規格外の祈り
目を閉じたマダラを見送り、穢土転生から解放された柱間はその魂がどこかに向け引っ張られているのを感じた。その重力のようなものは徐々に強くなってついには魂がどこかに向け落ちていく。いや上がっている?それすらもわからないままその力に身を任せているうちに、意識は遠くなっていった。
柱間と名付けられたその赤子はまるで名を借りた祖先の甦りのようにその容姿も、声も、そして体躯も瓜二つだった。
周囲が「あの柱間」が現代に甦ったのではないかと期待の眼差しを向ける中、柱間少年は常に喪失感を胸に抱きながら育っていた。
何かが足りない。
何が足りない?
その喪失感の正体を見定めようと思考を巡らせ続けたが、齢12歳になるまで胸にポカリと穴が空いた感覚の正体がわからないままアカデミーを卒業して正式な忍として登録することとなった。
一人前になったことを祖先に報告しようと連れられた墓参り。立派な墓石に無数の卒塔婆が取り囲んでいる。その中に「柱間」と読めるものが見つかり、アカデミーで習った初代火影様も千手柱間の名だったことを思い出した。
自分とは関係のない遠い昔の偉人と思っていた存在が、まさか自分の祖先にあたるのか。
「母さんここは、初代火影様のお墓でもあるのか。」
母は優しく微笑みながら柱間の頭を撫でる。
「とても偉い方だったから全ての遺骨はないけれど、ここにも眠っておられるわ。貴方の名前も初代火影様から頂いたのよ。」
初代火影様、という言葉が耳に入り、脳まで届いた瞬間に何かが蘇ってくる。なんだ、これは。オレはこんな記憶は知らない。白昼夢……でもない。この河原で話し合っているのは誰だ。大切な人だったはずだ。でもオレにはそんな記憶はない。これは……。
柱間はその場にふらりと倒れた。
長い、長い夢を見た。
河原で共に語り合った友、その友と命を奪い合わなければならない戦いの日々、夢が叶った瞬間、そしてその隣に立つ大切な存在、……まるで自らに起きた事のように鮮明な夢は、起きた後も記憶として保持し続けた。
ベッドから降りて、台所に立つ母に尋ねる。
「母さん、マダラは? うちはマダラにも墓があるのか?」
母は驚いたように振り向いた。
「急にどうしたの? マダラは千手や里の敵だったから……うちはの人なら知っているかもしれないけど、ごめんなさいね、母さんは詳しくないの。」
それを聞いて柱間は走り出していた。
他人が知りようのないことまでが鮮明に記憶として蘇っていた柱間は、自分は生まれ変わって再び生を受けたのだと解釈した。
しかしオレは何故生まれ変わった?
マダラは何故いない?
長年抱いてきた喪失感、それを埋める存在はマダラ、お前しかいない。
うちはと書かれた表札を確認し戸を叩き話を聞く。貰ったメモ紙に書かれた簡易な地図に従って川の近くにある神社に辿り着いた。
あまり手入れがされていないその鈴諸を掴み、思い切り横に揺さぶり、涙が溢れ出そうになるのを堪えながら手を叩き、頭を下げる。
『うちはマダラという人物はその危険性の高さから……もう二度と生き返ることが無いよう、念入りにその遺体を炎で焼き尽くし、遺灰はどこかから撒かれ自然に戻されたと聞いています。ただ、魂の器をバラバラにしたところで魂は切り刻めない。なのでその魂が死んでも尚災禍を振り撒く存在とならないように、神として奉っています。』
マダラ、ここにいるなら応えてくれ。
オレだ、柱間だ。
ひっそりと静まり返る中、小さな社には何らの変化もない。
人間として再び生を受けたオレ、そして神として奉られているマダラ。
そんな現実を突きつけられるくらいなら、いっそ思い出さない方が幸せだった。
マダラが隣にいないのでは、この二度目の生には意味がない。
かつて自分とマダラが刻まれていた渓谷の上に立つ。
マダラどこにいる
お前なしで俺はどうしたらいい
頼むから応えてくれ
マダラ
馴染みのない浮遊感、マダラが目を開けるとひたすらに白い空間にいた。
柱間も眠っている様子で、身体が透けているのを見てそうか、死んだのか。と納得した。
しかしここはどんな空間なのかと見回していると、急に床が消えたかかのようにどこかに落ちていく感覚。周囲の様子が変わっていくのに気を取られ、いつの間にか柱間の姿が見当たらなくなっている。
落ちに落ち続けた終着点にあったのは暗闇の中炎が囂々と燃える巨大な炉のような場所だった。それが視界に入って、マダラは自分が地獄に堕ちたのだと理解した。
「面白い、どんな苦痛でも耐えてやろう!」
マダラは自らその炎の中に飛び込んだ。
全身に襲いかかる熱さ、痛み、肉が焼ける臭いを感じながら、死してなお感じる痛みにマダラは笑っていた。
それが小さい社に閉じ込められて100年余り、もう年月を数えるのは忘れた。
仏様がどう思っていようが人間が俺を神として祀ると地獄には堕ちないらしかった。
ただしかしこの小さな社の中に閉じ込められ姿形もない今の状態は地獄よりも面白みに欠ける。
いつしか眠って過ごすことが多くなった。それはいつか夢見た永遠の夢に似ている。いつまで続くのかわからない夢。
何かのきっかけでこの社が壊されでもしない限り、俺は何もすることができないだろう。
マダラはひたすら眠り続けていた。
馬鹿みたいに大きく鈴を鳴らす奴が現れるまでは。
パン、パン、とこれまた馬鹿でかく手を鳴らし、しかしその後に聞こえてきた祈りの声はひどく懐かしい響きだった。
眠っていた意識が完全にそいつの方へ向く。
マダラ、ここにいるなら応えてくれ。
オレだ、柱間だ。
……間違いない、これは柱間の声。
しかしあいつは死んでいる。まさか生き返ったのか?
穢土転生、にしては若すぎる。社の中からじっとその様子を見つめていたら、長い祈りを終えて柱間は立ち去った。
一応神様という体ではあるが、どうしたら願いを叶えてやれるのかはよくわからない。
柱間の声に応えてやりたいが、どうやればいいのかわからない。
それから柱間は毎日のように俺の元へ来るようになった。その度に何とかならないか試すが、所詮俺は人間とは違う概念らしい。
ただ柱間の声を聞くのは飽きなかった。
毎日通えどそこにマダラの気配も息遣いもチャクラも感じない。それでもこの小さな神社に行くのは辞めなかった。
和睦の手紙を送り続けたように、奇跡が起こらないだろうかと思いながら。
ある日、ごうごうと風が鳴り激しい雨が地面に叩きつける嵐の日だった。オレはあの手入れがされていない社が心配になって合羽を来てそこへ向かった。
しかし、その社の屋根は吹き飛ばされたのか中に雨が吹き込んでいて、思わずオレは社の戸を開け中の様子を伺った。
「マダラ、無事か!?」
答えるはずもないのに口にした名前。その瞬間オレの手に温かい何かが触れたような気がした。
“オレは無事だ"
頭に響いたその声は確かにマダラのものだった。その声の懐かしさに胸がじんわりとしてポカリと空いた穴が満たされていく。
「この手の温かさはお前か、オレの目にはお前の姿はもう見えないのか、お前はこれからもずっとそうなのか、このオレが死んでもその姿であり続けるのか。」
手だけだった温かさが全身に感じる。まるで抱きしめられているかのように。
“オレを神と崇めれる者が居なくなるまで俺はこの縛りから抜け出すことはない。ただ社が壊れた今、里中にばら撒かれた俺の灰を依代にして声だけは届くようだ。"
「なら俺がお前を神と祀るのを辞めさせる、であればマダラも輪廻の輪に……」
“神でなくなれば俺は本来行くべき場所へ行くだけだ。そこは輪廻の輪ではなく、地獄の底。俺が再び生を受けることはない。"
「……ならばせめてオレと一緒にいてはくれんか。木の葉中に灰が撒かれていると、そう言ったな。」
“ああ、木の葉の中にいる限りは一緒に在ろう。"
目には見えないがマダラを感じる、声も届く、どんなときでも。それが幸せなのか不幸なのかはわからない。でもマダラがいない12年と比べたらその存在を感じられるだけでもオレは構わなかった。
だが俺がマダラに話しかけるたびに、マダラに思いを馳せるたびに、マダラは神ではなくなっていった。
社が壊れたことで、あの小さなな神社に足を運ぶ人がいなくなり、マダラを神と祀る人もまた、いなくなっていた。
マダラを認知しているのはオレだけになり、そのオレもまたマダラを神ではなく友人として見ていた。だからマダラは。
自分の中から神聖なものが失われていくのを感じながら、それでも柱間と共に過ごし続けた。もうすぐ神としての役割を終える。その後に俺が行く場所はわかっている。だが少しでも長くこの友人の隣に居たかった。
……しかしそれも潮時だ、柱間に別れを告げよう。
そう思っていた折に残酷な迎えが来てしまった。
俺は柱間にさよならも告げられないまま、またあの白い空間にいた。
わかっている、また堕ちて行くんだろう。そして地獄に行き着く。もう二度と柱間と見えることはない。
目を閉じて全てを受け入れる覚悟を持った。
だがいつまで待ってもあの落ちる感覚は訪れなかった。
痺れを切らして目を開けた瞬間、ずし、と身体に重みを感じる。死んでから今の今まで質量を持たなかった身体が、まるで生を受けたかのように。
そして眩い光を感じてそちらに顔を向けると、神だか仏だかわからない何者かが温かい光を背負いながら一言だけ告げた。
『あの者の強い祈りと願いを、お前は叶えねばならない。』
ガクンと足元がなくなり重い身体が落ちていく。地獄に堕ちたときと似ているようで違う。
落ちながら、徐々に俺の意識は遠くなった。
マダラの存在が忽然といなくなり、オレの胸にはまた穴が空いたような虚無が生じていた。
あの社を訪ねてみたが、屋根は崩れ落ちたまま、朽ちたそれがあるだけで、祈りも願いももう届かないのではないかと思わせる。それでも手を合わせずにはいられなかった。
ここにはマダラがいた。そしてオレの声を聴いてくれていた。
この神社はいずれ朽ち果てて誰の記憶にも残らなくなるだろう。
けれどオレが生きている内は忘れない。この小さな神社にいた神のことも、マダラのことも、オレだけは忘れない。
マダラを神で無くしてしまったのは、このオレなのだから。
里の彼方此方にマダラの欠片が遺っている。
聴いて回った話によると、灰を残すのみとなったマダラを火影岩の上から風に乗せて里へ撒いたのは七代目火影だったらしい。あの九尾の人柱力だった青年。オレと同じアシュラの転生者である彼もまたインドラの転生者とは無二の友だった。だからこそ、マダラの灰を里に撒いたのだろう。
しかしオレは何故二度目の生を受けた。何故オレだけが。マダラの行き着く先を見守る義務があったとでも言いたいのか。オレはマダラの残酷な運命を知るべきだったのか。
神でなくなったマダラは地獄へ行くと自ら語った。神でなくなった今、マダラは……。
手と手を合わせ閉じていた目を開けると、朽ちた社の向こうに何者かの気配があった。……いつの間に、このオレが気がつかなかったなんて、まるでマダラのような……待て、このチャクラは、まさか。
柱間は大声でその気配に向け呼びかけた。
「そこにおるのはマダラ、お前なのか!?」
気配が揺れる。しかし返事もしなければ出てくる様子もない。だがこのチャクラは、マダラに酷く似ている。
柱間は足早に社の向こう側へ歩いた。その社の後ろにいた存在を認めた瞬間に、膝から崩れ落ちる。
それは川で石切りをしていたあの頃のマダラそのもので、そして目に見える、物怪の類とも違う。
「……マダラ、か?」
複雑な表情を浮かべながら同じ年頃の少年はチラと柱間の方を見る。
「お前が規格外にデカい祈りや願いをし続けたせいで俺はまたこの世に落ちてしまった。……お前の願いとやらを叶えるまでは死人に戻れん。」
まるでこの世に戻ったことを恥であるかのように話すマダラに、柱間は気分がどんどん塞がれていく。
「……戻る必要など……あるのか……?マダラはオレと過ごすのが不本意、なのか?」
「そういう訳じゃない。ただ結局のところいつもいつもいつもいつもお前の望む通りになってしまう、それが俺には不本意なだけだ。……共に過ごす事自体は、……俺も嫌いじゃねえ。」
花が咲いたように柱間の顔が明るくなる。膝を立て地面を蹴ってその懐かしい服を纏ったマダラに抱きついた。
「夢ではないのだな?ここに確かにマダラがおる、幻術でも白昼夢でもなく! マダラのおらぬ生など死と変わらぬ、よくぞオレの所へ還ってきてくれた、一生お前を離さんぞ! 語りたいこともやりたいことも山ほどあるのだ、マダラと共に!」
「相変わらずだな、全く……わかってる。そのために魂の器を授けられたんだ、これは柱間のための身体だ。お前の願い、全て叶えてやる。そして今度こそ……」
「オレの願いがそんなに簡単に全て叶うと思うなよ、オレが死ぬまでお前を地獄になんぞやらん!」
自らを強く抱きしめるその背に、マダラも手を回した。
子どもをあやすようにトン、トン、と背中を叩く。
その奇跡が起きたのは、緑が眩い初夏の出来事だった。
