を吐き出す。力が入ったせいか中にあるカカシのものをぎゅうぎゅうに締めつけているのがわかる。
俺は動きを止めたカカシに訴えていた。
「ッカカシ、もっと……も、あっ、あ、あっ!!」
応えるようにカカシは律動を再開して、俺はまた喉を震わせる。渇望していたものが満たされていく感覚にうっとりとしながら、それを繰り返した。
気がついたら、ベッドで普通に寝ていた。でもまだアラームは鳴っていない。カーテンを開けると外はまだ暗かった。夢の中の痴態を思い出して、夜だからまだカカシがいるはずだとその名前を呼ぶ。
「……いるんだろ、カカシこっちに来い」
カカシは窓を通り抜けてするっと入ってきた。でも俺とは目を合わせない。
「寝る前の記憶を消せ、あんたなら出来るだろ。」
「……ごめん、暗示をかけてるときしかそれ出来ないの。ごめん。」
「……は?」
何言ってんだこいつ、それじゃああの鮮明な夢を覚えていろとでも言うのか。
「……おいふざけんなよ。」
「だから後で謝るって言ったの。サスケを何とかしてやりたかったけど、俺も我慢できなかったから。ごめん。」
「なんで、暗示かけなかったんだよ!」
「……ごめん、そのままのサスケを抱きたかった。」
「は? 意味、わっかんねえ……!!」
正座して俯くカカシに何を言っても「ごめん」と言われるばかりだった。
そのままの俺を抱きたかったってどういう意味だよ。自分の思い通りになるように暗示をかける方がいいに決まってるのになんで。
繋がりがどうとはいえ俺はカカシとああいうことをするのを望んで、望んだ通りになったことで感じた幸福感がまだ頭に染みついていて、何もかも信じられなくて、信じたくなくてその憤りをカカシにぶつけた。でもカカシはごめんとしか答えない。俺は頭を抱えた。
あんなの嘘だ。
カカシを求めていたなんて嘘だ。
全部繋がりのせいだ、そうじゃないとおかしい。
俺はあんなこと求めてなんかない。
「サスケがいつも通りに寝てくれてたら、良かったの。でもいつまでも寝ないし、繋がりで縛られてる俺はサスケとしないとどうにかなりそうになる。とは言え約束を守れなかったことには違いないから、そこは本当にごめんとしか……。」
繋がりで縛られてるのは俺も同じだ、でないとカカシの言う〝発情〟なんかにはきっとならなかった。
それに窓の外で待っていたとしても至近距離にカカシがいたことになるのは変わりない。カカシが目の前に現れていなくても俺は多分〝発情〟して何をどうしたらいいのかわからないまま扱き続けていたかもしれない。
だからってこの記憶を持ったまま、普通に生活するなんてもう出来ない。カカシの顔を見る度にきっと思い出してしまう、さっきの夢のことを。あんなにも強い感覚を脳に刻み込まれたら、もう忘れることはできない。朝起きる度に、きっと今日の夢の中でもそうだったんだろうと思ってしまう。そうした思考の行き着く先を考えると、俺は多分その波に逆らえない。そのくらいに俺は夢で何をされることでどう感じるのか知ってしまったし最初から最後まで記憶に残ってしまっている。
……寝ないでいようなんて無駄な足掻きをしようとしたのが間違いだった。カカシの言う通りさっさと寝ていればいつものように記憶に残らないまますべてが終わっていたはずだったのに。
「……もういい、行けよ。」
カカシはその場に溶け込むように姿を消していった。窓の外は地平線が白みかかっている。隠世の時間が終わるんだろう。
俺はこれからどうすればいいんだ。この記憶を持ったまま生活するしかないのか。記憶を消す方法がない以上そうするしかない。でもそれは、カカシのことを忘れられないのと同じだ。
隠世の者と繋がりを持つということは、やっぱり相応のリスクがあったんだ。ただで済むわけがなかった。考えが甘かった。
スマホを手に持ちすがる思いであのスレッドを見る。ずらりとどうでもいいレスが並ぶばかりで有益な情報はやっぱりない。
俺に出来ることはため息をつくことぐらいだった。
好きなように
カカシが立ち去ってから、夜更かしした分の睡眠時間を取り戻すためにまたベッドに潜った。日中だからカカシが来るはずがないのに、夢に出てくるのはカカシばかり。抱きしめられる夢、キスをする夢、そして、セックスをする夢。目が覚めたときに最低な気分……になっているかと思ったら、意外にもそんなことはなくただ普通の夢を見た時と同じで、身体がだるいということもなく久しぶりに普通に目が覚めた、という感じがした。
夢は夢だ、カカシが関わってないんだから、別にどうってことない。あんなことの直後だったら、そんな夢も見るだろう。
昼過ぎに起きて来た俺に兄さんが「今日はお寝坊さんだな」と笑う。
「ちょっと勉強に精を出し過ぎた。」
食パンをトースターに入れて二分半にセットしてから、冷蔵庫の牛乳を取り出してコップに注いだ。
「ゆっくり休めたなら何よりだ。」
テーブルの向かいにコーヒーを置いて兄さんが座る。
誰よりも、何よりも俺を大切にしてくれる兄さんを、これ以上心配はさせられない。
普通に大学に行って、就職して、結婚して、子供を作って、兄さんに俺の子どもを抱かせてやりたい。
そんなささやかな夢も、カカシと繋がっているうちは叶わない。毎晩淫夢にうなされる俺と結婚したいなんて女性はいないだろう。……繋がりを断たないと。
そういうもの専門の寺のうち、公共交通機関で行けそうなところをピックアップした。小遣い一ヶ月分で交通費は賄える。お祓い代にいくらかかるのかわからないから三ヶ月分小遣いを貯めたら行くと決めた。
その三ヶ月間をしのげば、もしかしたら何とかして貰えるかもしれない。今頼れるのはそれぐらいしかなかった。
思い出せない夢の余韻を感じながら迎える気だるい朝。いつものように学校に行ってつまらない授業を受けながら問題集を開く。カカシの授業がない月曜日と木曜日は顔を合わせる事もないからどうってことはない。
問題はそれ以外の曜日、いつもの笑顔で授業を始めるカカシの顔を見て、あの夜に見せた顔と同一人物と思えなかった。つまりカカシが「先生」でいる限りは、俺はあの事を想起させるような事は多分起きない。それにまず安心した。
大丈夫だ、このまま記憶を薄れさせていけたら、俺は普通に戻れる。そう思ったのに放課後、教室に残って勉強をしていたら、ガラッと扉が開く。そこにいたのはカカシだった。今日の当番、カカシかよ……! ハッとして窓の外を見ると陽が落ちかかっていてその光は赤みを帯びている。つまり今のカカシは、「半分半分」……早く帰らないと何をされるかわからない。
鞄に問題集を雑に放り込んでガタンと立ち上がり、カカシが開いた扉とは反対側の扉から教室を出る。早足で廊下を歩いて階段を駆け降り昇降場に急いだ。
季節、空気の澄み具合、天候、様々な条件が重なった時に黄昏時は……そんな事がしょっちゅう起こるとは思えなかったけど、この時間帯に誰かに出くわす事はなるべく避けたい。なるべくというよりも、絶対に。
「……嫌われてるみたいで、ちょっと傷つくね。」
急いで来たはずなのに、すぐ後ろから声がする。こいつ、「先生」の方じゃない。
「実際嫌ってんだよ、夢以外で俺に関わるな。」
靴を履いて立ち去ろうとする肩に置かれた手が、『行くな』と身体に命じているかのように足が止まる。
「……悪いことしたとは思ってるけど、悪いようにしたつもりはないんだけど。約束を守れなかった、それ以外で俺そんなに嫌われるようなことした?」
「……全部だ、手を離せ。」
「あんなに『もっと』ってせがんでたのに、そんな態度取られると俺だって嫌な気持ちになるよ。」
「あんたの話を聞くつもりはない、手を離せ。」
「そう、話し合いも拒否? だったらもう約束は反故にして好きなようにやらせてもらうけど。」
「なんでそんな話になるんだ!」
振り向いたその先にあったカカシの顔は左目が開かれていた。あの赤い目が。
「だいぶ譲歩してたんだよ、俺たちは本来自由なのに敢えて約束で行動を縛った。それはサスケのことを生徒として好きだったからだし、俺たちがそれなりに親しい関係だったから。だけどその関係性がなくなった今、俺が約束を守ってやる義理はないんだよね。」
……カカシの顔は見えてる、だから逢魔刻ではない。ただの黄昏時だ。
しかしこのカカシの言葉になんて答えるのが正答なんだ。また先生と生徒として仲良くしようとでも言わせたいのか?
「……うん、そうだな、もう約束に関しては守らないことにする。サスケと良い関係を築けたら、俺もそれなりに配慮しようと思ってたけど、なんか嫌われてるみたいだし。」
嫌ってない、とでも言えば良いのか。嫌ってるって言った直後に? どんな言葉を俺に求めてるんだこいつは。話し合いとやらに応じれば満足するのか。
「……あんたの言う〝良い関係〟ってのは何なんだよ。」
「サスケは俺の食事の邪魔をしない、俺はサスケの生活の邪魔をしない……でもお互いに嫌な感情持っちゃってる今このフェーズはもう終わったよね、っていう話を今してるの。」
「それで好きにさせてもらうと宣言しているのか、俺に。」
「俺も約束は破ったけど、元々はサスケが、……抵抗のつもりか知らないけど、眠らなかった事が原因だからね? そこは今はイーブンだと思ってる。」
「結局何が言いたいんだよ、仲良くしようって話ではなさそうだな。」
「さて、どうかな。サスケがどう出るかで俺も今後の行動については改めて考えようかな、ってところ。」
「俺がどう出るか? あんたに協力的になれと言いたいのか。」
「……いや、違う。そろそろ十分かな、話を長引かせるのは。」
どういう意味……。
「ねえサスケ。何にも疑問に思わなかった? 俺が左目を開けてる事。」
疑問に……思わなかった、そういえば。この目、は。
「残念だったね、もう手遅れ。サスケに暗示をかけてたんだよ、ずっとね。……どんな暗示かは身をもって知るだろうから、お楽しみに。」
カカシの顔から目をそらす事ができない。足も動かない。これはカカシの暗示の力なのか。目を、閉じることすらできない。
「ああ、でもサスケと良い関係を築きたいってのは本当。長い付き合いになるわけだし、その方がお互い楽でしょ?」
「もう暗示は十分なんだろ、身体を解放しろよ……!」
カカシは「先生」の笑顔に戻って、そして空気に溶け込むように姿を消した。
〝じゃあ、また夜に〟
頭の中に直接響いた声。その瞬間、身体から力が抜けた。……動ける、ようになった。でも、何かよくわからない暗示をかけられてしまっている。得体の知れないおぞましい感覚。あいつ一体、俺に何をしたんだ。
ともかく今は家に帰らないと。トワイライトに照らされた学校は気味が悪かった。
自転車置き場の横を通って人一人分開いている東門を通ろうとした時、以前にも同じようなことがあったような気がして立ち止まる。この東門は通っても大丈夫なのか。じわじわと陽が傾いてその色が変わっていく。
今は、だめだ。またあそこに戻ってしまうかもしれない。……あそこ? あそこって、どこだ。
……思い出せない、けど今はだめだ。陽がもっと落ちてから、でないと何が起こるかわからない。そうだ、あの時生徒指導室で思い出した色はこの傾いた陽の光に照らされた校舎によく似ていた。つまりは、あの神隠しの日、カカシは「タイミング」としか言わなかったけど、俺はきっと逢魔刻の中でカカシと鉢合わせた。そして繋がってしまった。……それなら、繋がりを断つのも同じ逢魔刻になら出来るんじゃないか? 具体的に何をすれば良いのかはわからない。けど何か繋がりを断つ方法がきっとあるはずだ。
陽が沈んで闇が色を濃くしていく。……多分もう、大丈夫だ。東門をくぐったら、何の変哲もない、普通の校門の外に出る。それに安心して、家路を急いだ。帰りが遅くなると兄さんが心配する。
夜パジャマに着替えて、今日もカカシは来るんだろうと思うと、なぜか胸が高鳴るのを感じた。気のせいだろうと割り切って、でも今日からは今までとは違う、約束はもう守らないと宣言したあいつが何をしてくるのか想像もつかなかった。
電気を消して布団に潜り込みながら、カカシがもうすぐ来る、と思うとやっぱり胸がドキドキする。これは何をされるのかわからない緊張なのか、それとも暗示、のせいなのだろうか。
気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐きながら、目を閉じた。
「普通に眠れると思ってる?」
直ぐ耳の横で突然聞こえた声に、深呼吸が止まる。目を開けたら俺の顔の横に手をついたカカシが目の前にいる。その瞬間、顔がカッと熱くなった。ドキドキする胸がその鼓動を一層早くする。
待ち侘びていたような、来てほしくなかったような複雑な心境だった。そうしている間に身体が〝発情〟したときのように熱くなってくる。呼吸が乱れ始めた俺の様子を見てカカシはふっと笑った。そのまま寄せられる唇を拒めずに俺は受け入れる。嫌だと思っても身体がおかしい、カカシを拒むことができない。まさか今日かけられた暗示の影響なのか。
冷静な頭とは裏腹に身体は過敏に反応する。肌を撫でるその手から伝わる体温に、中心はどんどん血流を集めていく。
「このままここでしたらお兄さんに聞かれちゃうね。」
こいつ……、いちいち腹が立つことを……!
「夢の中に連れて行け、早く!」
「どぉしようかなぁ」
言いながらズボンを下ろされて露出したそれを握られる。握るだけで何もしない。もどかしさに身体が身じろいで、その些細な皮膚への刺激に俺は目を細めて耐える。
「……兄さんに声を聞かれたら異常に気がついて俺の部屋に来るぞ、そうしたら俺に取り憑いてるあんたを祓う為にあらゆる手段を使うだろうな。」
「……それで?」
カカシはまるで動じない……祓うことなんて出来ないとでも言いたいのか。
「兄さんは俺を心配して一緒に寝るようになるだろう。その隣であんた、俺を食うつもりか?」
「……ああ、それも良いね。大切な弟が淫魔の遊び道具にされてるところを見せつけてやるの。」
だめだ、脅しにも何もならない。どうしたら良いんだ。身体はどんどん熱を帯びてくるし、握られているだけでも刺激を拾ってしまう。
「可愛い抵抗だね。じゃあヒント……いや、正答をあげようか。俺に上手におねだりが出来たら夢に連れて行ってあげる。」
おねだり? 夢に連れて行ってくれと懇願しろと?
それを握る手が強くなる。
「この手をどうして欲しい? 身体は何を求めてる? ほら、言ってみな。」
むかつく……! けどこの身体は、カカシを求めて疼いている。暗示のせい、とはいえ、だからこそ、この疼きからも逃げられない。自分でいくら処理しようとしても無駄だった。この身体を落ち着かせるには、カカシの思惑通りにしてやる以外に方法はない。
「……あんたに、食われたい。あんたが欲しい。……お願いだから、夢に……連れていって、くれ。」
握っていた手が動いた、緩急をつけながら絞るように先端まで扱かれてあっという間に俺は射精していた。でもそんなのじゃ全然足りない、カカシのを入れられて突かれたい、あの強烈な快感がまた欲しい。
……何を、考えてるんだ俺は……!
「おねだりは出来たからご褒美。でもおねだり下手くそだから夢には連れてってやんない。」
「っやめてくれ、お願いだから夢の中でしてくれ、声を我慢しながらなんて嫌だ、あんたに俺が感じてる声を聞かせたいんだ、あんたにぐちゃぐちゃにされたいんだ、お願いだからっ……!」
自分の口から出た言葉に驚いて、そして悔しい思いが込み上げる。カカシはそれを聞いて満足気に口角を上げてその額を俺のそれに合わせた。
「……合格、夢の中においで。」
暗転、そして気がついたらもう中に指を入れられている。待っていたとばかりに喉が震えてそこから脳に駆け上がる快感にどうにかなりそうになる。その一方で冷静な自分も残っていた。もういっそ暗示をかけて忘れさせてくれ。そう思ってもカカシがそうする気配はない。
こいつまた、覚えさせておくつもりだ……! 身体だけ発情させて、完全にはセックスに夢中にさせずに、悔しがる俺を見て楽しむ魂胆が見える。『好きにさせてもらう』って、そういうことかよ。俺は抵抗も何も出来ずにただ受け入れて身体が反応するのを感じることしか許されない。頭は正気を保ったままで。
「あっ、あ、あっ! きもちい、いっ! あ、あっ!」
「無駄なこと考えずに一緒に楽しめば良いんだよ、そのこころの抵抗も全部ひっぺがして俺に夢中になれば良い。そう思わない?」
「っあ、や、いくっ、あっ! またい、く、っ! っああ!」
二回目の迸りが腹を汚す。まだ、まだ足りない。もっと……。
そう感じてしまう自分、そしてカカシの言葉に、確かにカカシの言う通りにしてしまった方が楽な気がしてきた。でも完全に自分の全てをカカシに委ねるのはやっぱり抵抗があった。こんな奴にいいようにされて、こんな奴の思い通りになってしまうことに対して、どうしても……俺はそれを許すことが出来なかった。
どうしたらいい
「ひ、あっ! あ、っあ! カカシっ、っぁ、カカシがほし、っひ、あ、あっ! カカ、っ!」
自分の声なのに耳を塞ぎたい。暗示のせいだ、暗示のせいで、こうなってるだけで俺はこんなこと望んでなんかいない。
なのにほてった身体はカカシを求めてカカシがもたらす快感を待ち望んでいて、指の代わりに入ってきたそれに歓喜で震える。
「い、あ゛っ! あっ、く、あっ! カカシッ、っあ、カカ、シ気持ちいっ、い、っぅあ! は、あっ、ああっ!」
……あんたの思い通りになってさぞ満足だろうな。あんたを嫌がる俺があんたを求める様は滑稽だろう。だけどこころまであんたには明け渡さない、思い通りにばかりさせない。
「……はは、何その目。そんな目で俺を見たって何もいいことないと思うけどね。」
妖艶に笑うその顔は淫魔としての本性なんだろう。
俺はこんな奴を尊敬して、慕って、ふたりで過ごす時間が心地よかった。もうあの穏やかな時間は二度と来ない。発情した身体をカカシに慰めてもらうのをただ耐え続けるしかない。身体が満たされていく反面気持ちは沈んでいく。……もう十分だろ、俺を弄んで満足しただろ。
「っいや、だ、っ、あ゛っ! やめっ、あっ、っく、もう、やめっ……!」
「嫌じゃないでしょ? ぎゅうぎゅうに俺のを咥え込んで離さないくせに素直に感じなよ。邪念なんて捨てちゃいな。そしたらたくさん愛してあげるから。」
邪念なんかじゃない俺の純粋な思いなのを知ってるくせに、そう仕組んだ張本人のくせに。
「もうやっ、め、っ! だめいく、っあ、いっ、っぁああ!」
何度目かの射精、腹の上にどろっと垂れる白濁液。カカシが動きを止めて、俺の顎に指を添えてキスをする。このキスだけは、正気だった頭を狂わせる。ぼうっとしてその気持ちよさに夢中になってしまう。これも、淫魔の力なんだろうか。
「気持ちいいよね? サスケ。もっとしたいでしょ?」
ごちゃごちゃ考えていた頭に靄がかかったように思考するということができない。……気持ちいい、もっと気持ちよく……。
「……あっ、あ!」
再開された律動に、ただ感じて、受け入れて、耳につく音に気がついたときにはもう朝だった。
鳴り続けるアラームを止めて顔を手で覆う。
……逆らえない、あがなえない、そんな自分に腹が立つ。この身体はきっとカカシを求め続けるんだろう……県外まで出かけて寺に頼ったところであの様子じゃカカシをどうにかすることはできない。希望が絶たれて身体はこんな風にされてもう俺に残された道はカカシにいいようにされるだけになってしまった。
抵抗もできないのならいっそのこと受け入れてしまった方が楽なんじゃないか。繋がっただけでなく暗示までかけられて、俺ができることはもう何もない。
それすらも、考えが甘かった。
授業で教室に入ってきたカカシが目の端に映った途端、俺は胸がドキドキし始めて身体が熱くなり息が乱れていく。50分ある授業、カカシを見ないように意識しないようにしても耳から入ってくる声に下半身が反応する。……こんなの、どうしろって言うんだ。どう対処したらいいんだ。
俺の様子に気がついた隣の女子が手を挙げる。
「うちは君具合が悪そうです」
カカシが近づいてくる。やめろ、来るな、近くに来られたら余計に……!
「顔が真っ赤だね。保健委員さん、保健室に連れて行ってあげて。」
カカシの顔を見なくてもよくなる安堵、でも反応したままの身体、保健委員の男子が俺の鞄を持って腕を引く。クラスの注目を集めながら静かに後ろの扉から廊下に出て、1階の保健室に向かった。
「なんか、急になったな。2限目まで何ともなかったのに。大丈夫か?」
この保健委員とはあまり言葉を交わしたことはないが、気にかけてくれることは嬉しい。ただ、カカシの授業で毎回こうなっては流石に変だと思われる。……この熱を……どうにかする方法を探さないといけない。
保健室の前まで来て、保健委員に礼を言ってそこからは一人で中に入った。養護教諭が立ち上がって駆け寄り俺の肩を支える。
「あらあら……熱がありそうね、風邪かしら。ベッドまで頑張って。近い方が良さそうね。」
2つあるベッドのうちのひとつ、廊下側のベッドのカーテンを開けて、俺はその上に座ると上履きを脱いですぐに布団にくるまった。
……どうにか、する方法……。もしもどうにか、出来るようになれば、……カカシの思うままにならずに済む。……出なくなるまで扱き続ける? ……それとも、一回寝て起きたらおさまっている? もしくは、尻に自分で指を入れる……いや、カカシ相手でも指だけではおさまらなかった。そもそも、普通に尻に指が入るとも思えない。……カカシの姿、声に反応しているということは、身体が求めているのはカカシだ。擬似的に、例えばカカシの手がしていると思いながら自分で扱いてみたら少しは効果があるだろうか。カカシにされていると思いながら……静かにズボンのチャックを開けてガチガチのそれを握る。先端にハンカチをかけて目を閉じ、後ろからカカシが抱きながらそこを握って手を動かすのを想像すると背筋がゾクゾクした。すぐに飛び出す1回目。『まだ足りないでしょ?』あの声が浮かんでくる。
「……っ、は……、っ……、」
息がどんどん荒くなっていく。2回目の迸り。
カカシ、足りない、お願いだからもっと……。
『わがままだねぇ、いいよ可愛くおねだりできたから』
「っぁ、……、っ!」
違う前だけじゃなくて、カカシが欲しいんだ、挿れてくれ、カカシ……
『じゃあ、その前にキス』
ああ、カカシとの……気持ちいいキス……。
妄想に浸りながら、いつの間にかうとうとしていた。半分夢のような妄想、そんなこと望んでないのに、こんな妄想で何とかしようと思ってるなんて、皮肉だな……。
「面白い夢見てるじゃないの。」
急に聞こえた声に現実に引き戻される。
寝てしまっていた。けれど身体が何とかなっている様子はない。ベトついたハンカチがあるだけで。
カカシがなんでここに。
なんで夢のことがバレた。
布団にくるまったまま、聞こえなかったふりをしてそのまま寝たふりを続けようとした。
「俺に狸寝入りが通用すると思ってるの?」
また、声。その声に心拍が上がっていく。カカシの声。
「夢の通りにしてあげようか?」
そうならないために妄想までしていたのに。羞恥心と期待する胸でどんどん息が乱れていく。
「少しは悪いと思ってるんだよ、まさかこんなに効くなんて思ってなかったからさ。」
早くどっかに行ってくれ、という気持ちと、この身体をなんとかしてくれ、という気持ちとで揺れながら、今の有様を見られたくなくて布団を握りしめる。
「……ちなみに今は4限目、養護教諭は今はいないよ。」
布団をはがそうとする力が加わる。離すものかと布団を握りしめる手に力を入れる。
「……ねぇ、そういうのなんて言うか知ってる?」
足元の布団がはだけられて、自慰をしていた下半身が空気に触れた。
「頭隠して尻隠さず。夢に見るくらいして欲しかったんでしょ? とりあえずそれ何とかしてあげるから。あー……でも声は一応、抑えてね。」
ズボンがずるっと下ろされる。ぬち、と後ろの穴に入ってきた指にビクンと身体が震えた。
ゆっくりと入ってくる指、いつもと何かが違う。でも中で感じるのはいつもと同じ。
「っ、ふっ、……っう、っく、んっ……!」
俺は泣きそうになっていた。切望していた刺激に、そしてやっぱりカカシじゃないとどうにもならないこの身体に。
「今は人間だからちょっと丁寧にほぐすけど、ちゃんと挿れてあげるから待ってて。」
その声色が、俺の好きだったカカシと同じ優しい声で目をギュッと閉じながら涙が滲む。
「う……っ、は、っ、っぁ、……カシ、っぅ」
「うん、もう大丈夫だよ。」
その優しい声をやめてくれ。俺が好きだったカカシのふりをしないでくれ。あんたの正体はそんなんじゃないんだろ。
「……ゆっくりするから、声は我慢してね。」
横向きに丸くなってた身体を仰向けにさせられて、顔を覆っていた布団も剥がされた。涙で滲む視界にカカシの姿が映って、見たくないと目を閉じる。
それがゆっくりと入ってきて、声を殺しながら奥まで入るのを待った。こうされるのを待ち望んでいた、妄想なんかじゃない本物のカカシ。
奥にぐっと押し込まれるとじんじんとした気持ちよさで声が出そうになるのを堪える。カカシはその奥を小突くように小さい動きで刺激する。いつものような強い快感じゃないのは、今のカカシが人間だからだろうか。動きが小さいからだろうか。
「ぁっ、……っく、んっ、う、っん」
もっと激しく動いて欲しい、けどそれじゃきっと声が出てしまう。いつもと違うゆっくりとした抽送、だけど敏感なところはしっかりと刺激されて、またハンカチを汚す。
「っはぁ、……っぁ、は……っ」
「ゴム持ってないから中で出すけどいい?」
中で……そういえば、夜カカシは射精というものをしていない。……淫魔だから?
「……はげ、しく……中で、……っ、カカシ、の……っ」
「ん、いい子。……少しなら、まあいいか。」
どういう意味、と思ったら、カカシが腰の動きを早めてわかった。ギシギシと音を立てるベッドのことを。
「っ! ぅっ、ん、んっ、は、ぁっ、……っ! カカ、いっ、……っ!!」
ぐぐ、と奥に押し込まれた中にじわっと熱い感覚が広がる。ドク、ドク、と精液を送り出す鼓動、またハンカチを汚して荒い息を吐く俺。
あんなに熱かった身体が、早かった胸の鼓動が落ち着いていく。カカシと、したから……カカシと、しないとやっぱりこれは何とも出来ないのか。
カカシはゆっくり引き抜いて、お尻の下にティッシュを重ねて敷いた。
「さてこのままは、……さすがにちょっと可哀想だね。暗示をかけ直すから、今日の夜はそのつもりでいて。」
やっぱり優しい声、生徒指導室の中と同じ。……一体何なんだ、なんで今俺にそんな風に接するんだ。あんたの本性は、……何なんだ。
「……わかった……」
尻から何か漏れ出てくる。……ああ、カカシの……中に出すって、そういうことか……。
再び布団をかけられて、あとは自分で何とかしろと言わんばかりにカカシは保健室から出て行った。
敷かれたティッシュごと下着を履いて、ズボンを履いて、汚れたハンカチを折りたたんでどうしようか考えながら、ぼんやりと考える。
丁寧に勉強を教えてくれた、俺の好きだったカカシ。
妖しいけど普通の生活を約束はしてくれたカカシ。
約束を守れなかったことをただ謝るだけだったカカシ。
一変して俺に変な暗示をかけて屈服させようとしたカカシ。
カカシの本性は、……優しいカカシなのか、酷いカカシなのか、……どっちなんだ。それとも、人間の時とそうでない時ではその性格も変わるのだろうか。
今日の夜……暗示をかけ直すと言った優しい声のカカシ。その優しい声を信じてもう酷いことはされないと思いたい、けど昨夜は、全然違った。カカシに対してどう向き合うべきなのかわからない。繋がりのせいでこれからずっとカカシとは離れられないのに。
……そういえば、いい関係を築けるならそうしたい、みたいな事、言ってたけどあれは本音なんだろうか。
いい関係……俺から歩み寄るとして何ができる? 夜のカカシを受け入れる事?
……そうだよな。ずっと毎晩続くのなら、受け入れてしまったほうがいい。
でもそうしたところでカカシは歩み寄ってくれるのだろうか。そうしたとして、それはどんなやり方になるんだろう。最初に約束した時と同じように、夢の中だけで終わらせてくれたら一番いい。……だけどそのフェーズは終わったとも言っていた。
話し合いの余地があるのなら、今夜話し合いをしたい。昨日は俺が拒否した話し合いを、カカシは受け入れてくれるだろうか。
優しいカカシなら、聞いてくれる。酷いカカシなら、鼻で笑われて終わり。
でも持ちかけてみるくらいはやってみよう。
半分人間のカカシを信じたかった。人のこころが残っていることを。
チャイムが鳴って、扉が開く音。カーテンから覗いたのは養護教諭だった。
「あら? もう平気そうね。親御さんに電話しようと思っていたけど、必要ないかしら。」
頬に手を当てる先生に、ベッドから起き上がって答えた。
「少し寝たら、良くなったみたいです。ありがとうございました。」
「うーん……でもあれだけつらそうにしてたんだから、今日は早退したらどうかしら?」
……まあどうせ、午後の授業に出ても自分の勉強するだけだし、たまにはいい、か。
「じゃあ、そうさせて貰います。担任の先生には……」
「私から伝えておくから、そのまま帰って大丈夫。でも帰り道、無理しないでね?」
心配そうな顔がカーテンの向こうに消えて行った。
汚れたハンカチを鞄に入れるのは抵抗があったけど、手に持って歩くのも不自然だしと割り切る。家に帰ったらこんなもの捨てよう。
あとは夜、カカシが新しくかける暗示が何なのか、その前に話し合いができればしておきたい。
……話し合い、応じてくれるだろうか。
昨日の様子からは、応じてもらえそうにない。けど今日のカカシだったら、もしかしたら。
そんなことばかり考えながら、家路を歩いた。
受け入れて
「俺が何を求めてるかって?」
夜、いつもより少し遅い時間にやってきたカカシに、俺は床で座って待ちながら想定問答を考えていた。なるべく話を引き伸ばしたい、カカシが何を思ってどう行動しているのか、その行動原理を知らなければいけない。
「……昨日は話し合いを拒否して悪かったと思ってる。時間が時間だったから、また神隠しみたいになるかもしれないと思って焦ってた。」
カカシは目を細めて「ふぅん」と俺の向かいで胡座を描いた。
「で今日は話がしたいって? 痛い目見たから? 随分都合のいいことで。」
「都合がいいのは重々承知の上だ。あんたを目の敵にしたところで繋がりはどうにもならないし、人間じゃないあんたにはどう足掻いても負けるのは俺だ。……だからこんな暗示がなくても、もうあんたの事は受け入れるつもりでいる。」
「……へぇ、やっと自分の立場わかったんだねぇ。えらいえらい。」
カカシはつまらなさそうに手を叩く。
話に引き込みたいと思ったが、高校生のガキが大人を丸め込もうというのがそもそも無理な話だった。
「あんたが何を求めているのかわかれば、それに応じようかと思った……けど、それすら教えてくれないくらい、今俺とあんたは関係が悪い、で合ってるか?」
「んー……当たらずとも遠からず。ま、そのくらいは教えてあげてもいいけど、サスケがそれに応じるのは難しいと思うよ。」
「……教えてくれ。難しいとしても聞くだけは聞いておきたい。」
難しい、というのはどういう面で、なんだろう。俺の年齢や性別とかの変えようのない部分だろうか。それとも心理的なものなんだろうか。
「前にも話したけど、俺の母親は淫魔、父親は人間、で二人は繋がった。そうして二人の時間を重ねていくうちに愛し合うようになった。その2人の子どもだ、両親の在り方は理想的だと思う。つまるところ、真に愛し合う関係。それが究極的に、俺が求めるもの。けどそんなのはレアケースだとも思ってはいる。理想は理想だ。でも少なくとも、お互いに好き同士で居られるのが一番だとは思うよ。でも得体の知れない淫魔の俺をサスケが好きになる事はないでしょ?」
「そこだ、得体が知れない。だから俺は怖れる。あんたのことをもっと知って理解したい。こうして俺の話に付き合ってるあんたが、ただの悪い化け物だとは思わな
い。」
「……俺を知って理解?」
カカシが眉をひそめる。何かが気に障ったのだろうか。それでも座ったままではいるから、話し合いの余地はまだある。
「相互理解がないまま好きも愛もないだろ。淫魔であるあんたのことを、俺はよくわかってないままだ。だから、知りたい。」
じっと目を見つめられる。今また暗示をかけられているんだろうか。それとも俺の言葉の真贋を確かめているんだろうか。
少しして、カカシはふぅ、と息を吐いた。
「暗示をかけられたくないあまりの出まかせでは、なさそうだね。で、何が知りたいの。夢魔の中の淫魔と説明した通り、夢で人間とセックスをすることで精力を食って生きている。俺の体液にはそういう作用があるし、人間を操る目を持っている。暗示をする条件は目と目を合わせ続けること。……今のサスケと俺はずっと視線を合わせたままだけど、俺は今この瞬間また別の暗示をサスケにかけてるかもしれないよ?」
「……どんな暗示をかけられても、あんたがする事を受け入れると決めてる。」
「なら……身体に聞こうかな。いい加減食べたい。」
ベッドの上。発情もしてない、何かの暗示が効いている感じもないままカカシが覆い被さる。
「夢の中で……これだけは頼む。」
「邪魔に入られても嫌だしそうするよ。」
目を閉じて待った。額に温かいものが触れて一瞬意識が途絶える。
額同士をくっつけるのが夢に入るための儀式らしい。
目を開けてみたら、夢特有のゆらりとした空間にいて、でも目の前のカカシは本物で実在する。
パジャマをたくし上げながらキスをされて、胸の突起に触れられるたびにビクビクと震えた。胸から感じる気持ちよさなんて意識したことがなかった。唇が離れてそのを舐められるとまた身体が震えて声が出そうになる。
「っはぁ、……っ、」
「……声我慢しないで。」
舐めながら見上げるその目とかちあって、俺は頭を横に向けた。
「っぅ、ぁ、あっ、う、んっ、」
胸を弄られて声が出てしまうことが恥ずかしい。恥ずかしい、なんて感情をカカシとしている時に感じるのははじめてだった。
脇腹をなぞりながら手が下がっていきズボンを下げようとするカカシがやりやすいように腰を少し浮かせる。脱がされて取っ払われた下半身があらわになってこれから始まる事に複雑な思いを抱く。
受け入れる、とはいえ心理的抵抗がゼロになったわけじゃない。ただカカシを望んでいる自分もいた。これは暗示なんだろうか、それとも本当に俺は望んでいるんだろうか。
ピンと勃ったそれをカカシは舐めながら口に含んで搾り取るように頭を動かす。カカシのこれは酷く気持ちいい。すぐにいきそうになってカカシの柔らかい髪ごとその頭を掴んだ。
「あ、あ、っあああ! い、っぐぅ、いっ、あ、あっ、っあああ!!」
はぁっ、はぁっ、と射精の余韻に浸っているとまたキス。……気持ちいい、と思うのはカカシの体液の作用、だった。だからキスをするときだけは、頭がぼんやりして……。
その間に後ろの穴に伸びていたカカシの指がくち、と中に入ってきて、敏感な場所を刺激しながら出入りを繰り返す。
「っん、んんっ、んぅっ! ぁっ、っん!」
行き場のない手がシーツを握りしめる、その手をカカシは自分の背に回して、俺はそのままカカシにしがみつきながら中で感じる快感に震えた。
「気持ちい、あっ、そこだ、めっ! 気持ちいい、からぁっ!」
「……もっとダメにしてあげる」
すぐ耳元で囁く低い声に身体がこわばる。抜かれた指、代わりにあてがわれたのはカカシの……。
「大丈夫だから、力抜いて?」
何度もしてきたのに、心理的抵抗なんだろうか。……こわい、と思ってしまう。それがもたらす快感を何度も身体に刻まれているのに、だからこそなんだろうか、カカシを受け入れるのがこわかった。
「……っ、ゆっくり、して、くれ、……」
ぐ、と圧がかかる。
「……はじめてじゃないんだから……まぁ、配慮はしてあげる。」
ぬる、と抵抗なく入ってくる。カカシの、それが。
目をギュッとつぶりながらしがみつく腕に力が入る。
ゆっくりと中を押し入ってくるそれがこわいだなんて今更だけど、本能的に感じる「支配される」という感覚は今日このときはじめて覚えた。
それが奥まで届いて、カカシが俺の紙を撫でる。
「……なんかいつもと違うけど、大丈夫?」
淫魔なのに、気遣うなんてことをするんだな。でもその気遣いがこころに染みる。少しだけ身体の力が抜けて、カカシは俺の腕をほどいてからまたキスをした。
舌を絡めながら頭がぼんやりしていく、たっぷりと時間をかけてカカシはキスして、俺はうまく思考がはたらかなくなっていた。
いつもよりはゆっくりな律動が始まって今度はその感覚に震えながら声が漏れる。カカシがずっと俺を見ていることだけは認知できて、腰が動くたびに漏れる声が恥ずかしくて顔を逸らせた。
「本当に……はじめてみたいな反応するね、今日は。」
「っ、だって、っぁ、んっ、何もっ、されてない……っ」
「何も……? ああ、暗示のことね。」
「あっ、……っぁ、こわ、いっ……、っぅ、んっ……!」
何に対してこわいのか、もうよくわからない。でもそんな気持ちも、少しずつ早くなっていく動きに、そして感じる気持ちよさに思考が奪われてただ感じるだけになっていく。
「あっ! あ、っあ! か、かしっ、っあ、あっ! きもちい、いっ! あ、うあ、あっ!!」
「こわくないでしょ、大丈夫ちゃんといかせてあげるから。」
いつもと同じ、なのに何かがいつもと違う。なんなのかわからない。ただ快感だけを感じながら身体がほてったように熱くなり始めた。中から伝わる快感を全身で感じているような強い衝撃にひたすら喉を震わせる。
「あ゛ぁっ! あっ、あ゛っ! あああっ! い、あ゛っ! いく、いっ、ぅああっ! カシ、いっ、あ、あっ、ああっ、あ゛っ!!」
ビクッと身体が痙攣して背が布団から浮く、ぎゅうう、と締め付けているのがわかった。それでも止まらないカカシの動きに、ビク、ビク、と身体を震わせながら頭の中が真っ白になって自分がどうなっているのかもわからない。出したら落ち着くはずなのに、射精とはまた全然違う感覚で、でもイッていた。イキ続けていた。
止まらない、気持ちよすぎて何が何だかわからない。ぎゅうぎゅうに締めつけっぱなしのカカシのそれが中で動くのを鮮明に感じながら、意識が飛びかけた。
動きがゆっくりになって、その感覚がおさまり、必死に息をしながら突かれるたびにまた喉が震える。
何が起きていたのか全然わからなかった。気持ちよすぎておかしくなっていた、としか。
「中イキははじめてだったね? 大丈夫?」
カカシが何か言ってる……けどよく意味がわからない。真っ白だった頭が少しずつ色を取り戻していく。
大丈夫、って、言った……?
「……でもまだ夜はこれからだよ。」
これから……終わらない……。
時間の感覚なんて夢の中だからない。ゆっくりだった律動がまた早くなっていく。
最後にまたその感覚が続いた後、カカシが腰を引いて、俺は真っ白な頭のままカカシが額を合わせるのを呆然と見ていた。
「…………夢……。」
眠い目をこすりながらカーテンを開けると、まだ暗かった。時計を見たら朝の4時半。部屋の中に誰かいる気配がして明かりをつけた。
床に座って俺を見ていたのはカカシ。
「おはよう、サスケ。ちょっと早いけど。」
起き上がって、ベッドから足を下ろす。暗示がかかってないから夢のことを鮮明に覚えているはずなのに、断片的にしか思い出せない。
「……はよ」
「話し合い、の続きをしようかと思ったんだけど、必要ない?」
あ、そうだった。カカシのことを知るために話し合いに持ち込んで、身体に聞くと言われてから夢に……けど、鮮明に思い出せるのは途中までだった。
「……頭がまだ、うまく回ってない……。身体に聞くってのはどうだったんだ。」
「……まあ、こっちきて座りな。」
言われた通りに、ベッドから降りてカカシの向かいに腰を下ろした。
「あのさ、サスケってもしかして俺のこと好きなの?」
……は? なんでそうなるんだ。
確かに人間のカカシしか知らなかったときは好意は持っていたけど。
「なんで半分半分の時にかけた暗示があんなに効いたのか俺も不思議だったんだよね。そこで仮説を立てたんだけど。なんかそれ当たりっぽい気がしてさ。」
仮説? 当たりっぽい? 話が読めない。
「俺を好いていたから、余計に効いちゃったってこと。」
「は? そんなわけないだろ。」
あの時点では俺にとってカカシは畏怖の対象でしかなかったはずだ。好きだなんてありえない。
「嫌われてる、かと思えば俺のこと知りたいとか言い出すし、なーんにも暗示かけてない状態で、まあ夢の中だけど、セックスしてさ。ずっとその反応見てたんだけど。」
ずっと見られていた、と思うと急に恥ずかしくなってくる。あの痴態が、こわいと口にしたことが全部見られていたなんて。
「一応人間として人間とお付き合いもしたことある上で、そう思うんだけど。サスケの反応、好きな人に対するそれとよく似てたんだよねぇ。で、仮説は正しかったのかなと。」
好き、好き? 今のカカシを、俺が?
「そんな母数が少ない話、とても鵜呑みにはできない。俺がカカシを好きだなんて、何を根拠にそんな事を……」
「んー? 母数、……二桁超えると思うよ。俺たちが人間と同じ時を歩んでると思ってるの? 数えてないけど、俺三桁くらいは歳重ねてるからね?」
……そんなのは初耳だ。淫魔、ってそんなに生きるのか。そうなると、カカシの話に信憑性が帯びてくる。とはいえとても信じられない。
「最初は確かに俺を好きになるように暗示をかけてたけどさ、今日はそれなしで、あんな反応で、しかもはじめて中イキまでして、それも何回も。そうとしか思えないんだよねぇ。」
……中イキ、って確かに、夢でカカシが言ってたような気がする。よく思い出せないその部分がそうだったんだろうか。でもそれと好きがなんで繋がるんだ。
「……まだ信じられない、って顔だね。確かに俺個人の統計的に、と経験則に過ぎないよ。そこでサスケからも話を聞こうと思ったわけ。」
話を、と言われても、そういう対象として人を好きになったこともないし、カカシは得体の知れないバケモノとして認識していたのに。
「もし、そうだとしたら暗示をかける必要もないし。元々暗示をかけた状態でするのってあんまり好きじゃないし。で、どうなの?」
「どうって、……人間のあんたしか知らなかったときは……好きだったけどそういう好きじゃないし、淫魔だとカミングアウトされてからは……抵抗しか感じなかった。だから好きになんてなりようがない。」
「……なんで抵抗を感じてたの? 何に対する抵抗? 俺を嫌いだって言ったのは本当に嫌いだったから?」
「そんな、言われてもすぐ答えなんて出てこねえよ。……ちょっと考えさせてくれ。考えたところであんたの仮説の立証にはならないと思うが。」
それを聞いたカカシは、立ち上がって窓の方へ向かっていった。
「よーく考えてね。サスケの答えが出るまではどうするかは一旦ステイしておく。」
「……待てよ、あんたはどうなんだよ。あんたにとって俺はただの餌なのか、そうじゃないのか。」
「それはサスケの答えを聞いてからかな。じゃ、また授業で。」
カカシは窓の向こうへスッと消えていった。
取り残された俺は、何からどう考えたらいいのか悩む羽目になった。
好きか否か
カカシが赤い左目を見せたとき、ショックだった。神隠しの犯人で、毎朝の違和感もカカシの仕業で、それも正体が淫魔だと言われて。
人間のカカシが好きだったから、裏切られたような気持ちだった。けど、選択肢を提示して約束を守ってくれたことで安心した。安心すると共に、毎日カカシの痕跡を感じて日が経つにつれ苛立つようになっていった。
何に対して苛立っていたんだっけ。何で寝ないでやろうと思ったんだっけ。確か、カカシだけ俺を良いように扱っているのに腹が立っていた。
それの何がそんなに腹が立ったんだろう。
カカシは約束通りにしていただけだったのに。
でも、そうだ、何だか悔しかったんだ。色々調べて結果は出なくて、俺は悪あがきをしているのにカカシは毎日変わらず俺に暗示をかけて夢の中で好き勝手やっていると思うと悔しかった。
……ここは深掘りして細分化しよう。
カカシが毎日来ている痕跡を感じたこと。
カカシは俺に暗示をかけていること。
カカシは夢の中で俺を良いように扱っていたこと。
俺は何かいい方法がないか足掻いていたこと。
どれに対してどう感じたのか。
ボイスレコーダーと明晰夢で断片的にカカシが俺に何をしていたのかはわかっていた。
それを毎日されている、その痕跡を感じるたびに、今日もまたああいうことを夢の中でしたんだろうと思った。それに苛立ちを覚えた。何で苛立ちを覚えたのか。されたくないことをされているから。
されたくない事って何だ。
……暗示をかけられる事、夢の中とはいえカカシとセックスをしている事。
カカシとのセックスを、俺は望んでいなかった。それであれば、好きなんて感情が生じるわけがない。
……やっぱり考慮にも値しない、考える時間を無駄にした。俺がカカシを好きだなんて、カカシにとって都合がいいだけの勝手な思い込みだ。
つまらない考え事をメモしたノート、そのページを破って教室のゴミ箱に捨てた。
カカシの授業で、頬杖をついてカカシの顔を眺める。先生をしているカカシには確かに好感は持っていた。神隠し前の元の関係に戻れるものなら戻りたい。
……そういえば、逢魔刻の体験談10個、どれも隠世の者との遭遇の経験だけどなんで俺だけ「繋がる」事になってしまったんだろう。
神隠しのときにきっと何か特別なことがあった。俺は覚えてないけど、カカシは覚えているだろう。
俺は左手を挙げた。
「はたけ先生」
問題集から拾った適当な問いかけをすると、カカシは以前のように言う。
「……その問いについてはまだ先に習うことだから、後で個別で教えるね。」
そして教科書に戻って板書を再開した。
生徒指導室に行くと扉が開いていた。覗き込んだら、カカシがいつもの椅子に座って笑いかける。
俺は黙って入って扉を閉め、鍵をかけてからいつもの椅子に座る。
「それで、聞きたかったことは何?」
優しい声、先生のカカシ。
このカカシもカカシで、夜のカカシもカカシだと思うと複雑な思いがする。
「神隠しの日に俺に何をしたのか答えろ。なんで俺たちは繋がったんだ。」
カカシは笑顔を崩さない。
「……知ってもいいの? 後悔しても知らないけど。」
自分の身に起きたことを知るのに後悔なんかしない。
「いいから話せ。」
カカシは背もたれに背中を預けた。ギシ、とパイプ椅子が鳴る。
「サスケは俺たちの時間まで教室で自習をしていた。時間が遅いことに気がついて昇降場まで来たときに、俺とサスケは鉢合わせた。そのタイミングがちょうど……」
「逢魔刻、っていうんだろ。調べたから知ってる。」
「……うん、そう。逢魔刻に隠世の俺と鉢合わせたお前はその陽と闇が混じり合う時間の中に入り込んだ。滅多に起こらないんだけどね。俺はいい餌を捕らえられたと思ってお前に暗示をかけて、まあ、何をしたかは想像がつくでしょ。」
そのときが、最初にカカシに食われたとき、か。
「ただ陽と闇が混じり合う時間も永遠じゃあない。陽が昇る前に俺はサスケを解放して、現世の姿に戻ってから偶然を装って教室でまだ夢の中にいたサスケを起こした。」
……特別なこと、は何もしてないのか。でもそれじゃあどうして繋がったんだ。
「起きたとき、サスケは俺を見て『カカシが好きだ』と言った。暗示が残っていたかな、と思っていたけど、教室からこの部屋に移動してサスケを横にしたときに違和感を覚えた。『繋がってる』ってね。」
「……は? なんで、あんたが何かしたから繋がったんじゃなかったのか?」
「繋がる、ってのはね、滅多に起きない中でもかなりのレアケース。その条件は、逢魔刻の中で、互いに互いが好きだと思うこと。……つまりその時点で、サスケは俺のことが本当に好きだったわけだ。暗示なんかではなく。」
「……100歩譲ってその時はそうだったとしてやる。だけどあんたへの好意は正体を知ったときに失っている。もう一度逢魔刻の中にいるときに俺があんたへの好意を感じていなければ、繋がりはなくなると思っていいのか。」
「……残念だけど、前にも言ったけど繋がった後にそれを解いた例は俺は見たことがない。だから知らない。父母の話をするけど、淫魔の母よりも早く息を引き取った父は、その息を引き取る寸前に母が夢の中に誘い込んだ。ふたりは今も目覚めることのない夢の中で繋がり続けていて幸せにやってる、ってこと。まあ、夢に誘い込まずにそのまま死ねば、さすがに繋がりはなくなるかもね。」
身体は死んでる、だから目覚めることのない夢……永遠にふたりで過ごしている、ってことなのか。死んでも断ち切れない繋がりなんて、……なんとも出来ないじゃないか。
「可能性として、一生淫魔と添い遂げた事で父も隠世に近い存在になっていたのかもしれない。だからそんなことが出来ているのかもしれない。……『かもしれない』としか言えないんだよね。悪いけど。」
何百年生きているのかわからないカカシでも繋がりを断った例を知らない、なら実質繋がりを断つのは無理……。
「というわけで、俺の正体を知るまでの間、サスケが俺を好いていたのはまず事実なの。その後関係はまあ、変わったけど、こころの奥底ではまだ俺のこと好きなんじゃない? と思ったんだよね、サスケの様子を見てたらさ。」
「……そんなわけがない。俺なりに考えはしたが、あんたの正体を知って以降、あんたを好きだと思う理由はなかった。」
「……教室に捨ててあった紙切れ、あれってやっぱサスケのだったんだねぇ。」
……なんで教室のゴミの中身知ってるんだよ。でもそれなら話が早い。
「俺があんたを好きだという根拠はなかった、あのゴミのメモを見たのならわかるだろ。」
「……いや、検証が甘いなぁと思ったよ。まだ高一だから仕方ないけど、あそこで思考をやめるには早かったね。……まあ、だからと言ってサスケが出した結論を軽んじるわけじゃないけど。」
問いを紐解いて教えるように先生の顔で、声でそう言われるとまた苛立つ。
「結論は出した、あんたを好きだなんてのはあんたの勝手な妄想だ。聞くことは聞いたから俺はもう帰る。」
鞄を持って立ち上がる俺を見つめながら、カカシが何か呟いた。何を言ったのか聞き返そうとしてその顔を見たら、先生の顔じゃない、夜の顔でカカシは俺を見ていた。
「……また夜にね。」
陽が傾いている、『半分半分』だ。……長居する理由はない。鍵を開けて廊下に出て、すぐに扉を閉めた。
胸の鼓動が早くなっていた。多分、あの顔を見てしまったから。……なんで? 昨夜のことを思い起こしたのだろうか。
カカシを好きだった。そういう意味の好きじゃないと否定してきたけど繋がってしまったということは、そうなんだろう。そこは事実として認めるしかない。
でもその後は違う。俺はカカシに苛ついて腹が立って、その理由はカカシがしていることが俺は嫌だったから。だからこころの奥底ではカカシが好きだなんてありえない。
だけど夜、カカシが来るのを待ちながらドキドキする。いつ来るのか、ステイすると言ったカカシが俺の結論を聞いて次は何をしてくるのかわからない不安と緊張のせいだろう。
次はどんな暗示をかけられるのか、それとも敢えて何もせず正気の俺を弄ぶのか、カカシが何を考えているのかはさっぱりわからない。
すっと窓から通り抜けてきたカカシは、そのままベッドに座る俺に近寄っていきなりキスをしてきた。
だめだ、このキスは、体液が、……。
ぼんやりしていく頭、唇が離れたときそこはもう夢の中だった。
「……あんたは結論を出したのか。」
「うん、まあ俺なりに。」
またキスをしながらパジャマをはだけていく。
気持ちいい……何も考えたくない。このままカカシとセックスをして気持ちよくなって、……それでいいんじゃないか……?
元より抵抗なんて意味がないんだから、全部受け入れてしまえば……。
そう、思ったのにいざその快感を感じると、自分の声が恥ずかしくなる。痴態を見せたくないと思ってしまう。そんなこころの抵抗なんて意にも止めずにカカシは俺を追い詰めて、そして最終的には激しく求め合う。
頭は正気でいたはずなのにカカシに夢中になって、カカシと交わることもこわいとは思わなかった。
イかされ続けて夢から覚めたとき、カカシがそこにいることにほっとして、それが何故なのかわからなかった。
セックスなんて嫌だと思っていたはずだった。いくら受け入れると決めたとはいえ、こころは抵抗を感じているはずだ。なのに身体は反応してしまう。淫魔なんだから暗示なんてかけなくとも人間を夢中にさせる術を持っているんだろう。そうやって自分を納得させようと思ってもカカシが来ることで、カカシとすることでおかしくなってしまう自分が嫌だし恥ずかしい。
カカシは多くを語らなくなった。部屋に入ってきたらすぐに夢の中に入っていく。そして夢から覚めた俺の様子を見て上機嫌な顔でまたねと去っていく。
喘ぐ声を聞かれることも快感に乱れるのを見られることも、夜を重ねるにつれて少しずつ慣れていった。身体がおかしくなることにも心理的な抵抗は少しずつ薄れていった。どうせ一生続くんだ、早くこの生活に馴染んでしまった方がいい。
カカシが何を思って考えてるのか全然わからないことだけは、なんだか嫌な気持ちになった。上機嫌で立ち去っていくのだからきっと満足はしてるんだろう。あのときと同じだ、約束を守っている間朝カカシの痕跡を感じるたびに苛立つようになったあのとき。
長い付き合いになるのならもう少し挨拶なり出来ないもんなんだろうか。それとも淫魔にはそういう人間的な常識はないのだろうか。半分は人間のくせに。
カカシが何を考えているのかわからない、苛立つ原因は多分それだ。そもそも人間じゃないんだからきっと思考回路も全然違う。あいつにとって夢でセックスするのはただの食事。食事ってことは……美味しいとか不味いとかってあるんだろうか。あるとしたら、多分機嫌が良いから美味しい……んだろう。
何も言わずにいきなり夢に連れて行かれるのも、満足気な顔で夢から覚める俺を見ているのも、カカシは俺のところに来るのをただの食事として考えるようになったからだろうか。
でも、だったらわざわざ目覚めるところを見ている必要はない、さっさと帰るはずだ。……人間の常識でははかれないからわからないけど。
一体俺の何を見て満足してるんだ。だんだん俺の反応が変わっていくところを眺めるのが楽しいんだろうか。でもそれは夢の中で見れば充分のはずだ、わざわざ夢から覚めるところを見守らなくても。
それとも美味しかったと俺に伝えているつもりなのか、料理を作った人に感謝するみたいに。……いや、あの顔はそんなんじゃない。そもそもあいつが感謝という概念を持っているとも思えない。
……今何かを思い出した。カカシが言っていた繋がる条件……互いが互いを好き……つまりカカシもその時点で、淫魔のときに俺を好きだった、ということになる。
……今は? ……今も?
好きだから、すぐ夢の中、ふたりきりの世界に入りたい。好きだから、目覚めるところも見たい。……それなら、理解できる気がする。
カカシが俺を好きだという仮定が正しければ。
それが正しいことを実証して意味のわからないカカシの行動原理を理解してスッキリしたい。
今夜、絶対に聞き出す。俺を好きなのか、違うのか。
そうすれば、苛立っていたのもきっと落ち着くだろう。
もし違ったら、……また暗礁に乗り上げる。その時はもう直接聞いてやる。何のつもりでそういう行動をとるのか。何を考えてるのか。
確かめたかった
勉強をしながらカカシが来るのを待った。さすがにこの状態でいきなり夢に、は多分無理だろう。絶対に聞き出してやる。そう思いながら問題を睨んでいたら、窓からすっと入ってきたカカシが、久しぶりに声を出した。
「あれ、まだ寝ないの?」
「夢に行く前にあんたに聞きたいことがある。」
カカシは床にとんと降りてきてその場に座る。
「サスケは聞きたがりだねぇ。で何が聞きたいの。」
「なんでいきなり夢に連れ込んで、起きるまで待ってニヤつきながら立ち去るんだ。最近いつもそうだ。あんたはまだ俺が好きなのか。」
カカシは部屋の中を見回した。何か探しているようだったけど見つからなかったらしい。
「サスケさ、明日から枕元に手鏡か何か置いときな。」
問いに対する答えになっていないことにまたむかっとくる。真面目に話をする気がないのか、こいつは。
「俺が聞きたいのはそんなことじゃ」
「サスケの顔見た瞬間すぐにでも愛したいと思うのは仕方ないよ、俺を待ち焦がれていたって顔をされたらさ。」
待ち焦がれて……? 俺がそんな顔をしていると? だから鏡でどんな顔をしているか見てみろと、そう言いたいのか。……馬鹿にしてんのか。
「聞かれたから答えるけど、好きだよ。元々隠世の者は自分を認知する存在、好む存在が好きだ。愛し方はそれぞれだから、必ずしも人間にとっていい影響を与えるとは限らないけどね。」
仮説は合っていた。なんだかごちゃごちゃ言ってるけどやっぱりカカシはまだ俺のことを好きでいる。
あっさりと解には辿り着いたけど俺の顔がどうの、という話には納得いかない。
「俺がそんな顔であんたを待ってるわけねえだろ。あんたなんて好きでもなんでもないのに。」
「だから鏡用意しときなよって言ってんのよ。とことん鈍感で無自覚だなぁ。まあね、そう思いたくない気持ちもわからなくはないよ。」
「俺があんたを好きって前提で話を進めるな。……わかった、鏡持ってくるから朝起きた時の自分の顔を見てやるよ。それで満足か。」
椅子から立ち上がって、部屋を出た。1階の洗面所の戸棚から手鏡を取り出してまた部屋に戻る。
「……ああ、鏡じゃなくてもスマホで写真撮ればいいのか。」
部屋に戻ったらカカシが中空を見上げながら何か言ってる。確かに鏡よりも写真の方が客観的事実を写してくれる。
「おかえり。そんなに認めたくないなら……まあそれはそれで可愛いからいいけど、自分に正直になるって暗示でもかけてあげようか?」
「……暗示なんて二度と御免だ。」
「そう? ところでそろそろ」
カカシが俺の方へ身を乗り出した。
「お腹すいたんだけど。」
そのまま額が合わさる。
ふわっと身体が浮いたような感覚のあと、目を開けたらいつもの夢の中、ベッドの上だった。
カカシの顔が迫ってくるのを手で制する。
「今日はキスはなし、しない。わかったか。」
カカシは目を見開いて、それから呆れたように笑う。
「正気のままでいたいってことね、まあ、いいよ。」
カカシが好きで待ち焦がれているなんて、そんなわけがない。あるとしたらこのキスのせいで、淫魔の体液の効果で何かしら影響を受けているだけだ、きっと。
唇にキスをしない代わりに額、耳、首、色んなところにキスを落としていく。パジャマをはだける手が敏感なところを撫でて身体が反応する。
悔しいけど、夢でのカカシとの時間はもう嫌だとか思わなくなった。純粋に気持ちいい、のもあるけど何かが満たされる感じがする。
前戯なんか早く終わらせれば良いのに、と思いながらカカシがそれを欠かすことはなかった。
肌に手が触れるたびに胸が高鳴って体温が上がっていくのがわかる。
「っ、ぁ、」
中心に触れられ舌を這わされるともう声が漏れてしまう。好きだから、とかじゃない。カカシが淫魔で、それが食事の手段だからそうする事に長けているだけで、俺は仕方なくそれを受け入れているだけ。
「……っ、は……っ、ぁっ、」
気持ちよさに目を閉じてその感覚に集中していた。熱い口の中、ぬるりとした舌が蠢いてすぼめた唇を上下に動かされるとすぐにイキそうになってしまう。
「……っ、も、いく、い、っ……!」
ビク、と下半身が緊張して、カカシの口の中ではぜた精液はそのままごくりと飲み下された。
いつもならキスをするタイミングでカカシは代わりに身体中にキスを落とす。そうしながら後ろには指がぬる、と入ってきていた。
キスをしていないせいか、その指の感覚が脳にダイレクトに伝わってくる。どこを押してどう動いているのか。出入りを繰り返しながらいつもある一点を押したり撫でたりして、その度に痺れるような快感が背筋を走る。
「は、あっ、あ、っぁ、っん!」
だんだんとその気持ちよさを感じる事に意識を向けてしまう。だってこの先もっと気持ち良くなるのだから。悔しいけどこの快感の波には抗えない。抗ったところでカカシはもっと激しく動かし始めて俺は我を忘れて喘ぐことになる。
どうせそうなるんだから受け入れてしまった方がいい。流れに身を任せて、快感に翻弄されて、我を忘れてしまうくらいに溺れてしまった方が楽だともう諦めた。
喉が震えるたびに高みに追い詰められていく。ああ、またイく、頭の隅でぼんやりと考えながら、カカシの首にしがみついて全身を震わせた。
……キスがしたい……。
自分でするなと言ったのになんでそう思うんだろう。淫魔の体液には依存的な効果もあるんだろうか。首にしがみつきながら射精の余韻に浸っていたら、そのまま抱え上げられて座るカカシの前に膝立ちの状態になった。
――いつもと違う、今度は何だ。
「自分で挿れてみる? ……欲しいでしょ?」
「……っ!」
俺の意思でしろって言いたいのか。キスをしていない今の状態で「欲しい」と言わせたいのか。
ふざけやがって。絶対に自分からなんてしない。
「っあ、」
カカシは変わらない様子で俺の胸の突起を舐め始める。ビリビリとした甘い刺激にいちいち身体が反応する。いつまでも動かない俺に何か思ったのか、カカシはさっき洗面所から持ってきた鏡に手を伸ばして俺に向けた。
そこに映っていたのは真っ赤な顔で涙目、眉を垂れて何かを我慢しているような表情の誰か。
「今の自分の顔見てどう思った?」
俺の顔? これが? 嘘だ。でも鏡は事実をただ映している。俺がこんな情けない顔してるなんて、そんなの。
「ちょっと意地悪しようと思ったけどそんな顔されたら甘やかしちゃいたくなった。」
カカシが背中を支えてまた俺はベッドに横になり、そこに熱いものが押しつけられる。
キスがしたい、キスをしながら挿れて欲しい。
そう思ってしまう自分も、鏡に映った自分も信じたくない。悪い夢だ、淫魔が見せている夢だからそうなってるだけだ、本当の俺はそんなんじゃない。
「っあ、あ、……あっ、んっ……!」
ぐちゅ、と中に入ってくるそれに渇望していたこころが満たされていく。夢だ、夢だから、夢だからだ、こんな気持ちが湧いてくるのは夢、だから。
「……っ、カカ、シ、っあ、んっ! うぁ、あっ!!」
腰の動きとともに感じる息遣い、カカシが俺に興奮していることに自分自身も気持ちが高鳴っていく。首にしがみつく腕を緩めて俺は、自分からカカシの唇に自分のそれを合わせていた。
「んっ、ふ、んんっ! んぁっ、んっ……」
少しだけ遠慮がちだったカカシの舌と絡み合って、頭がぼやっとしはじめる。身体が熱い、カカシ、俺は……。
「んぁっ! あっ、あ、ああっ! カカ、シっ、あっ、いく、いっ、……っあ、あっ! いく、あ、あああっ!!」
ビクッとこわばる身体、ぎゅうっとカカシのそれを締め付ける。はっはっ、と息を吐きながら止まらない抽送にまた首にしがみついた。
カカシが欲しい、もっとずっとこうしていたい。夢なんて覚めなくていい。
そんな考えに疑問を感じなくなったのはキスをしたからだろうか。今はもっとカカシを感じていたい。ずっと夢の中で……。
目が覚めて起き上がった。暗い室内にカカシの姿がある事を確認してなぜかほっとする。
そのカカシは腕を俺の方に伸ばしてカシャ、と電信音が鳴り一瞬眩しい光が俺の顔を照らす。
……写真?
「へーぇ、サスケと一緒にいると現世の物も扱えるのね。」
カカシはその光る画面を見てから、俺に渡そうと手を伸ばす。
受け取ったのは俺のスマホだった。さっき撮られた写真が画面に映し出されている。その顔は、別れを惜しんでいるようにも見える、切ない表情だった。
「……キス、しないって言ったのサスケなのにね。なんでしたくなったの? 今なんでそんな顔してるの? ……本当に俺のこと、好きじゃないって自信もって言える?」
問われて、即答できなかった。
「……あれは夢の中、だったから、……。」
「でも俺は暗示も何もかけてないよ。サスケがしたかったからキスしたんでしょ。そんな顔をしてるのも、もっと一緒にいたいからじゃないの?」
「そんな、こと」
「……大丈夫だよ、繋がってる限り毎晩サスケに会いに来るから。」
繋がってる限り。繋がりがなくなったらもう、来ない。
……いいこと、じゃないか。繋がりなんてなくなってしまえばいい。こんな夜を過ごすことももうなくなる。カカシに翻弄されるばかりの夜を。
カカシがスマホをひょいと取って、またカメラを向けた。見せられた画面に写っていたのは泣きそうな顔の自分。
「そんな顔しないでよ。繋がりが無くなるなんてこともないし、サスケが俺を好いてくれる限り毎晩会いに来るから。」
「っ好きだなんて、一言も言ってない……!!」
「……まーだそんなこと言ってるの? 好きじゃないならなんでそんな顔してんのよ。」
そんな事言われても自分でもわからない。好きなんかじゃない、そんな気持ち持ってない。出鱈目だ。なのにこの写真に写っている俺の顔はなんなんだ。意味がわからない。自分がわからなくなってくる。自信がなくなってくる。カカシなんて好きじゃない、そう言い切る自信が。
「認めたら? サスケは俺のこと好きなんでしょ。じゃないと俺の名前を呼ばないでしょ。自分からキスすることもないでしょ。夢から覚めて俺をそんな顔で見ることもないでしょ。」
「……そんなこと……」
「……明けの明星が顔を出した。じき隠世の時間が終わる。サスケ、俺はお前のことを愛しているよ。淫魔としてでなく、人間としてでなく、俺自身として。……また、明日。」
部屋の中に溶け込むようにカカシの姿がなくなった。
愛している、という言葉を残して。
俺は迷いと混乱の中にいた。決して……良いことじゃない。化け物に魅入られてあまつさえ自ら求めるようになって、そしてその化け物からも愛していると言われて、嬉しいと思う気持ちが芽生えたのも何かの間違いだ、そうでないと、……そうでなければ俺もカカシのことを想っている事になる。
そんなの間違ってる、あってはならないことだ。
だってカカシは、人間じゃないのに。
何かを考えようとしても思考がまとまらない。もやもやとした気持ちを抱えながら登校して、つまらない授業を受けて、ずっとその間ぼーっとしていた。放課後の自習も身が入らなくてさっさと片付けて帰る事にした。
こんな事ははじめてで、本格的に自分がどうにかなってしまったのではないかと不安になる。
昇降場に向かう廊下でカカシが向かいから歩いてきている事に気がついて、足が止まった。……俺は今どんな顔でカカシを見ている?
カカシが俺に気づいてふわりと笑う。
「今日は早いんだね。なんか思い詰めてる顔してるけど、悩み相談なら聞こうか?」
俺の好きだったカカシ。でもその正体は人間じゃない。人間じゃなかった。けどカカシはカカシで……。だめだ、頭が回らない。
「……考えがまとまらないときは、どうしたらいい、ですか。」
「そんな質問していいの? 話してるうちに日が暮れるよ。」
黄昏時の半分半分のカカシ、それがカカシの本当の姿なのかもしれない。淫魔でもなく、人間でもないカカシ。
「……構いません、答えを教えてくれるなら。」
カカシは笑顔を崩さずに、ポケットから鍵を取り出した。
「生徒指導室、行こっか。」
後ろ手で扉を閉めて鍵をかけた。
うつむく俺の顎をカカシの指が支えて上を向かされる。待っていたのはキスだった。扉に背を委ねて夜とはまた違うキスに頭がくらくらしそうになる。今のカカシは人間なのに。
ズボンからシャツの裾を引き出してその大きな手が背中を撫でる。その手の体温に自分の身体まで熱くなってくる。長い長いキスをしながら、カカシは俺の服を少しずつはだけていった。
なんで、今は人間なのに。
なんで、俺は何も抵抗をしないんだ。
ここは夢の中じゃない、現実の、学校の中なのに。
想い、想われ
全てのことがすっきりと整理できてまとまることはわかっていた。でもずっとそれを認めたくなくて足掻いてきた。そんなごまかしなんて永遠には続けられない。いつかは認めざるを得ない。けれど俺はずっと抵抗を続けてきた。
その抵抗が、今この瞬間に溶けて消えていくような気がした。
人間のはずのカカシが俺にキスをしながら中心に触れてそこに血流が集まっていく。朝言われた言葉が頭の中をぐるぐると回って、その言葉を耳にした時に浮かんだ気持ちがそれについて回って、今こうしていること、こうされていることに何の疑問も抱かなかった。
今は人間のはずなのにカカシがこうしているのは単なる餌としてしか見ていなかったわけじゃない、本当にカカシは俺のことを。そう思うと何かがぐっと込み上げてくる。
埃っぽいソファに背中を委ねて指に何かをつけたカカシが覆い被さってまたキスをする。後ろの穴にぬるっと入ってきた指はいつものように、けどいつもよりゆっくりと中を撫でながら押し広げていく。
声を我慢しながら呼吸ばかりが荒くなっていた。嫌悪感を覚えるどころか俺は早くカカシと一緒になりたかった。ここは、夢の中じゃないのに。
キスをしながら中の刺激にビクッと震えて増えていく指が中を柔らかくほぐしていく。いつもとは違う、快感をもたらすためじゃない、中にそれを入れるための準備なんだと思うと込み上げてきた感情が溢れ出そうになる。
カカシは俺のこと考えて、俺のことちゃんと想って、ただの餌じゃなくて本当に俺のことを、好きでいてくれているんだ。
「……ごめんね、今更だけど……してもいい?」
カカシの優しい声が胸に響く。俺は頷いて、そしてカカシは俺の髪を撫でてまたキスをする。
指が抜けて代わりにあてがわれたそれの熱さ、何度も何度も夢の中で繰り返してきた。ゆっくりと入ってくる現実のカカシのそれに息を殺しながら奥まで入るのを待って、そして抱きしめられて、塞いでいた気持ちが溢れ出た。
「カカシが、好きだ……好きだ、人間とか淫魔とか、関係ない……好きだ、カカシ。」
「うん、俺も……。」
ゆっくり、ゆっくりと腰を動かして、カカシはまた慣らしながら少しずつその動きを早めていく。
想いが溢れて、一緒になれたことが幸せで、気持ちいいことよりも嬉しさの方が大きかった。
狭い生徒指導室の中、荒い息ばかりが響き渡る。
カカシが約束を守っていた時、朝その痕跡を感じるたびに嫌な気持ちになったのは、カカシが来ていたのに夢の中だけで、俺がカカシの顔を見ることができなかったから嫌だった。毎晩きているのなら俺だってカカシに会いたかったのに、俺は自分が言い出した約束に不満を感じていた。
それを認めたくなかった俺は俺がカカシを好きになるわけがないと考えて否定して否定して、けれど今感じている想いは俺がカカシのことを好きだという証左だと認めるしかない。
カカシから求められていることが嬉しいし、カカシと繋がっていることが嬉しい。この気持ちに嘘も偽りも誤魔化しも何もない。
カカシが動くのをやめて俺を抱きしめる。
「……俺が、お前を好きだってこと、伝わったのかなって少し不安だった。バケモノの俺が何を言ったところで伝わらないんじゃないかって。」
「バケモノ、なんて……自分で言うなよ……。」
「事実なんだから、いいの。いっときは俺がバケモノだから、サスケを怖がらせたし嫌われた。仕方ないと思った。だからバケモノになりきってしまおうとした。嫌われてもいい、けどサスケを手放したくなかった。」
……あの日のこと、言ってるのか。暗示をかけられたあの黄昏時のことを。
「……どのみち繋がってしまってる俺はバケモノとしてサスケの元に行かざるを得ない。サスケが少しでも苦しまずに済む方法を考えて、でも結局は苦しめることになって、後悔しながらもしかしたらって自分の都合のいいように考えて、俺が半分バケモノじゃなければ最初からはサスケをこんなに悩ませることも苦しませることもなかったのに。……ごめん。」
「っこんな状況で、そんなことばっか言うなって……!」
「バケモノの俺は人間を夢で魅了してしまう。魅了されていくサスケを見ているのが愉しかった反面つらかった。サスケを大切にしたいのに半分半分の俺は人間として純粋に大切にする事ができない、だから。」
「バケモノとか、そんなの関係ない、俺だってカカシのことが好きなんだ。魅了のせいなんかじゃなくて。そうでないとこんなこと受け入れてない。何弱気になってんだよらしくねぇ、バケモノだろうがあんたはあんただろ。」
「……後悔してるんだ、あのときサスケを閉じ込めてしまったことを。繋がってしまったことを。サスケを一生拘束してしまうことを。あのときバケモノの俺がサスケに手を出さなかったらこんなことには、ならなかったのに。」
カカシは……何百年か知らないけど、そんなにも長く生きているくせに自分の人間と淫魔の間で気持ちが揺れているのか。ただの得体の知れないバケモノと思っていたときもあった。でも人間のカカシはやっぱり人間だった。……俺に何が出来るんだろう。そんな風に自分を責めるようなことを言って欲しくない。俺だってカカシの存在は大事に思ってる。人間だろうが淫魔だろうが、全部ひっくるめてカカシなんだから、……後悔してるなんて、言わないでくれ。
「萎えるだろ、んな事言われたら……早く動けよ。バケモノとか、どうでもいい。俺はあんたにこうして抱かれて嬉しいんだ、あんたが好きだから。どんなあんたでも受け入れる。……どんなあんたでも、好きだ。」
「……ごめん」
ゆっくりと再開された律動にカカシの背中を抱きしめる。声を殺しながら代わりに荒い息を吐いて、カカシの息も荒くなっていることに気がついて抱きしめる腕に力を込める。
カカシのことが、大切なんだ。好きなんだ。魅了されてるせいかもしれない。でも人間のカカシだって好きなんだ。隠も陽もひっくるめてあんただろ。
だから頼むから、後悔してるなんて言わないでくれ。
「っはぁ、……っ、は、……カカ、シ、いく……っ!」
「一緒に……サスケ」
動きが激しくなって、殺していた声が漏れ出ていた。
「っぁ、くっ、は、あっ、んっ! っは、あ、カカシっ……!」
ビクッとこわばる下半身、中の奥で感じる鼓動、はぁっ、はぁっ、と息をしながら首元にうずまる頭をわしゃわしゃと撫でた。
「……後悔なんてさせない、あんたの理想……両親みたいになりたいんだろ。……なってやる。俺の一生をあんたに捧げる。繋がってるからじゃなくて、あんたが好きだから。」
「……それ普通の人生を捨てるって、……言ってるようなものだよ……本当にいいの。」
「何度も言わせんなよ、ウスラトンカチ。」
もやもやしていた頭はすっかり靄が晴れて、ひとつ大きい覚悟を決めた。
夜布団に入りながら、いつものように窓から入ってくるカカシを待つ。
カカシは俺の顔を見て、少しだけ目を見開いた。
昼とは違う淫魔の顔でにやと笑う。
「サスケさぁ……今から抱かれるのお前だよ? なんで俺を抱くみたいな顔してんのよ。」
「……あんたにとっては短いかもしれねえけど、俺のこれからの何十年、あんたを……愛する、って決めたんだ。」
「ふふ、十何年かしか生きてない癖に生意気言っちゃって可愛いね。……たっぷり愛してあげる。」
額が合わさる、ふわっとした感覚の中で唇が重なる。夜を重ねるたびに敏感になっていった胸の突起は触れられるだけで声が漏れるようになっていた。
「んっ、……あ、あっ、は……んっ! ……あ、だ、め、舐めたらっ、――っ! や、きもち、いっ、あっ!」
にぃっと細まった目が俺の顔を見つめている。空いでいる手が下半身に伸びて下着の中に潜り込みやらしく扱き始めて胸とそれだけでもういってしまいそうだった。
「っぅ、あっ、っん! カカ、もうっ、っあ、あ、っ!!」
ビクッとこわばってカカシの手が汚れた。はぁっと息を吐いていたら、俺を見ていた目が細まる。
「乳首で気持ちよくなれたね、やらし。」
「あんたがっ……いつもする、から……」
「やらしい子大好きだから安心して、もっとやらしくなってよ。」
カカシはズボンと下着を取り去って太ももに舌をそわせる。ゾクゾクとしてもどかしい。そこじゃなくて、早く……。
そう思っていたら、ふと疑問が湧いた。
「……淫魔って……射精することは無いのか。」
「ん?」
「……昼のときは、……出してたから……。」
「んー、厳密に言えば、するよ。でないと俺生まれてないし。でもそんなほいほい中出ししてたらみーんな孕んじゃうでしょ? 中にはそれが好きな奴もいるはいるけど、俺は本当に一生愛し続けたい相手でない限り孕ませるような事はしたくない。」
「……そう、か。でも俺は男だから関係ないんじゃないのか。」
カカシは太ももから顔を離して俺の顔を見る。
「淫魔が子作りのためにセックスしたら性別関係なく孕むから、全然関係あるよ?」
……え? 俺が妊娠するってことか? どうやって?
「……まぁ、人間のそれとは違うけどね。受精したらすぐに新たな命が生まれるから、別にお腹が大きくなるとかはない。」
……とことん、人間の常識の範疇外なんだな。でもカカシの言葉に少し安心した自分がいて、ちょっと待てと思考にストップをかける。俺がカカシと子どもを作ること前提で今思考が進もうとしていた? いや、好き……ではあるけど子どもを作るなんてありえない。
つぷ、と指が中に入ってきて「っぁ、」とその刺激に頭が侵食される。
「子ども作るとしても、サスケには早すぎるよ。人間はあっという間に成人する、サスケにとっては長いかもしれないけど、またそのときに話そ。」
「っあ、あ、っん、っは、そん、な、あっ! ことっ、考えてない、いっ!」
「だって中出しして欲しいって顔してたんだもん。それはまだ我慢ね。」
「んな、顔っしてな……っ! あ、っあ、んっ! あっ、そこ気持ちい、いぁっ!」
「じゃあなんでそんな事聞いたの?」
「っ手、とめ、……っあ!」
カカシが指を中に入れたまま動きを止めた。出し入れが止まっただけで中のそこをぐにぐにと撫でながら。それでも、喋る余裕はできた。
「……っ、昼、人間の時はしたから……、その、射精。……それって、……っあんたも、気持ちよかったって、事だろ。」
俺の言葉を聞いたカカシは、少しだけ驚いたように呆けた顔をして、そして嬉しそうに笑った。
「夜も俺に気持ちよくなって欲しいってこと? ……そんなこと言われたらもっと愛したくなっちゃうじゃない。」
また手を動かそうとしたカカシのその腕を掴む。
「そんな風に茶化すな、……俺なりに、あんたのこと考えてるのに。」
「茶化す? サスケから愛されてるって実感したら俺も愛したくなるのは当然じゃない?」
「愛され……って、っあ、あっ! ~っ!」
また手が激しくそこを突き始めてのけぞる。愛、? 俺がカカシを?
「あ、んっ! あっ、やっ! 激しっ、い、あっぁあ!!」
ビクッと身体が揺れて2回目の射精。カカシは嬉しそうに服をくつろげる。
「大丈夫だよ、ちゃんと俺も気持ちいいから。ほらサスケのここ、ヒクヒクしててすっごいエロい。すぐ挿れたくなっちゃう。出しはしないけどサスケがいくたびにぎゅうぎゅうに締め付けてくるのも堪らない。サスケとのセックス、すごく気持ちいいし大好きだよ。」
カカシの大きいそれがあてがわれて唾を飲み込んだ。
「その期待してる顔を見るのも好き。一緒に気持ちよくなるのも好き。もっと一緒に気持ちよくなりたいからたくさん愛したいの。」
ぐちゅ、とそれが中に入ってくる。満たされていく感覚、求めていたもの、それがカカシのものだということ、どれをとっても今では嬉しさしか感じない。
ああ、俺カカシのこと、本当に好きなんだと思ってしまう。カカシの言葉を聞いて尚のこと強くそう感じた。
単なる食事じゃなくて、俺はカカシに愛されてるんだと思うと俺まで堪らない気持ちになってくる。
これからも毎晩カカシに愛され続ける、繋がりがあるから……だけじゃなくて。人間のカカシは後悔してるって言ったけど、俺はカカシと繋がってしまったことは……むしろよかったと思う。だってこんなに想ってくれているんだから。
「お喋りもいいけど、そろそろこっちに集中しようね。」
「あ、あっ、っあ、ぁあっ! あっ! カカ、シッ! あぅっ、あっ!!」
……素直に、もっと早く自分の気持ちに気がついていればよかった。神隠しの正体だとわかって、繋がったという事に動揺して、得体の知れない存在との関わりを断たなければと思って。
カカシはずっと俺のことを考えてくれていたのに。好きでいてくれていたのに。
……ごめん。でもその分これからは俺もカカシのことちゃんと想って、見て、聞いて、感じる。人間とか淫魔とか関係なく、俺もカカシのことが大切だから。
だから死ぬまでずっと一緒に……カカシの、両親と同じように。死んだあともずっと。
ずっとカカシと繋がったままでいたい。
「っうああ!!」
何度目かの中イキをしながら、ぼんやりとそう考えていた。
カカシに言ったらどんな顔するんだろう。
……しばらくは言わないでおこう。
言わなくても、きっと伝わってる。カカシはわかってる。もっと歳を重ねて大人になってから、改めて伝えよう。
カカシとの愛の証が欲しいって。
一緒に育んでいきたいって。


