魅入られた者
確かめたかった
勉強をしながらカカシが来るのを待った。さすがにこの状態でいきなり夢に、は多分無理だろう。絶対に聞き出してやる。そう思いながら問題を睨んでいたら、窓からすっと入ってきたカカシが、久しぶりに声を出した。
「あれ、まだ寝ないの?」
「夢に行く前にあんたに聞きたいことがある。」
カカシは床にとんと降りてきてその場に座る。
「サスケは聞きたがりだねぇ。で何が聞きたいの。」
「なんでいきなり夢に連れ込んで、起きるまで待ってニヤつきながら立ち去るんだ。最近いつもそうだ。あんたはまだ俺が好きなのか。」
カカシは部屋の中を見回した。何か探しているようだったけど見つからなかったらしい。
「サスケさ、明日から枕元に手鏡か何か置いときな。」
問いに対する答えになっていないことにまたむかっとくる。真面目に話をする気がないのか、こいつは。
「俺が聞きたいのはそんなことじゃ」
「サスケの顔見た瞬間すぐにでも愛したいと思うのは仕方ないよ、俺を待ち焦がれていたって顔をされたらさ。」
待ち焦がれて……? 俺がそんな顔をしていると? だから鏡でどんな顔をしているか見てみろと、そう言いたいのか。……馬鹿にしてんのか。
「聞かれたから答えるけど、好きだよ。元々隠世の者は自分を認知する存在、好む存在が好きだ。愛し方はそれぞれだから、必ずしも人間にとっていい影響を与えるとは限らないけどね。」
仮説は合っていた。なんだかごちゃごちゃ言ってるけどやっぱりカカシはまだ俺のことを好きでいる。
あっさりと解には辿り着いたけど俺の顔がどうの、という話には納得いかない。
「俺がそんな顔であんたを待ってるわけねえだろ。あんたなんて好きでもなんでもないのに。」
「だから鏡用意しときなよって言ってんのよ。とことん鈍感で無自覚だなぁ。まあね、そう思いたくない気持ちもわからなくはないよ。」
「俺があんたを好きって前提で話を進めるな。……わかった、鏡持ってくるから朝起きた時の自分の顔を見てやるよ。それで満足か。」
椅子から立ち上がって、部屋を出た。1階の洗面所の戸棚から手鏡を取り出してまた部屋に戻る。
「……ああ、鏡じゃなくてもスマホで写真撮ればいいのか。」
部屋に戻ったらカカシが中空を見上げながら何か言ってる。確かに鏡よりも写真の方が客観的事実を写してくれる。
「おかえり。そんなに認めたくないなら……まあそれはそれで可愛いからいいけど、自分に正直になるって暗示でもかけてあげようか?」
「……暗示なんて二度と御免だ。」
「そう? ところでそろそろ」
カカシが俺の方へ身を乗り出した。
「お腹すいたんだけど。」
そのまま額が合わさる。
ふわっと身体が浮いたような感覚のあと、目を開けたらいつもの夢の中、ベッドの上だった。
カカシの顔が迫ってくるのを手で制する。
「今日はキスはなし、しない。わかったか。」
カカシは目を見開いて、それから呆れたように笑う。
「正気のままでいたいってことね、まあ、いいよ。」
カカシが好きで待ち焦がれているなんて、そんなわけがない。あるとしたらこのキスのせいで、淫魔の体液の効果で何かしら影響を受けているだけだ、きっと。
唇にキスをしない代わりに額、耳、首、色んなところにキスを落としていく。パジャマをはだける手が敏感なところを撫でて身体が反応する。
悔しいけど、夢でのカカシとの時間はもう嫌だとか思わなくなった。純粋に気持ちいい、のもあるけど何かが満たされる感じがする。
前戯なんか早く終わらせれば良いのに、と思いながらカカシがそれを欠かすことはなかった。
肌に手が触れるたびに胸が高鳴って体温が上がっていくのがわかる。
「っ、ぁ、」
中心に触れられ舌を這わされるともう声が漏れてしまう。好きだから、とかじゃない。カカシが淫魔で、それが食事の手段だからそうする事に長けているだけで、俺は仕方なくそれを受け入れているだけ。
「……っ、は……っ、ぁっ、」
気持ちよさに目を閉じてその感覚に集中していた。熱い口の中、ぬるりとした舌が蠢いてすぼめた唇を上下に動かされるとすぐにイキそうになってしまう。
「……っ、も、いく、い、っ……!」
ビク、と下半身が緊張して、カカシの口の中ではぜた精液はそのままごくりと飲み下された。
いつもならキスをするタイミングでカカシは代わりに身体中にキスを落とす。そうしながら後ろには指がぬる、と入ってきていた。
キスをしていないせいか、その指の感覚が脳にダイレクトに伝わってくる。どこを押してどう動いているのか。出入りを繰り返しながらいつもある一点を押したり撫でたりして、その度に痺れるような快感が背筋を走る。
「は、あっ、あ、っぁ、っん!」
だんだんとその気持ちよさを感じる事に意識を向けてしまう。だってこの先もっと気持ち良くなるのだから。悔しいけどこの快感の波には抗えない。抗ったところでカカシはもっと激しく動かし始めて俺は我を忘れて喘ぐことになる。
どうせそうなるんだから受け入れてしまった方がいい。流れに身を任せて、快感に翻弄されて、我を忘れてしまうくらいに溺れてしまった方が楽だともう諦めた。
喉が震えるたびに高みに追い詰められていく。ああ、またイく、頭の隅でぼんやりと考えながら、カカシの首にしがみついて全身を震わせた。
……キスがしたい……。
自分でするなと言ったのになんでそう思うんだろう。淫魔の体液には依存的な効果もあるんだろうか。首にしがみつきながら射精の余韻に浸っていたら、そのまま抱え上げられて座るカカシの前に膝立ちの状態になった。
――いつもと違う、今度は何だ。
「自分で挿れてみる? ……欲しいでしょ?」
「……っ!」
俺の意思でしろって言いたいのか。キスをしていない今の状態で「欲しい」と言わせたいのか。
ふざけやがって。絶対に自分からなんてしない。
「っあ、」
カカシは変わらない様子で俺の胸の突起を舐め始める。ビリビリとした甘い刺激にいちいち身体が反応する。いつまでも動かない俺に何か思ったのか、カカシはさっき洗面所から持ってきた鏡に手を伸ばして俺に向けた。
そこに映っていたのは真っ赤な顔で涙目、眉を垂れて何かを我慢しているような表情の誰か。
「今の自分の顔見てどう思った?」
俺の顔? これが? 嘘だ。でも鏡は事実をただ映している。俺がこんな情けない顔してるなんて、そんなの。
「ちょっと意地悪しようと思ったけどそんな顔されたら甘やかしちゃいたくなった。」
カカシが背中を支えてまた俺はベッドに横になり、そこに熱いものが押しつけられる。
キスがしたい、キスをしながら挿れて欲しい。
そう思ってしまう自分も、鏡に映った自分も信じたくない。悪い夢だ、淫魔が見せている夢だからそうなってるだけだ、本当の俺はそんなんじゃない。
「っあ、あ、……あっ、んっ……!」
ぐちゅ、と中に入ってくるそれに渇望していたこころが満たされていく。夢だ、夢だから、夢だからだ、こんな気持ちが湧いてくるのは夢、だから。
「……っ、カカ、シ、っあ、んっ! うぁ、あっ!!」
腰の動きとともに感じる息遣い、カカシが俺に興奮していることに自分自身も気持ちが高鳴っていく。首にしがみつく腕を緩めて俺は、自分からカカシの唇に自分のそれを合わせていた。
「んっ、ふ、んんっ! んぁっ、んっ……」
少しだけ遠慮がちだったカカシの舌と絡み合って、頭がぼやっとしはじめる。身体が熱い、カカシ、俺は……。
「んぁっ! あっ、あ、ああっ! カカ、シっ、あっ、いく、いっ、……っあ、あっ! いく、あ、あああっ!!」
ビクッとこわばる身体、ぎゅうっとカカシのそれを締め付ける。はっはっ、と息を吐きながら止まらない抽送にまた首にしがみついた。
カカシが欲しい、もっとずっとこうしていたい。夢なんて覚めなくていい。
そんな考えに疑問を感じなくなったのはキスをしたからだろうか。今はもっとカカシを感じていたい。ずっと夢の中で……。
目が覚めて起き上がった。暗い室内にカカシの姿がある事を確認してなぜかほっとする。
そのカカシは腕を俺の方に伸ばしてカシャ、と電信音が鳴り一瞬眩しい光が俺の顔を照らす。
……写真?
「へーぇ、サスケと一緒にいると現世の物も扱えるのね。」
カカシはその光る画面を見てから、俺に渡そうと手を伸ばす。
受け取ったのは俺のスマホだった。さっき撮られた写真が画面に映し出されている。その顔は、別れを惜しんでいるようにも見える、切ない表情だった。
「……キス、しないって言ったのサスケなのにね。なんでしたくなったの? 今なんでそんな顔してるの? ……本当に俺のこと、好きじゃないって自信もって言える?」
問われて、即答できなかった。
「……あれは夢の中、だったから、……。」
「でも俺は暗示も何もかけてないよ。サスケがしたかったからキスしたんでしょ。そんな顔をしてるのも、もっと一緒にいたいからじゃないの?」
「そんな、こと」
「……大丈夫だよ、繋がってる限り毎晩サスケに会いに来るから。」
繋がってる限り。繋がりがなくなったらもう、来ない。
……いいこと、じゃないか。繋がりなんてなくなってしまえばいい。こんな夜を過ごすことももうなくなる。カカシに翻弄されるばかりの夜を。
カカシがスマホをひょいと取って、またカメラを向けた。見せられた画面に写っていたのは泣きそうな顔の自分。
「そんな顔しないでよ。繋がりが無くなるなんてこともないし、サスケが俺を好いてくれる限り毎晩会いに来るから。」
「っ好きだなんて、一言も言ってない……!!」
「……まーだそんなこと言ってるの? 好きじゃないならなんでそんな顔してんのよ。」
そんな事言われても自分でもわからない。好きなんかじゃない、そんな気持ち持ってない。出鱈目だ。なのにこの写真に写っている俺の顔はなんなんだ。意味がわからない。自分がわからなくなってくる。自信がなくなってくる。カカシなんて好きじゃない、そう言い切る自信が。
「認めたら? サスケは俺のこと好きなんでしょ。じゃないと俺の名前を呼ばないでしょ。自分からキスすることもないでしょ。夢から覚めて俺をそんな顔で見ることもないでしょ。」
「……そんなこと……」
「……明けの明星が顔を出した。じき隠世の時間が終わる。サスケ、俺はお前のことを愛しているよ。淫魔としてでなく、人間としてでなく、俺自身として。……また、明日。」
部屋の中に溶け込むようにカカシの姿がなくなった。
愛している、という言葉を残して。
俺は迷いと混乱の中にいた。決して……良いことじゃない。化け物に魅入られてあまつさえ自ら求めるようになって、そしてその化け物からも愛していると言われて、嬉しいと思う気持ちが芽生えたのも何かの間違いだ、そうでないと、……そうでなければ俺もカカシのことを想っている事になる。
そんなの間違ってる、あってはならないことだ。
だってカカシは、人間じゃないのに。
何かを考えようとしても思考がまとまらない。もやもやとした気持ちを抱えながら登校して、つまらない授業を受けて、ずっとその間ぼーっとしていた。放課後の自習も身が入らなくてさっさと片付けて帰る事にした。
こんな事ははじめてで、本格的に自分がどうにかなってしまったのではないかと不安になる。
昇降場に向かう廊下でカカシが向かいから歩いてきている事に気がついて、足が止まった。……俺は今どんな顔でカカシを見ている?
カカシが俺に気づいてふわりと笑う。
「今日は早いんだね。なんか思い詰めてる顔してるけど、悩み相談なら聞こうか?」
俺の好きだったカカシ。でもその正体は人間じゃない。人間じゃなかった。けどカカシはカカシで……。だめだ、頭が回らない。
「……考えがまとまらないときは、どうしたらいい、ですか。」
「そんな質問していいの? 話してるうちに日が暮れるよ。」
黄昏時の半分半分のカカシ、それがカカシの本当の姿なのかもしれない。淫魔でもなく、人間でもないカカシ。
「……構いません、答えを教えてくれるなら。」
カカシは笑顔を崩さずに、ポケットから鍵を取り出した。
「生徒指導室、行こっか。」
後ろ手で扉を閉めて鍵をかけた。
うつむく俺の顎をカカシの指が支えて上を向かされる。待っていたのはキスだった。扉に背を委ねて夜とはまた違うキスに頭がくらくらしそうになる。今のカカシは人間なのに。
ズボンからシャツの裾を引き出してその大きな手が背中を撫でる。その手の体温に自分の身体まで熱くなってくる。長い長いキスをしながら、カカシは俺の服を少しずつはだけていった。
なんで、今は人間なのに。
なんで、俺は何も抵抗をしないんだ。
ここは夢の中じゃない、現実の、学校の中なのに。