いま、このとき
紺色の衣を自分の部屋で脱いで白い寝衣に着替える。いくつか廊下を曲がった先にあるいつもの部屋に、控えめなノックをしてから襖を開けると同じく寝衣に着替えたカカシが待っていた。
ささやかな机の上には点けたばかりの蝋燭と二冊の書物が置いてある。
その机の前に正座して、持参した白い紙と筆、硯を置いた。
カカシが隣に座ってその顔を見上げようとすると頬を手で包まれて口づけ。勉強をしにきたんだと手を剥がそうかと思ったが、気の済むまで好きにさせることにした。
その気が済むまで、は思いの外長かったが、口を開放されて文句のひとつでも言おうかと思ったら先を取られる。
「ごめんね、つい。勉強に入ろうか。」
……相変わらず狡い男だ。
「勉強の前に、少し聞いてもいいか。」
上の書物の表紙を眺めてから、中身をざっと読む。
「いいけど、何?」
カカシはその書物をひょいと取り上げて頁を捲り、机の上に置いた。
「僧侶の試験、あの内容だったらカカシについていた時点で合格は出てただろ。なんで推薦を見送り続けたんだ。」
机に置かれた書物の頁は近くの大名の起こりが書かれている。自分は大名に説法しないくせに俺には教えるのか。……いや、知ってるからこそ説法をしないのだろうか。
「ひとつ目は、少しでも多く飛ばしたかったから。僧侶になってから位を上げるのは時間がかかる。すなわち最初の試験で少しでも多く飛ばしたほうが、早く上に行ける。」
頁を一枚捲る。今でこそお偉い様だが元々はただの地主だったらしい。
「ひとつ目は、ってことはまだあるのか。」
「ふたつ目は、少しでも長くサスケを傍に置いておきたかったから。」
頁を捲る手が止まった。
どうもカカシは、俺が僧侶になってから、率直に物事を話すようになったらしくこういう事を平然と言ってのける。
どう返事をしたものかと思考を巡らせていたら、カカシが書物の一文を指差した。
「大名の多くは元々農民だった。とはいえ、こいつみたいに地主だと、自分の土地を農民に貸して収穫した物、またはそれを売った金銭の一部を納めさせる、今の大名と似たような事をしてきた輩が多い。」
寺に多額のお布施をしている大名のことを「こいつ」だとか「輩」だとか言うのは多分カカシくらいだろう。その言葉選びから大名に対する嫌悪感が滲み出ているのがわかる。
書物の方に意識を向かわせてその書かれている文字を目で追う。カカシの長い指が頁を捲った。
「最初は身を……というか自分の土地を守らせる為に農民に武装をさせた、とはいえ武器は農具だ。時間の経過とともに、ここだけでなく各地で戦が起こるようになって武装を強化することに金を使うようになり、農民を戦に向かわせるようになっていった。」
守るだけでなく何故自ら戦に向かわせるようになったのだろう。それも、農民達を。
「戦に勝てば相手の土地を我が物に出来る、と気付いて味を占めた訳だ。欲というのは醜い。大雑把に端折ると斯様にして大名が誕生した訳だ。」
自分は情欲に塗れているくせに何が「欲というのは醜い」だ。よくもまあその口で言えた物だ。
「ああ、因みにサスケに対して俺が持っているのは愛情だから、単なる性欲だの情欲だのじゃない。一緒にしないでね。」
また勉学の最中だというのにそういう事を。どんな顔でカカシを見たら良いのかわからなくなるじゃないか。心なしか顔が熱いし胸の鼓動も早まっている気がする。
……今は勉学を学ぶ時間だ、集中しろ。
「大名を名乗るようになってからは、農地だけでなく村や街を手に入れて税を課すことで己の私腹を肥やしてきた、大名については以上。」
「……え? たったのそれだけ?」
「まともに頭に入れてやる必要はない連中だ、その程度の理解で十分。」
学ばせて貰える事は有り難いが、この授業はカカシの偏見が入りすぎではないか。
カカシはその書物をさっと取り上げて畳に適当に放る。
「次、こっちが重要。民の歴史だ。」
放り出された書物に目をくれてみたら、また頬を手で包まれて上を向かされる。
「気になるの? あんな書物気にするぐらいなら俺の方見てよ。」
また口づけ、と思ったら、抱きかかえられて既に敷いてある布団に運ばれた。
「おい、俺は学びに来ているのだぞ。」
「まぐわいにも来てるでしょ?」
さっきから、返事に困る事ばかり言いやがって。
「どうなの? 違うの?」
薄暗くてもわかる熱い視線から逃れるように目を逸らして、答えようにもなかなか喉から声が出ないまま顔が熱くなるばかり。
何故カカシはこうも平然とこんな台詞を言ってのけるのか、それを聞かされるたびに胸の鼓動が早まる俺の気にもなれ。
「ちが、わ、ない……」
何とか喉から放り出した言葉に自分で恥ずかしくなる。言葉でのやり取りなんて稚児のときはほとんどなく行為に及んでいたのに、いちいち確認するように俺に尋ねてくるのは一体何なんだ。
ちらとカカシの顔を伺うと満足気に寝衣を脱いでいた。僧侶の身で何故そんなに身体つきがいいのやら、修練に励む様子など見た事がないのに露わになった上半身には適度に筋肉があって男らしい。
狡い。
卑怯だ。
惚れ惚れとする美しい所作だけでなく均整の取れた肉体、聞けば何でも答えが返ってくるし読経の声は凛としていて……悪いところと言えば俺を玩具にするところ、だったのにそれすら今や愛の営みだと言われ。
罵れるものが何もない。狡い。
……別に、罵りたい訳じゃあ、ないけど……。
また視線を逸らしながら、自分の寝衣の帯に手をかけると、その手がそっと退かされた。
カカシの方を見ると、にこ、と笑いながら俺の帯を解いていく。
「脱がすのは俺の役目、だからとらないで。わかった?」
「……わかんねぇよ……。」
あんなに散々やりまくったっていうのに、今になって衣をはだけられるのが恥ずかしいと思ってしまうのは何故だろう。身体中どこもかしこも全部見られているはずなのにこうして見られながら肌がどんどん露わになっていく事が恥ずかしい。
「なんか、……初々しいよね、最近。」
あんたが今までと違う事ばっかりするからだウスラトンカチ。
なんていう文句も言えないくらいに俺の頭は恥ずかしい、それでいっぱいだ。
空気に触れた胸に熱い舌がねっとりと這って、思わずビクッと肩が揺れた。今まで散々なぶられて敏感になったそこを指で転がされ舌で舐められ漏れ出てしまう声がまた恥ずかしく口に手を当てる。
「ふ、……っん、っう、んっ、……っぁ」
胸の突起を舐めながら、カカシが俺の顔を見上げるのが目の端に写って、俺は布団に目線を逸らした。もしカカシの今の目を見てしまったらきっとどうにかなってしまう。
胸にふっと息がかかって、こいつ俺のこと笑った? と少しだけむっときたけど恥ずかしさの方が今は強かった。
さっさと孔をほぐし始めれば良いものを、しつこくしつこく胸の突起を舐められて弄られて、だんだんと焦ったい気持ちが湧いてくる。
そんなところばかりじゃなくて、俺は早くカカシのが欲しいのに。
という思いが浮かんだのを認知した瞬間、俺はちらとカカシの顔を見てしまった。
ずっと俺を見つめていたのかその目と目が合って、そしてカカシは目を細めた。
「いつまで我慢してるのかなぁ、と思ったら、思いの外早かった。」
胸から口と手を離して下衣が下げられる。俺のそこはガチガチに勃っていてその先端はぬめりと濡れていた。そのぬめりを指でくるくると先端に広げて竿を握られ、「や、」と声が出てしまったがカカシはお構いなしに上下に扱き始める。
「あ、だ、めっ、……っいま、っは、……っあ、っく、」
直接的な刺激にぎゅっと目をつぶる。だめだ、こんな状態で、そんなこと、されたらすぐに、……っ!
あろうことかカカシは手だけでなくその先端を口に含んで舐め始めて、俺はいとも簡単に達してしまった。
そんなことさえも恥ずかしい、のに俺はカカシのものが入ってくることを期待しているなんて矛盾してる、そんなのおかしい、けどこの身体はカカシとのそれを求めてしまうようになってしまっている。
カカシは己の口の中の俺の迸りを指に垂らしていよいよ下衣をはだけて膝を曲げ、その中にぬるりと指を入れながら姿勢を変えて俺の顔にその顔を寄せる。右手の指を中にうずめながら左手は俺の頬を支えて、俺はどこを見たら良いのかわからず天井に視線を逸らしてその唇を受け入れる。
蕩けそうな熱い口内、敏感なところを撫で付ける指、絡み合う舌の気持ちよさが相まって恥ずかしい気持ちは少しずつ薄れて、頭のどこかが壊れたのか自らカカシの背に手を回し夢中になってその舌を絡めながら中の刺激にくぐもった声を上げた。
唇が離れる頃にはすっかり頭は蕩けていてぼんやりと紙に包まれた粉を口に含むカカシを見つめながら身を起こし、カカシの下衣をはだけて大きいそれに舌を這わせた。
「初々しいかと思ったら……随分と……」
愛しいものを扱うように舐めながら口に含み、その熱さと硬さにうっとりする。
通和散の用意はもう十分だろうにカカシもそれを受け入れ続けて、俺の唾液で濡れそぼったそれから口を離すと、俺は自らカカシの股に跨った。
だがカカシはそれをよしとしなかったようで俺はゆっくりと布団に倒されて、カカシの太ももに脚を乗せたままの状態ではぁ、はぁ、と息をしながらカカシを待っていた。
口から手に通和散を移したカカシもまた普段よりも荒い息をしながら孔にそれを添えるとぐっと押し込みながら前傾して俺を抱きしめようと手を回す。
「あ、……ぁ、カカシ、っはいっ、て、っあ、ぁ、カカ、」
「入って……じゃなくて、挿れてるの、サスケの中に」
「……っもっ、と、おく、まで……」
「……今度は欲しがり屋さんになったの? ……ちゃんと挿れてあげるから。」
「あっ、ん……っ!!」
それが俺の奥をぐっと突いた瞬間、身体中がびりびりと震えて、俺はまた達していた、事にも気がつかないまま始まった抽送にカカシの背中にしがみつきながらあまりの快感に自分が今何がどうなっているのかわからずカカシのそれに翻弄されて声を上げていた。
「あっ! あ、あっ、ぁあ゛! あっ、あ、あ゛ぅっ!!」
喘ぎながら、何か言った気がする、でもそれを考える前に次の突きが頭を真っ白にする。欲しかった、稚児のときは昼も夜も関係なくまぐわっていたせいか、今は夜のこの逢瀬でしかこうすることが出来ない鬱憤が弾けているかのように夢中になってカカシを全身で感じようとしているのだけはわかった。
「……っは、一回出す……っ」
カカシのその言葉が耳から脳に伝わっている頃には、カカシのそれは俺の奥で脈動していてじわっと温かいものが広がるのがわかった。俺はこれで終わらせたくないと言わんばかりに背に回した手に力を込める。
荒い息をしながら抱きしめ合って、俺は思いのまま今までに口にしたことがないことを言っていた。
「カカシ、カカシが好きだ、愛してる、ずっとこうして、いたい、カカシ……」
「……今度は甘えたがり? よしよし……ちゃんと今は一緒にいるでしょ。」
「……んなんじゃ、足りないもっとカカシと一緒にいたい、また、稚児に戻ったって良い、カカシと、居たいんだ……」
「そうだね、……俺もそう思うよ。でも明日はちゃんと勉強もしようね。」
「っでも、それじゃあ、紫になったら、もうカカシとは、そんなの嫌だ、カカシ……いやだ……」
駄々をこねるだなんていつぞやぶりだろうか。そのぐらい俺はカカシに依存してカカシのいない生活が苦痛でカカシと唯一二人きりになれる夜が来るのを待つばかりの日々で、それすらも無くなってしまったら俺は一体どうしたら良いんだ。
「あんまり紫を舐めちゃだめだよ、サスケ。俺が見てやっても少なくとも数年はかかる。その間はこうしていられるから、泣かないで。俺もサスケのこと愛してるから、紫になったときも……何か考えるから。」
泣かないの、と言われてはじめて俺は自分が涙をこぼしている事に気がついた。
「修行が足りないか? サスケ、俺のことばかり考えてる? ……それは嬉しいけどさ、昼と夜はちゃんと切り替えないとだめだよ。ちゃんと毎日夜はやってくるんだから。……さて」
「カカシ……?」
「二回目、しよっか。もう余計なことなんて考えさせないから。」
「……っあ、」
何回まぐわったのかも覚えていない、気がついたら朝だった。掛け布団を捲ったら、裸のままで、色んなところに赤い痕が残っている。
おぼろげな頭で、なんとなく思い出した。俺がカカシに乞うたんだ。カカシの痕を俺に残してと。
カカシの方に目を向けたら、目を細めながら俺を見つめていた。……いつから?
「おはよ、サスケ。……ところでこの後始末、どうしようね。」
カピカピとしたものがこびりついている腹、……水で絞った手拭いか何かで拭かなければ取れないだろう。が、僧侶の身分の俺が水の入った桶を取りに行く訳にもいかない。
顔を洗う場所はあるがあくまで顔を洗うだけで、身体まで清めるのは無理だ。
「一緒に身を清めに行くか、今日の予定は?」
「身を清めなければならない予定なんてないぞ……。」
僧侶になってしまったからには、階級毎に役割が全く異なる。俺には身を清めるような予定が降ってくる事はない。それにカカシの予定と俺の予定が合うなんて事はもう有り得ない。
「それは困ったな、なら俺だけが身を清めに行くとしようかな。」
……俺にこのまま過ごせと?
風呂に入るまで?
その風呂も、他の僧侶と一緒に入るというのに?
「して……身を清めるついでに桶に水を少し入れて持ってくるとするか。稚児が居ないというのは全く不便な事だ。」
……それなら、あのとき意地を張って半年後に俺を僧侶にするなどと言わなければよかったものを……。
別に僧侶になれたことが嬉しくない訳じゃない。父上も兄様も衣の色を見て我が事のように喜んでくれた。ここまで「飛ばし」てくれたことも感謝している。
けれどカカシと過ごしたあの日々は忘れ難く、何だかんだ言いながらも幸せだった。
それに気がつくのが今更だとは、確かに俺は修行が足りない。重要なのは「今、このとき」なのに、過去を悔やみ未来を嘆いて。……しっかりしなければ、カカシの一番弟子なのにこんな体たらくでは、カカシの名声にも影響する。
「愛する俺の愛弟子、身を清めている間は大人しく待っていられるね?」
「……愛玩動物のように言うのはやめろよ。……桶の水、頼んだ。布団でも畳みながら待っているから。」
カカシは手をひらひらとさせながら部屋から出て行った。
あと数年、毎日やってくる夜を大切に過ごそう。
もしかしたら、俺が紫になる頃にはカカシはもっと上にいるかもしれない。もっと上、それは即ち、ここと同程度の寺を任される位だ。
そうなると、もう一緒にいられない。
如何にこころが通っていようと物理的な距離には敵わないし、俺達には自分の意思で自由に歩き回れるような立場ではない。
駄々をこねたところでどうにもならない事はある。
経典は暗記している、けれどその教えに忠実に考え行動することの困難さをひしひしと感じていた。
問答に答えられたとて、それを実践できなければ意味がない。
そうして己を律しようとする反面、愛情というものはそれら全てを投げ打ってでも愛する人の傍に居たいと思ってしまうようだ。
この板挟みから解放される日は果たして来るのだろうか。


