私はわたしを救えるか

22,582文字約45分38 View

その他,全年齢,中編,完結済みルポ風,社会派ドラマ,一次創作,シリアス

 目崎さんに、次の週の水曜日、物件提案をする。三件見つけたナシナシ物件、つまり敷金礼金ゼロ円かつ、ハウスクリーニング代も鍵交換代もかからない物件。厳密には、私に入る収入から鍵交換代を相殺してもらえると約束を取り付けた物件も含まれる。
 数時間後に見てみたら、既読はついている。でも返信はない。木曜も、金曜も、返信は来なかった。一度内見で会っているから、ちゃんとした人だとは確認している。つまり、返信できないほど……症状が悪くなっているのかもしれない。
 今彼女は女性用シェルターにいる。生活保護の受給も決まり、ケースワーカーもついている。私が口を挟むことじゃない。
 金曜の夕方に、メッセージを送った。
『お世話になっております。ご返信が難しいときもあると思いますので、お気になさらないでくださいね。ご連絡はいつでもお待ちしておりますので、よろしくお願いいたします。』
 ……うつ状態だと、できていないことを過剰に負い目に感じてしまう。回復まで待つ時間も、ときには必要だ。物件はそのときにまた探せばいい。

 病気や障害の有無は私の仕事において様々なことを左右する要素。もしあれば、障害者福祉の制度を利用することができる。ただし一般の賃貸住宅には入居しづらくなる。諸刃の剣のようなものだ。あるなしで支援の方向性は大きく変わる。

 時間が空いた隙に主要な駅の近くにあるネットカフェにアポを取る。家がない人の拠り所であるネットカフェに、家がない人へ、というカードを置かせてもらえないかという交渉。
 ネットカフェからしてみたらそういう人は毎日通ってくれる大切なお客様だ。簡単にいいですよ、なんて言ってはくれない。
 だけどこういうところにこそ、支援する人が、相談できる人がいるとわかるものを置かせてもらわなければ潜在ホームレスは姿を見せることはない。
 何度断られようが交渉の電話はやめない。ネットカフェだけでなく最近はカラオケ店にもターゲットを広げた。
 昔は日雇い派遣が根無草のセーフティネットだった。法律の規制が入ってから、今は宅配サービスがその代替となっている。
 今日寝る場所を確保するために自転車で駆け回る生活。……そんな不安定な生活、終わらせよう。そう言いたい。私が何とかするから。
 でもそんな声は届かない。ネットカフェも宅配業者も、彼らがいなくなると困るからだ。

 居住支援法人、これほどまでに地域性を感じるものはない。ある地域では、居住支援法人が自社で単身者向けの物件を多量に持っていて、その日のうちにすぐ入居ができて、家賃も後払いでいいというシステムにしている。入居後に生活保護受給のサポートをして、保護受給開始となったら保護費から出る家賃を収入として運営をしている。元々ホテルだった物件を買い取って内装工事をし、賃貸住宅の基準を満たす部屋を可能な限りたくさん作ったらしい。
 そして役所もそういう居住支援法人がいることをわかった上で、生活保護費から賃貸住宅の初期費用は出さない、という運用をしている。
 生活保護法と保護の手引きを両手に持ってぶん殴りに行けば初期費用も出してくれるだろう。けれど私がしたいのは喧嘩じゃない。それぞれの地域性を理解した上で、その地域の支援団体と繋がり、私にできることをやる。
 その居住支援法人の課題は、入居した人の出口がなく、新たに受け入れることが難しくなっている、ということだった。そこで、私が出口を支援するために、「普通の部屋に引っ越しませんか?」というポスターを貼らせてもらって一時は困り果てて身を寄せたその部屋から、普通の賃貸住宅に居を移すための支援に入っている。
 ただ、そこから問い合わせが来るケースは稀だ。きっと今の場所の居心地がいいんだろう。そういう意味では居住支援法人の戦略は成功していて、そしてだからこそ今の課題を抱えている。仮に別の物件を買って同じように改装し、受け入れ人数を増やしたとしてもいずれはパンクする。
 素晴らしい取り組みの裏にある理想と現実のギャップ。そこに少しでもいい、お手伝いができたら。

 対してある市の居住支援法人。その認可を受けている法人自体は何ヶ所もある。けれどその日の宿に困っている人を即日受け入れる、という対応は基本的に行なっていない。相談は受け付ける。けれど結局シェルターに行くように誘導される。
 私たちがシェルターと呼ぶ無料低額宿泊所。基本的に6人ぐらいの相部屋になっていて、生活保護を受けるにも二週間はそこで過ごさなければいけない事になっている。
 けれど大の大人が見ず知らずの5人と一緒に二週間寝泊まりするように、なんて言われて抵抗を感じない人の方が少ないだろう。それでもそこしかないからみんな我慢して共同生活をしている。その二週間さえクリアできれば、保護を受給して賃貸住宅に移ることができるからだ。
 でも集団生活が苦手な人はいる。集団生活を嫌がる人もいる。そういう人は、シェルターに入らなければならないことを知ると支援者から遠ざかっていく。
 車中泊の人にこの傾向が強い。なぜなら、保護を受給するには車を手放せと言われることが多いからだ。
 古い車であまり価値がなく、そして新しい仕事を探すのに車が必要だと認められれば保有が許可されることもある。その論理武装を身につけてもらうのも私の支援の一環だ。

 スマホが鳴る。新しい友達追加……「たかし」さん。
『友達追加ありがとうございます。どんなことでお困りですか?』
 返事はなかなか来ない。
 興味本位で友達追加する人もいないわけではない。
 けれどこの無言の間、もしかしたらどう伝えればいいのか悩んでいるのかもしれない。
 だから私はいつ返事があってもすぐに対応できるように、寝る準備をした後でも返事を待ち続ける。
 夜は支援機関も動いていない。動けるとしたら身軽な私だけだ。夜だからこそ出向いて直接会って話を聞くことが信頼につながることがある。
『何をしてもらえますか』
 二十分待って届いた返事に、どう返すか考える。私という社会資源をどう利用できるのかを確認したいんだろう。何でもやる、と言いたいところだけどそこまでは出来ない。
『まずはお困りの状況があれば確認させていただきます。状況に応じて、直接お会いしてお話をします。お困りの内容を確認できましたら、解決に向けてどんな支援があるのか、支援をどう使っていくのかを一緒に考えます。よろしくお願いいたします。』
 ん、ちょっと長すぎただろうか。もし知的な障がいがある人だったら、これは少し難しいかもしれない。
 ……けれど、経験則に過ぎないが知的な課題がある人はこの聞き方はしない。ストレートに何に困っているのか言ってくれる場合がほとんどだ。
 だから多分、私に何ができるのか確認したい……んだと思うけど、そこんとこは会話のラリーを繰り返さないと見えてこない。
 自分で何とかしよう、という気持ちが強い人ほど人に頼ることに抵抗があって、そして本当のことを口にしてくれるまで時間をかけなければならない。
 そして待つことに関しては福祉の世界に入ってからはすっかり慣れた。問題は今二十三時、ここから会話のラリーが続く場合、もしかしたら車を出さなければならなくなるかもしれないし、相手が「寝ます」と言わない限り返事を待ちたい。もしかしたら脱水なんかで緊急の医療支援が必要、というのもありうる。ここでヘルプをキャッチしているのに寝てしまって見逃したら、一人の生命に関わってしまう。
 いろんな可能性を考えると、いかに返事が遅くても相手の方から会話を切るまでは一応待っておきたい。
 でもその後、返事はないまま二時間が過ぎて、流石にこの日はもう寝ることにした。たかしさんも寝たのかもしれない。
『よろしければ、朝にまたご連絡お待ちしております。』
 電気を消しに行って布団に戻ると、スマホの画面が光っていた。え、もしかして返信?
 手に取って画面を見ると、たかしさんからの返信だった。
『遅くに、すみません』
 これは、何か相談したいことがある人の言い方だ。
 ……でもこっちも朝にと返信しているし、たかしさんもこれ以上の夜更かしはしない方がいい。この言い方なら、多分朝またメッセージを送れば相談が来るかもしれない。
 緊急性も……判断できる情報がない。今は寝て朝しっかり支援できる体制にしよう。

 朝起きたら、たかしさんから五件のメッセージが来ていた。そのひとつひとつを読む。
『いま、千秋ボーリング場の駐車場で、車中泊中です』
『雇用保険で何とかしてきましたが、次の給付が最後です』
『シェルターは、以前勧められて、でも入りませんでした。』
『車を手放したくないので、生活保護は受けれません』
『でもこの先の生活も出来なくなりそうで、何か方法があったら教えてください。』
 ……シェルターと保護は拒否、雇用保険が切れる。それなら……貸付が使える。
『おはようございます、メッセージありがとうございました。車を手放さず、再就職することが目標になりますでしょうか?』
『そうです、車だけは、手放したくなくて』
 ……夜とは違ってすぐに返信が来た。これは支援に繋げられる可能性が高くなったということ。
『今の状況ですと、再就職が難しいと思いますので、まずは住宅の確保について一緒に考えれたらと思います。』
 貸付……総合支援資金、旧称離職者支援資金。職を失い、雇用保険も受給できない人向けの公的貸付制度。その中には、新しい住宅に入居するための資金、生活費に充てる資金、その他諸々に充てる資金の三種類がある。
 ただし貸付制度だ、返済が必要になる。いかに借入額を少なくするかは、不動産エージェントとしての私の腕と、住宅支援給付という家賃相当額の給付を受けられる制度の併用が必要だ。
『生活もままならなくなるのに、初期費用までは……』
『大丈夫です、使える支援制度がありますし、入居初期費用を極力抑えられるお部屋探しも支援します。』
 こういうケースでは、どの程度の書類を用意できるかが鍵になる。貸付だから当然審査がある。そこをうまく潜り抜けられる書類、これが重要だ。お金がある今のうちに、住民票や印鑑証明も取っておいてもらわないと。
『何をしたらいいですか』
『一度直接お会いしてお話ができたらと思っていますが、いかがでしょうか。』
『お願いします』
 ……よし、千秋ボーリング場。……寂れたボーリング場で、駐車場だけは無駄に広い。そして夜間も閉鎖されない。車中泊の人は、夜ここで過ごすケースが多い。
『四十分ほどで着きますので、お待ちください。』
 
 その場で知り合った男の家を渡り歩く、そんな生活を終わらせたのは三十二歳の男。女の子はその男に惹かれていた。そしてその男も同じ考えだった。そう思っていた。
 その男と同居することになり、二人で住む家を探して、援交から足を洗って、派遣で働くことになった。
 女の子は知らなかった。その男が恋愛ではなく支配の対象としてそばに置くように仕向けていた事を。
 男は自分のことが好きで、そして自分も男のことが好きなんだと、女の子は思っていた。
 だから必死にその男と生活するお金を稼ぐために、派遣とバイトを掛け持ちしながら働いて、家事もこなして。
 でも男は女の子のことを支配対象としてしか見ていなかった。愛情を知らない女の子は、それを愛情だと思っていた。
 二年後。心身共にボロボロになった女の子は、男が仕事に出ている隙に抜け出して、着の身着のままあの街へ逃げた。
 十七歳の頃に身体を売ったあの街へ。

22,582文字約45分38 View

その他,全年齢,中編,完結済みルポ風,社会派ドラマ,一次創作,シリアス