カカシとイチャパラ(そのに

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2026年9月25日

はたけカカシとイチャイチャシリーズとの関係について

生真面目だったため18歳になってから手に取ったことが公式データブックに記載されている。カカシ18歳の時点でイチャイチャシリーズは広く人気を集めていた官能小説であったことを推測するが、一方でイチャイチャシリーズの初刊行はカカシ18歳の年齢だったとする資料も存在する。

一方で暗部時代のカカシに関しては13歳にミナトの勧めで加盟、14歳で九尾襲来によるミナト死亡、空白期間を経て18歳はイタチの上司として行動を共にしていた時期にあたる。 イタチ真伝の記載からは、その時すでにナルト達と初めて対峙した時の基礎的な考え方(仲間を大切に)を身につけている様子が描かれており、オビトやリンのトラウマから一旦距離を置けるようになった落ち着きを見せている。

その間にはたけカカシの中でどんな変化が起きたのかについては公式に触れられているところが見つからなかった。ただクシナの護衛任務の段階では人と深く関わらない生き方をしていた時期にあたる。

その18歳のはたけカカシが18歳になるのを待って買ったイチャイチャシリーズについて、官能小説だたから買った、と判断するにはカカシ自身がイチャパラシリーズ以外の場面で女性への関心や下ネタに興味を寄せている様子は描かれていない。

つまりは官能小説が好きな変な上忍という判断は少し見方が浅く、カカシにとってのイチャイチャシリーズの位置付けについては検証の余地がある。

BORUTOでは「もう何年も読みすぎて、内容をすべて暗記している」旨の発言をしており、外伝漫画では「聖地巡礼」をして涙を流す場面もある。

ただの官能小説がここまではたけカカシというキャラクターの心を掴むとは思えず、そこに著者が自来也であることが重要な要素として考えられる。

師のミナトの更に師である自来也のことを知らなかったわけがなく、リン死亡後のミナト夫婦護衛任務の中でど根性忍伝から子供の名付けをする場面から、ど根性忍伝を知り、読んでいた可能性は高い。

またカカシはミナトに対しては師として尊敬の念を持っていたことはミナトを語る際のカカシの話し方から伺える。つまり自来也に対する尊敬の念をミナトから、またど根性忍伝から予め感じており、同著者によるイチャイチャシリーズにも強い関心があったのではないかと考える。

そして心を閉ざしていた時期とイタチに先輩として気遣う時期の間を埋めていたのがど根性忍伝で、「人と人が惹かれ合い、関係を築いていく物語」に触れたことで実生活で失ったり避けたりしていた人間関係を、安全な距離から追体験していたのではないだろうか。

つまり入り口が官能小説だから、ではなく自来也の著書で、かつ新刊で、かつ18歳にならないと読めないという特別感が18歳カカシ青年を動かしたのではないかと仮定する。

単純な官能小説としてではなく自来也の著書である成人向け表現を含む小説として考える場合、男女の恋物語であることが予想されるが、人と人との関わりの中で男女が惹かれ合いまたはすれ違い大切なものとは何かを確認し合うという大衆符合的な小説というよりも人間関係の構築に重きを置いた小説ではないかと想定すると聖地巡礼で涙を流した理由も単なる成人向け小説以上の価値がカカシにとってはあったと考えると内容についても一考の余地がある。

BORUTOではサスケに対して「ふっ、ただの本じゃない。男女の恋愛心理、そのすべてが凝縮されたバイブルさ」と発言しており、特に上中下巻が存在するシリーズでも長編作品にあたるイチャイチャパラダイスの中では単に男女が知り合い恋人となって性的接触をするだけではない何かが描かれていた可能性が非常に高い。

カカシが惹かれたのは性的接触の場面ではなくまさにその男女の心理の部分にあるのではないか、そしてそれは単なる男女の心理描写を超えた自来也の深い人生哲学があったのではないか、とイチャイチャシリーズとはたけカカシについてはやはり原作に書かれていない空白部分に重要な要素があるように見える。

公式設定ではカカシは「イチャパラのテーマは愛であり、娯楽としての楽しみの他に、忍者として必要な何かが根底に流れている気がしてならない」とコメントしている、という情報もあったが出典がわからなかった。ただこれが本当だとしたらこの仮説を裏付けるものとなる。

 

以上ほんじつの妄言

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2026年9月25日