繰り返さない

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2025年5月30日成人向,中編,原作軸,現代パロ,連載中,カカサス小説転生,エロ,お付き合いしてるふたり,シリアス

脅威

「核弾頭を拝借して見舞ってやるのも手っ取り早いが、戦はやはり血が湧き肉踊ってこそだ。〝あの研究〟がこういう形で役立つとは思っていなかったがこれも宿命だろう。」
 コンクリートが剥き出しの建物の屋上にその人物は立っていた。漆黒の服に身を包み、頭には全面を覆うマスクを着けている。
「分隊同士が見張り合い、守り合い、か。ひとつずつ潰すのは手間だと思っていたところだ。ちょうどいい。」
 床に置いていた小さなドローンを次々に上空へ飛ばす。軍のレーダーが補足するそのドローンは撹乱するための囮だ。
「ふん、監視カメラの数を増やしたようだな、無駄な事を。」
 手に持っているのは太いナイフただ一本だけ。そして痕跡を残すためのスナイパーライフル一本を背負い、夜にもかかわらず煌々と光るそこへ向かって、その人物は建物から飛び降りた。
「ニュース見た? また……」
「犯人……っていうか国? やっぱりロシアなのかな」
 学校でも、休み時間になるとニュースの話題でもちきりだった。また中国の軍隊が、二分隊まとめて殲滅されたらしい。犯行声明はあれ以来何もなく、中国政府は少数民族に対する弾圧を強めると共に、ロシアが犯人グループに武器を供与したと断定して輸出制限をし、武器の供与先の情報を渡すよう主張している。ロシア側はそんな事実はないと否定した上で、中国への関税を引き上げて対抗している最中、他の国は我関せずとばかりにその二国への言及をしなくなった。
 人権保護団体は少数民族への弾圧をやめるよう声を上げていて、大きな駅に行くと募金を呼びかける姿を見かける。
 俺が動かした男は、やはり記憶通りにとんでもない奴だった。ひとりで国をひとつ滅ぼすことも容易、というのは記憶の中だけではなかったらしい。あのときは心強い味方ができた、と思っていたけどここまで来るとやはり驚異を感じる。あのまま小さな町の長として一生を全うしていたらこんな事態にはなっていない。
 けどマダラが言った通り、第三次世界大戦が起こるとしたら、火種となるのは今話題の中国かロシアのどちらかだ。北朝鮮も脅威ではあるけど、所詮小国で、中国の属国に過ぎない。もしマダラが脅威だと判断していたら、それこそ一晩で北朝鮮という国は消えてなくなるだろう。
 カカシとの時間を大切にしたい、とはいえこれだけ話題を集めていると嫌でも耳に入ってくる。自分は今まさに歴史の転換点にいるのかもしれないと思うと誰しも話題にしたくもなるものだ。
 ただ、マダラの判断は本当に正しいのか、という点は多分議論が必要だと思う。
 アメリカだってイスラム圏の国々との火種を持っている。中東や東ヨーロッパにも紛争が絶えない地域がある。何がどう転んで大戦に発展するのか、正直わからない。
 そこまで考えて、俺はもっと世界の歴史を知らなければいけないんだ、と気づいた。
 教科書レベルじゃない、国の起こりから他の国との関係、宗教の影響、大航海時代以降の植民地化、独立戦争……火種はいろんな国にあるはずだ。小さい火種でも、マダラがひとりで中国軍を殲滅しているように、同じような強力な力を持つ人が現れたら情勢は一変する。
 歴史の先生に今戦争や紛争が起きている地域を聞いて、その経緯がわかる本を教えて貰った。図書館で借りられるだけ借りて休み時間に読み込んでいく。
 記憶の中で俺が生まれる前に起きていたように色んな地域がそれぞれの事情を抱えて、それぞれの正義を通すために戦っている。
 単にその地域だけでなく他国の軍が関わることによってより複雑な状況も生じていた。代表的なのがアメリカ軍。イスラム教圏の国がいつアメリカにその矛先を向けてもおかしくない。
 ただそれが世界大戦に発展するか、というとなんとも言えなかった。アメリカとイスラム教圏の国が戦争になったとしても他国まで巻き込む大戦にはならないように思う。割合は少ないとは言え仏教圏、儒教圏の国もあるしイスラムとユダヤの争いにそういう国まで巻き込まれることはないように思えた。
 起きるとしたら、朝鮮半島が火種となってそれぞれを支援する中国とアメリカが始める戦争だろう。ただ、中国も発展しているからアメリカにとって今の中国は重要な貿易の相手でもある。やっぱりこの地域も簡単に大戦に発展するようには思えない。
 マダラが中国をターゲットにした根拠は何だったんだろう。どうにも解せないな、と思っていたら担任の先生が昼休み中の教室に入ってきてテレビをつけた。テレビには青いL字帯がついていて『中国国防部で爆弾テロ』の文字。参考映像としてテロが起きる前の国防部の建物が映し出されている。国防の要の施設だからか、どこがテロの標的となったのか、という情報は出ていないらしい。ただ、その爆弾テロで5人亡くなっているらしく、それなりの規模の爆発だったんだろうと想像できた。
 そんな重要施設だから当然監視カメラもたくさんあるだろうに、犯人の姿も背格好も何もかも、目撃者もいなければ監視カメラにも映っていなかったというのだから、犯人の手がかりは現場に残された爆弾の破片くらいしかないみたいだ。
 これもマダラの仕業だろうとは思うけど、そんなことが可能なのか、という事をやり続けるマダラは最終的にどうなる事を目指しているのだろうか?
 声明文には革命と書かれていたけれど、中国共産党政府をガラリと変えるつもりなのだとしたら主要な人物は少なくとも全員暗殺か何らかの方法で無力化させなければならないだろう。新しい政府を建てるとしてその元首の候補者はマダラの描く中に存在しているのだろうか?
 テレビを見上げる生徒に向けて先生が口を開いた。
「これから何が起こるかわからない、けれどこの一連の出来事はきっと後世の歴史の教科書に載ると思う。今まさに歴史が動いている、今の僕らはその立会人だ。こんな機会は滅多にない。このあと世の中がどう動くのか、よく見ておけ。」
 世の中が動いていく中で、それでもカカシとの時間は大切にしたいと思う俺は世の中の流れに逆らっているんだろうか。
 いつ何が起こるかわからないからこそ好きな人と過ごしたいと思うのは、俺にはごく自然なことのように思える。
 歴史は学びたい。だけど学んだところで俺に出来ることはない。それでも知っておきたいと思うのは、記憶の中の大戦を思えば仕方がない。自衛隊というコマンダーとして国を護るだけじゃなく、歴史を掘り下げて学び続けて現在の状況を見て大戦に発展しかねない火種をいち早く察知する専門家としての立ち位置として役に立つことができれば、……現地に行かなければわからないこともあるだろうし、ずっと日本にいられるわけじゃない、けど自衛隊に入るよりはカカシとも一緒に過ごせる時間は多くなると思う。
 そういう道も、ありじゃないかと考えた。でもそれは素人が生身で紛争地域に出向く事になる。最悪過激派に捕まって人質にされる危険性だってある。そんなリスクを負うくらいなら自衛隊の中でその役割を果たす方が良い気もする。
 防衛大学に行くという事は幹部候補生になれる可能性が高いという事だから、やっぱり俺が歩むべき道はそうなのかもしれない。
 テレビの中のアナウンサーが早口で喋り始めた。
「またです! また爆発が起きた模様です!!」
 まさか、マダラはまだ建物の中にいるのか? テレビに目を向けるが、スタジオで有識者とやらが話し合っている様子と画面外から差し出された紙を見ながら喋るニュースキャスターが映っているだけだ。
「中国人民解放軍の本部で2回の爆発が確認されました。やはり犯人の姿は確認されていないようです。被害状況はまだ明らかになっていません。」
 軍の本部内で2回も、しかもまた目撃者がいない? 一体どんなマジックを使ったらそんな事が可能なんだ。
「続報です。中国人民解放軍の本部の爆発では、爆発の近辺にいた軍の幹部の1人が被害に遭いましたが、その胸には刃物で刺された痕があり、爆発以前に何者かに刺されていた可能性が高く、まだ犯人は軍本部の建物内に潜んでいる可能性があり、中国人民解放軍は警戒を強めています。」
 マダラの奴、そんな危険な状況に身を置いてもし捕まったらどうするつもりなんだ……! 日本人だと分かればその矛先は日本に向けられるんだぞ……!!
 分隊の殲滅はまだわかる、マダラならやりかねないとも思った。でもこの状況はあまりに……。
 俺には手を握りながらテレビの画面を見ることしかできない。絶対に捕まるなよ、ちゃんと逃げろよ。すると、画面が中国国営テレビに切り替わった。中国政府が声明を出したんだろう。
 早口で捲し立てる女性キャスター、少し遅れて同時通訳が話す。
「3回もの爆弾テロに加え、人民解放軍幹部4人を殺傷したテロリストを我々は決して逃さない。我が国に対する一連のテロ事件の犯人である事は間違いなく、我々は国力を挙げてこのテロリストを捕らえる。」
 そりゃそうだろう、ここまでやられて中国が黙っているわけがない。
 ハラハラしながらテレビを見守っていたら、昼休みが終わるチャイムが鳴った。でも、次の時間の数学の先生も、今はテレビをつけておく、と固唾を飲んでテレビに視線を向け続けた。
 犯人を捕らえた、というニュースは流れないまま、5時限目の授業が終わり、休み時間に入ってからカカシが教室を覗き込み、俺を手招いた。
 廊下に出ると、カカシは小さく折り畳まれた紙を広げる。何やら書いてあるが全然日本語になっていない奇妙な文章だった。
「オビトからの手紙。〝脅威は役割を果たし離脱した〟、つまり無事に逃げおおせたって事だ。」
「どうしてそんな事が分かるんだ? あの国がそんな情報を出すとも思えない。」
「本人から直接連絡があったんだろう。どんな方法かは知らないけど。日本に影響は及ばないとでも伝えたかったんじゃないかな。」
「……だとしても、やり方がめちゃくちゃだ……。」
「……言っとくけどサスケが動かしたんだからね? 危険な相手だとわかっていたのにも関わらず。オビトが怒ってた気持ちが今なら分かるよ……。用件は終わり、教室戻りな。」
「ああ、……ありがとう。」
 カカシは紙切れをまた小さく折りたたんでジャケットの内側のポケットに入れた。
 俺は教室の中に戻ってテレビを見上げる。
 とりあえずは、安心だ。けど、いつ軍に捕まるかわからない状況なのは変わらない。……一分隊殲滅させるような奴だから、よほど大丈夫だろうとは思うけど。
 
 その日教室のテレビはずっとついていて、でも被害の状況がわかった以外の情報は流れなかった。爆発によって亡くなった人は22人、その内7人は胸に刃物による傷があったらしい。そして爆発とは関係のない被害者が9人、内幹部が5人。全員胸や首に刃物による傷があり、それが致命傷となったようだ。
 今までと違って、明確に軍の幹部を狙った犯行だと有識者が話す。最初の爆発はおそらく囮で、そちらに目が向いている隙に軍の幹部を狙ったのだろう、と。
 次の標的となりうるのは、国の中枢の面々。革命と明言したからには政府を相手取るつもりだろう。
 でも、中国は広いし人口も多い。軍だって日本と比べ物にならない人数がいるはずだ。中枢が取って代わったところで、その後旧国軍と新政府の間で内戦に発展するのは目に見えている。
 もしかしたら、それを狙っているのかもしれない。
 中国が内政で手一杯になれば他国に手出しする余裕はなくなる。
 マダラを好きにさせて良いのかどうかわからないけど、今更止めようにも止めようがない。
 ……俺はなんてことをしてしまったんだ……。
 直接的な民間人の被害者はいないけど、少数民族は政府からの弾圧に遭っていて間接的に被害に遭っているわけで。現地取材をしているカメラマンは夫が連行されたと涙ながらに話す女性と子どもの姿を映して事態の深刻さを訴えていた。……胸が痛む。俺がマダラに直談判さえしなければ……しなければ、自衛隊は大戦を防ぐ事ができたのだろうか……?
 最適解がわからないまま、部活に参加せずに家に帰った。テレビをつけると、まだテレビはL字の青い帯。……爆弾の破片にキリル文字のような痕跡、と書いてあった。キリル文字……ロシアの公用語。……どうやらマダラは、ロシアと中国を敵対させたいようだ。
 中国政府は「このような高度な暗殺技術を持つ者は軍関係者に違いない」とロシア軍が関与していると断定的だ。対するロシアは「我々は犯人の確保の為協力する用意がある」と関与を否定している。そりゃそうだろう、実際ロシアは何もしちゃいない。
 ロシア内では軍に納品する武器類を民間にも流している業者があって、その取引先の調査をしているらしく、そうする事で身の潔白を証明しようとしているようだ。
 どんな経路でロシア製の武器や爆弾を手配したのかは知らないけど、頼むから捕まってくれるなよと祈る。
 そんなニュースばかり流れている中だと、カカシと一緒に過ごしていても気持ちは落ち着かなかった。