繰り返さない
示唆
特に大きな事件があるわけでもなく、夏休みが終わってまた学校に通い部活で汗を流す日々に戻ってきた。
地区大会優勝、県大会は2位、そして全国大会では5位……。一年生にしては十分凄い成績だよとカカシは頭に手を置いた。そんなカカシの中学生の頃の記録を聞いてみたら、全国3位。ただし、短距離ではなく走り幅跳び。でもなんだか負けた気分になる。6位だったナルトは次こそはサスケに勝ってやるからなと、全国大会というよりはライバルである俺にしか興味がないようだった。
クーラーボックスから半分凍ったペットボトルを出して差し出すサクラは相変わらず俺への好意を隠そうともせず、そしてサクラに好意を寄せるナルトには冷たい態度をとる。それを少し遠くから見守るカカシ。七班の時と変わらない光景。
中忍試験……にあたるのは高校受験だろうか? でもさすがにスリーマンセルで受験とはならないだろう。ナルトは運動は出来るが勉強はからっきしだ。サクラは頭がいいからもしかしたら同じ高校を志望するかもしれない。
そうなったら、日中はカカシと会えない代わりにサクラが近くにいる状況になる。記憶の中で結婚した相手であるサクラと、俺は仲を深めることになるのだろうか? そうなったらカカシは……。
心変わりは仕方がない、と言っていたけど絶対に離さないと言ったカカシが簡単に諦めるとも思えない。
……まあ、まだ2年以上先のことだし、あまり考えても意味はないか。
今はカカシと一緒にいられる時間を大切にしたかった。家に帰って、勉強をしながらカカシが訪れるのを待つ日々。ノックの音に胸を躍らせて玄関の鍵を開けたら抱きしめられる。「会いたかった」と言うカカシに「部活で会ったじゃねえか」って笑って、キスをして、くだらない話をしながら隣り合って座って。
そんな生活が幸せだったし、ずっと続けばいいと思っていた。
中学生を狙う不審者が現れるまでは。
まさか、と思ったらそのまさかだった。目撃情報から割り出されたその不審者のイラストの風貌は大蛇丸によく似ていた。同じクラスのある生徒は「多分誰かを探してるんだと思う」と口にした。夜外を歩いていると向かいからやってきたそいつはいきなり顎を掴んでその顔をまじまじと見てから「違う……」と去っていったらしい。
同じ市内の他校で学校から家に向かっていたはずの生徒が行方不明になって警察が探している、とカカシは語った。生徒には知らされていない情報。不審者との関連はわからない。でも他校とはいえ市内だ、その内うちの学校でも噂は広がるだろう。記憶と同じであれば、大蛇丸が探してるのはきっと俺だ。でも、今の俺は写輪眼があるわけでもない普通の男子生徒で、攫われる謂れなんてない。
顔を確認している、ということは、明確に誰かを探しているんだろう。それも1人でなく、何人も。
その行方不明になった他校の生徒の写真と思われるものが、交番に貼られているのを見つけた。キリッとした顔の女子生徒。……どこかで、見たことがあるような……そうだ、木の葉崩しの後俺の前に現れた、音忍の一人によく似ている。……かつての仲間を集めているのか?
カカシは俺を心配して、部活が終わった後必ず一緒に帰るようになった。二人でいれば、多分安全だからと。でもその目論見は外れた。大蛇丸にそっくりのそいつは俺たちの前に堂々と現れて、カカシはスマホで110番に電話をかけながら俺とそいつの間に立った。
そいつは俺の顔を認めた瞬間にいっと笑って「見つけた」と口にする。
てっきり進学のタイミングで俺とカカシは別れるものだと思っていた。大蛇丸みたいな奴が現れるなんて想定もしていなかった。こいつは何をしでかすのかわからない、警戒しなければいけない相手。襲って来ようものなら返り討ちにするとばかりにカカシはカバンを地面に放り出して腕を構えた。
「誰を探してるのか知らないけど、サスケには手を出させないよ。」
大蛇丸は笑いながらカカシではなく俺を見続ける。
「あなた、その顔……〝持ってる〟のね?〝過去の記憶〟を。」
そう言われて、俺も身構えた。かつての仲間ではなく、記憶がある生徒を集めている……?
「私に対するその目、表情……ふふ、やっぱり〝ある〟のね。」
何考えてるのか全くわからない。何をするつもりなんだ。この状況で俺を攫うつもりか?
「あなたには今は手出しはしないわ。でもこれだけは言っておくわよ。望んだ夢を見る事ができる……そんな研究に興味はないかしら。そう、たとえば記憶の中で、そのまま記憶をやり直す夢だって見られる。」
……兄さんが、事件を起こさずに済むような、そんな夢を見られるとでも? でも所詮夢だ、過去は変えられない。そんな言葉に乗るほど今の俺は過去に縛られてはいない。
「不老不死ではなく今は夢の研究か、熱心な事だな。悪いが興味ない。他を当たれ。」
「……まぁ、ゆっくり考えてみることね。あなたは私の所へ来る事になる。〝記憶〟と同じよう……」
薄気味悪いその言葉は、叫びながら駆け込んできたナルトによって中断された。
バキ、と鈍い音がして、どさ、と大蛇丸が道に倒れる。上がった息のままその大蛇丸を殴り飛ばしたナルトが、「てめぇサスケをどうするつもりだ!!」と叫んで、カカシは大蛇丸に駆け寄りその両腕をネクタイで縛り上げた。少しして、自転車でやってきた警察官2人。更にパトカーが2台。辺りは騒然とした。
警察官が後ろ手を掴んで何か言った後、パトカーの後部座席に大蛇丸を追いやる。カカシとナルトは事情聴取を受けて、俺も事情を聞かれた。
「意味のわからないことばかり言っていた、夢がどうとか、……。」
呆気なく捕まったこの大蛇丸が本物だとは思えない。とはいえ今の時代に変わり身だとか分身だとかは使えないはずだ。……こいつが捕まって終わり、にはきっとならない。木の葉崩しを企てたあの大蛇丸が。
カカシに記憶の中の出来事を話して、しばらくはまだ一緒に帰ることになった。それから、二週間くらい経って、都心でテロが起きたとニュースになった。テロといっても、被害者は何かのガスを吸い込んで眠っただけだ。ただ、もしこれが猛毒だったら数百人の命に関わったかもしれないと、ニュースでは重く受け止められていた。そして、関連性が疑われると紹介されたのは自分の望む夢を見させてくれるのだと触れ回って信者を集めているという宗教団体。その代表で教組として映し出されたのはダンゾウの顔だった。
それからまたしばらくして、自衛隊がその宗教団体のアジトを制圧して教祖を確保したニュースが流れた。アジトには強い催眠剤を大量に作る設備が整っていて、もしそれが使われていたら、とかなりの期間テレビや新聞はその話題ばかり取り上げていた。
……多分、終わった、んだと思う。教祖が捕まったのなら。木の葉崩しのような事を、きっと企てていたんだろう。でも大蛇丸の存在がニュースに出てこないのが気になった。なぜダンゾウが今……?
わからない、けど、行方不明になっていた生徒が教団の中で見つかったともわかって、大蛇丸がかつての仲間、もしくは〝記憶〟がある子どもを集めて何かを企てていることは多分間違いなさそうだった。
自衛隊が制圧したと聞いて兄さんのことが心配になった。だけど、まだ学生の身だから現場に行くことはないはずだ。ただ、自衛隊という存在が、何のためにあって、どんな任務をするのか、その一端を知ることが出来たとは思う。その末端に、俺もいずれ行くことになる。国を護るあの組織の中に。
カカシは大蛇丸が俺を狙っていたのを口実にして、教祖が捕まるまでずっと俺に付き添い続けていた。
それも、自衛隊のおかげで解決したからもう一緒に帰ることはできない。
「いいこと、なんだけどね。やっぱり寂しいよ。」
記憶をなぞるように現れた大蛇丸、ということは、この先の人生で、他にも同じようなことが起きるのかもしれない。……忍界大戦も。
流石に死んだ人が生き返るなんてことはないだろう。とはいえ、うちはマダラの月の眼計画を、誰かがもしかしたら今密かに準備しているのかもしれない。大蛇丸が関わっていたと思われるあの宗教団体が用意していたのが催眠剤というのも気にかかる。望む夢を見られるという話も。
カカシに全て話しておくべきだろうか。首謀者の一人であるうちはオビトという人物は、カカシの左目の持ち主で、そしてカカシの友達だったはずだ。
「聞いても、いいか。」
「……何?」
「今のあんたのその左眼、中身は義眼か?」
「ああ、……うん。そう、義眼が入ってる。ないと窪んじゃうからね、一応。」
「事故、か?」
「うん、そんな感じ。……サスケの記憶の中では、どうだったの?」
カカシは、語りたくない風だった。思い出したくないんだろうか。
「オビト、っていう友達が、目に傷を負って視界が狭くなっていたあんたを庇って、岩の下敷きになった。オビトは自分はもう助からないからと、自分の左眼をカカシに託した。だから、記憶の中のあんたは、その傷の奥にオビトの左眼を持っていた。」
カカシは静かに左目の閉じられた瞼に触れる。
「そっか……オビトも、その記憶と変わらないんだね。この左眼は義眼だけど……俺を庇ったのは同じだ。ただ違うのは、オビトは今も元気だってとこかな。」
「……生きてるんだな、そのオビトは今どうしてるんだ?」
「児童福祉施設で、孤児の面倒見る仕事してるよ。どんな生まれでも、子どもは夢を持てないと。そしてその夢を叶えてあげないと。それが今の俺の役目だと思う。ってね。」
……俺の記憶とは全然違う。
大蛇丸が示唆したように、もしかしたら記憶を持っている人は意外といるんだろうか。そしてうちはオビトも記憶を繰り返さないように今を生きているんだろうか。……ひょっとしたら、兄さんも……?
「カカシ、オビトは今どこで? 一度会ってみたい。」
「同じ市内だよ、今は俺と同じ公務員。ただ夜勤もあって休みが不規則だからなかなかアポ取れないんだよね。職業見学の体で行ってみる?」
「……出来るのなら。」
「ん、明日学校で手続きしてみるね。」
兄さんとオビトにも、記憶があるのだとしたら共通するのはうちは一族の人間という点。
でもそれなら父さんや母さんも自らの死を回避する事ができたはずだ。
それにうちはじゃない大蛇丸の存在がある。
大蛇丸に攫われた、あの音忍だった彼女ももしかしたら、記憶があったのかもしれない。
大蛇丸という存在が現れた以上、木葉崩しのような事件が起きた以上、きっと忍界大戦も起きる。あの大戦は避けなければいけない。単に俺個人の記憶の悔いがどうとかいう問題じゃなくなってきた。この世界であの大戦が起きたらそれはきっと、第三次世界大戦になる。
それを回避出来るのは、記憶がある人間しかいない。その記憶を持っている可能性が高い人物……オビトに会いに行かなければ。
翌週の土曜日、カカシと児童福祉施設に足を運んでいた。そこはナルトが育った施設だった。入り口のすぐ横にある相談室と書かれた部屋に案内されて、一緒に入ってきた、顔の右側にケロイドの痕がある男性が椅子に座るよう促す。
「よ、久々。調子はどう?」
カカシは朗らかに声をかけたが、その人、オビトは俺の方を見て真剣な顔つきで口を開いた。
「来る頃かな、と思っていた。サスケ君、君にも記憶があるね?」
カカシを無視して出てきた第一声に緊張する。なぜ俺が来ると思ったんだ? 最初に記憶について触れたのはなぜ?
「カカシもサスケ君を連れてきたからには巻き込ませてもらうよ。大蛇丸にはもう会ったか。」
「……なんで大蛇丸のことを?」
「あいつはこっち側の人間だ、安心しろ。先日のテロはニュースか新聞で見ているね?」
「それは、まぁ。大きい事件だったから。」
「あれは大蛇丸の手引きだ。記憶がある人間に対する注意喚起の為に起こした。」
「注意喚起……って、どういう意味ですか……?」
「今まで生きてきて、思っただろう。〝記憶をなぞるかのように色んな出来事が起きる〟と。その通りなんだ。だから数年後に忍界大戦と同じような事が恐らく起きる。」
ニュースを見てそれは思った……そうか、記憶がある人間なら誰しもあの大戦を想起させるようなテロだった。わざとそれを起こしてまで、注意喚起をした理由はあの大戦を繰り返さないため?
「ただ、記憶の通りに全てが運ぶわけじゃない。君の兄であるイタチは話し合いで両親を止めてクーデターは起きなかった。ただ、両親の死という運命までは干渉できなかったようだが。俺もカカシを庇って命を落とす寸前でうちはマダラに助けられるはずだったが、怪我だけで済んでいるし、誘拐され……命を落とすはずだったリンも助ける事ができた。変えようと思えば記憶の運命は変えられる。」
カカシが前のめりになる。
「待って、記憶ではリンまで死んでたってこと?」
「そう。カカシ、お前がやむを得ずリンを殺した。だが今はちゃんと生きているだろ。変えられるんだ、記憶の運命は。」
俺もまた、前のめりになっていた。
「父さんと母さんがクーデターを起こそうとしていたって、本当にそんなことが? だって、俺の前ではそんな素振り一度も……。」
「イタチが自ら語ったんだ、事実だろう。そしてイタチはかつてのうちは一族が木の葉警備隊だった事から、警察か自衛隊に入れば同胞がたくさんいるはずだと、防衛大学に進学した。」
はじめて聞く兄さんの話を、すんなりと受け入れるのは難しかった。自衛隊を志したのもそんな理由だったなんて。でも、うちはの名を持つ人が沢山いるからって写輪眼は使えない。他にも何か理由があるはずだ。