約束

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成人向,中編,現代パロ,カカサス小説エロ,モブサス描写有,暴力的描写有

 カカシの部署に何故か新入社員が三人、一ヶ月の研修に来た。
 総務部長に確認するが、総合職採用だから全ての部署を一通り経験させる、と言われて頭を抱える。
 何せカカシでないとわからない内容ばかりを扱う一人だけの部署だ。新入社員に任せられる仕事なんかない。せいぜい、お茶出しくらいのものだろう。
 しかし新入社員は三人ともやる気に満ち溢れており、部屋に入って早々やる事はありませんかと聞いてくる。
 俺はめんどくさくなって三人を集め、俺の部屋から持ってきた本の山を会議室の卓上に置き、
「俺の仕事は俺にしかわかんないから、仕事しなくていいから勉強でもしてなさい」
 これだけ伝えて自部署に戻った。
 持ってきた本も初心者向けのものはほとんどなく応用レベルのものばかりだ、開いたところでほとんど知識がない新入社員が理解するのは難しいだろう。
 一ヶ月先まで会議室を予約して、三人をそこにまとめて放り投げれば俺の仕事の邪魔にもならない。
 厄介払いができたと思いながらパソコンの前に座り、作業を再開した。
 
 会議室に残された三人。
 一人は本の分類から始めた。
「これは……画像処理関係ね、でこっちは……データベース……」
 本の山は彼女の手によって四つに分類されたものの、それからどうしたものかと考える。
「あのさ、あのさ、こんな難しそうな本読めるわけねーじゃん。上司もいないことだしサボっちまおうぜ。」
「何言ってんのよ、勉強も大事な仕事よ? ……確かに難しそうだけど、やれるだけのことはやりましょうよ。」
 二人が言い合う中、最後の一人は四つに分類されたうちのひとつの山の一冊を手に取り、「課長にこれ持ち帰っていいか聞いてみる」と会議室を出ていった。
 
 コン、コン、
 滅多に鳴らないノックの音に、「まためんどくさい案件?」とぼやきながら「どうぞ」と声をかける。
 入ってきたのは新入社員のうちの一人……確か名前は……忘れた。どうでもいいことは徹底的に記憶から排除しているから一ヶ月しかいない新入社員なんて顔も名前もろくに覚えていない。
「えーと、なんか用?」
 めんどくさそうな顔を隠すことなく尋ねると、「本を家に持って帰っても良いですか」と言われて面食らう。
「読むの? それ。」
「はい。会議室にはパソコンがないので、家で勉強したいんです。」
 まあ、確かにパソコン関連の本ばかりだ。途方に暮れるかと思ったら、やる気のある奴が一人だけいたらしい。
「別にいいけど……その本が解説してるソフト、パソコンにインストールするのに十万くらいかかるよ。」
「十万……ですか」
「まあ……体験版なら確か一週間くらいは無料で使えるけど……一週間でその本理解できるの?」
 手に持っている本は厚みが六センチくらいある。読むだけでも大変そうだ。
「……それでも会議室よりはマシです。」
「まあ、いいよ。あそこにある本は好きにしな。用事それだけならさっさと出てって。」
 名前はわからないが黒髪の新入社員は「ありがとうございます」と頭を下げて静かに出て行った。
 ……ま、やる気に免じて顔だけは覚えておくか。二枚目の黒髪ツンツン頭。
 カカシはパソコン画面に目を戻した。
 
 会議室に戻ってくると、二人はまだあーだこーだ言っている。黒髪こと、サスケが戻ってきたことに気がつくと、「ナルトの奴ほんっとやる気ないの、どう思う? サスケ君!」と詰め寄ってくる。
 サスケは他の二人がどうだろうがあまり興味はなかった。
「やる気がないならその分社内での評価が落ちるだけだし、放っておけばいいんじゃねえの」
 と言いながら、今持っている本と同じソフトの解説をしている本がないか探す。が、ない。
 だったら……この本のソフトは、中身をさらっと見た感じサーバーに関するものだ。サーバー関係の本は……と、また山の中の本を探す。
 サクラは真面目に取り組もうとしているサスケに感心すると共に、勉強だけなら誰にも負けないという自負で一番とっつきやすそうな本を探しめた。
 ナルトはそんな二人を見つつ椅子に座ってぐるぐる回りながら「どーせ読んでもわかんねえよ……」とぼやいた。
 
 定時になり、三人それぞれ帰路に着く。
 サスケは途中の本屋に寄って、パソコン関連の棚の前で少しでも借りた本の足がかりになるような本がないか探した。
『初心者のためのサーバー基本書』を手に取るが、書かれている内容はさっぱりわからない。まあそれも当然だ。サスケの家にサーバーがあるわけもなく、触ったこともなければ見たこともない。あるのは少し古いWindowsノート一台だけだ。
 もっと基本的なところから勉強しなければ。
 と、そこに隣の棚に資格に関する本がたくさんあることに気がつく。
「ITパスポート」……「基本・応用情報技術者資格」……「情報処理安全確保支援士」……資格取得のための本なら、とっつきやすそうだ。それに、サスケの知識レベルだとこのあたりから始めるのがちょうど良さそうだった。
 とりあえず資格取得に関する参考書を五冊抱えてレジに持っていく。………この五冊だけで一万円以上かかってしまったが、やむを得ない。
 家に帰ると、さっそくITパスポート試験の本から読み始めた。
 
 サスケもサクラと同じく勉強は得意な方だ。本は一回読めば大体頭に入る。特に今読んでいる資格の本は初心者向けの解説書なだけあって、するすると頭に入ってくる。次々と読破して、基本を頭に叩き込んでいく。
 とはいえ、分厚い本ばかりだったため、五冊全て読み終わったのは、二十三時過ぎだった。
(……しまった、熱中しすぎて晩飯食ってねえ)
 勉強した時は糖分を取らなければいけない。
 冷蔵庫を開けると、納豆が一パックだけぽつんと入っている。
(仕方ない、コンビニ行くか)
 着たままだったスーツを脱いで部屋着に着替えると、サンダルを履いて最寄りのコンビニに向かった。
 
 来た時間帯が悪かったのか、コンビニの棚はスカスカだった。おにぎりの棚にひとつだけおかかおにぎりがあるのを見つけて、手を伸ばす……と、横から別の誰かも手を伸ばす。
 意図せず重なった手に、うわ、と思い慌てて引っ込めて横を見ると、そこにいたのはスーツ姿の課長だった。
「………課長、今帰りなんですか?」
 カカシは「課長」と呼ばれて、ん? と思いながらおにぎりのライバルに目を向けると、昼間見た二枚目黒髪のツンツン頭がそこにいる。
「まあ、そうだけど…………おにぎり、貰っていい?」
 好物を前にサスケは悩むが、今の時間まで残業していたのであろう課長を相手に俺のおにぎりだとはとても言えなかった。
「大丈夫です、どうぞ。」
「ん、ありがとね」
 カカシは買い物カゴに最後のおにぎりを入れる。
「……えーと、…….ごめん名前なんだっけ」
「うちはサスケです」
「そうそう、うちはサスケ君ね、社外では敬語なんて使わなくていいよ。聞いてるこっちが疲れる。」
「え……でも」
「あと社外で課長って呼ぶのもやめて。うんざりする。」
「……では……じゃなくて、じゃあ、何て呼べば良いんだ?」
「カカシでいいよ。堅苦しいの嫌だから俺もお前のことサスケって呼ぶけど、いいよね?」
「俺は別にどんな呼び方でもいい」
「ん、じゃ、そういうことで。」
 カカシは買い物カゴを片手に、買い物に戻って行った。
 スカスカの棚に残された商品を手に取っては、「今日はこの気分じゃないなぁ……」と呟いている。
 そういえば。
 サスケは自分も食料調達のために来たんだと思い出して、カカシと並んでスカスカの棚を物色し始めた。
 ……すると、目的が同じだからか、肘同士がぶつかったり、同じ商品に手を出したりして、どうしても行動が被ってしまい気まずい空気が流れる。
「……俺、今日はラーメンにする。悪い、邪魔したな。」
 サスケが顔を伏せてカップ麺の棚に移動しようとすると、「え……俺もラーメンにしようと思ったところだったんだけど」とカカシが呟く。
 ……気まずい。
 それもこれも、弁当の棚がスカスカなせいだ……!
 コンビニの在庫管理の甘さに腹を立てつつ、「じゃあ、あんたが先に選べよ。俺がいたら邪魔になるだろ。」とカカシに道を譲る。
「そ、ありがとね。」とカップ麺の棚に向かって行ったカカシを見届けると、サスケは飲み物の棚に移動して乳酸菌系飲料を物色しはじめた。すると、背後からサスケの買い物カゴに何か入れられる。
「……?」
 カゴの中に入れられていたのは「煮干粉末入り魚介豚骨ラーメン」。振り返ると、カカシがそのラーメンを指差し、「それ、俺のおすすめ。食べてみ。」と言って酎ハイの棚に向かって行った。
 ……どうも読めない人だ。
 ビックルを手に取ってカゴに入れ、サスケはレジに向かう。が、レジに誰もいない。
「すみませーん」
 声をかけると、バックヤードから店員がのんびりとやってきて、バーコードを読み始めた。
「ポイントカードは?」
「ありません、袋と箸はください」
「ハイ、586円ね」
 財布からお金を取り出し、600円を渡す。
 お釣りを数えるのにもたつく店員に少しイラついていると、後ろにカカシが並んだ。
「14円のお釣りと、レシートです」
 ようやくレジが終わってラーメンとビックルの入った袋を受け取ると、「じゃあ、また明日」と後ろに並ぶカカシに声をかけてからコンビニを後にする。
 
 無駄に気を使う買い物だった……。
 サスケは思わずため息をつく。
 と、そこに背後から声がかかった。
「ねえ、サスケんちってこっから近いの?」
 振り返ると、買い物袋をぶら下げたカカシがいる。
「五分くらいだけど……なんでそんなこと聞くんだ?」
「俺終電もうないからさ、泊めてくんない?」
「…………え?」
「ネカフェ行こうと思ってたけど、ネカフェって明るくてあんま寝れないんだよね。」
 そんな事を言われても、一人暮らしのサスケの家にはベッドがひとつあるだけで、ソファも一人掛けのものしかない。
「うち客用の布団なんかないし、二人寝られるスペースねえぞ」
「でも冬用の布団とかあるでしょ?」
「あるけど……」
「それ貸してくれたら、俺床でいいから。」
「……本気で言ってんのか?」
「ん、じゃ、よろしく」
 ………どうしてこうなった?
 急すぎる展開に頭がついていかないが、カカシは一応今は上司だし、無碍にすることもできない。
 しばらく並んで歩いて、サスケのアパートに着くと、カカシは「お邪魔します」と革靴を脱いで遠慮なく室内に入っていく。
 そして電気コンロがひとつあるだけの台所で勝手にヤカンに水を入れると、コンロのスイッチをつけてからサスケのワンルームの部屋に入って、ベッドを背に腰を下ろした。
(……もしかしてこの人……ちょっと? だいぶ? 変な人なのか? )
 呆然としながらサスケも室内に入り、……自分だけソファに座るのは気が引けたのでベッドに腰を下ろした。
 袋からビックルを取り出してごく、ごく、と飲み下す。
 カカシは部屋を見渡して今日サスケが買った本を見つけると、手に取って眺め始める。
「へぇ、勉強してんだ。ま、この辺から始めるのがいいんじゃない? 他の部署行ったら何の役にも立たない知識だろうけど。」
 ……褒めてるのか嫌味なのか、やっぱり読めない人だ。
 サスケは食事のスペースを作るためにローテーブルの上に置かれた本を部屋の端に積んでいく。
 カカシの身長は百八十以上? とにかく背が高い。床で寝るにしても結構なスペースを開けておかないといけない。
「……本当にここで寝るのか?」
「少なくとも、ネカフェよりは広いよ」
 それは確かにそうかもしれないが……。
 そうこうしているうちに、ヤカンがピー! とけたたましい音を鳴らし始めた。カップ麺を手に台所に駆け寄り、コンロのスイッチを切る。
 フィルムを剥がして小袋を出していると、カカシもサスケのとは別のラーメンを手に台所までやってきた。
「お湯二人分あるかわかんねえから、あんた先に入れろよ。」
 サスケがカカシに台所を譲ると、「いいの? じゃ遠慮なくもらうよ」とカップ麺に湯を注いで部屋の方に戻っていく。
 俺の分、あるかな……。
 ヤカンを持ち上げると、案外残っていたからそのまま自分のラーメンにもお湯を注いだ。ギリギリだったがセーフだ。
 
 カップ麺をローテーブルに運んでコンビニの袋の中を探る。ん? ……ない。……は? 俺「袋と箸」って言ったよな? 何でねえんだよ箸‼
 隣を見ると、どうやらカカシも同じらしかった。
 仕方なく腰を上げて食器棚の引き出しから箸を二膳取り出す。
「くそ、あんの店員……」
「おばちゃんの時は商品もちゃんとあるし、レジも早いんだけどねぇ……」
「とんだハズレ店員だな……」
「ま、今日は運が悪かったな、俺たち。」
 二人で愚痴っているうちにサスケのラーメンが出来上がる。
「あ、俺の五分だから先食べてていいよ」
「なら遠慮なく、いただきます。」
 蓋を開けて後入れスープと煮干粉末を入れる。
 おすすめなだけあっておいしそうだ。
 よく混ぜて汁を一口ずずっと啜ってから、ラーメンを食べ始める。カップ麺にあまりクオリティは期待していなかったけれど、麺はもちもちだし、出汁もよく効いていてうまい。
「俺も食ーべよっと」
 カカシも蓋を剥がして、スープを入れてかき混ぜる。
 味噌と……バターの香りが漂ってきた。
 ……男二人で、狭い部屋で、食ってるのはカップ麺。そりゃあ思ってたよりおいしいはおいしいけど、なんとも虚しい構図だなとサスケは思う。
 
 食べ終わった容器をゴミ箱に捨てると、あとは寝るだけ……と思ったが、そういえばカカシはシャワー浴びてないよな、とカカシを見る。
「……シャワー、浴びるか?」
「シャンプー何使ってる?」
「Doveだけど……」
「ん~~、ま、いっか。メリットじゃなくてよかった。じゃ、風呂場借りるね。」
 カカシがネクタイを外してワイシャツを脱ぎ始める。
「ちょっと待て、ここで脱ぐのか?」
「だってどうせユニットバスでしょ? 服置く場所ないじゃん」
「それは……まあ、そうだけど。」
「てわけだから、ここで脱ぐよ。いいでしょ、男同士なんだし。」
 言われてみると、その通りだが。
「いや、でもパンツだけは中で脱いでくれ。替えのは俺のやつ貸すから。」
「ん、りょーかい。」
 サスケはタンスからトランクスを一枚出して、バスタオルと一緒に渡す。
「ありがとね」
 頭にぽん、と手を乗せられた。
「………は?」
「ああ、ごめんごめん、サスケ小さいからつい」
 カカシは手を引っ込めて風呂場に入って行った。
 つい?
 確かに俺はカカシより背は低いが、平均身長はあるぞ……。
 ……やっぱ、読めない人だな。
 サスケはローテーブルを端に寄せて、カカシが寝るスペースを作り始めた。
 
 カカシが風呂場から出てきたのは十分後だった。髪の毛を拭きながら「サスケ、ドライヤーどこ?」とキョロキョロ探す。
 タンスの上に置いてあったドライヤーをカカシに渡すと、カカシは台所のコンセントに刺して髪を乾かし始める。
「風量よわ~」
「悪かったな、安物で」
「いや、あるだけありがたいよ。男の部屋って大抵ドライヤーないからさ」
 ……まるで色んな男の家に泊まったことがあるかのように言う。いや、サスケの家に泊めてと言ってきたあの感じからすると、本当に色んな人の部屋に上がり込んでいそうだ。……でも、何のために?
 やっぱりこの人のことはよくわからない。
 カカシは乾かし終わったらしく、コンセントを抜いてドライヤーにコードをくるくる巻き付けてサスケに手渡す。
 部屋は綺麗に整頓されていて、カカシが寝られるスペースが十分に確保されていた。その端に、冬用の羽毛布団が畳んで置いてある。
「一応、用意はしたが……本当に床で寝るのか?」
「そりゃ出来たらベッドの方がいいよ?」
 カカシがちら、とサスケのシングルベッドを見る。
 男二人寝るにはどう見ても狭い。
「……あんたあんな時間まで残業して疲れてるだろ? 俺が床で寝るからカカシがベッド使えよ。」
「……んー、泊めてもらう身でベッドまで借りちゃうのはさすがの俺でも気が引けるよ……。何なら、一緒にベッドで寝る?」
「は?」
「ちょっと狭いだろうけど、寝れないことはないよ」
「いやあんたは寝れるかもしれねえけど、俺は落ち着いて寝れねえよ。」
「大丈夫俺寝相いいから」
「そういう問題じゃ……」
「うん、一緒に寝ようか、それがいい」
「人の話を聞けよ」
「ん? 何か言った?」
「あんたが寝れても俺が寝れねえって言ってんだよ。床の方がマシだ。」
「物は試しだって。仕事でも何でもトライアンドエラーの繰り返しだよ。」
カカシがサスケのいるベッド横に歩いてきて、サスケの肩を押した。サスケがとさ、とベッドに座ると、「ほらほら」と更に壁際に追いやられる。
「俺が壁側?」
「細かいこと気にするなって。ほら、寝るよ。」
 カカシがベッドに上がり、寝そべる。枕を半分使って空いている方をぽんぽんと叩いた。
「一緒の枕で? 寝れねえって、やっぱり俺床で……」
「いいからいいから、物は試し、ね。」
会社では絶対に見せない笑顔でそう言われると、無碍にも出来ない。
「……寝れなかったら床行くからな」
「わかってるって。電気消して?」
 納得いかない気持ちを抱えつつ、サスケはカカシの隣に横になり、壁側を向いて布団をかぶってから電気を消した。
「………」
 サスケの耳元にカカシの寝息がかかる。
 何でこいつ俺の方向いて寝てんだよ……。
 やっぱり、落ち着いて眠れない。
「おいカカ……」
 やっぱり床で寝る、と言おうとしたところで、カカシの腕がサスケをぐるっと包む。
 包むというかこれはまるで抱かれているみたいだ。
「ッカカシ! 俺床で寝るからこの腕どけろ」
 聞いていないのか、聞こえていて無視しているのか、カカシはむしろぎゅっとサスケを抱き締める力を強くする。
 おかしい。
 おかしいだろ、この状況。
 一体何が起きているんだ。
「おいカカシ!」
 サスケが頭だけカカシの方を向けると、左耳をくちゅ、と舐められ背中にゾゾゾっとしたものが走る。
 っこいつ、ヤバい奴だ……!!
「っ離せ!」
「……やーだね。」
 腕を引き剥がそうとするが、カカシの力が強くてぴくりともしない。そのカカシの手がサスケの服の下に潜り始める。
「っ………!!」
 その手の先にあるのは……サスケの、局部。
「やめっ……! 離せ! やめろやめろ!!」
 暴れるサスケをものともせず、カカシはサスケの首筋にチュ、チュ、とキスをする。
 身体中の毛が粟毛立つのを感じた。
 そうしている間にも、さわ……と肌を撫でながら、カカシの手は一点を目指して動き続ける。
 ダメだ、そこだけはダメだ‼
 カカシの手首を掴んで思いっきり引っ張ると、少しだけ動かせた。ぐぐぐっと引っ張って、服の外まで出す。
 次は、この壁際からどうやって逃げるか………
 グイッ!
 突然肩を押され、サスケの身体が仰向けになった。
 その上に大きな影が覆いかぶさっている。
 電気がなくてもわかる。カカシしかいない。
「いつまで抵抗するつもり? サスケ。」
 表情は見えないが、笑っているような気がする。
「どけよっ! どけ!!」
 胸を押してピクリともしない。
 顔の両横に置かれた手の間から抜け出そうとするが右手首を掴まれた。そのままベッドに縫い付けられる。膝で玉を蹴ろうとするが両膝をカカシの足で封じられた。
 抜け出せない……!
 でも逆に、手足を封じている分、このままではカカシは俺に何もできないはずだ。何か突破口がないか考え……
 影が、動いた。
 サスケの顔にずいっと近づいたかと思うと、一瞬唇に柔らかいものが触れる。
「……え?」
 フッと笑ったのが聞こえたかと思うと、口にしゃぶりつかれ、ぬるりとした舌が口内に入ってきた。
「……っんんん‼」
 口内を蹂躙していく舌。何度もしゃぶりつくように繰り返される乱暴なキス。
「やめっん! んんんっ!」
 残された左手で抵抗するが、意にも止めずそれは続く。
 ようやく唇が解放されたと思ったら、次はシュル、と音がする。聞き覚えがある音。……ネクタイ!?
「っ! やめ、離せ! やめろ、やめろ!」
 サスケはふたたび暴れ始めるが片手で両手首を掴まれた。そこへ更にスルリとした質感の細い布……ネクタイが巻かれ、ギュッと縛られる。
 手を封じられたと同時に、カカシの両手が自由になった。……やばい、最悪だ。 
「ほんとは縛りたくないんだけどさぁ……そんな暴れられると俺もやりにくいから。」
 言いながら、カカシはサスケの服の裾をすすす、と捲り上げ、露わになった乳首を舐め始める。
「やっめ……! やめろって言ってんだろ!!」
「やだね。」 
 舐められてツンと立ったそこを指で弄びながら、もう一方の手はズボンの下に入っていく。
「ま……! やめろ、……やめっ、触んなっ……!!」
 そこに手が届くと、カカシは優しく握って上下に扱き始める。
「一体、何なんだよあんた……! こんなことして何が楽しいんだよ!!」
「俺? ただのバリタチだけど。サスケはネコでしょ?」
「バリタチ……? ネコ!? 意味わかんねえっ……!!」
「まあ、そう気にするなって。」
 言いながら、サスケのものを扱く手は止めない。
 少しずつ、少しずつそこが反応し始める。
(おいおい、嘘だろ……)
 サスケは男に扱かれて勃ちそうな自分の身体を呪った。
「ああもう、何なんだよ! 何がしたいんだよ!!」
「何って……セックスに決まってんじゃん」
「はぁ!? セッ……!?」
 サスケのものがいよいよ勃ち上がってきた。
 強く握られ扱かれるとなす術もない。
「やめっ……! っ!」
 射精感が高まってくる。
(嘘だろ、嘘だろ! 相手男だぞ!? しかも上司……)
 サスケはカカシが嫌がりそうなことを思いついた。
 トライアンドエラー……何事もやってみないとわからない。
「っはたけ課長! やめてください!!」
 カカシの手が止まる。成功、か……?
「……何それ、余計興奮するね。」
 ……逆効果、だった。
 手がスピードを上げてまた動き始める。だめだ、出るっ……!
「っく……!」
 ビュルル、ビュルル!
 勢いよく精液が飛び出してカカシの手を汚す。
「ハハ、やっぱお前ネコだよ。男に扱かれていくなんて。」
 カカシは手に精液をつけたまま、サスケの足を広げて後ろの穴に指をそわせる。
「っ!!」
 嫌な汗が吹き出した。
(セックスって、本当に!? 挿れるつもりなのか……!?)
「やめろっ! やめっ……!!」
 足をばたつかせて抵抗する。
「……抵抗されると加減できないから痛いだけだと思うよ。もう諦めなって。」
 ズズズっ
 中に指が入ってくる。
「っや……!」
 本来出すだけの穴に入ってくる指、異物感にサスケは顔を歪める。
「ほら、痛いだけでしょ。大人しくしてたらよくしてあげるから。」
 中で指が蠢くと、前立腺の裏を擦る。
「ッあ、……え? っぁ、やめっ……!」
 突如襲ってくる快感の波に、サスケは困惑する。その間も、カカシの指は動き続ける。
「っあ? んっ! はぁっ、あっ」
 何度も擦られ続けると、異物感よりも快感の方が強くなっていく。
「なっ、っあ、んんっ! っは、」
「……慣れてきたね? 指、増やすよ。」
 ぬるっ
 引き抜かれたかと思うと、サスケの精液で濡れた指が二本入ってきた。
「いっ……! っや、ッあ! っは、ぅあっ!」
 また快感の波に襲われる。カカシは二本の指で中を拡げるように動かすと、また指が抜けて今度は三本になった。
「んんんっ! はっく、あ、ぅあ、あっ! あぁあっ!」
「いい声で鳴くじゃん」
「……あ、はぁっ、……は、……」
 ずるる、と指が引き抜かれた。でもまだ終わってない……セックスするということはつまり、カカシのを……。
 後ろの穴に熱くて硬いものが押しつけられる。
 思わずビクッと身体が震える。
「緊張してる? 強張ると余計痛いよ。」
「……ならっ、挿れるな……っ!」
「やだね。挿れるよ。ほら。」
 ズプ……
 先端が入ってくる。指よりもはるかに大きい異物感。
「ッ! そんなの入らなっ……!!」
 ズズ……
 ゆっくりとサスケの中に入っていく。
「っあ、あ、」
「きつ……力抜いてよ」
「……んなっ、無理っ……!」
 ズブプ……
「あ、あ、っあ、」
 ズプッ
「っひ」
 奥までそれが完全に入る。
「……あー、きつ。せま……」
 はあっ、はぁっ、
 動きが止まって、サスケは息を整える。
 でも、これで終わるわけがない。
 サスケの予想通りに、ゆっくりとした抽送が始まる。
「っう、はぁっ、……っ! は、ッあ!」
 ぐり、と、前立腺の裏を擦られると、身体がビクンと跳ねて嬌声が漏れる。
 早くなっていく抽送。大きな異物感が次第に快感に変わり始めた。
「っは、あっ……! ぅあっ、あっ!」
 サスケは戸惑いを隠せない。ケツの穴にちんこ挿れられて、痛いならともかく気持ちいい? ……何なんだこれ、何なんだよ……!
 パンッパンッパンッ
 カカシの腰はいつのまにか肌がぶつかり合う音がするほど早く激しくなっている。
「あっ、や、あっ! は、あぁっ! あっ、ぅあっ!」
 後ろのそこは敏感に快感を拾い、前は再び勃ち始めている。
(早くっ、いってくれ……っ! )
 サスケは後ろの穴に力を入れた。
「っは、きつ……」
 カカシがハァッと息を吐く。
「っ、ナカに出すよ?」
 パンッパンッパンッパンッ
「っは、あっ! っあ、あ、あっ! ぅあっ!」
 腰の動きが一層早くなったかと思ったら、奥の方にググッと押しつけられる。
 ビューッ、ビューッ!
 奥でカカシのものがビクビク動いているのを感じた。
 ……射精、した? 終わった、……?
 奥に入れたまま動かないカカシの影、荒っぽい息だけが聞こえてくる。
 サスケもハァッハァッと荒い息のまま、カカシの動向を伺う。
 ピクン、とナカで最後の精液が出たかと思うと、それはずるる、と一気に引き抜かれた。
「っぁ」
 広げられた股関節が痛い。カカシがサスケの股の間で座っているのを見て、急いでベッドを降りる。
 床なら安全、という保証はなかったが、あのままベッドにいるよりは随分マシだった。
「……サスケ、電気つけていい?」
 ベッドの上から声が降ってくる。
 サスケは黙ってシーリングライトのリモコンを手に取り、ボタンを押した。
 パッと明るくなる室内。カカシはゴムを結んで、ゴミ箱に捨てにいき、そのまま台所で手を洗う。
「………………」
 まるで何事もなかったかのように我が物顔で部屋をうろつくカカシを、サスケは睨みつける。
 それに気がついたのか、カカシはサスケに向けて「どうした?」とまた何事もなかったかのように微笑みながらネクタイをほどいていく。
「……最初から狙ってたのかよ」
「……ん? ……ああ、セックス?」
「セックスじゃなくてレイプだろ」
「何で? 気持ちよかったでしょ?」
「ッ関係ねぇよ! 無理矢理やった自覚もねえのかよ!」
「サスケが暴れるから悪いんじゃん。」
「ってめ……!」
 殴ろうとする手をいなされる。
「サスケこそ自覚足りないんじゃない?」
「はぁ!?」
「自分がネコだって自覚。普通はじめてであんなにアンアン鳴かないよ。」
 言われて、顔が熱くなる。揺さぶられるまま嬌声をあげていた自分が急に恥ずかしくなった。
「ほら、明日も仕事なんだから早く寝るよ」
 カカシはベッドに上がって隣をポン、ポン、と叩く。
「……あんたと一緒に、寝るわけねえだろ……!」
 サスケは床に布団を敷くと、その上に横になって電気を消した。
「ふぅん、ま、いいけど。」
 カカシはベッドにごろ、と横になると、すぐに眠りに落ちて行った。
(何なんだ、何なんだ、何なんだっ! くそっ! )
 一方のサスケは、その日全然寝付けなかった。
 
 スマホのアラームで目が覚める。身体のあちこちが痛い……床で寝たせいか。
 ハッとしてベッドを見るが、カカシはいない。
 ローテーブルの上を見ると、「ベッドありがとね」とチラシの裏に書かれている。どうやら、もう出ていったらしい。玄関の鍵は開いたままだった。
 鍵を閉めて、深くため息をつく。
 昨夜の出来事は、悪い夢だったのだろうか。
 しかし現実に、サスケは床に羽毛布団を敷いて寝ていた。紛れもない、現実だ。まだ痛む股関節に苛立ちながら、風呂場に入ってシャワーを浴びる。
 尻にカピカピしたものがついていて、ああこれ俺の精液か……と思うと嫌でも昨夜の記憶が甦り、無理矢理されたのに気持ちよくて嬌声を上げていた自分が嫌になる。 
 シャワーから上がると、肌着を着てワイシャツに腕を通し、リクルートスーツで身を包んだ。
 ……今から会社でまた、カカシと顔合わせんのかよ……。
 そう思うと気が重かったが、会議室にこもっていれば顔を合わせるのは挨拶程度で済むか、と思うと幾分かマシな気分になった。
 
 社屋の前にはナルトとサクラが先に待っていた。
「悪い、待ったか?」
「私たちが先に着いちゃっただけよ! ね、ナルト。」
「でもまたあの本の山の部屋に閉じ込められると思うとこの先の一ヶ月気が重いよな~。」
 ぼやくナルトと連れ立って、三人は社屋に入っていった。
 
 コン、コン
 カカシの部屋にノックの音が響く。
 ああ、始業の時間か。
「どうぞ」
 扉が開くと、三人のリクルートスーツが「おはようございます、今日もよろしくお願いします!」と声を合わせる。
「そういうのいらないから、明日から会議室に直行直帰にしてくれる?」
 パソコンの画面から目を離さず手をひらひらと動かす。 
「……失礼しました。」
 サスケは一言声をかけると、ポカンとする二人を扉の外に追いやって、会議室に向かった。
「あれぜってえ自分が面倒くさいだけだよなー」
 ナルトが椅子に座ってぐるぐる回りながらぼやく。
「でもまぁ……ああいう人ならあの人の部下につくことはないだろうし、一ヶ月だけ我慢すれば良いだけじゃない?」
「それもそうだな! ……っても、こんな本読んでも訳わかんねぇよ……。」
 ナルトが一冊手に取り、ため息をつく。
「ああ、そういえば」
 サスケがバッグの中から昨日買った本を取り出す。
「これ、お前らも読めよ。初心者向けだからとっつきやすいぞ。」
 本の山をチラリと見る。
「こっちの本は……とりあえず置いといて、基本から覚えた方がいい。」
 五冊の参考書をどさ、と置くと、
「いいの? さすがサスケくんね! じゃあこれ一冊、とりあえず借りるわね」
と早速サクラがITパスポートの本を手に取る。
「これ買ったのかよ……本気でやる気かぁ?」
 ナルトは基本情報技術者の本を手に取った。
 サスケは本の山から、とっつきやすい本がないか改めて探し始める。
 
 本を読み込んでいたら、あっという間に昼になった。サクラは弁当を持参したから、と会議室で食べ始める。
 ナルトとサスケは近くの飲食店に入ることにした。
 会議室から出てエレベーターに乗ると、二人はカカシと鉢合わせる。
「……お疲れ様です。」
「ん……お前らどっか食いにいくの?」
「はい、弁当持ってきてないので! 近くの店に行こうと思っています!」
 ナルトが元気よく答える。元気だけが取り柄みたいな奴だ、こんな変人にもハキハキと受け答えする。
「……じゃ、サスケ、お前俺と一緒に来い」
「……はい……?」
「えっ!?」
 サスケとナルトが顔を合わせる。
「何で俺だけなんですか?」 
「俺の行く店昼時は混むからさ……もう一人の方もその内連れてってやるよ。」
 かたや、下の名前を呼び捨て、かたや、もう一人扱い。
 ナルトはんんん? と首を傾げる。
 エレベーターが一階に着いた。
 カカシはサスケの腕を掴んで引っ張っていく。
 その姿を、ナルトはぽかんとしながら見送った。
 
 社外に出ると、サスケがカカシに話しかける。
「はたけ課長、どういうつもりですか。」
「何が?」
「社内で俺を下の名前で呼ばないでください。」
「ああ、ごめんね。次回から気をつけるわ。」
「あと、何で俺だけ連れていくんですか。」
「俺がいつも行く店、ネカフェだもん。」
「………は?」
「広くてもカップルシートしかないからさ、もう一人の子は無理。」
 言いながら、カカシは本当にネットカフェに入っていく。
「カップルのフラットシート一時間で日替わりランチ二つ」
 無愛想な店員がスーツの男二人組に怪訝な顔をしつつ、席番号が書かれたレシートを差し出す。
 カカシはそれを受け取ると、サスケの手首を掴んだまま、席番号を見ながら狭い通路を歩いていき、たどり着いたそのスペースに、革靴を脱いで上がっていった。
「サスケも早く入りな」
 促されて、仕方なくサスケも革靴を脱ぐ。
「あー、広いの最高」
 カカシはフラットシートにごろっと寝そべると、隣をぽん、ぽんとたたいた。
「ほらサスケもおいで」
「遠慮します。」
「敬語やめてよ。ここなら誰も聞いてないからさ。」
「遠慮します。」
 サスケ入り口の横にもたれかかりながら座る。
 まもなくランチが運び込まれ、……他にテーブルはないから、パソコンの前のテーブルに置いて二人で並んで食べ始めた。
 ときどき肘がぶつかるが、サスケは無視してさっさと平らげる。食べ終えた食器を入り口に置くと、またその隣に腰を落ち着かせた。
 カカシも食べ終えて入り口に食器を並べる。
「おいでよ、サスケ」
「遠慮します。」
「だから敬語やめてってば」
「遠慮します。」
「聞き分けがないなぁ……ま、そういう子嫌いじゃないけど。」
『そういう子』と言われてサスケはゾワっとする。
「……食い終わったんで俺は出ます。課長はカップルシートでくつろいでいてください。」
 入口の食器を避けて革靴を履こうとすると、その手を掴まれた。
「……離してください。大声出しますよ。」
「……それは困るなぁ……」
 手首はあっさりと解放された。
 受付で自分のランチ代だけ支払って外に出ると、吉野家で食事を済ませたらしいナルトと鉢合わせて、一緒に社屋に入っていく。
「いつも行くからって、うまい店とは限らねえんだなぁ」
 サスケは入った店がネカフェだったのは黙って、食べたものだけ伝えていた。まずかったわけではないが、うまかったわけでもない。
「もしお前次誘われても、断った方がいいぜ。吉野家の方がよっぽどマシだ。」
「サスケがそこまで言うなんてよっぽどだなー。」
 エレベーターで会議室のある階に着くと、二人で会議室に入っていく。そこには、参考書を熱心に読むサクラの姿があった。
「あ、お帰りふたりとも。近くにいいお店あった?」
「よくわかんねえからさ、俺は無難な吉野家に入った。サスケは課長と一緒に行ったみたいだけど、飯はあんまうまくなったらしいぜ」
「あの課長と? 一緒に……? 何だか、よくわからない人ね。」
 ナルトもうんうんと頷く。
「さて……また読むか」
 サスケは本の山に目をやった。
 
 定時になると、サクラはすでに三冊読破していた。ナルトは一冊にまだ苦戦している。サスケは今日は画像処理関係の本を持ち帰ることにした。これなら他部署でも使える機会があるかもしれないと思ったからだ。
 本屋に寄ってソフトの使い方の本から基本書、逆引き辞典を買って家路に着く。
 当然サスケの家のパソコンに画像処理ソフトなんてインストールされていないが、同じような機能のあるフリーソフトがあることが検索でわかったので、すぐにそのフリーソフトをノートパソコンにインストールした。
 そこで、冷蔵庫に納豆しかないのを思い出す。
 スーパーに行くには遠いし時間も遅い。今日もあのコンビニに行くことにした。
 
 時間が早かったからか、店員が例のおばちゃんだからなのか、陳列棚は充実のラインナップだった。
 とりあえず昨日食べられなかったおかかおにぎりを買い物カゴに入れると、弁当類を眺める。種類が多いと、逆に悩むものだ。悩んだ挙句、最終的にはざる蕎麦を手に取って、買い物かごに入れた。
 家に帰ると、ざる蕎麦を食べながらソフトの使い方の本をめくる。本当に何もわからない初心者向けの本でわかりやすい。
 食べ終わった後ソフトを開いてまず画面の見方から頭に叩き込んでいく。次は、ネットで拾った適当な画像に文字を入れる。これはちょっと苦労したが、一時間ほどでそれも完璧にこなせるようになった。
 時間は二十二時、そろそろ寝る支度を始めないと。
 床に置いたままだった羽毛布団をクローゼットに押しこんでベッドに入ると、枕から嗅ぎ慣れないにおいがする。
 ………もしかして、あいつのにおいか。
 サスケは枕と枕カバーは明日洗うことにして、今日は枕をひっくり返して寝た。
 
 カカシはあの昼食以来サスケ達と接触することなく三週間が経っていた。サスケは画像処理に関してはカカシの本が理解できるくらいにはなっていた。その分他の本を買うのにだいぶお金を使ってしまっていたが、やむを得ない出費だ。
 残りの数日、サスケはパソコンを会議室に持ち込んでひたすら本の読み込みと画像処理の練習をして過ごしていた。そして最終日、三人揃ってカカシの部屋をノックして入り、「一ヶ月お世話になりました」と頭を下げる。
 カカシはパソコン画面から目を離し、三人を見た。
「……で、勉強はどの程度できたの?」
 ナルトはギクっとしていた。結局カカシの本はさっぱりわからずサスケが買ってきた本ばかり読んでいたからだ。正直に言うしかない。
「わからないことが多いことがわかりました!!」
 サクラはスラスラと読んだ本について話す。
 サスケも「画像処理に関しては実務レベルで扱える程度の理解を得ました」と答えた。
「……ふぅん、画像処理を選んだの。」
「他部署でも活用できる知識だと考えましたので。」
「他部署で、ねぇ。ま、他でもがんばんな」
「はい、ありがとうございました!」
 三人でカカシの部署から出ると、はああ、とため息をつく。部屋から少し離れたところでナルトが髪をかきむしった。
「どの程度勉強できたって…不意打ちにも程があんだろー……!!」
「何とか答えられたけど、一ヶ月放置しておいてあの質問はきついわよね……」
「ともかく、ここはもう終わりだ。もうあの課長に会うこともないだろ。明日からの部署のこと考えようぜ」
 そう、明日からはまた一ヶ月別の部署だ。確か営業だったはず。
「っしゃ! 営業なら俺の得意分野だ!」
「私はちょっと苦手かも……でも頑張ろっ!」
 営業部署が終われば、そこで研修は終わりだ。それぞれ辞令が出て三人とも別の部署に行くことになるだろう。
「同期三人でいられるのもあと少しだな。」
「たまには飲みにでも行こうぜ!」
「そうね、せっかくの同期なんだし」
 社屋を出ると、三人はそれぞれ帰路についていった。
 
 本を読まない日は久しぶりだった。簡単なチャーハンを作ってソファでくつろぎながら口に運ぶ。
 と、玄関のチャイムが鳴った。……十九時、こんな時間に誰だ?
 チャーハンをローテーブルに置いて立ち上がると、ドアスコープを覗く。スーツを着た男だ。
 チェマーンロックをかけたまま扉を開けると、そこにはカカシがいた。
「……何の用だ?」
 チェーン越しに尋ねると、カカシは小さな紙袋を持ち上げる。
「これ、返そうと思ってさ。」
「ああ、トランクスか。」
 サスケはチェーンを外して紙袋を受け取る、と、カカシは何故か部屋の中に入ってくる。
「っちょ、おい!」
 部屋をぐるりと見渡して、「あ、やっぱりここにあった」と部屋の片隅に置いてある本を手に取った。
 サスケが後を追って室内に入ると、カカシの手には借りたまま返すのを忘れていた本がある。
「あ、悪い、返すの忘れてた。」
「いいよ、パンツのついでだしね、子猫ちゃん」
「……は? 子猫?」
「ネコの自覚が足りてないから子猫ちゃん。」
 ネコ? 何の話をしてるんだこいつは?
 カカシは本をバッグの中にしまうと、ジャケットを脱いでネクタイを緩めた。
「何を……」
 サスケが後ずさる。あの日の記憶が蘇ってくる。
 幸い背後は玄関だ、襲われても逃げることができる。
「ま、そんな警戒するなって。今日はセックスはしないからさ。」
「……なら何でジャケット脱いでんだよ。」
「俺の子猫ちゃんの躾のため、かな?」
 ゾワッ
 サスケは後退りドアノブに手をかけた。サンダルを履いていつでも外に出られるよう準備する。
「だから、そんなに警戒しないでよ。セックスはしないって言ったろ?」
「じゃあ何するんだよ」
「だから、躾だよ。俺のネコとしての自覚を持ってもらわないとね。」
「俺はあんたのものでも猫でもねぇぞ。」
「いんや、お前はネコだよ。それも俺と相性抜群の。」
 サスケは玄関の扉を開けて飛び出した。スマホはポケットに入っている。とりあえず人のいる場所に……!
 いつものコンビニに入るが、客は誰もいないしレジにも人の姿がない。陳列棚はガラガラだ。くそ、あのハズレ店員の日かっ!
 まもなく、カカシが店内に入ってくる。
「何で逃げるかなぁ。悪いようにはしないって。」
「どの口が言う……!」
「ほら、行くよ。」
 片腕を掴まれる。
「やめろっ! おい誰か助けてくれ!」
 バックヤードからやる気のなさそうな店員がチラッと顔を出し、客でないとわかるとすぐに引っ込んでいく。
「ざーんねん、ハズレだったね。」
 カカシがニコ、と笑う。
 その会社では絶対に見せない笑顔にゾクっとする。
 サスケはそのまま腕を引かれ、アパートの部屋に入れられると、カカシは鍵とチェーンロックをかけて。室内のサスケに歩み寄った。
「飯、途中だったんでしょ? とりあえず食べな?」
 カカシがベッドを背に座りながらサスケにも座るよう促す。
 渋々座ってチャーハンの残りを食べるが、味がしない。この男がいるせいだ。
 手早く平らげて食器を台所に持っていき洗っていると背後にカカシが立ってさわっと尻を触る。
 ゾクゾクッと不快感が背中を駆け上がった。
「~っ!!」
「お、いい反応」
「ッ触んな!」
「はいはい」
 言いながらそのまま尻を揉み始める。
 洗い物を終えてタオルで手を拭くと、サスケは尻を揉むカカシの手を薙ぎ払った。
「今度は何をするつもりだ」
「ただのスキンシップだよ。おいで。」
 カカシが室内に入っていく。
 ずっと台所にいるわけにもいかず、サスケも仕方なく室内に入るが、部屋の中央にローテーブルを動かしてカカシとは距離を取る。
「だから、悪いようにはしないって……。そんなに警戒しないでよ。」
「じゃあ聞くが、何をするつもりで家に入ってきたんだ。」
「何回同じこと聞くの?」
 カカシがドス、とローテーブルの上に足を乗せてサスケの襟元を掴みグイッと引き寄せる。
「俺のネコとしての自覚を持ってもらうんだよ。」
 そのまま、サスケの唇にしゃぶりつく。差し込まれた舌が口内を蹂躙する。
「んっんんんっ!」
 強引で暴力的なキスが、徐々に甘く優しいキスに変わっていく。
「……っん」
 カカシは唇を離すと、空いている手でサスケの股間を掴んだ。
「……勃ってるよ?」
 サスケの顔が赤くなる。
 え? 今のキスで? 勃った? 嘘だ!
 しかし、カカシが掴んでいるそこは確かに芯を持っていて、熱く硬い。
「……そ、んな……、何でっ……!」
「……それはね、お前が俺のネコだからだよ。」
(ネコネコネコって、いったい何なんだよ……! )
 カカシはサスケの襟をさらにぐいっと引っ張り、サスケはローテーブルを乗り越えてカカシの胸元に引き寄せられる。襟から手が離れ、代わりに背中に手が回り抱きしめられた。
(……は? ……え? )
 その優しいハグから抜け出すと、横にはベッドがある。
「悪いようにしないって、言ったでしょ?」
 カカシがサスケの肩を押してベッドに座らせる。
 そのままカカシもしゃがみ、サスケのズボンとパンツを下ろすと、勃ち上がったそれが露わになり、カカシがキスをする。
「や、やめっ……」
 カカシはサスケの顔を見上げて悪戯っぽく笑うと、それを口に咥えた。
「……っえ、っ!」
 尿道口からカリ首をぐるりとねっとりとした舌が舐め上げ、裏筋を刺激しながらジュボ、ジュボ、と音を立てて頭を上下に動かす。
「ちょ、っぁ、なに、してっ! ……っ!」
 フェラ自体は知っている。エロビデオで何度も見たことがある。でも女性と体の関係を持つまでの付き合いはしたことがなかったから、サスケ自身がされるのははじめてだった。
 ぬるぬるとした口内、感じるポイントを突いてなぞるぬるりとした舌、手淫ではとても味わえない快感がサスケを刺激する。
「っやめ、は、出るっ、出るからっ……!」
 カカシはサスケを見上げると、目を細めて、頭の動きを早めた。
 サスケの身体がビクンと跳ねる。
 ビュルル、ビュルッ!
「……っぁ! っは、はぁっ、はぁっ、は……」
 カカシの口の中に……出してしまった。
 カカシは顔を上げると、舌の上にあるサスケの精液を見せつけてから、それを飲み込んだ。
「っちょ……!」
「ごちそうさま」
 額にちゅ、とキスされる。
「……これで、終わり、か?」
「そう思う?」
 カカシがニコッと笑い、立ち上がった。
「なんっ……」
「次は、サスケの番だよ」
 カカシはスラックスのファスナーを下ろした。

「っん、んんっ!」
「俺がしたのと同じように舌使って」
 カカシはサスケの頭を掴み、前後に動かす。
「裏すじだけじゃなくて、そう、カリ首ね」
 サスケは早く終われと思いながら必死で舌を動かす。
「そうそう……飲み込みが早いね」
 カカシのものは大きくてサスケの口に収まりきらないが、カカシに頭を動かされては喉の奥まで押し付けられる。
「苦しい? 自分でちゃんと出来るなら手放してあげる。」
 サスケがこくこくと頷くと、頭を掴んでいた手が離れた。
 舌を使いながら懸命に頭を動かす。
「ああ…、いいね、そろそろ出そう。どうするかわかるね?」
 こくりと頷く。
 もうすぐ終わる、もうすぐ………
 ジュボ、ジュボと頭を早く動かす。
「あー、気持ちい、出すよ、サスケ、……っ」
 ビューッ、ビューッ!
 口の中にどろりとしたものが飛び込んでくる。
 えずきそうになるのを我慢して、全て出終わるのを待った。
 口を離し、カカシを見上げると舌を出して、今出たばかりの精液を見せた後、ごくりと飲み込む。
 ……喉の奥がネバネバする。
 台所に駆け寄り、水をコップに入れて流し込むように飲んだ。
「よくできました」
 カカシは自分のものをパンツに収めてスラックスのファスナーを上げる。
「……っ今度こそ、これで終わりだな!?」
「うん、今日は終わり! …しっかり覚えておきな、俺のネコちゃん。これからはセックスの度に舐めてもらうから。」
 ……これから?
 ……セックスの「度に」?
「……もうあんたを家に入れねえぞ、次なんかないからな」
「はは、俺は楽しみに待ってるよ。……一ヶ月後にね。」
(一ヶ月……? 一ヶ月後にまた来るってことか……? )
「……来ても無駄だぞ、ドアは絶対開けない」
「はいはい、じゃ、俺はお暇するよ。営業部署……せいぜい頑張りな。」
 カカシはジャケットを羽織ってすんなり出て行った。
 サスケは玄関に鍵をかけて、その場に座り込む。
 カカシには振り回されっぱなしだ。
 変な人かと思ったらヤバい奴で、しばらく音沙汰がないと思ったらまた来てフェラをされて、させられて……。
 いや、でも。
 もう二度と家には上げないし、会社でも偶然鉢合わせることはあるかもしれないけど、それだけだろう。
 研修も終わった今、もう関わることはない人だ。
 悪い夢だったんだと思って忘れよう。
 サスケはローテーブルをソファの横に戻すと、ベッドに入って横になった。
 
「いよいよだなー、辞令交付。」
「ちょっとドキドキするわよね。」
「ナルトはやっぱ営業じゃねえの? サクラは企画とかが向いてそうだな。」
「サスケは何でも出来るから全然想像つかねえなぁ」
「そうだな。まあ、どこになっても真剣に取り組むだけだ。」
 社屋の前で待ち合わせた三人が、五階にある社長室に向かう。辞令は社長から直々に渡されるらしい。
 案内の総務の女性が説明する。
「うずまきさん、うちはさん、春野さんの順に入って、まず三人で一礼、その後各自名前を呼ばれたら社長の前に出て辞令を受け取り、もう一度一礼、で、三人とも元の場所に戻ったら入った順に出てきてください。いいですか?」
 三人は緊張した面持ちで「はい」と答える。
 先頭のナルトが社長室の扉をノックした。
 中から「どうぞ」と壮年男性の声が聞こえたところで、扉を開ける。
 総務の女性に言われた通りに辞令を受け取ると、社長室を出てから三人でホッと一息ついた。
 待っていた総務の女性がまた三人を別室に案内する。
「こちらで少しお待ちください。各部署の担当者が迎えにきますので。」
 そこは小さな会議室……と言うよりミーティングルームのような場所だった。
 ナルトが身を乗り出す。
「そんで? そんで? 二人とも配属先どうだった? 俺はやっぱ営業!」
 辞令を見る余裕がなかった二人は、受け取った紙をまじまじと見つめる。
「私はサスケくんの予想通り、製品企画ね……」
 サスケは辞令を何度も読み直しては目を擦る。
「どうした? サスケ。目になんか入ったか?」
「……いや、こんな部署あったかなと思って……」
 二人はサスケの辞令を覗き込む。
『うちはサスケを開発保守及び監督部に配属する』
 三人は顔を見合わせる。
「……どこだ? これ……」
「でも研修で行ってるはずよね……」
「こんな部署……あったか?」
 記憶を辿っていくと、ナルトが「あーっ!」と声を上げた。
「確かさ、あの変な奴んとこ、こんな名前だった気がする!」
「変な奴?」
「ナルトその呼び方は失礼よ」
「ほら、一ヶ月ずっと会議室に缶詰にしたあれだよあれ!」
「え? あの人!? でも部下なんかいらないって感じじゃなかった?」
 サスケは一人頭を抱えた。
「マジかよ……最悪だ……」
 そこに、コンコンとノックが鳴る。
 慌てて座り直し、「どうぞ」と声をかけると、営業部長が入ってきた。
「うずまきナルトくん、期待してるからよろしく頼むよ。」
「はいっ!」
 ナルトが辞令を手に営業部長と一緒に部屋から出ていく。
 そのすぐ後に、サクラも製品企画部長と共に部屋を去った。
 サスケが一人部屋に残される。
(……一ヶ月って、そういう意味か……! )
 拳を握りしめながら待つ。
 しかし、三十分経ってもサスケの迎えは現れない。
 たっぷり一時間経ったところで、ようやくノックが鳴った。
「……どうぞ」
 扉から現れたのは、やはりカカシ。
「電話対応で遅れちゃってさ、ごめんね。……これからよろしく。」
 サスケが辞令を持って立ち上がり、カカシの後に続く。
「画像加工の勉強をしたんだっけ? 俺正直画像関係好きじゃないからサスケに振るけど、実務レベルで使えるなら問題ないね?」
「……社内で下の名前で呼ばないでください。」
「ああ、悪い悪い、うちは君ね」
 あのカカシの所属部署の小さい部屋の前に立つ。
 部屋の横のプレートには確かに『開発保守及び監督部』と書かれている。
 中に入ると、そこにはサスケのデスクとパソコンがすでに用意されていた。
 机の上には、真新しい名刺が置いてある。
「あの、ところで……ここは結局、何をする部署なんですか?」
「ん? ん~、まあ、何でも屋さんってとこかな。俺一人の部署だったから部長とかはいないけど。一応案内しとくか。」
 カカシは扉を開けて廊下に出ると、隣の部屋の鍵を開けて扉を開く。
「隣のここが、サーバールームね。鍵と暗証番号がないと入れない。ま、お前は当分入る必要はない部屋だ。」
 そしてまたデスクのある部屋に戻る。
 カカシが自分のデスクの後ろにある扉を開くと、そこには大きめの長椅子の上に枕とアイマスクが置いてある、ハンガーラックも置いてあり、三着ワイシャツが掛けられていた。二畳もないくらいの小さい部屋だった。
「ここは仮眠室。たまに終電逃した時にはここで寝ることもある。ま、使うのは俺だけだ。サス…うちはは普通に定時で帰っていいよ。」
 仮眠室の扉を閉めると、また部屋の外に出て左の突き当たりにある総務部に入っていく。
「紙に印刷するときはここの印刷機を借りてる。ほとんど使わないけどね。一応、覚えといて。」
 カカシは総務部長に会釈して総務部を出る。
「あとは……ああ、給湯室とトイレな。」
「それはわかります。給湯室はエレベーターの右奥でトイレはその隣ですよね。」
「そそ、ま、こんなとこかな。わかんないことあったら都度聞いてね。あ、名刺だけど、使う機会ほとんどないから引き出しにしまったままでいいよ。」
 そして、また自部署に戻ってきた。
「さて、と……」
 カカシがパソコン画面を見ながら何やら打ち込み始める。
 サスケもパソコンを立ち上げてアプリケーションを確認する。……あの本の山で見かけたソフトはあらかた入っていた。
 ということは、あれを全部勉強しなければここで戦力になるのは難しい、ってわけか。
「サスケ……じゃなくてうちは、チャットツール開いて。IDはお前の社員証番号で初期パスワードは生年月日だから、パスワードだけ変えとけよ。」
 画面の右下にあるチャットツールをクリックして入室すると、早速パスワード変更画面に遷移する。
「ちなみにそれ作ったの俺な。こういう仕事もある。」
 サスケは新しいパスワードを入力して改めて入室すると、部署ごとにトークルームが分かれていた。開発保守及び監督部をクリックすると、カカシからのチャットが流れてきている。添付されたPDFを開くと、仕様書と書かれた四枚の書類だった。
「それを社外向けのA4チラシに編集しといてくれる? 出来上がったらPDFにエクスポートしてチャットで俺に送って。OKならそのまま営業に回すから。」
 ……どうやら、カカシは会社では真面目に仕事をしているらしい。小さい部署に二人きりという状況に戦々恐々としていたが、仕事中は安心しても良さそうだ。
「チラシなら、WordとかPowerPointの方がいいんじゃないですか?」
「……あんなダサいチラシしか作れないソフトの名前出さないでくれる? 社外向けだからきちんと作ってよね。」
「……わかりました。」
 サスケは仕様書の読み込みから始めた。
 
 定時を知らせる音楽が鳴る。まだチラシは完成していなかった。
「すみません、途中までしか作れていません。」
「あーいいよいいよ、新人にスピードは期待してないから。今日はもう帰んなさい。」
 カカシはパソコン画面から目を離さずに左手をひらひら揺らす。
 サスケは作りかけのデータを保存してソフトを閉じると、パソコンの電源を落とした。
「お先に失礼します。」
 返事はなかったが、頭を下げて扉を開けて外に出る。
 集中してパソコン画面に向かっていたせいか、背中がゴリゴリする。社屋から出ると伸びをして、ふう、と息を吐くと、足早に本屋に向かった。
 画像加工の技術は習得したが、文書をチラシにするとなるとデザイン力が必要不可欠だ。
 キャッチコピーの本やデザインの本を物色し、六冊買って、コンビニで弁当を調達してから家路に着くと、さっそく一冊手に取り読み込み始める。まずはフォントや配置、配色なんかの基本的なところからだ。
 片手間に弁当を口に運びながら読み進めていくと、あっという間に〇時を回っていた。
(やば、寝なきゃ)
 まだ読み終わっていない本二冊をローテーブルの上に置いて、服を着替えるとすぐに布団に入る。
(残りの二冊は明日会社に持って行こう)
 灯を消すと、サスケはすぐに眠りについた。
 
 翌日、分厚い本を二冊バッグに入れて出社する。
 自部署の扉を開くと、早めに家を出てきたのにそこにはすでにカカシがいて、パソコンに向かっている。
「おはようございます」
 頭を下げて席につき、パソコンを立ち上げようとするが「あーちょっと待って」と声がかかった。
「パソコンは始業時間五分前に起動して。パソコンの使用履歴で勤怠管理してるから今起動すると早残業扱いになる。」
「課長は……?」
「俺はいいの、管理職だから。」
 なぜ管理職だといいのかはよくわからなかったが、始業時間まではあと一時間ある。ちょうどいい、と思いバッグから本を一冊取り出した。
 机の上に置いて広げると、カカシが近づいてくる。
「……何の勉強?」
「DTPデザインです。必要だと思いましたので。」
「ふぅん。……ま、いんじゃない?」
 カカシは本の表紙を見ると、自席に戻っていった。
 本を読んでいると時間はあっという間に過ぎる。
 始業五分前になったのでパソコンの電源を入れると、チャットツールを開いてから作業画面を出す。
 フォントの種類を確認すると、どうやら市販のフォントも既にあらかたインストールされているようだった。
 昨日作りかけていたチラシを一旦白紙に戻して、勉強したことを元に再度デザインを作っていく。しかし午前中だけでは終わらず、作りかけのデータを保存して昼食に出ることにした。
「どっか食いに行くの?」
 扉に手をかけようとしたところでカカシの声がかかる。
「はい、弁当は持ってきていないので。」
「んじゃ一緒に行くか。」
「……またネカフェですか? 遠慮します。」
「今度はちゃんとした店行くって」
「それでも遠慮します。」
「……つれないなぁ。これからずっと二人きりなんだからもうちょっと交流しようよ。」
『ずっと二人きり』という言葉に少しぞくっとする。
「遠慮します。失礼します。」
 サスケは扉を開けて外に出た。
 
 社屋から出てぐるりと見渡すが、飲食店らしい店はラーメン屋くらいしかない。でも今日はラーメンの気分ではない。
 となると、ここから徒歩十分の場所にある駅の近くに行ったほうがよさそうだ。前ナルトが言っていた吉野家も駅の方面だ。
駅の方に足を向けるとさっそく定食屋が見えてくる。三人ほど並んでいるが、店内を見たところカウンター席は空いているようだったので入り口にある台帳に名前を書くと、予想通りすぐに呼ばれカウンター席に案内された。
 メニューを開くとカツ丼がイチオシらしい。他にも色々あったが選ぶのが面倒だったのでサスケはカツ丼を注文して、鞄から本を取り出して読み始める。
 と、そこに隣の席に誰かが座った。
 サスケは本を読む手が邪魔にならないよう気持ち肘を縮めると、「天蕎麦ひとつちょうだい」と聞き慣れた声が聞こえてくる。
 目だけで隣を見ると、そこにいたのはやはりカカシだった。
「偶然だねぇ、サスケ」
「……下の名前で呼ばないでください」
「ああ、ごめんね。……休み時間くらい本読むのやめたら?」
「少しでも時間が惜しいんです。」
「へぇ……、そう。」
 肩肘をつきながらサスケを眺めるカカシがいるせいで本に集中できずイライラしていると、カウンターの向こうからカツ丼が目の前に置かれる。
 本をしまって割り箸を取りカツ丼を食べ始める、が、やっぱり隣からの視線がどうしても気になる。
「……何見てるんですか。食いにくいんですけど。」
「まぁそう気にするなって。俺とお前の仲だろ?」
「何の仲ですか。ただの上司と部下です。」
 カカシはサスケに耳打ちする。
「セックスした仲、でしょ?」
 ゾクッ
「無理矢理やっておいて何が……!!」
「お、天そばきた」
 カカシは割り箸を取って何事もなかったかのように食べ始めた。
 サスケもカツ丼をかき込むと、早々に勘定をして社内に戻っていく。
 昼休みは残り三十分。
 また鞄から本を取り出して読み込みに入るが、すぐにカカシも部屋に戻ってきた。
 自分の席に戻るんだろうと思ったら、サスケの隣に来てデスクの上にある本をひょいと取り上げる。
「ッ何を……」
「休憩中は休憩しときなって。根詰め過ぎるのもよくないよ?」
「本を返してください」
「休憩終わるまで没収」
「……休憩中は何しようと個人の自由ですよね?」
「自由だよ? 返して欲しかったら……そうだなぁ、今から舐めてよ。」
「……は? 何を……」
「こないだ教えたでしょ、俺のネコちゃん。」
 頭に血が上るのを感じる。
「……いいですもう一冊あるので。」
 鞄からもう一冊の本を取り出すが、それもひょいと掠め取られる。
「っ何がしたいんですか、課長」
「だから返して欲しかったら舐めてって言ってるじゃない。」
「頭おかしいんですか? コンプラ委員会にセクハラで訴えますよ。」
「別にいいよ。」
 カカシは涼しい顔のまま答える。
「そのコンプラ委員会、俺だから。」
「は……? 委員会って……複数人じゃ……」
「ざぁんねん、うちの会社は俺だけでーす。」
 意地の悪そうな笑顔でサスケの肩にポンと手を置く。
「……というわけだ。ここじゃ何だし、仮眠室行こっか?」
 サスケは肩に置かれた手を払って、キーボードに手を置いた。
「本はもういいです。」
「ふぅん……そう。……じゃあ」
 カカシはパソコンに向かうサスケの頭を掴んで自分の方に顔を向ける。
「舐めたくなるようにしてあげようか」
 そう言って、サスケの唇に貪りついた。
「っ!?」
 いつかのような優しい甘いキス。サスケの舌にカカシのそれを優しく絡める。
「っんん!」
 ついばむように繰り返されるキスの雨。いつの間にかサスケもカカシの舌に応じていた。
「んっ、は、」
 唇が解放されたときには、サスケの顔は真っ赤に染まっている。
 思わず、部屋の中に防犯カメラがないか探した。ない。
 ということは、この部屋では何をされても証拠が残らない。
「ほらネコちゃん、勃ってるよ。」
 触らなくてもわかる。サスケのそこは傘を張っていた。
「俺は猫じゃねぇって言って……!」
「普通は男とキスしても勃たないって。わかる? 俺、男だよ?」
 そう言われると、反論できない。男で、しかも無理矢理やられた相手にキスされて反応するなんておかしい。
「本当はサスケはやらしいことされるのが大好きなの。わかるかな? 俺のネコちゃん。」
「そんな……わけ」
「じゃあもう一回試してみる?」
 カカシがサスケの肩に手を置く。すすっと撫でながらその手を下ろして手首を掴む。
「っなにを」
「セックスに決まってんじゃん」
 掴んだ手首をぐい、と引っ張ると、サスケは椅子から立ち上がらされる。その足の間にカカシの左足が入り、太ももでサスケの股間をぐぐ、と押した。
「っ……!」
「ほら、おいで。また気持ちよくしてあげる。」
 にこ、と笑うカカシに手を引かれて、二人で仮眠室に入っていく。
 窓のない部屋。カカシが電灯のスイッチを押すと、蛍光灯がジジ、と音を出しながら光る。扉が閉められると、そこはもう無音の世界だった。防音加工がされているらしい。
 抵抗、しなければ。
 そう思うのに、身体はカカシにされるがまま、長椅子に座らされる。
「この前勉強したね? セックスの前に何するか。」
 ………フェラ。
 受け入れたと見せかけて、思い切り噛みついてやればきっと逃げられる。
「ちゃんと教えた通りにできたら……こないだみたいに気持ちよくしてあげる」
 耳元で囁かれると、強張っていた身体の力が抜けていく。
 気持ちよくなんかなかった、無理矢理されたのに、そんなわけがない。男に襲われて感じるなんて、そんなバカなことあるわけがない。
 ……噛みついて、逃げる。……でもその後は、どうする?
 昼休みが終わったら、嫌でも自分のデスクに座らなければならない。噛んで逃げたらその後余計にひどい目に遭うんじゃないのか?
 それならいっそ今受け入れた方が……。
 カカシはいつの間にかスラックスのファスナーを下ろして勃ち上がっているそれをサスケの口元に押し付けている。
 覚悟、するしかないのか……。
 サスケは口を大きく開いてそれを口に含んだ。
 相変わらず大きい。太い。口の中がいっぱいだ。
 それでも懸命に舌を動かしてカカシが早く満足するよう努力する。頭を前後に動かして、時々口を窄めて吸い付き、裏筋を舐め上げたり亀頭を刺激する。
「ちゃんと覚えてて偉いじゃない。」
 褒められてもちっとも嬉しくない。これは自分の身を守るための最善の行動だ。早くいけ、早くいけと願いながらカカシのものをしゃぶるが、いくまでもなく途中でそれは口から離れていった。
「……?」
 カカシは長椅子の下からローションとゴムを取り出し、ゴムを着け始める。
 その上からトロッとローションを垂らして軽く扱くと、サスケのベルトを外しにかかった。
「ッ待て、本当にするつもりなのかよ!!」
「うん、時間もないし早く終わらせよ?」
 サスケのベルトを外しスラックスのファスナーを下ろして長椅子に肩を押し付けられると、足を抱えて方向を変え、長椅子の上にサスケが足を広げて横たわる形になる。
 カカシは手にもローションを垂らすと、その右手をサスケの後ろの穴に沿わせた。
「やっ、やめっ……!」
 ぬぷぷ……
 指はいとも簡単にサスケの中に入っていく。そして一点を集中的に擦り始めた。
「っぅあ!? あ、あっ、はっ……!」
 そこは確かに快感を拾っている。そしてサスケは快感から声を出している。その事実が、受け入れ難かった。
「男にケツの穴に指入れられてそんな声出してんのにまだ虚勢張れる?」
 指が増える。
 押し広げるように動きながらサスケの感じるポイントを擦るのはやめない。
「っあ、はあっ、あ、あっ、んっ! んんぁ……っ!」
 口を押さえても出てきてしまう声。おかしい、こんなの絶対におかしい。ケツに指入れられて気持ちいいなんて……!
「戸惑ってる? 何で気持ちいいのかまだわからない?」
 また指が増える。ぬるんと何の抵抗もなく入ってくる。ローションのせいか異物感すら感じない。
「はぁっ、あっ、あ、んぅッ!」
「はは、やっぱりいい声で鳴くね」
 十分に慣らすと、カカシは指を抜いて自分のそれをあてがう。
「そんな、っ入らな……あ、あっ、あああっ、はぁっ……!」
 それはぬるりと大した抵抗もなく入ってくる。どんどん侵入してきて、奥まで入ると一瞬だけ動きが止まった。
「ほら、入った」
 そして抽送が始まる。
「っや、あっ、んんっ! あ、あぁっ! は、あぅっ!」
「お前は男の俺にチンコ入れられて気持ちよくなって喘ぐの。なんでかわかる?」
「ぅあっ、はっ、ネ、コっ、んぁっ! あ、あっ!」
「そう、ネコだから。もうわかったね? サスケは俺のネコなの。」
 カカシは腕時計をチラッと見ると、腰の動きを早める。
「っあ! あっ、ああっ! はっぁ、あ、あっ、あっ!」
「時間ないからさっさと終わらせるよ。」
 パンッパンッパンッパンッ
「ぃあっ! や、あっ! あ、はっ……! ぁあっ! あっ、あっ!」
 激しく腰を打ち付けながら、カカシはサスケの前をローションで濡れた手で扱く。
「やっ、め……っ! あ、あっ! 出ちゃ、あっ、ぁあっ! あああっ!」
「……は、すごい締め付け。気持ちい。っ出すよ。」
「っあ、あああっ! はあっ、あっ、あ、……っああっ!」
 カカシはサスケの奥にそれを押し付けると、ビュウッと精液を迸らせる。同時に、前を触っていたサスケのカリ首をグリっと刺激すると、サスケも吐精した。
「ははっ、男にチンコ入れられて男に扱かれて気持ちよくなっちゃったねぇ? いまの気分はどう? 俺のネコちゃん?」
 笑いながらサスケの後ろの穴からずるっとそれを抜いた。手早くゴムを外して結び、ゴミ箱に放り投げると、長椅子の下から取り出したウェットティッシュで手と自分のものを綺麗に拭いていく。
 サスケはハァッ、ハァッ、と荒い呼吸を繰り返しながらされるがままに喘いだ自分を呪い、しかし快感を感じていた自分にも戸惑っていた。
「……最、悪……」
 俺はカカシの言う通りネコなのか? でもネコってなんなんだよ。以前言われたときに検索してみたけれど、猫の画像ばかり出てきて結局よくわからなかった。
「素直に言いなよ気持ち良かったって。ほら、ティッシュ。」
 カカシに渡されたウェットティッシュで、自分のものと後ろの穴を拭き取り、精液をぬぐう。
 気持ち、良かった。それは、認めざるを得ない。でもカカシにそれを言うのは嫌だった。ちっぽけなプライドだ。
 遠くで昼休みの終わりを告げるチャイムが流れる。
「拭いたらさっさと仕事に戻りな。ああ、そうそう。これは返すよ。」
 カカシは長椅子に本を二冊置くと、仮眠室から出ていった。
 サスケはその長椅子から降りて、スラックスを履き直すと、二冊の本を持って仮眠室から出る。
 頭の中はまだ混乱していた。
「普通は男にチンコ入れられて気持ちよくならない」
 そりゃそうだ、普通ならただ痛くて苦しいだけに決まってる。
 なら俺は? 本当にカカシの言う通りネコで、男からやらしいことをされるのが好きなのか?
 ……そんなバカな。……そんなわけ、………。
 仮眠室から出ると、カカシはもうパソコンの前で作業に集中している。つい今まで、セックスをしていたなんて思えない姿。
 サスケもデスクに座り、パソコンにパスワードを打ち込んでスリープモードを解除する。
 すぐに途中だった作業画面が映し出された。
 深呼吸をして、頭を仕事モードに切り替える。
 
 定時の少し前、チラシの叩き台が出来上がり、カカシにチャットで二つのPDFを送る。
『A案とB案の叩き台です。どちらがいいでしょうか。』
 カカシはそれを見ているらしく、作業の手を止めて画面を見つめていた。
 その手がまた動いたかと思うと、チャットにメッセージが届く。『B案。キャッチコピーはもう少し大きめに。』
 どちらも却下されたら……と思っていたが、努力は実ったらしい。
『承知しました』
 A案のデータをゴミ箱に入れる、と、定時を告げる音楽が鳴った。
「キリのいいところだし、早く帰んな。」
 カカシからも声がかかり、パソコンの電源を落として席を立つ。
「お先に失礼します」
 やはり返事はなかったが、頭を下げて部屋から出た。
 
 サスケは帰り道、スマホで「ネコ」と検索していた。が、やはり猫画像しか出てこない。
 ……男同士……。
 少し考えてから、「ゲイ ネコ」と検索すると、出てくる出てくる……
『【ネコ】セックスにおいて挿入される側』
 ……ストレートすぎる説明だが、ネコネコ言われる理由がようやくわかった。
 じゃあ、最初にカカシが言っていた「バリタチ」は……?
『【タチ】プレイにおいて能動的に攻める(リードする)方、またはアナルセックスで挿入する方。【バリタチ】完全なタチで、全くリバにならない性指向』
 サスケは頭を抱える。これ完全にカカシと俺じゃねえか……。
 明日からの昼休みのことを思うと気が重かった。
 多分外で食べても部屋に戻ると今日みたいなことをされるんだろう。かと言って、昼時の飲食店にずっと居座るのは気が引ける……と考えたところで、ひとつ妙案が思いつく。ネカフェだ。そうだ、明日からはネカフェで時間を潰せばいい。本も読める。これでいこう。
 重かった足取りが気持ち軽くなる。ただ、自分はゲイでネコなんだと思うと、今まで築いてきた自分というものが揺らいでいくような、複雑な気持ちになった。
 ……考えてみれば、今まで女性と交際したことは何度かある。が、せいぜい触れるだけのキスをする程度でそれ以上のことをしたいとは思ったこともなかった。だからサスケは今も童貞だ。自分がゲイだから、女性とのセックスに興味がなかったんだと思うと妙に納得できてしまう。とは言え、男性を好きになることは今までなかった。当然だがカカシに対しても恋愛感情などの類の思いは微塵も感じていない。そこがなんとも腑に落ちない。
 付き合いたいのは女性だけど、セックスの相手は男性がいい、なんてこともあるのだろうか。……だとしたら、俺は伴侶を持って子どもを作り人並みに幸せな生活を送ることが一生できないのではないかと思うとやはり複雑だ。
 今にして思えば、エロビデオは何度か見たことがあるが、どれもいまいちピンとこなかったのだ。本物の女性のそれを前にして果たして勃つだろうかと思うと自信がなかった。正直女性の局部はグロいなとすら思ってしまう。
 
 コンビニに寄ってから家に着くと、すぐにスーツを脱いで家着を着込んだ。スマホの画面でひたすらゲイとしての生き方を検索する。
 お互いに恋愛感情を持って身体の相性も良く生涯の伴侶となれるようなパートナーと出会えるのは稀なパターンらしい。ハッテン場と呼ばれるところで出会いを探す人が多くいる、そしていわゆるオカマバーと呼ばれる類の店に、ゲイの人が多く集まる……。
 ゲイでネコという自覚を持たざるを得なくなったサスケは誰かに相談したかった。これからどう生きればいいのかと。オカマバー……に行けば、きっとゲイとしての先輩もたくさんいるはずだ。正直、そういう店には一度も行ったことがなかったけれど、行かなければいけない気がした。
 週末、足を運んでみよう。
 布団をかぶって、灯りを消した。
 
 ネカフェで過ごす作戦は功を奏し、あれ以来カカシが何かしようとする動きは見られなかった。仕事中はずっとパソコン画面から目を離さないし、毎日結構な時間まで残業しているらしい。一度だけ、出勤したら仮眠室から出てくるところも見た。早く戦力になりたい気持ちもあるが、サスケも目の前の仕事で精一杯だ。
 仕様書のチラシ化は何度か修正指示があったものの、四日で合格判定が出された。あのチラシを持ってナルトが営業に行くのか、と思うと少し嬉しいし、次の案件も頑張ろうと思える。次にカカシから降って来た指示は、UIデザインの制作だった。恐らくは簡単な方なのだろうがサスケにとってははじめてのオンパレードだ。二十ページに及ぶ仕様書を読み込みながら、、おそらくカカシがこれから作るのであろうアプリケーションのUIをデザインしていく。これは、使う人のことを考えながらやらなければいけない。必須条件はカカシ曰く、「小学生でもパッと見ただけでわかるもの」だ。
 あっという間に定時になって、サスケはデータを保存し、ソフトを閉じてパソコンの電源を落とす。
 すると、珍しくカカシも席を立って身体を伸ばした。
「課長も帰るんですか?」
 バッグに飲みかけのペットボトルを入れて席を立つ。
「金曜の夜まで働いてらんないよ。帰る。」
「そうですか、お疲れさまです。」
 二人連れ立って部屋を出ると、カカシが部屋に鍵をかける。
「うちは、どっか飲みにでも行く?」
「遠慮します。先約もあるので。」
「先約? 誰?」
「プライベートなんで。」
 一緒にエレベーターに乗りながらカカシは気になって仕方がないようだった。
「同期の子? それとも大学の友達とか?」
「プライベートなんで。」
「いいじゃない、教えてよ。」
「嫌です。」
 これからオカマバーに行くだなんて口が裂けても言えない。
 普段は使わない電車に乗ると、新宿歌舞伎町に向かう。
 帰る方向が同じらしいカカシは相変わらず先約の相手を気にしている。
「まさか恋人……ではないよねえ、あの部屋だと。」
「どういう意味ですか」
「もう外なんだから敬語やめてよね」
 そうこうしているうちに新宿駅に着いた。
「……じゃあな。俺はここで降りる。」
 ざあっと電車の出口に向かっていく人の波の中にサスケも混じる。
「新宿……ねぇ。」
カカシは人波を見ながらポツリと呟いた。
 
 事前に下調べした店を探して繁華街を歩く。まだ時間が早いせいか思ったほど人はいなかった。
「っと、このビルか……」
 見逃してしまいそうなPENCILビルの階段を降りていくと、目的の店に辿り着いた。十八時オープン。もう開いている。
 そっと扉に手をかけて押すと、JAZZが響く店内でカウンターの……女性に見えるが恐らくはオカマの……店員さんがいらっしゃいと声をかける。周りを見渡すがまだ客は入っていないようだった。
 サスケはカウンターに腰をかける。
「はじめての子ね、かわいこちゃん、嬉しいわ。何歳?」
「二十二歳です」
「やだぁ、若いのね。こういうお店ははじめて?」
「はい……はじめてです。だから勝手がわからなくて、すみません。」
「謝ることじゃないのよ、私が教えてあげるから安心して? まずは自己紹介からね。私はナツミよ。ここを開いて五年ってとこね。身体はいじってないから男のまま。あなたは?」
「俺は……ええと、サスケっていいます。普通の会社員、なんですけど……」
 口篭るサスケを見て、ナツミさんが目を細める。
「……当ててあげる。最近ゲイだって自覚したんでしょ?」
「えっ、……わかる、んですか?」
「オカマの勘よ」
 ナツミさんはタバコを取り出し、火をつけた。
「ここに来たのは……差し詰め人生相談、ってとこかしら?」
「はい……恥ずかしながら……どうしたらいいのかわからなくて。」
「取り敢えず、一杯飲みましょ。何がいいかしら?」
「よくわからないので、あんまり強くないお酒お願いします」
「オーケー、ちょっと待っててね」
 ナツミさんはカウンターの中で作業を始めた。店内を見る。カウンター席の他にボックス席が三ヶ所、テーブル席が二ヶ所。小さい店だ。
 サスケの目の前にカクテルグラスが差し出される。
「安心して、アルコールはほとんど入れてないから」
「ありがとうございます」
 一口含むと、杏のような味がする。
「それで、どうしたらいいかわからないんですって? サスケくんは決まったパートナーは居るの?」
「決まったというか……無理矢理、された人なら、……います。その人、上司なんです。」
「あらあら……」
「正直、俺はその人と身体の関係を持つのは、……嫌、なんです。」
「なんで嫌なの? 無理矢理されたから?」
 ……なんで、嫌……
 そういえば、何でだろう。
 深く考えたことがなかった。
 俺の意思を無視して好き勝手されるからだろうか。無理矢理されたからだろうか。何もされず普通に出会っていたら好感を抱いていたんだろうか?
 ……上司としては、尊敬はしている。けど、それだけだ。
「俺の意思を無視して、強引にされるのが嫌です」
「そう……、その人とのセックスも嫌いなの?」
 セックスは……セックスは、少なくとも最中は、気持ちいい。嫌い……ではないと思う。じゃあ、強引にさえされなければ、カカシとのセックスを俺は受け入れられるんだろうか?
「……嫌いじゃないのね?」
「そう、かも、しれません。」
「身体の相性ってね、大事なのよ」
 ナツミさんがフーッと紫煙を吐く。
「きっとその人はあなたの身体が気に入ったのね」
「……ずっと、『俺のネコちゃん』って言ってきます……」
「……選択肢は三つあるわ。その人を受け入れるか、別のパートナーを見つけるか、それともいっそそこから逃げて、別の会社で働きながら一人で過ごすか。」
「別の、パートナー?」
「そう、少なくない人が生涯の、もしくは一夜限りのパートナーを探してハッテン場に行くの。この人となら、っていう人を探してパートナーにすれば、きっとその上司ももう手を出してこないわよ。」
「それって……色んな人とやれって事ですか?」
「そういう事。何事も経験よ?」
 ……あんなことを、その場で出会ったよくわからない人と、する……? ……嫌だ、そんなの……嫌だ。
「抵抗があるみたいね? だったら受け入れるか、逃げるかのどちらかよねぇ……」
 せっかく入った会社。同期とも仲良くやってて、仕事も難しいけどやりがいがあって、……その環境を捨てるという選択肢。
 今ならすぐに就活を始めればまだ第二新卒の枠はある。
 上司があいつでさえなければ、そんな事を考える必要もないのに、俺が逃げなきゃいけないなんて、納得できない。
「……まぁ、悩むわよね。オカマが言えるのはそのくらいよ。その上司としっかり話し合いをしたことはあるの?」
「ない、です。仕事上の会話か、やられる時しか話す機会もないので……。」
「話し合いって大事よ。一度だけ考えてみたらどう?」
「……考えてみます。」
 店の扉が開く。ナツミさんが「いらっしゃい、今日は早いのね?」と入ってきた客に声をかける。
 サスケは差し出されたカクテルをぐいと飲み切ると、「今日はもう帰ります、ありがとうございました」とナツミさんに告げた。
 勘定をしながら、ナツミさんが小声で話す。
「……帰り道、気をつけるのよ」
「……え?」
 顔を上げると、すでにナツミさんは他の客の元に歩み寄っていた。
 どういう意味だ?
 店の扉を開けて階段を上る。
 そこは多くの人で賑わっている歌舞伎町らしい風景だった。
 サスケは新宿駅に向けて歩き始める。
 帰り道……? 何に気をつけるんだ……?
 と、思った瞬間だった。
 後ろからサスケの口を手で押さえられ、小さな路地に連れ込まれる。
「んんっ!?」
「かわい子ちゃん、楽しもうぜ。」
 背後からかかる声に、ゾクっとする。
 嫌悪感ではない、これは、恐怖。
 ベルトが外され、ファスナーも下されるとスラックスがストンと地面に落ちる。背後から伸びる手がサスケの股間を弄り始めた。
「っん! んんんっ‼」
 口を押さえる手を離そうとするが、サスケの細腕ではかなわない。
「選択肢をやろう、一緒に楽しむか、無理矢理やられるか。どっちがいい。」
 ゾクゾクッ
 パンツを下ろされ直接そこを弄られる。
 ピクンと反応し始める自身にサスケは(嘘だろ……!? )と動揺を隠せない。
「お前のここは無理矢理される方が好きって言ってるぜ」
 ……ネコだから?
 ……俺がネコだからこんな風にされても勃つのか!?
 そんなのっ! いっそ死んだほうがマシだ……っ!!
 サスケの抵抗が弱くなったのをいいことに、背後の男は口を解放して壁にサスケの手をつけ、尻を向けさせる。その間も前を扱く手は止まらない。
 サスケの目から涙が溢れてくる。
 こんなの、嫌だ、嫌だ、嫌だっ!
 背後からカチャカチャと音がする。ベルトのバックルを外している音だろう。ごそ、と衣服の擦れる音の後、サスケの後ろの穴に熱くて硬いものが押し付けられる。
「このまま挿れると……わかるよなぁ?」
 痛いに、決まってる。
 痛い、くらいなら……
 サスケは振り向くと、膝立ちになり、それを咥える。
「なかなか躾のできたネコじゃねえか」
 唾液をいっぱい口に含み、それを舐めながら頭を動かした。涙がポロポロ落ちていく。
 十分に濡れそぼったところで、髪の毛を掴まれ、顔を上げさせられる。思わず、顔が歪む。
「こんなかわい子ちゃんとヤレるなんてついてるぜ。ほらケツ出せよ!」
 また壁に手をついて尻を男に向けた。
 穴にグッと圧迫感。そのまま中に入っていく。
 苦しい、痛い、……それだけだった。気持ちよさなんて微塵もない。
 ググっと奥まで入れられると、そのまま高速ピストンが始まる。
「ぅあっ、やっあ、っうぁ、はっぁ、っく、う、」
 苦しい、苦しい、嫌だ、嫌だっ
 ポロポロ溢れ続ける涙が地面に染みを作る。
 その路地に、足音が近付いてきた。
 コツ、コツ、コツ、ゆっくりとした足取り。
 背後の男も動きを止める。
「邪魔すんなよ、お楽しみ中…ッ!?」
 バキッ
 鈍い音がした。男が吹っ飛んでいく。
 足音の主はサスケの背後を通り過ぎると、路地裏に転がる男を蹴り飛ばし、胸ぐらを掴んで殴り始めた。
 サスケは呆然と見つめながら、ハッとしてパンツとズボンを履いて服を整える。
 暗がりでよく見えない。でも多分俺を助けにきてくれた……人、だと、思う。
 ひとしきり殴りつけて満足したのか、相手が気絶したのか、足音の主は立ち上がってサスケの元に歩いてくる。
 高い身長、銀色の髪、見慣れたスーツ。
「……ッカシ……?」
「『俺の』ネコちゃんだって何回言ったらわかる? なーに他のクソ野郎にやられてんのよ。」
「ど……して、ここに……」
「追いかけてきたから。新宿駅なんかで降りるキャラじゃないでしょ、サスケ。ま、人混みで見失ったのは痛かったけど、見つけられてよかったよ。」
 もう入れられた後だ、ちっともよくない……でも、あのまま中出しされるよりはマシだった。
 サスケが目を服で拭って顔を伏せる。
「……ありがとう、助かった。俺はもう帰る。」
 カカシの前を通り過ぎようとすると、手で待ったが入る。
「送っていくよ。お前この街にいるには目立ちすぎる。」
「目立つ……? どこがだ?」
「顔だよ、顔、お前みたいな綺麗な顔でしかも若いネコなんて襲いたい奴いっぱいいるからな?」
「えっ、ちょ、顔でネコってわかるのか!?」
「わかるに決まってんでしょ。特にタチには。」
 自分の顔を触る。ネコの顔? なんだよそれ!
「だから送ってく。お前は俺のネコ。しっかり覚えとけ。」
「勝手にあんたのものにすんなよ……!」
「……じゃあなに、フリーになるって言いたいの? ハッテン場にでも行くつもり?」
「ハッテン場なんて、行かない……! 俺はあんたの物でもない!」
「ま、ここじゃ何だ、ひとまず帰るよ。」
 手を差し出されるが、それは無視する。
「……パートナーがいるってわかってれば誰も襲ってこないから黙って手ぇ繋ぎな。」
「………っくそ、わかったよ。駅までだからな。」
 差し出された手を、サスケは掴んだ。
 喧騒を過ぎると駅はすぐそこだった。
 JRの改札に入ると、カカシも一緒に入ってくる。
「あんたまさか家まで……」
「もちろん家まで送ってくけど?」
「家には入れねえぞ。」
「そう言うな、今日は何もしないよ。」
『話し合いって大事よ』
 ナツミさんの言葉が頭を横切る。
「……本当に何もしないな?」
「約束を破ったことはないつもりだけど。」
「なら約束しろ、何もしないと。」
「うん、約束するよ。何もしない。」
 会社の最寄駅まで、二人で電車に揺られる。
 サスケは襲われたときのことを思い出していた。
 恐怖で身体が震えたこと。
 嫌なのに触られると反応してしまったこと。
 後ろに入れられても気持ちいいどころか苦しくて辛かっただけだったこと。
 特に、最後のは……自分がネコだから、だから気持ちいいと感じてしまうんだと思っていた。
 でも実際は、きっとノンケの人と同じように、苦しくて痛くて辛いだけだった。
 じゃあ何で俺は気持ちよくなってたのか。それはきっと、相手がカカシだったからだ。
 パートナー、に、カカシを選ぶべきなのか?
 でも、無理矢理されるのはやっぱり嫌だ。
 会社の仮眠室でやられるのも嫌だ。
 ………無理矢理じゃなければ、俺はいいのか……?
 電車が最寄駅に着く。
 出口に向かって立つとプシュー、という音と共に扉が開いた。

 いつものコンビニに立ち寄って適当な弁当を買い、家路に着く。カカシはずっと隣を歩いている。
 玄関の扉を開いて中に入ると、カカシも続いて入ってきた。コンビニの袋をローテーブルの上に置くと、カカシはいつもの場所に腰を下ろす。
 サスケはその隣の、ベッドに腰掛けた。
「……で? お前は俺のものじゃないって?」
 カカシがコンビニで買った酎ハイを飲みながら尋ねる。
「当たり前だろ、俺は俺のものだ。誰のものでもねえ。」
「……でも身体の相性は抜群じゃない? 今日わかったでしょ?」
「……例え相性が良くても、無理矢理やられて喜ぶ奴がいるかよ!」
「……なに、無理矢理じゃなきゃいいの?」
 ピク、とサスケの動きが止まる。
 視線が揺れている。
「……無理矢理じゃなきゃ、いいんだ?」
「……んなこと、言ってねえ。セックス自体、俺は……」
「ネコなのに? 相性抜群のバリタチの俺がいるのに? 気持ちいいのに? セックスの何が嫌なの?」
「気持ちよくなんか、なりたくもないしならなくていい。あんたみたいにエロいことばっか考えてる奴とは違うんだよ!」
「……清い身体でいたい……って? あのねぇ、何回でも言うけど、タチにとってお前はすごい魅力的なネコなのよ、俺が手を出さなくなったとしても、他の奴がその内手を出しにくるよ? ゲイって意外とそこらじゅうにいるからね? サスケはそれでいいわけ?」
「そんなの、……良いわけねえだろ……」
「なら大人しく俺をパートナーにしときなよ。……無理矢理はもうしないからさ。」
「……………」
 無理矢理じゃないのなら。
 カカシで、いいんじゃないのか?
 他の得体の知れない奴に襲われるくらいなら。
 やりたいって言われても、無理矢理しないなら断ればいいだけだ。
「……本当に、無理矢理しないと約束するか。」
「したいときはちゃんとサスケもその気にさせてからするよ。約束する。」
「それどういう意味だよ」
「今、試してみる?」
 カカシが視線を上げてサスケを見る。
 ベッドに右腕をついて、膝立ちになり、サスケの唇に自分のそれを合わせる。
 チュ、チュ、とついばむようなキス、そして、舌を差し込み、サスケの舌に絡めとっては離れ、また口づけでは舌を絡める。
 気がつくと、サスケの上半身はベッドに沈んでいた。その間も、繰り返される甘いキス。
 名残惜しそうに離れていく唇、サスケの顔は真っ赤に染まっていて、股間もしっかり勃ち上がっている。
 はぁっと熱い吐息を漏らすと、スラックスの上からカカシがサスケの股間をさすった。
 サスケの身体がピクンと跳ねる。
「……したい? ……やっぱり嫌?」
 したい、と答えたときに、どれだけ気持ちいいことが待っているかこの身体は知っている。
 でもそれじゃあ、カカシの思う壺だ。
「……い、やだ……、さわんなっ……」
 サスケがカカシの手を股間から退ける。
 カカシはサスケの耳元で
「触んなきゃいい……?」
 と囁き、耳たぶを口に含んだ。
 ちゅぷ、くちゅ、と音を立てながら啄み、耳の穴に舌を差し込む。
「……っん……」
 チュ、チュ、と音を立てながら耳から下にキスが降りていき、首に舌を這わせると、びく、とサスケの身体が震えた。
「……したい? ………嫌?」
 低いトーンで言われると身体の芯が震える。
 カカシはまたクチュ、と首筋を舐めた。
「っ、した……い…っ」
 蚊の鳴くような小さな声はしっかりカカシの耳に届いていた。カカシは満足気に身体を起こす。
「じゃ、ここまでね」
「………?」
 ぼやっとした頭のまま、カカシの言っていることがうまく理解できない。
「約束、したでしょ?」
「……あ、」
 改札でした、今日は何もしないという約束。
 ……じゃあ、このほてった身体はどうすればいい?
「試してみたところで、もう一回約束。したいときはちゃんとサスケもその気にさせてからする。無理矢理はしない。ね。これでいい?」
 サスケはこくりと頷く。
 カカシはにこっと笑顔を作ると、お互いの股間を見て、「これ、どうしよっか」と笑った。
 
 月曜日。
 今日から無理強いされることはないという安心感でサスケの歩みも軽かった。
 部屋の扉を開けると、やはりすでにカカシは仕事をしていて、サスケは「おはようございます」と声をかけてから自分のデスクに着く。
 始業時間になるまで本を読んで過ごし、始業五分前にかけたアラームが鳴るとパソコンの電源を入れた。
 先週の続き、アプリケーションUIのデザインだ。仕様書を再度読み込み、サスケは作業に入る。アプリケーションの画面数は十五ある。統一感を持たせつつ、小学生でも一目見てわかるようなデザイン。まずはメインメニューの制作から取り掛かった。
 
 昼休みのチャイムが鳴る。
 途中経過をチャットでカカシに報告して、部屋から出ようとすると「俺も一緒に行っていい?」と声がかかる。
「ネカフェじゃないならいいですよ。」
「んじゃ、今度はちゃんとしたおすすめのお店行こっか」
 手を差し出されるが、「就業時間内です」とその手を叩き払った。
 カカシが案内した店はいわゆるおばんざいの店だった。
「モツがおいしいのよ」と言いながら店内に入り、テーブル席を確保した後、備え付けのお皿におかずを持っていき、最後にご飯をよそう。
「サスケ」
「就業時間内です」
「ああ、悪い。うちは」
「社内戻ったらさ、仮眠室行かない?」
「行きません」
「つれないなぁ」
 言いながら、それぞれおかずを口に運ぶ。
 おすすめなだけのことはあって、どれもおいしい。
 そこに、先輩らしき人と一緒にナルトが入ってきた。
「お! サスケじゃん!」
「あー、ナルトか、なんか久しぶりだな。」
「まだ一週間しか経ってないのにそんな気がするな! あ、この人、俺の先輩の海野さん!」
 海野さんは控えめに頭を下げると、人懐っこそうな笑顔で「ここのは何でもうまいぞ」とナルトに話しかけている。
 その様子を見てフッと笑うと、カカシがサスケの顎を掴んでカカシの方に向けさせた。
「他の人ばっかり見ないでよ」
「……は? 恋人気取りか?」
「……違うけど、パートナーでしょ。」
 こそこそと話し合う二人を見て、ナルトが首を傾げる。
「海野先輩、あの……はたけ課長って、どんな人なんすか?」
「んー、俺も詳しくはないけど……人を寄せ付けない感じというか、馴れ合いが嫌いというか、職人気質っていうか、そんな感じの人だよ。でないと何年もたった一人だけの部署でやってけないって。」
「でもさ! その割に入ったばっかのサスケとは仲良さそうなんだよなー。」
「……気に入ったんじゃない? 気が合うとか?」
「ふーん……」
 なおも首を傾げるナルトを横目に、食べ終わった二人はレジに向かっていった。
(なーんか、距離、近くね? 気のせい? )
 
 自部署に戻ったのは昼休みが終わる三十分前だった。
 サスケがデスクに着くと、カカシがその隣にやってくる。
「ねえ、仮眠室……」
「行きません」
 カカシがサスケの顎をくいと上げて口付けをする。
 はぁっ、は、
 カカシの口から吐息が漏れる。
「……だめ? 金曜できなかったから今日……したい」
 珍しく頬を紅潮させて興奮しながら言うカカシはいつもより色気があって……つい、いい、と言いそうになるが、仮眠室でやるのはサスケが嫌だった。
「ダメです、仮眠室ではしません。」
「じゃあどこならしてもいい……?」
「……っ、どこでも、ダメです。仮眠室で一人でシコってきてください。」
「……ちぇ、分かったよ」
 カカシは素直に一人で仮眠室に向かっていった。
 
 定時を告げる音楽が鳴る。
 十五ある内の六画面を仕上げて、カカシにPDFファイルを送信すると、サスケは画面を閉じてパソコンの電源を落とした。
「お先に失礼します」
 今日も返事はないだろうな、と思いながら頭を下げると、「サスケ」と声がかかる。
「今日、サスケんち行っていい?」
 昼にシコったのにまだムラついているらしい。
 サスケは頭をかくと、「……約束は、守れよ」とだけ言って部屋を出た。

 ――カカシが、家にくる。
 昼休憩中の、少し興奮したカカシの顔が頭に浮かぶ。
 ……この胸の高鳴りはなんだろう。
 まさか、俺はカカシが家に来るのが楽しみなのか?
 約束をしてから、カカシに対する嫌悪感のようなものはすっかり消えていた。多分、カカシがきちんと約束を守ってくれているからだ。
 今日もキスをするんだろうか。……いや、きっとするだろう。
 ……その先は? ……最後まで、許すのか?
 それもこれも、サスケがする気分にならなければ、断ればいいだけだ。もう無理矢理されることはないのだから。
 今なら一緒のベッドで寝ようと言われても、良いと言える気がした。
 恋人でも、セフレでもない。パートナー、という響きは、お互いを尊重し合っている感じがしてなんだか落ち着く。一方的な関係ではない。お互いがお互いを認めあった関係。

 家に帰ると、本の山を部屋の端に寄せて、食事をとった。
 空になった弁当箱を捨てていると、玄関のチャイムが鳴る。
 ドアスコープを覗いた。背の高いスーツ姿の男。
 扉を開けるとそこにはカカシがいて、「お邪魔します」と遠慮なく中に入ってくる。
 サスケは扉を閉めると、鍵をかけて、室内にいるカカシの元に向かった。