私はわたしを救えるか
メッセージの音がスマホから鳴って内容を確認する。
『今夜の宿がありません』
新規の友達追加と同時にその一言だけが送られてきた。
鞄に生活保護の申請書があるのを確認して立ち上がり、返事を打つ。
『今、どちらにいらっしゃいますか?』
車庫に向かいながら返事を待つと『山崎駅』と返ってくる。
ドアロックを解除して助手席に鞄を放った。シュル、とシートベルトを出してカチリと締める。
『そちらに向かいますね、南口のロータリーでお待ちください。』
時間は十六時半、ギリギリ間に合うかどうか。エンジンをかけて車を走らせた。
生活に困っている人をなんとかする。という大雑把な仕事を始めて二年。SNSの発信からこうして繋がり助けを求める人の支援という仕事を続けている。
就職氷河期、リーマンショック、経済は定期的に多数の失業者を出す。
四年。
ようやく仕事に慣れ、生活が軌道に乗り始めた頃に雇用を切られる人がいる。
法律は非正規雇用者を守るため、一定期間働けば直接雇用を求められる仕組みを作った。けれど企業は、その前に雇用を切るようになった。
これが期間工や派遣の求人が常に途切れない理由。
その仕組みの中にいる限り安定はない。
山崎駅の南ロータリーに車を寄せる。リュックを背負った男性がスマホを手に立っていた。
シートベルトを外してその男性に話しかける。
「TSUNAGARI LIFEの吉岡です。お問い合わせの方でお間違いないですか?」
男性は控えめに「はい」と答えて、戸惑いながら歩み寄る。
「いったん車でお話聞かせてもらえますか?」
助手席の扉を開いて自分の鞄を手に取り中に入るよう促す。
十七時、今日は間に合わない。
再び運転席に乗り込んでロータリーから離れた。近くのコンビニの駐車場にいったん車を停める。
鞄の中からノートとシャープペンシルを取り出して、ノートに挟んでいる名刺を男性に渡した。
「改めまして、吉岡さおりです。お名前を伺ってもいいですか?」
名刺を受け取った男性はそれを見つめながら小さい声で言った。
「田中大です。大きいと書いて、まさる」
「お金はあとどれくらいですか?」
「二千円と、少し……」
ネカフェもサウナも行けない金額。シェルターか、居住支援法人か。
「最後に食事をとったのは?」
「お昼に、食べました。コンビニで。それで、お金がなくなって」
……所持金二千円、コンビニ、……この人。
「今から行く場所が、どちらの方がいいか教えてください。ひとつめ、シェルター。ここはあなたのような人が一時的に身を寄せる場所です。集団部屋に入ることになります。ふたつめ、炊き出し。昼に充分食べられていないなら、こちらもありです」
男性は迷わず「炊き出し」と答えた。……という事は、昼の食事にはあまりお金を使っていない?
その答えを聞いて、私はまた車を発進させる。
「前住大通公園の炊き出しに向かいますね」
ここから近い、五分もかからないだろう。炊き出しが始まるのは十九時、まだ準備も始まっていない。けれど十七時にはすでに炊き出しの現場に人々は並び始めている。何故か。早く食べ終われば、「おかわり」が出来るかもしれないから。
つまりその夜の炊き出しが、その日の唯一の食事になる人も多く集まる。これが炊き出しの現場。
公園に車を寄せると、思っていた通り、すでに行列が出来始めていた。
「飲みかけのペットボトルとか、ありますか?」
「あ、あります、けど」
行列の最後尾を指差した。
「それを、あの列の最後に置いてきて下さい」
列には必ずしも人が並んでいるわけではない。その人のものが代わりに置かれている。同じようにして、まずは順番を確保する。
コインパーキングに車を停めて、私はスマホを取り出した。相手はホームレス支援団体の渡辺さん。
「すみません、緊急保護繋げられますか? 若い男性です。炊き出しに誘導したので、いったん相談だけでも。お願いいたします」
ネットカフェ難民などという言葉がすっかり定着してしまった。そしてネットカフェ側もそういう需要があるとわかるとシャワールームやナイトパック、ウィークパックと次々にそういう人をターゲットにした商品を作り出していく。こうして本来ホームレスと呼ばれる人達は街の中に紛れて見えなくなってしまう。
助けを求められずその日暮らしを強いられている人がどれだけいるのかわからない。
そうして貧困は隠れていく。
渡辺さんの団体は元々この炊き出し現場で週に一回生活相談という窓口を開設している。困っていることを中心に相談に乗りながら、病気の有無・所持金・寝る場所を聞き取る。そして、今後の生活に向けた支援に繋げたり、この場で繋がり続けることが重要だと判断したり、対応は人によって違う。
今日は相談の日じゃないけど、来てもらえることになった。渡辺さんが着くまでの間、公園の隅で田中さんと話をする。
「お仕事はいつから?」
「先月末に、契約更新しないと言われました。寮付きの仕事だったので、最後のお給料が今月の十日に入って、そのお金でしばらく大丈夫だと思ったんです。けど……」
今は二十日。十日で一ヶ月分の給料がなくなった……?
「寝泊まりはどこで?」
「ネットカフェです。ナイトパックを使っていたんですけど、つい寝過ごしてしまったり……」
「雇用保険は、わかりますか?」
「雇用保険……ですか? ええと、給与明細に書いてあるのは、見たことがあります」
雇用保険を……知らない。四年切りのパターンなら受給できそう、だけどこの場合は。
「何年働いていたんですか?」
「三年か、四年くらいだったと思います」
「そのお勤め先の書類って、今何かお持ちですか?」
田中さんはリュックの口を開いて、ぐしゃぐしゃになった書類を取り出した。その中に、緑の線が入った書類が見えた。
「ちょっと見させてもらってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
折り目を開いていく。さっき見えた緑色……あった。離職票。……雇用保険には繋げられる。やむを得ない事情で離職した特定理由離職者として。
金額的に……月十五万円は貰える。生活は、できる。
「田中さん、この書類なんですが」
離職票の皺を伸ばして、指で指し示す。
「ここ、離職した理由にチェックをつけて頂いて、こちらにお名前、ボールペンで書いてもらっていいですか? この書類を、ハローワークに出すと、失業給付というお金がもらえます。多分、月十五万円くらい」
田中さんは紙から顔を上げた。
「お金が、もらえるんですか?」
「そうです、失業した人を守る制度です。ただし、紙を出してから、実際にもらえるまで……一ヶ月くらいかかると思っておいて下さい」
実際はそれよりも少し短い。けど思っていたよりも遅い、よりは思っていたよりも早い、の方がいい。
しかし住宅の確保、雇用保険がこれだけ出ると生活保護に繋げられない。月十五万円から初期費用を作るのは無理だ。住宅支援給付を使っても。……これは貸付を利用するしかないか。
「車の中で、ひとつめのシェルターを選ばなかったのは、何か理由がありますか?」
「ええと、お腹が空いていたので……」
「そうすると、一時的な集団生活自体は大丈夫でしょうか?」
「あ、それは……少し苦手かもしれないです」
「少し……我慢できないくらい苦手ですか?」
「同じ部屋の人が……どんな人かにもよりますけど……」
単に集団生活が駄目なのか……人付き合いの面か、別の要素か。
「食べ終わったら、少しだけ見に行ってみませんか? 見てみて、やっぱりきついとなったら、また別のところを考えましょう」
「あ、はい。その方が、いいです」
話していて感じる違和感。所持金二千円で泊まる場所がない。のにどこか他人事のような話し方。断定はできないけれど、恐らく知的な障害を持っている、可能性がある。手帳が出るか出ないかくらいの、ボーダー層かもしれない。ただ、そっちの話は今は後、今夜寝る場所の確保が優先。その次に住宅の確保。
公園に何台か車が入ってくる。
「炊き出し中」と書かれたポールが公園の入り口近くに置かれて、車の中から長机が運び出された。
スマホが鳴る。渡辺さんだ。
『今着きました、どちらにいますか?』
「お世話になります。今南のベンチにいます。シェルターの話を少ししました。一応見に行く事にはなっています。あと、雇用保険受給資格があるので住宅確保給付金も一緒に行ってきます。それまでのつなぎですね。シェルターに入れたら一番ですが、難しければ臨時特例つなぎになるかもしれません。それと、多分ですが、ボーダー層の可能性があります」
電話をしながら男性が歩いてくる。立ち上がって軽く会釈をした。その男性、渡辺さんは田中さんの前でしゃがんだ。
「大変でしたでしょう、養和サポートセンターの渡辺と申します。ホームレスの方の支援をしています」
「あ、えっと、田中です。僕はホームレスというか、ええと、」
「ああ、すみません。私たちは帰る家のない方をそう呼んでいるだけなので、田中さんのことをホームレスだと言っているわけではないですよ」
田中さんはほっとしたような顔を見せた。私たちの定義では、田中さんは紛れもないホームレス。だけど普通の人がイメージするホームレスは、顔が日焼けしていて皺が深い、自転車に空き缶をたくさんぶら下げているおじさんやおじいさん……だから自分がそうだと言われると抵抗を感じるのが普通だ。
「シェルターが難しかった場合なんですが、お金も僅かで泊まる場所がないんです。養和さんの施設は今空きはありますか?」
「それが、多分あと2〜3日で出られる人はいるんですけど、現状一杯でして。申し訳ない」
その2〜3日を……シェルターで無理やり我慢してもらうか……少し遠くなるけど別の居住支援を当たるか。
「ちなみに田中さん、何か福祉の支援って、受けてないですか?」
田中さんはカバンの中から財布を取り出した。その中に、緑色の小さな手帳。これは。
「愛護手帳なら、あります」
障害の方の緊急保護に繋げられる……!
「ありがとうございます。ちょっとこの手帳、メモがわりに写真撮らせてもらいますね」
三つ折りの手帳を広げて表と裏、スマホで写真を撮る。四度、やっぱり軽度。だけど手帳がある。
「そろそろ列に並びましょうか、一緒に行きましょう」
渡辺さんが田中さんに手を差し出す。田中さんはその手を取らずに立ち上がり、渡辺さんと一緒に炊き出し現場の方へ向かっていった。
その間に障がい者方面で活動している支援団体に電話をする。
「お世話になっております、TSUNAGARI LIFEの吉岡です――」
田中さんの宿となる施設は無事に見つかって、炊き出しの食事を食べ終えてから車で送り届けた。
けどこれは、一時凌ぎ。明日はハローワークに行って申請。そして保護係に相談だけしに行く。保護はすぐに受給できるわけではないけど、雇用保険が切れた後まだ仕事が見つからなかった場合に備える保険。そしてついでに住民票と印鑑証明の手続きをして、社会福祉協議会に向かう。そこで受けられる支援は臨時特例つなぎ資金という「貸付」、一時凌ぎで十万しかないが比較的早くお金が手元に入ってくる。その十万円で借りられる部屋を探すのが私の本業。
不動産エージェント、宅建業者と業務委託契約を締結してフリーランスで動く店舗を持たない不動産仲介。お客様である田中さんからは仲介手数料は取らない代わりに、物件のオーナーから出る成約時の広告料が収益になる。とはいえ、生活保護から出ない鍵交換代なんかを広告料から相殺してもらい、お客さんの負担を私が負うようなこともしたりする。
大きく儲かるわけじゃない。むしろ微々たる収入にしかならない。それでも私がこの仕事を辞めないのは、田中さんのような帰る家もなく仕事もなかった時代が私にもあったからだった。
十七歳の時。高校を中退して家を飛び出した。ネットカフェで寝泊まりをしながら、その女の子は自分の性を売る以外に、お金を得る手段を持っていなかった。
精神科に行き、「私は多分病気があります」と医師に伝えた。事情を聞かれて話した。話しながら涙がぼろぼろと溢れた。医師は出来る限りの支援に女の子を繋ごうとした。
「気分変調性障害、これで診断書を書きます。年齢的にぎりぎり、児童相談所の保護が受けられるかもしれません。それと薬も……まずは漢方を、飲んでみましょう」
でも十七歳の女の子は、診断書が何をしてくれるのか、児童相談所がどこにあって何をしてくれるのか、処方された薬で、何がどうなるのか、何も理解することができなかった。
薬の管理も出来ず、お金はなく、僅かなバイトの面接を受けても通らず、女の子は「援交」という名の売春で日銭を得ることを覚えた。

