金曜の約束
信用
サスケはスマホを手に迷っていた。
開いている画面はまだひとつもメッセージのないまっさらなトーク画面。
カカシとLINEで繋がったものの、まだ何もやりとりがない。
今日は金曜日。
いつもならアプリで相手を探しているところだが、先週手痛い経験をしたので出会い系アプリは全部削除してしまっている。
残っている金蔓は、この男だけだ。
ただ……
はじめて夜見つかった時に俺を襲ったのもこの男だ。
先週何度もダメだやめろと言ったのに、挿入しようとしたのもこの男だ。
その後助けてもらったり悪かったと謝られたりしたものの、俺の知らないうちに鞄に発信機をつけるような奴だ。
そんな男を信用できるかというと疑問が残る。
顔を上げて、窓の外を見た。
まだ太陽は高く、部活動をしている奴らの賑やかな声が聞こえてくる。
カカシもまだ仕事中だろう。
サスケは一旦スマホを閉じて鞄にしまい、家に帰ることにした。
鍵のかかっていない扉を開き、中に入ると目に入ってくるのは薄っぺらい布団だけだ。
その布団で、俺はカカシに襲われた。
忌々しい記憶が残る布団を一度は捨てて買い直そうと思ったが、残念ながら布団一式買うだけのお金も惜しい経済状況だ。
蘇ってくる記憶に、思わず口を手で塞ぐ。
指を入れられて変な声が出たこと。
チンコを入れられて声を我慢する事しか出来なかったこと。
その時自分の身体は確かに快感を感じてしまっていたこと。
なすすべもなく好き勝手されたこと。
……その全てが忌々しい。
あいつは所詮、ヤる事しか考えていない最低な人間だ。
……でも、拉致された俺を追いかけてきて助けてくれた。
サスケはカカシにどう向き合ったらいいのかわからないままでいた。
約束を守ってくれるなら、頼ってもいいのではないかとも思う。
でも先週、生徒指導室で裏切られた。
とはいえ、アプリも消した今、今後の収入源になりうるのは、今のところあの男だけだった。
……背に腹は変えられない。
サスケはスマホを取り出すと、まっさらなトーク画面に「約束しろ」と一言、メッセージを送った。
職員室でテストの答案に丸をつけていたカカシは、通知を知らせる音に敏感に反応していた。
すぐにスマホを手に取り、トーク画面を確認する。
……『約束しろ』……、
……カカシは『約束する』とだけ打ち込み、送信した。約束の中身が何なのかはわからないが、今はサスケの信用を少しでも回復させる方が重要だ。
しばらくトーク画面を見つめていたが、サスケからのメッセージはなかなか届かない。
スマホをデスクの傍に置いて、答案の続きに目を通し始めたところで、また通知が鳴った。
『オプションは変更する。ハグ、キス、手コキ、フェラ、ごっくんだけだ。それ以外の事をしたら、もう二度と学校の外では会わないし、学校でも二人きりにはならない。』
……サスケの肌に直接触れるようなオプションは、全てなくなっている。
でも、やむを得ない。出来心でサスケを裏切ったのは俺だし、そもそも最初に夜サスケを見つけた日に、無理矢理サスケを襲ったのも俺だ。
それでも俺を頼ってこうしてLINEを送ってきてくれたんだ。文句を言う筋合いはない。
『わかった。約束する。』
俺はこれだけ打ち込んで送信した。
俺を信じてくれるかどうかは、サスケ次第だ。
返事を待つしかない。
答案用紙に目を移し、答え合わせの作業に戻った。
時間は十六時過ぎ。答案が終わったら明日の授業の準備がある。サスケからいつ返事が来るかもわからないし、今日は早めに終わらせたい。
そう思っていたけれど、その後仕事を終えて家に帰るまで、LINEの通知が鳴ることはなかった。
……信用、回復できなかったかなぁ。
部屋のソファでひとり、ため息をつく。
でもそうなると、サスケがお金を得るために次に何をし始めるかが心配だった。
出会い系アプリにはきっともう懲りたはずだ。
だとしたら……もしかしたら……ナンパ待ち、もとい、立ちんぼを、するかもしれない。……そんなこと、出会い系サイトよりもよっぽど危険だ。
サスケがこういうことをするのは大抵金曜日。
そう、金曜日。今日だ。
時計を見る。十八時半。
……何やってんだ俺、家でくつろいでる場合じゃないだろ。
急いで靴を履いて、いつもサスケが待ち合わせに使っている、駅前の噴水に向かった。
サスケは頬杖をつきながらいつものコンビニのイートインスペースにいた。アプリは消したものの、ついいつもの癖で足を運んでしまっている。
右手に持ったスマホでカカシのLINEを見る。
『約束する』
この言葉、信じていいのだろうか。
相談する相手もいない。
『今日、十九時に噴水前で』
打ち込んだものの、送信ボタンを押せずそのまま二時間経っている。
アプリが使えない今、頼れるのはカカシしかいない。
カカシしかいないけど、約束すると言われたとはいえ、……油断したらすぐ挿れようとしてくるカカシにはできるだけ頼りたくない。
ジレンマを抱えたまま、勉強に身も入らず、ぼうっと外の様子を見ていた。
その風景の中に、見覚えのある銀髪が入ってくる。
……カカシ?
LINEを開いた。送信ボタンは押していない。じゃあ、何でここに?
カカシは誰かを探している風だった。
もしかして、俺がまたアプリを使ってるとでも思っているんだろうか。
……それにしては。
今までは飄々と俺の前に現れていた。……あんなに必死で探している感じじゃなかった。
……発信機で俺を追えなくなったから、か?
しかしカカシはキョロキョロと探すにとどまらず、道ゆく人にまで声をかけ始める始末。……恥ずかしくないのか、こいつ。
サスケはため息をついて鞄を持ち、イートインスペースを後にする。
「背丈はこれくらいで、黒髪に黒い目で……」
通行人の足を止めて早口で捲し立てるカカシの後ろ襟を、
背伸びして後ろからぐいっと引っ張る。
「っ!? なに、え?」
突然のことに動揺するカカシに、サスケは心底呆れた顔をした。
「ッサスケ‼ ……っ!」
カカシはとっさに抱きしめようとするが、その手はぴたと止まる。俺から触れちゃダメだ。
「なんでお前ここにいる? 何をしようとしてた?」
「るっせぇ黙れちょっとこっち来い」
サスケはいつか来たラブホまでカカシを引っ張って行き、部屋の中に入る。
「…ちょ……、サスケ? ここに来たってことはその…いいのか?」
「るせぇ。公衆の面前でできる話じゃねえだろ……何であんな取り乱してたんだ、あんたらしくねぇ。」
「……LINEに、返信なかったから……。また別の男と会おうとしてるのかと思って。」
面食らった。カカシも俺のことを信用出来ていないらしかった。
「……さすがにもうアプリは使わねぇよ。」
カカシはその言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす。
……が、新たな疑問が湧いてくる。
「じゃあ、なんで今日俺呼んでくれなかったの。何であそこにいたの。」
送信ボタンを押せなかったLINE。結局のところ、その原因はカカシだ。
「……それは自分の胸に聞け。あそこにいたのは、――いつも勉強してる場所だからだ。」
……嘘は、ついてない。
何となく足を運んだだけで、新しく誰かに会おうとは思っていなかった。
「……勉強なら、俺が教えるのに……」
「生徒指導室で二人きりになった時あんた何した? そんな奴に教えてもらおうなんて思うわけねえだろ。」
「……返す言葉もありません。」
しおらしくしゅんとしているカカシを見るのははじめてだった。反省……しているらしい。
「……わかってるだろうな、約束を破ったら……」
「わかってる。……俺が悪かった。……俺はサスケにも気持ち良くなって欲しかったんだ。…でも、サスケはそれは嫌だったんだよね。」
「……わかってるなら、……いい。……それで、」
サスケはベッドに腰掛ける。
「で、今日は何する。」
サスケの黒い目にじっと見つめられると心臓が高鳴る。
……ああ、サスケとまたやりたい……。
……カカシは静かに「俺は、馬鹿か」と自分を戒めて、「オプション全乗せで」とサスケに伝えた。
ベッドに座って、サスケを後ろから抱きしめる。髪の毛から香るシャンプーの匂い。細い身体。温かい体温。
服の中に手を入れたい気持ちをこらえる。
「オプション、何回してもいいんだよね?」
サスケは少し考えてから、「いい」と答えた。
髪の毛に鼻を埋めて匂いを嗅ぎながら「サスケはさ」と問いかける。
「サスケはなんで自分が気持ち良くなるの嫌なの?」
サスケは後ろから抱きしめられながら心地いいと感じてしまう自分が嫌だった。嫌悪感はないが、落ち着かない。
「そもそも、こういう事は好きじゃない。金のためにやってるだけだ。さっさと満足させて終わりたい。」
……嫌なのに、ずっと続けてきたの? お金のために?
「……なんか、始めるキッカケとかあったの?」
「んだよ、また尋問か?」
「サスケのこと、知りたいだけ」
「………………」
サスケは黙ってしまう。
……答えにくいこと、聞いちゃっただろうか。
そのまま、サスケを抱きしめ続けていると、その重い口が開かれた。
「……電車、乗ってて……駅着いてトイレ行ったら、多目的トイレに連れ込まれて………」
っだめだこれは、聞いたらダメなやつだ。
「待って、わかった、わかったもういい。ごめん、変なこと聞いて。」
「……終わった後に、お札何枚か渡されて、ああこれ、金になるんだって。」
何をどこまでされたのか気になった。でも、そんなこと聞いてどうする。ただの好奇心で聞けるほど軽い話じゃない。
「金があれば、諦めてた大学に行ける。だから」
「もういい、サスケ、わかったから……。」
「……今までのおっさんも、あんたもただの金蔓だ。それ以上でもそれ以下でもない。」
淡々と喋るサスケを強く抱き締める。
「……サスケ、こっち向いて」
サスケがゆっくりと振り向いた。
カカシはサスケの頬に手を添えてキスをする。
触れるだけのキスから、舌を差し込んで上顎に舌をそわせた後、サスケの舌に絡めた。
そうしてキスをしているうちに、サスケの顔が徐々に紅潮していく。
唇を離すと、サスケはまた前に向き直ったが、カカシはサスケの軽い体を持ち上げて、向かい合う形にした。
赤い顔でうつむくサスケの顎に手を添えて顔を上げると、もう一度キスをする。
キスだけでカカシのものはガチガチに固くなっていたが、サスケの話を聞いた直後に舐めてと言うのは躊躇われた。
しかしサスケは、盛り上がっているそこに気がつくと、ベルトとボタン、ファスナーを外してそれを取り出し、手で上下に扱きながら亀頭をぐるりとなめる。
「……っ、」
お金は渡すから無理にしなくていい、と言おうと思ったが、サスケにとってこれはお金を得るための対価。俺はただの金蔓。
濡れた音を出しながらサスケの頭が上下に揺れる。カカシにそれを止める権利はなかった。
「、サスケ、…っ出そう、飲んでくれる?」
サスケはコク、と頷くとジュボ、ジュボと音を立てながらその動きを早くする。
「っ、いく、……っ!」
カカシの腰がビク、と揺れて、サスケの口内に勢いよく精液を放った。
すべて出しきると、サスケはそれをごくりと飲み込む。
「サスケ……」
カカシがサスケの頭に手を添えて、キスをする。
「っ飲んだばっかだから……」
「いい。俺がしたいの。」
ちゅ、ちゅ、とついばむようなキス。次第に舌を絡めて、お互いに求め合うキスに変わる。……サスケは、カカシとのキスだけは好き……らしかった。
唇を離すと、やっぱり顔は赤く染まっていて、はぁっと熱い吐息を漏らす。
その姿を見るだけで勃ちそうになるが、カカシは戒めのために「……今日は、ここまで。」と財布を取り出す。
サスケは黙って差し出されたお金を受け取るが、その枚数を見て「今日はデート、こんなにしてねえぞ」と一万円をカカシに返そうとする。
「いいの、俺の気持ち。受け取って。」
言いながら、サスケにお金を押し返し、財布をスラックスの後ろのポケットに入れた。
「次はさ、ちゃんと俺呼んでくれる?」
「……わかってる、通行人に迷惑振りまかれるのは嫌だからな」
「LINEくれたらそんなこともうしないよ。」
「……ふん」
歓楽街を抜けて、駅前に着く。
サスケは立ち止まって「じゃあ……」と言いかけるが、カカシは首を横に振った。
「だめ、家まで送って行く」
「……は?」
「あと、これからはドアにはちゃんと鍵かけなさい。」
「……今更教師面か?」
「心配なの。先週あんな目に遭ったのにまだわかんない?」
先週……まだ思い出すだけで、身体が震えそうになる。
「………わかったよ。」
サスケはカカシの言葉に素直に従って、家に向けて歩き始めた。