繰り返さない
俺にできること
2時間ほどでその町に着いた。ナビに従って走らせ、少し大きい四角い建物が見えてくる。
「あそこだ。」
うちはマダラがいる、と思うと緊張する。隣には今ナルトはいないが、カカシがいる。大丈夫だ。
広い駐車場の、建物の入り口近くに車が停まった。役所だけではなく、福祉施設なんかも入っている複合型施設のようだった。カカシがその中を先陣を切って歩き、二階に向かう階段を登る。市政課と書かれたプレートの下にあるカウンターに、俺から話をするよう背中を押した。
「町長は居られますか。」
職員はよくわからない顔をしながら、「アポはありますか?」と聞いてくる。
「ありません、けど、うちはイズナが会いにきたとお伝え下さい。」
よくわからない顔をしたまま、デスクに戻っていって受話器を上げる。少し何かを話した後、カウンターから出てきて「こちらへ」とさらに階段を上がった。
着いていった先にあった「町長室」のプレート。職員がノックをして「先程のお客様です」と声をかけて扉を開ける。職員が来るのはそこまでらしい。中に入るよう促されて俺たちは部屋の中に入った。
執務用の机には誰も座っていない。室内を見回すと、西側の窓辺に立って外を眺めているその人がいた。……うちはマダラ。
「イズナの名を出す阿呆は誰かと思ったら、お前か。小僧。」
その声は穏やかだった。イズナを騙った事に対して怒るつもりはないらしい。
「尋ねたい事があって会いに……来ました。あなたは記憶のうちはマダラと同じ人物ですか。」
「……ふ、公安やら自衛隊の犬がチョロチョロとしているかと思えば、お前は直接会いに来たわけか。うちはサスケ。」
俺の名を知っている。つまり記憶がある。あのうちはマダラ本人である事は間違いない。
「それで、何が聞きたい? どんな解を望む。言ってみろ。わざわざここまで来たからには応えてやる。」
「……あなたは記憶と同じように、世界に影響を与えるつもりがあるのか。」
マダラは窓の外を見たまま暫く口を開かなかった。その、窓の外を見る目が、何故だろう。寂しそうに見えた。
「記憶、俺には色々な記憶がある。だが、うちはサスケが尋ねたい記憶であれば、恐らく月の眼計画の事だろう。逆に尋ねる。あの計画は、無限月詠が発動した後、世界はどうなった。それを知る前に俺は死んだ。答えて貰う。その代わりに俺も答えよう。」
「俺とナルトが共に、世界を元に戻していった。その後はそれまでと変わらない、平和な日々に戻った。」
……大筒木一族のことは触れないでおこう。
「あなたの答えは何だ。」
マダラは窓の外から俺に視線を移す。その顔は普通の人間と変わらなかった。あの強烈なプレッシャーもなければ、野望に燃える目もない。
「俺は世界に対してどうこうするつもりはない。何故だか俺だけがまた生を受けた。あの時生き返ったからだろうか。しかし一度目の生で俺は生前の悔いを、もう全て晴らした。……柱間がいて、イズナも死なずに共に街を再建し、発展したその街を眺めながら、大切な友と弟と共に一生を全うした。何の悔いもない。……なのに俺だけが今ここにいる。柱間を真似て町の長になってはみたが、かつての友も家族も、今はもういない。前の生で俺のしたいことは全てやり終えている。今はただ、独りで目的もなく生きているだけだ。」
うちはマダラは、敵じゃない……! 大戦を起こすのはマダラじゃない、別の何かだ。
「記憶に沿うように出来事が起こる、それを前の生で味わったはずだ。」
「お前が言いたいことはわかる。忍界大戦と同じような出来事もまた起こると言いたいのだろう。だが今の俺はただの小さい町の長に過ぎん。」
「あなたが仕掛けないのであれば、別の誰かが仕掛ける。あの大戦がまた起きれば、この町だってただでは済まない。」
「……戦が起きぬよう協力しろと?」
「その為に、記憶がある者たちが集って協力し始めている。」
「成程な、それで公安や自衛隊が俺を嗅ぎ回っているわけか。」
「……何故、それがわかるんですか。」
「ふ、戦を知り尽くした俺が、奴らの気配に気付かんとでも思ったか? 世が世なら全員殺してやるところだが、……今はその世ではない。俺を見張ろうが嗅ぎ回ろうが何も出はしない。」
「俺はあなたにも協力して欲しい。……戦争が起こらないように。あなたが仲間になれば士気も上がるだろうし、何よりあの戦を仕組んだ張本人だ。誰がどう企んで動いているのか、あなたなら想像がつくんじゃないか。」
「……俺の言葉を奴等が簡単に信用すると思うのか? 青いな。協力を申し出たとて俺がどう扱われるかは容易に想像できる。貴様らに協力するつもりはない。」
「なら、大戦が起きるのを見過ごすって言うのか?」
「……大戦、……大戦、か。起こりうるとすればロシア、中国辺りだろう。あのレベルの戦となると第三次世界大戦、になるかもしれんな。
前の生で戦後の何もなくなった街を見た。同じ事を繰り返してはならんと語った柱間に俺は同調した。……今、俺の隣に柱間はいない。イズナもまたいない。しかし柱間の言葉は俺の中にまだ残っている。」
「それって、つまり協力を……?」
「協力なぞしない。俺は俺のやり方で戦を止めよう。その邪魔になるようならちょろついている自衛隊の奴等は殺す。……と、仲間とやらに伝えておけ。」
「待って、下さい。それにはあなたが敵ではない事を仲間に説明する根拠が必要です。」
マダラは踵を返して執務机に向かった。ギシ、と椅子に座りペン先にインクをつけ何かを書き始める。そして最後に、親指を朱肉に押し付け、その紙にその指をまた押し付けた。
指をティッシュで拭き取り、ゴミ箱にティッシュを捨てて3枚にわたる紙を俺に差し出す。
……達筆すぎて何が書いてあるのかよくわからない。
けど、これがきっとマダラが敵じゃないことの証明になるはずだ。
「はは、読めんか、読めんだろうな。わざと崩字で書いた。説明してやろう。俺が戦を止める。邪魔をする奴は容赦なく殺す。要約するとそういう内容だ。」
その説明をするマダラの顔は、まるで戦いを愉しんでいる時のあの表情。窓の外を寂しげに見ていた目ではない、活き活きとした燃える瞳。
マダラが〝戦を防ぐ〟為に本気になった……つまり、そういうことになる。それは物凄く心強い事なんじゃないのか。
ただ敵なのか、味方なのか確かめたかった、そのために来たのにこんなに大きな成果が出るなんて。
「……見たところ、中坊か。……青いな。まあ、だからこそ俺に直談判なんぞしようと思えたのだろう。このうちはマダラに生きる目的を持ち込んだからには〝今度こそ〟成功させてやる。自衛隊の犬共にはよく伝えておけ。くれぐれも俺の邪魔はしないようにとな。……用件は終わりだ、去れ。」
鋭い眼差しに、思わず一歩、後ろに下がっていた。
「ありがとう、ございました。」
カカシが扉を開けていた。その向こうに早足で通り抜ける。後ろで扉が閉まった音がして、俺の肩に大きな手が乗った。
「……来てよかった、で良いんだよね。協力はしない、けど何らかの働きかけはしてくれる、って事だから。」
階段を降りながら、カカシに話す。
「ああ、早くオビトたちに伝えないと。……暗号、ってカカシからも送れるのか?」
「あー……と、そうするまでもないみたいだよ。」
市民課の前を歩きながらそう言うカカシに疑問符が浮かぶ。
「マダラは公安や自衛隊がちょろついてるって言ってたでしょ。まさにその人達が俺たちをお迎えしてくれるみたいだ。」
駐車場に出ると、車の傍に誰かがいる。
どこにでもいそうな、着崩したスーツ姿の男の人。
カカシが運転席側に回ると、その人はカカシに話しかけた。
「公安の者です。確認したい事があります。私の指示に従って運転して下さい。」
「……公安の人っていう証明は?」
その人は胸ポケットから手帳のようなものを取り出して、カカシに見せた。
「公安と自衛隊ってどの程度情報交換できてるの?」
「詳しくは車の中でお話しします。」
公安の男性が助手席に座って、俺は後部座席の真ん中で二人の様子を見ることにした。
「自衛隊は基本有事の際にしか動けません。そうでない時には公安の者が動きます。さっきあなた方が会った相手は重要人物につき、自衛隊の情報収集部隊と公安で密かに見張りと情報収集を続けてきました。その為、何の話をしたのかお聞きしたい。そこの角を左へ。」
「密かにって言っても本人には筒抜けのようでしたけど。公安や自衛隊がそんなんで大丈夫なんです?」
「それも想定はしていました。二つ目の目的は自分がマークされている事を知らしめる事です。常に我々が見張っていれば迂闊なことはなかなか出来ないだろう、という希望的観測ですが、実際に何かがあればこうしてすぐに動く事ができるというわけです。この信号を左へ。」
のどかな畑や田んぼばかりの道を走っていくと、民家が見えた。その駐車場に車を停めるように指示されてカカシはそのように駐車する。
車から出ると、その民家に入るように言われた。玄関はごく普通の家だったけど、扉を開けて部屋に入ると普通でない光景だった。
よくわからない機械、ノートパソコン4台、モニターがたくさん。そのモニターには、さっきまでいた町長室を覗き見えるものもある。つまり、俺たちが会いに行ったことは一目瞭然で、マダラが見つめていた先はもしかしたらこのカメラだったのかもしれない。
「すみませんね、ごちゃごちゃしていて。こちらへどうぞ。」
ダイニングキッチンにあたる部屋には、そういう機械はあまりないようだった。でも、部屋にはいくつもカメラがついていて隠し事は出来なさそうだ。
椅子に腰掛けてその人が座るのを待とう、としたら、その人とはまた違う人が来て向かいに座った。
「はじめまして、うちはサスケくん。と、はたけカカシさん。オビトから話は聞いています。俺はうちはシスイ、自衛隊別班第七部隊隊長です。」
短い少し癖っ毛のその人は、兄さんよりも少し年上のようだった。うちはシスイ、記憶を持つ1人の名前。
「はじめまして、ええと……」
「お手柔らかにお願いします。」
シスイは人の良さそうな顔の好青年だった。20代前半? 若そう、なのに隊長、ということは、よほど優秀なんだろうか。
「オビトが俺の立場だったら君ら二人はゲンコツを食らっていただろう、マダラの脅威を思い出したはずなのに直接会いに来るなんて頭がおかしいのかと思うのは仕方がない話だ。が、俺たちには出来ない勇気ある行動でもある。どんな話をしたのか、詳細に教えてくれるね?」
そうなるだろうな、と思って話した内容を口にしようとしたら、カカシが先に言った。
「ボイスレコーダー、全部記録してあります。これをシスイさん、あなたに預けます。」
そんな物、用意してたのか……流石カカシだ。
机の上にコト、とそれを置いて、シスイはそれを手に取った。
「感謝します。今この場で聞かせてもらいますが、構いませんね?」
「お好きにどうぞ……その代わり、この内容はちゃんとあなたのお仲間にもしっかり伝えて下さいね。」
シスイは頷いて、再生ボタンを押した。何分かして、聞き終わったシスイに預かった3枚の手紙を差し出す。
「拝啓、仲間とやら…………」
あの字がシスイには読めるらしい、ただすらすらと、という訳ではないようで顎に手を添えながら真剣に手紙の文字を指でなぞりながらメモを取っていた。
「まるで……第二次世界大戦中に兵士が家族へ宛てて書いた手紙のような文体だ。しかし、概ね最後にマダラが言った通りの内容、その考えに至るまでの理由の部分が丁寧に書かれている。……俺の一存では判断出来ないが、これは信じても良さそうな……。」
シスイは手紙から俺に視線を移した。
「オビトは怒るだろうが、君の勇気ある行動に感謝する。……マダラは脅威ではない、と判断出来そうだ。では誰が大戦を再現するか、という新たな課題は増えたが、恐らく黒ゼツにあたる人物がマダラの近くにいるはずだ。」
「マダラの監視は続ける、という意味ですか?」
「……そういう事になる。後は俺たちに任せて欲しい。君達がこれ以上動くのは危険だ。この手紙も預からせて貰いますが、構いませんね。」
シスイは、穏やかそうには見えるが感じるプレッシャーは強かった。この人も、きっと強い忍だったんだろう。万華鏡を開眼したくらいなんだから。有無を言わさない圧力に、俺は頷くしかなかった。
「その代わりに、あなた方二人の安全は守ります。なので安心して元の生活に戻って下さい。……いくら開眼者のひとりとはいえ、うちはサスケ君、あなたはまだ若い。この先は大人である我々の仕事です。」
マダラも動くと言った、シスイ達も。俺に出来ることは何もない。わかっている。
「お願いします、あの大戦を止めて下さい。」
「……もちろん、そのつもりです。」