私はわたしを救えるか

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その他,全年齢,中編,完結済みルポ風,社会派ドラマ,一次創作,シリアス

 何の心配事もない朝、目が覚めてから、ゆっくりと起き上がって食パンをトースターに入れる。
 仕事がないのはいいことだ、と言いたいところだが、それによって私の収入は途絶える。
 私の出番がなくなる社会になるのは間違いなくいいこと。しかしそうなった時に何を食いぶちにするか……。ま、支援団体のどこかにお世話になればいいだろう。幸い顔は広い。
 トーストにジャムを塗ってかじりながら朝のニュースを見る。株価は安定、経済が急降下する兆しなし。
 うん、いいことだ。平和な方がいいに決まってる。
 スマホを取り出して、今月の案件数を確認。五件。……うん、少ないのはいいことだけど……。
 
 基本的に、生活保護の案件以外では仲介手数料は頂いていない。管理会社からの広告費、おおむね家賃一ヶ月分が収入源になる。そして単身の方の入居支援では、だいたい家賃は三万五千円から四万円ほど。多く見積もって四万円だとしても、二十万円。ただ、不動産エージェントだから全額入るわけじゃない。私の取り分は九割、つまり今月の収入は……多く見積もって十八万円。
 ここに経費を入れると……んー、考えるのやめよっと。
 絶対必要じゃないお節介をしてしまうのは私の悪いところだ。数日風呂に入っていないと聞いたら拭くシャンプーを持って行くし、夏場で車中泊の人には冷たい麦茶を持って行ったりする。
 その時は合理性があると思っていても、後から振り返れば「そこまでする必要あったか?」と思うこともしばしばある。
 けどそういうちょっとしたお節介が信用につながることもあるから悩むところだ。何より、その時の自分の嗅覚と判断を信用してる部分があるから、最終的に「ま、いっか」になる。
 そういう細かいものもちゃんとレシート取ってあるんだから、それだけでもエライ、ということで。

 久々の休日になるのかな、と思っていたらスマホが鳴る。新規さんではないみたいだ。
 スマホを手に取ってトーク一覧を開き、思わず両手でスマホを持った。jさんからだ……!
『日本語があまりわかりません Hindi ko masyadong naiintindihan ang wikang Hapon』
 支援団体からは特に何も来ていない。……これは英語でもない。……タガログ語? もしかして、フィリピンがルーツの親子!?
『Posible bang makipag-usap sa Tagalog?』
 ……タガログ語でのやりとりは可能でしょうか? これが届いてくれたらいいんだけど。
 九州で生活保護、その後頼る当てがないまま愛知に来た、フィリピンがルーツ……。確かに名古屋には女性が中心のフィリピン人コミュニティがある。……フィリピンの繋がりで名古屋へ? でもちゃんとした繋がりがあるならコミュニティが受け皿になって……いや、この人は親子だ。成人したお子さんがいる。
 一人なら誰かの家に居候もできたかもしれない、けど二人は厳しい。そういえば、気が付かなかったけどこの親子はなぜ土地勘のない愛知の支援団体に助けを求めることができたのか、その理由がフィリピン人コミュニティにあったのかもしれない。
 仮定に過ぎないけど、謎だった部分もこの仮定だと整理できる。
 でも、最終的には本人に確認しなければいけない。
 すぐに既読はついたけど、何時間待っても次のメッセージは来なくてソファに背中を預けた。
 転宅指導が受けられたのか、名古屋で保護の決定は降りたのか、それとも保護申請をしていないのか……世帯分離の扱いで一人ずつ支援団体の部屋を借りてるはず、だからきっと保護自体はどうにかして受給している。でないと家賃が払えないし食事も困るだろう。
 保護受給出来てるとして……日本語があまりわからない外国籍……これは物件提案が手こずりそうだ。病気の有無も気がかりだし。
 って情報もないのに考え込んでも仕方ない、次のメッセージが来るのを待つしか。

 スーパーに行くにも、運転中も、料理中も、スマホを気にかけ続けた。けどjさんからのメッセージは、結局来なかった。

 ……しかしなるほど、外国人コミュニティか。
 そっち方面は営業をかけたことがなかった。特にフィリピン由来の方の場合、女性で夜職も多いから収入証明が出せずに入居審査に通らないケースが多い。だから仲介が難しい。まあ、難しい中でも通る物件を探すしかないんだけど。
 ただ、フィリピンやブラジル、中国ルーツの人たちは独自のコミュニティがあって、民間の賃貸というよりは市営や県営、URの物件を選ぶ人が多い。つまり、通常ある保証会社の審査がいらないセーフティネット住宅を最初から選ぶ。これは外国籍コミュニティならではの生存戦略だと思うし、だから積極的にそういうコミュニティに入って行こうとは今まではしていなかった。
 お金にはならないけど、jさんのケースも市営や県営、URの紹介をした方が本人たちにとっては楽かもしれない。というのも、そういう住宅はほとんどが二人以上の世帯を対象とした間取りになっている。
 民間の賃貸だと二人入居可、かつ外国籍、かつ生活保護、かつもしかしたら病気や障害があるかもしれない、となると提案できる物件はかなり限定される。
「おっと……また考え込んでたな」
 頭切り替え、メッセージが返ってきてから改めて考える! で、今日はもう寝る!
 電気を消して、ベッドに入った。最後に通知が来ていないか確認して、充電器に繋いだスマホを枕の隣に置く。
 何がベターなのか考えるのは大事だ。けどjさんの場合はそれよりも、私を信頼してもらうところから丁寧にやっていかないと。

 外国籍コミュニティに属する人たちは基本的に弱い立場にある。歴史的な背景としてブラジルと日本は結びつきが強いから、今も出稼ぎのために日本に来てコミュニティの中で情報を得て仕事を得る……ことが多いらしい。伝聞だかららしいとしか言えないけど、だから特徴として、自国の家族に仕送りをしている人も多い……ようだ。これも確信を持ってそうだとは言えない。
 フィリピンの人もそのあたりは基本的にあまり変わらない。中国に関しては情報が薄過ぎて「らしい」レベルのこともわからない。
 ただ、窓口に相談に訪れる外国籍の人はブラジルとフィリピン由来の人が圧倒的に多かったから、中国の人たちはきっとうまいことやっているんだろう。
 
 問題は、彼らがいつ帰国するのかわからないことで、家賃の滞納により明らかになるケースも多い。
 仲介しづらいのは単に物件の少なさではなく、帰国する時はきちんと手続きを経て帰国するようにしっかりと説明しても、いわゆる「飛んで」しまうことがあること。これは管理会社からの信頼を損ねるから仲介の立場としてはかなりきつい。
 だから公営住宅やURを選んでもらう方がお金にはならないけど逆にありがたい。目の前の人を信用したい反面、今までの実績を考えるとどうしても民間賃貸は慎重になる。
 
 ただ、市営住宅は倍率が高い。人気の物件は抽選になる。落ちれば次の募集まで待たなければならない。ただ、倍率が低い不人気物件もある。古くてエレベーターがないとか、交通が不便とか。どこでもいいから入りたい、という場合なら、不人気住宅の中でもここはマシ、というところを狙って一発当選も狙える。
 
 何年か待てる余裕がある人なら、敢えて倍率の高い人気物件へ申し込み続けて、落選回数を稼ぐ手もある。一定回数以上落選している人は、抽選で優遇されるからだ。
 公営住宅はこういう攻略法を知っているかいないかで抽選結果の度に一喜一憂しなくても良くなる。
 URの場合はシンプルだ。空き住宅の情報をWebから拾って申し込むだけ。書類で条件さえ満たせれば初期費用なしで入居。ただし、家賃は公営よりも高い。
 住まいを確保した後の生活まで考えるなら、住みやすい物件を選ぶに越したことはない。けれど私の仕事の対象になるのは何年も待つ余裕なんてない人ばかりだ。結果として、不便な物件を選ばざるを得なくなる。
 だから家賃が多少高くても良い人ならURの方が使い勝手はいい。
 外国籍コミュニティの中でもきっとそういうノウハウが存在するんだろう。

 ただ、そうなるとやっぱり、jさんが名古屋に来た理由が謎だ。コミュニティ内の情報でおそらくあの物件は入居しやすい、みたいな情報共有がされていてもおかしくないのに、私に繋がり、今日連絡があったということはまだ物件探しができていない。
 連絡があったからには何らかのニーズを抱えてると思うんだけど……。
 あーだめだめ、今日はもう寝る、メッセージ待つ、おやすみ!

 ホームレス支援団体の渡辺さんと、定着支援に同行する。元路上生活者でアパートに入居した人達の様子を定期的に訪ねて回り、困っていることがないか確認するという仕事とは関係ない活動。
「保護と年金だけだと足りないから、空き缶はまだ続けてんだ」
 机の上の灰皿、煙草、ゴミが散らかる畳の室内には、カップ酒の空き瓶。
「空き缶って意外と収入になるんですね。でも、火事だけは気をつけてくださいよ。寝タバコとかしてませんか?」
「うん、ありがとう」
 生活保護なのに煙草や酒なんて、みたいな話はしない。けれど普通の人がこういう実態を知ったら、もしかしたら批判の対象になるかもしれない。
 でも私たち福祉の人間はその人らしい生活を支えるという共通認識を持っている。
 ずっと路上で生活していた人が、アパートという空間の中で暮らすというのは普通の人が考えるよりもストレスだ。そんな中で唯一の楽しみかもしれない嗜好品に対して口を出すのは、支援者としては「踏み込み過ぎ」になる。生活保護にも、保護と年金以外に収入があるなんてチクったりはしない。

 二年以上経って、もしかしたら今なら実家が受け入れてくれるかもしれないと、女の子は実家の戸を叩いた。
 出てきたのはおばあちゃんだった。
 口を開く前に、お前の居場所はないと戸を閉められた。
 女の子は、自分の帰る場所はないと改めて思い知らされて、あの街へ戻った。
 スマホで男を探す昼、金を手に気分を紛らわせるために参加するオフ会、ネットカフェで涙が止まらない夜を何日も歩き続けた。

 その日は、参加者の友達が急遽参加した、いつものメンバーではないオフ会だった。
「帰る場所がないんで、ホームレスなんです」
 はじめて会う人に話す自虐ネタ。その友達という男性はオフ会が解散した後、女の子の手に鍵を握らせた。
「俺、ここから十分ぐらいのところに住んでる。昼に仕事でいない時とか、シャワーとか、自由に使っていいから」

 身体と引き換えに男の家に泊まることはあった。
 まだ何もしていない素性もわからない女の子に、その人は家の合鍵を渡した。
 家を自由に使ってもいいと。
 見返りを求めているにしては、その人が女の子に渡したものは、あまりに大きかった。

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