繰り返さない

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2025年5月30日成人向,中編,原作軸,現代パロ,連載中,カカサス小説転生,エロ,お付き合いしてるふたり,シリアス

同じじゃない

 あまり眠れないまま朝を迎えた。ぼーっとする頭に喝を入れようと冷たい水で顔を洗う。
 うちはサスケ、あの生徒の事を考えるにつれよくわからない感情が湧き上がってくる。少しだけ体験入部で接しただけの生徒、たまたまスーパーで居合わせただけなのになぜか大切な存在のような気がしてしまう。
 こんな事ははじめてで、その感情をどう処理したらいいのかわからなかった。
 俺と彼はお互いに大切な存在のはずだ、というあり得ない思考で頭がいっぱいになっていて、それが単に疲れているだけなのか、それとも感情の方が正しいのかもよくわからない。
 そしてなぜだかこう強く感じる。
 〝今度こそ、離さない〟
 3年間しか同じ学校で過ごす事はない、むしろ俺がいつ異動するかもわからないならもっと短い期間かもしれない。なのになんで、こんな事を思ってしまうんだろう、今度こそと思うのはなぜだろう。彼と顔を合わせたのは体験入部のときがはじめてだったはずなのに、もしかしたら意識していなかっただけでどこかで以前彼と接点を持っていたのだろうか。
 でもここまで強く感じるほどであれば記憶に残っていないとおかしい。彼の存在を認知したのは体験入部のときがはじめてだったと認識している。やっぱり腑に落ちない。
 俺と彼に一体なんの関係があるっていうんだ。
 昨日のスーパーでの様子では、彼がその件について口を開く事はなさそうだった。だけどきっと何かがあったはずだ、でないとあんな反応はしない。
 思い出さなければいけない、過去にうちはサスケと俺の間に何があったのか。
 
 切ない気持ちが胸を占めていた。ずっと会いたかった、そばにいたかった、一緒に過ごしたかった、でも記憶の中の俺は復讐を選んだ。
 今度はそんな事はしない、そう思う自分と、今度はそんな関係を築くべきじゃないと思う自分がいて、どちらもいまの俺の本心だった。
 俺の担任でもない、部活で関わることもない、だから後者を取るべきだ。その為には極力関わらないように3年間を過ごすしかない。けれどナルトが言っていたことも気にかかっていた。
「懐かしい感じがする」
 ナルトには俺みたいな鮮明な記憶がある節は見当たらない、にも関わらずそう感じたという事は、俺のこの記憶は前世か何かで実際に起こっていた事なのかもしれない。だとしたら、カカシも俺に対して何かしら感じている可能性はある。だからこそスーパーで会ったときに待ち伏せまでして俺に話しかけてきたんだろう。
 記憶はなくとも何かを感じて接点を作りたいカカシ、今回はカカシとそういう接点を持ちたくない俺。
 同じ学校にいる以上、いくら担任でも顧問でもないとはいえ顔を合わせる機会はあるかもしれない。
 そうなったときに俺は冷静にカカシに対してただの先生の一人として接する自信がなかった。恋しく思う気持ちが強すぎて。
 そして運命なのかなんなのか、接する機会があまりないはずのカカシと、廊下でばったり顔を合わせたり、職員室でカカシが対応したりすることが多くて、その度に溢れ出そうな気持ちを堪えて、静かに冷静になるよう自分に言い聞かせる。
 このカカシはあのカカシとは違う。
 どんなにそう思ってもその顔を見るだけで胸が苦しくなる。カカシの方から積極的に俺に話しかけることはなくなったけど、その顔を見るだけで愛しい気持ちで頭がいっぱいになって、それを知られるわけにはいかないと淡々と会話をして、そんな事を繰り返していると頭がおかしくなりそうだった。
 カカシのことは好きだった、大切だった、愛しかった。でもそれは全部記憶の中でのことで、いまの現実のカカシとは違う。そう言い聞かせて、言い聞かせて、それでもこの胸から溢れる気持ちに蓋をすることができなかった。
 もう、顔を合わせたらどんな表情が出てしまうかわからない。
 
 〝今度こそ〟と感じている根拠が見つからないまま日々が過ぎていく。校内で時折見かけるうちはサスケは淡々と挨拶をして頭を下げて通り過ぎていく。そのすれ違う背中を目で追ってしまう自分がまたよくわからなくて戸惑い、彼の顔を見て、声を聞くにつれあの気持ちはどんどん強くなっていく。
 過去に何かがあった、それだけでは説明がつかない自分の反応。意味がわからないまま俺もまた彼と同じように淡々と言葉を交わしてはもっとその顔を見ていたい、声を聞きたいと思ってしまう。まるで恋でもしているかのように。
 中学生の男子に恋、なんてあり得ない。
 そうは思えど、自分の反応を見るにそうとしか考えられなかった。
 なぜ? そんなに接点はない。ときどき廊下ですれ違う程度だ。一目惚れ、であれば体験入部のときに感じていたはずだ。でもこの気持ちはじわじわと、顔を見るたびに強くなっていく。
 教師が生徒に恋なんてあってはならない。相手は中学1年生だ。まだ子どもだ。倫理的にも駄目だし、教師としても駄目だ。その上、彼は男子生徒。
 俺と彼の間に何があろうがそんな関係になるわけにはいかない、ただの先生と、ただの生徒であり続けないと。
 
 そう、思っていた。
 ある日の放課後、図書室にいたうちはサスケと居合わせてしまうときまでは。
 机に向かって自習する姿、他に誰もいない図書室の中、俺に気づいた彼は目を見開いて、何かを我慢しているかのような顔を見せて、そして机の上に広げた教科書やノート、筆箱を慌てて鞄に入れて図書室から出ようとした。その彼の身体を俺は捕まえて抱きしめていた。
 なんでそんな事をしてしまったのか自分でもわからない。そうしなければ、と感じたのは事実。そして彼を抱きしめながら、〝やっとこうすることができた〟と感極まったのも、事実。
 うちはサスケは俺の腕の中で固まったまま動かなかった。何も言わずに抱きしめられて困惑しているのか、それとも別の何かを感じているのかわからない。
 そうしているうちに「ただの先生と生徒」であるべきだという考えはどこかに行ってしまい、俺は教師として言ってはいけない事を口走っていた。
「サスケ……、好きだ。もう耐えられない、今度こそ、絶対に離さない。」
 カカシに抱きしめられた俺は嬉しさと困惑でどうしたらいいのかわからなかった。カカシには記憶はない、なのになんで。
 しばらくして呟かれた言葉は、まるで記憶の中のカカシそのままだった。そんな事ありえないはずなのになんで今のカカシが。でも、その言葉を聞いて俺は目頭が熱くなって、こうなる事は運命だったのかもしれないと恐る恐るカカシの背中に手を回す。
「俺もあんたとずっとこうしたかった……」
 もう、気持ちに蓋はできない。ただの先生と生徒には戻れない。きっとカカシも同じように思ったはずだ。
 顔を上げるとキスをされて、もう、後戻りはできないと感じた。記憶と同じように、俺とカカシはまた。
 
 チャイムの音が鳴って、静かに抱きしめる腕が離れていった。俺は俯いて図書室から出ようとする。その腕を掴まれて、立ち止まった。
「……あのさ、よかったら、だけど……一緒に帰らない?」
 俺は黙ったまま頷いて、校門の外でカカシが出てくるのを待った。少しして駆け足で校門まで来たカカシは俺の手を取って指を絡ませ、手を繋ぐ。
「……ごめんね、待たせて。あと図書室での……その、いきなりごめん。」
「……気にしてない、大丈夫だ。」
 気持ちゆっくりと、家に向かって歩いた。その隣をカカシが歩く。
「なんでこんなこと思うのか、自分でもわからないんだけど……図書室で言った事は本当で……。」
「……わかってる、カカシはカカシなんだなって、改めてわかった。……。」
 カカシは首をかしげる。それもそうだろう、カカシにとっては俺は入学したばかりで、そして出会ってから間もない。以前から知っていたような俺の言葉の意味はわからないだろう。
 記憶のことをカカシに話すべきだろうか。俺たちはこのあとどんな関係になるんだろうか。
 キスまでしたくらいだ、きっと記憶と同じように付き合うことになるんだろう。そして記憶と同じように俺は卒業と同時にカカシから離れていく。……そうなるとわかっているのに、俺を抱きしめたカカシを拒めなかった。その腕の中の温かさは懐かしくて、そしてこころが安らいで、ずっとこうしたかった思いで頭がいっぱいになった。
「サスケは、……俺の事どこで知ったの。いつ?」
 変に誤魔化すよりも、きっと正直に打ち明けてしまったほうがいい。カカシもその方が腑に落ちるだろう。
「俺には、多分前世、の記憶がある。その中で、俺とカカシは恋仲だった。だから今も惹かれあってしまっているんだと思う。」
「前世……、で、俺とサスケが?」
 カカシは言葉を選びながら、それでも困惑を隠さなかった。何でも笑顔で受け入れてくれた記憶の中とカカシとは、全く同じというわけではなさそうだった。
「あんたも言ったろ、〝今度こそ〟って。前世の記憶の中で俺は、俺の道を歩むことになって、カカシのそばから何も言わずに立ち去った。でも今世でもそれは変わらない。卒業したら、こういう関係は終わる。絶対に離さない、なんて事はできない。」
 カカシは黙って繋いだ手を握りしめた。
「卒業後も会う事はできる、んじゃないの。在学中だけだなんて、それじゃあその記憶をそのままなぞるだけじゃない。俺の中で強く感じているんだ、図書室で言ったことは。そんな悔いはもう残したくない。」
 カカシの顔を見上げた。真剣な目で俺を見つめている。でも俺は、兄さんと同じように自衛官になると決めた。なった後は、どこかの駐屯地か船に配属されるだろう。物理的な距離はどうにもならない。俺たちの先には、別れ以外何もない。
「……だから避けていたんだ。はじめからそんな関係にならなければ別れを惜しんだり悔やんだりすることもないから。」
「待って、卒業しても会うことは出来るでしょ?」
「俺は自衛官になる。そのための学校も全寮制だし、自衛官になってからも変わらない。会えるとしても月に一回あるかどうか。配属先によっては、会うこともままならない。だから絶対に離さない、なんて出来ない。」
 カカシは納得いかない風だった。
「会えなくても、連絡は取り合えるでしょ? それじゃあ、駄目なの? 別れなくたってつながり続けることは出来る、だから別れるなんて言わないでよ。」
 連絡だけ……取り合ったとしても会えないことには変わりない。会えない期間が長くなればきっと気持ちも冷めていく。
「俺はお前が抱きしめ返してくれたときにこころに決めた、もう絶対に離さないって。自衛官になる夢は素晴らしいし応援したい。夢が叶った後もサスケのこころの支えになり続けたい。俺たちの未来に、別れなんてない。自衛官になった人達も結婚したり子どもを作ったりしてるんだから、俺たちだって。」
 カカシは納得いかないと食い下がる。そういう未来もあるのかもしれない。でもなってみないとわからない。心変わりするかもしれない。実際、記憶の中で俺は仲間だった女の子と結婚している。カカシではなく、その子の方が大切だと判断した。
 今のところ、彼女の存在はまだ確認できていないけど、きっと俺の人生のどこかで巡り会うだろう。
「記憶の中で俺は、あんたではなく俺を好いてくれた女性と結婚した。だから……」
「絶対に前世の通りになるわけじゃないでしょ、それなら今生きている意味がない。前世と今のサスケは違う。俺はサスケを諦めないし別れるつもりもない。」
 ……記憶の中の俺が、このカカシの言葉を聞いていたら、違う道を選んでいただろうか。あの俺は、強い意志を持って里から離れた。未練を残さないために全てを捨てた。だからきっと、カカシの思いを知ったところで選択肢は変わらなかった。
 今の俺は……。
 カカシの言葉は嬉しい、けどどんなにカカシが想ってくれていても、俺は同じだけの気持ちを返せるのかわからない。出来ることなら俺もカカシと別れたくはなかった。
「それが叶うのなら……ずっと一緒にいたい。でもこの先どうなるのか、本当にわからない。結婚した女性が目の前に現れたときどう思うのかもわからない。それでもあんたは、俺との関係を続けたいと思うのか? 俺が心変わりするかもしれないのに。物理的に離れた場所へ行くのに。」
 カカシはなおも真剣に頷いた。
「心変わりは、やむを得ないと思う。でもそうならない限りはサスケのそばにいたい。離れてしまっても、こころまで離れるとは思ってない。」
 カカシはカカシだ、と思ったけれど、少し違うみたいだった。記憶の中のカカシはこんなに喋ることはなかった。
 記憶と今は違う、カカシの言う通りかもしれない。
 兄さんに諭されて前を向いた俺のように、カカシもまた記憶通りにはならないのかもしれない。
 今隣にいるカカシはよく喋るけど、その分カカシの思っていることが伝わってきて、少し嬉しかった。