カカシのメンタルとイチャパラ
へたれ攻と精神的スパダリ受が身体の関係になると逆転する現象に名前をつけたい
トラウマ全部載せみたいなカカシはメンタル極強キャラとしてスパダリ扱いされがちだけどこのキャラの本質って毎朝何時間も慰霊碑の前でうじうじしてたところだと思うのでスパダリとは正反対方向に行きがちになって冒頭に戻る。
過去のことをウジウジ悩むカカシにサスケが「いやあんたは俺らにとってはめっちゃ良い先生やが?」っていう子どもらしいまっすぐな言葉でカカシのトラウマをぶん殴っていくタイプの話を今までも何個か書いたけどどうしたってこういうこのふたりをかくのが好きで楽しいらしいと昨日の深夜に思ったりした。
イチャパラに関しての考察になるけどカカシはイチャパラを読む以外でエロ好きと思わせる表現はほとんどない、しかしながらBORUTOで「イチャパラはどんな本なんだ」って子どもたちが探るお話では大人の反応は「いやあれエロ小説だから」みたいな感じだった。でもあの自来也が書いた本でミナトは自来也の弟子で火影になっているわけで自来也の人生の哲学みたいなものが官能小説の中に滲み出ていたからこそカカシはイチャパラを持ち歩くほどハマっていて外伝ではイチャパラの聖地巡礼の時に涙を流すほど感動したのではないかという仮説が立つ。カカシが好きなのは官能小説ではなく自来也の考え方や人としての在り方やこうあるべきっていう意思が込められた小説だからこそ常に持ち歩くほどハマっていたのではないかという。
というのもいかにも腐女子らしい論理の飛躍があるのでこうだったらどうだ?みたいなものを書くしか脳はないんだけど、普通に考えて同じ本を常に持ち歩くって相当なことだからやっぱりカカシにとってイチャパラシリーズは単なる官能小説以上の価値が何かあったんだろうなと思ってはいる。
