想い続けた果てに
マダラは昔から何故か同性を好きになる傾向があった。後から思い返せば、初恋は中学の剣道の全国大会で一位を競った相手、江陽中学の千手。
初戦、マダラは負けた。奥歯を噛み締めながら礼をして仲間の元に戻り面を外した時、江陽中学の方に目をやると千手もまた面を外して仲間と笑い合っていた。その笑顔を見て、悔しさなど吹き飛んだ。
思えば中学に上がるまで、マダラの相手をまともに出来る奴はいなかった。千手だけが対等に渡り合い、そしてマダラは初めての敗北を味わった。しかし負けたのにその千手の顔を見ると不思議と悔しいとは思わなかった。それは自分が全力を尽くしたからでもあるし、千手の強さを認めたからでもあった。
垂に書かれた苗字しか知らない、そして相対した時の気迫と面を外した時の朗らかな笑顔のギャップ。
全国大会は年に2回しかない。それでもその年に2回の大会がマダラには待ち遠しかった。次は勝つ、と思いながら励む稽古ですら楽しく感じ、そして次の全国大会で勝ちをおさめたときに、面を外した千手がやはり朗らかに笑っていたのが印象に残っていた。
そのときに高鳴った胸に、見惚れてしまった目に、のちにそれが恋愛感情だったという自覚に繋がった。
高校に入ってからは父親の会社を継ぐための勉強に打ち込んだ。あらゆる資格を取り、経営だけでなく働く社員の現場について学び、しょっちゅう会社に出入りしては見学をさせてもらった。
「高校生なんて遊び盛りだろう?」
父は嬉しそうにしながらも交友関係もほとんど持たず会社を継ぐことを考えるマダラを心配した。
「俺が継いでから倒産させるわけにはいかないからな。」
そして大学を出て10年経ち、マダラは父の会社を受け継いだ。
社長、と呼ばれる立場になって何かとマダラに言い寄る女は増えた。だがマダラは女には全く興味がなかった。というのも、自分はもしかしたらLGBTQかもしれないと思って見てみたゲイビデオに興奮を覚えたからだ。
普通の男女のものは何を見てもどうとも思わなかったのに、男同士がするそれを見て、マダラのそれは勃っていた。そしてその時に夢想したのが、あの道着姿で朗らかに笑う顔しか知らないあの千手だった。
高校の名前と千手という苗字しか知らない奴とはもう会うこともないだろう。
だがマダラはいわゆるハッテンバなどには行かなかった。いずれ代表取締役として自社のWebサイトに顔が載るであろう自分がそんな場所に出入りするのは良いことではない。
マダラはあくまで会社のことを一番に考えていた。
一方で、自分で中に指を入れてそこを刺激する夜もあった。マダラと千手の勝負は4勝6敗、千手の方が強かった。そんな自分よりも強い男に抱かれたいと、いつからか考えるようになっていった。
30も半ばを過ぎたところで父はさっさと引退して社長の座に座ることになったマダラは、会社のために日々頭を悩ませ奔走する日々が始まった。
そんなマダラに転機が来たのは商工会議所主催の懇親会での事だ。
普段は無視している商工会議所の封筒だが、今回は一風変わった企画をするというからどんなものかと参加することにした。
行ってみると、普通は社名を名乗り名刺交換から始まるところを、敢えて社名も何もわからない状態で気の合う者と話をして、最後の最後で名刺交換をする事で気の合う者同士事業提携を進めたり協業しよう、という事らしい。
立食パーティ形式で始まったその懇親会で、マダラはカクテルをもらって壁の花になりながら他の参加者の様子を観察していた。そこに話しかけてきたのが、柱間だった。
「よかったら話さないか。俺の名は……ああ、苗字はまだ駄目だったな。柱間だ。」
「……マダラだ。そちらはどんな事業を?」
「事業の話など今はいいだろう、オレはマダラ、お前の事が知りたい。」
随分と馴れ馴れしく話しかけてくる奴だった。事業ではなく俺の事を聞きたいなどというのも違和感を覚える。
「まだ一杯目だろう、せっかくだ、もっと飲め。」
腕を引かれてバーカウンターに連れて行かれる。その腕を引く力の強さに驚いた。マダラも毎日筋トレはしているしジムにも通っている、それなりに強い自負があった。けれどこいつはマダラよりも……多分、強い、と思わせる力だった。
そう思った瞬間、マダラは身体がゾクゾクするのを感じた。
……この男とはあまり関わらない方がいい。
本能的にそれを感じて、新しく貰ったカクテルを手に部屋の中央へ向かっていった。誰か話し相手を見つけたら柱間とやらもどこかへ行くだろう。
と思っていたのはマダラだけだった。柱間という男はマダラについて回ってあれこれとプライベートなことばかり質問攻めにする。そして次から次へと酒を飲ませる。
いい加減酔いが回りそうになって柱間がすすめる酒を断り、ウーロン茶を注文する。赤い顔で名刺交換に入るわけにはいかない。
「トイレに行くからお前は別の奴と話してろ。」
柱間にそう告げて、マダラは懇親会の会場から出てトイレに向かった。
小用を足してため息をつく。少しでもアルコールを体外に出したかった。
それにしてもなんなんだ、あの男は。俺にばかり話しかけて、その内容もやれ女はいるのかとかどんな学生時代をとかプライベートなことばかり。
そう思いながら手を洗ってハンカチで手についた水を拭いていると、トイレの扉が開いた。視線を向けるとそこにいたのは柱間だった。
「ふたりきりか、ちょうど良い」
何がちょうど良いのかとマダラは明らかに顔を歪めて不快を表明するが柱間はそんなマダラのことなど気にもかけずトイレの戸を閉めた。
「お前、ノンケではないだろう。」
柱間の言う言葉に心臓が跳ねる。ノンケではない、つまりはゲイだと柱間は言った。そしてそれは当たっている。
「見当違いだ、そこをどけ。」
不快感を表す顔をそのままにトイレから出ようとするが柱間はその気はないらしかった。
「何のつもりだ。」
「せっかくこうして出会ったのだからやらんか。」
「……は?」
「俺はお前が気に入った、お前も気にいると思うぞ。」
腕を掴まれてトイレの個室に引き摺られていく。やはり柱間の方が力が強い。抵抗したもののあっけなく個室にふたり収まり、鍵をかけられる。
にやと口角を上げながら柱間はネクタイを緩めて外していく。扉側は完全に塞がれていて外に出るには柱間をどうにかしてどかさなければ無理だ。しかし。
「どけっ!」
肩関節を引き首を抑えつければ人体構造的に身体は傾く、はずがまず肩関節を引く、ということが抵抗が強すぎて敵わない。当然首にも力が及ばない。
「まあ待て、そう嫌がってくれるなマダラ。」
「気安く俺の名を口にするな……!」
手首を掴まれて、それを振り解こうともう一方の手を柱間の手にかけるとその両手首に素早くネクタイが巻かれる。意図を察知して暴れようとするが片手は完全にネクタイが結ばれた。そしてそのネクタイが巻かれていた手首を持っていた柱間の手がマダラのもう一方の手を掴みネクタイを巻いていく。
ぎゅ、とネクタイで締め付けられた両手首は巻き上げられてひとつにまとめられ、手での抵抗が封じられた。
肩を押されるとバランスを崩し蓋が開いた便座に尻をつく。その腰に柱間の手が伸びてベルトを外しスラックスのファスナーを下ろしていく。
「悪いようにはせん、見ておれ。」
「や、めっ……!」
マダラのそれを取り出し舐めながら見上げる目にゾクゾクとした。
マダラは女性経験は当然ない。男性経験もだ。フェラチオなど動画の中でしか見たことがない。しかし動画を見てそれが気持ちいいものだと知識としては知っていた。だが実際に口の粘膜の中で舌をねっとりと動かされ、裏筋を舐めながら口をすぼめて顔を動かされ、経験したことのなかったそれが堪らなく気持ちいい。どんどんマダラのそれが硬くなっていくのに柱間は満足気に笑う。
「悪くないだろう?ところで……。」
唾液で濡れたマダラのそれを手で扱きながら柱間はマダラのスラックスを脱がせていく。
「もしかして、はじめてか?」
マダラはカッと顔が熱くなるのを感じた。なんでそんなことがわかるんだ。唐突に言われて図星だと悟られぬよう表情を固くする余裕もなかった。
「……当たりか、そうか……」
下着とスラックスが下ろされた下半身、股の間にいる柱間に抵抗しようにもこの態勢では出来ない。
こういう事を、もしするとしたらその相手は千手しかいない、マダラはそう思い続けていた。そしてそれが敵わない事も理解していた。だから父には悪いが一生身の潔白を守り通すつもりでいた。
強い男に、敵わない相手に強引にされるシチュエーションが好きで何度もそういう動画を見て自慰をしたし憧れていた。でも実際にそれをするならば相手は千手以外にないと、思い続けてきた、のに。
股関節が動く。両脚が上げられて臀部が露わになった。ネクタイで結ばれた手で顔を隠しながら、ぎりと奥歯を噛む。
いつの間に取り出したのか、柱間はローションを手に垂らしてマダラのそれを扱きながら後ろの穴に指を添える。
「大丈夫だ、痛くはせん。むしろ良くしてやるからそう顔を固くするな。」
「手を縛り上げられ無理矢理こんな事をされてニコニコしている奴がどこにいる……!!」
「それもそうだな」
その瞬間の、柱間の笑った顔が、一瞬千住のあの笑顔とかぶる。
(え、……?)
しかしすぐに柱間は情欲に染まった目に変わり、その中に指を埋めた。
ぬるりと抵抗もなく入ってくる指は奥までの出入りを何度か繰り返してから、内側をにゅる、にゅる、と撫でつける。
そこが何なのか、マダラも知っていた。自慰でいつも刺激する場所、男のGスポットと呼ばれている、ぷっくりとした前立腺の裏側。
「……っ、指を、抜け……っ!」
「その反応……ここは知っておるのか。……ひとりではしているのだな?」
柱間の顔が妖艶に笑う。嘲笑されているように感じてマダラは睨みつけた。しかし中の指は徐々にそこを撫でる指の力を強くしていく。それが何をもたらすのかをマダラは知っている。だがこんな奴相手に、感じて声を出すなんて何が何でも嫌だった。
ネクタイで縛られた手首を顔の前に持ってきて顔を隠しながら奥歯を噛み締める。
気持ちいい、悔しい、が、生理的現象だ。気持ちいい、のはどうにもならない。それを悟られないよう、そんな表情を出さないことなら、出来るはずだ。
そんなマダラの様子を見て、柱間は愉しそうに口角を上げる。指の動きがぐんと早くなり、撫でるのではなくそこを集中的に突くような動きに変わった。突然始まった間断なく襲う強い快感に、マダラは思わず声を出していた。
「あ、あっ、あ!……っ!」
しまったと、思った時には既に遅く、そしてその快感はマダラを襲い続ける。中の感覚は無意識に思考を覆っていき抵抗も表情も何も考えられず込み上げてくる射精感を耐える事もできなかった。
「っあ、やっ、あ!っひ、あ、あっ、ああっ!」
ピクンと緊張する股間の中心から白い液体が飛び出し、ねっとりと柱間のシャツを汚す。きゅうと締め付ける中の柱間の指の形がくっきりとわかった。
イカされた。
射精して幾分か冷静になった頭が、恥じらいもなく声を晒した事実を受け入れるのに時間がかかった。涙が滲みそうになるのだけは堪えて、エロビデオの通りになるのであればこの後柱間は己のそれを、と思うとゾクゾクするのと同時に悔しさがやはり込み上げる。
千手以外の男に、今から無理矢理セックスをさせられる。そう思うと、長年抱いてきた恋心が打ち砕かれるような気持ちになった。
「良かったろう?もっと良くなるぞ?」
想像通りに柱間はマダラの腰を支えて熱いそれをそこにあてがう。マダラはぎゅっと目を瞑り歯を食いしばった。
ぬる、とやはり抵抗なく入ってくる。しかしそれは想像していたよりもずっと……太かった。
どんどん中に押し入ってくる。待て、どれだけ大きいんだ。どこまで奥に入ってくるんだ。
はじめて受け入れるそれは、慰めに使っている玩具と全然違って熱く、芯があって、そして大きかった。
力で敵わない男に、無理矢理、されて、射精まで、させられ、こんなにでかい……。
夢に見たかのような理想的なセックスだった。こんなふうに蹂躙されてされるがままに感じる自分を何度となく想像して自慰をしてきたそれが、今。
「……ん、緩くなったの。奥までいくぞ。」
ぐちゅ、と結合部が湿った音を立てる。ぐんっと「奥」を突いたそれはぐ、ぐ、と何度も奥を刺激する。
「……っ、あ、……っあ、あ、」
「奥も良いだろう?ここは自分では届くまい。」
その動きがゆっくりとした抽送に変わる。しつこく指で突いたそこをぐりっとなぞり奥まで突くその動きを、ゆっくりと少しずつ早くしていく。
尻の中のそのでかくて熱い塊がもたらす気持ちよさは想像を遥かに超えていて、理性を保とうとしながら奥を突かれる度に頭が真っ白になり、あそこをなぞられては喉が震えた。
「あっ!あっ、い、や、あっ!あ、ぁあっ!!」
「いや、じゃない、よな?気持ちいい、ほれ、言ってみ。」
「っき、もちい、いっ!だ、めだ、きもちいっ、っあああ!!」
「そうそう、素直が一番ぞ……」
マダラには思考する、ということがもう出来なかった。ただ柱間の律動に快感で全身が狂わされて言われるがままされるがまま喘いで、考える、という力が戻ってきたのは、柱間が動きを止めて奥に熱いものを迸らせた後だった。
いつの間にか、手首のネクタイがはずされていた。そんなことにも気が付かないほどに柱間とのセックスに夢中になっていたことを自覚して、あまりの恥に涙が滲みそうになる。
「名残惜しいがここまでだの。」
ずるりと抜けていく柱間のそれ。埋めるものがなくなった尻の穴がヒクヒクと疼く。
「ほら、良かっただろう」
服を整える柱間に、マダラは一言言うのが精一杯だった。
「……出ていけ」
そういう相手を作るとしたらあの男だけだと思い続けてきたマダラにとって、はじめてのセックスは夢に見たよりもずっと気持ちよく、そしてその相手が得体の知れない男である事が悔しかった。
それと同時に、自分よりも力の強い男にねじ伏せられる事に興奮してしまったのも事実だった。ずっとそれを夢に見てきたのだ。自分よりも屈強な者にヤられる自分を。だからこそ千手でもない柱間に対してマダラは無意識に本気の抵抗をする事ができなかった。
いや、もし本気で抵抗したとしてもあの腕力には敵わないだろう。それこそマダラが夢に見続けてきた憧れのセックスだった。嫌だやめろと言いながら、そうされる事をマダラは望んでいた。
相手が千手だったら。
何と思おうが、マダラははじめてを得体の知れない奴に奪われてそれが悔しくも気持ちよかったのは事実だ。
しばらく呆然と便器に座ったまま今のは夢だったのではないかと信じたかった。
しかしナカに感じるあの男の余韻が紛れもない現実だと知らしめる。
……こんな所、来るんじゃなかった。
探すまでもなくマダラの会社には日々色々な企業が営業に来る。敢えて懇親会なんかに足を向ける必要などなかった。
千手が目の前に現れるわけがない、だからマダラは一生そんな経験なんてするつもりはなかった。
それが、こんなことになるなんて。
……悔しい。
天井からアナウンスが聞こえる。名刺交換の時間になったらしい。
せめてあいつの会社名を確認してあわよくば会社ごと捻り潰してやろうと、マダラは服を整えてトイレから出た。
会場内に戻るとあちこちで名刺を差し出し頭を下げている。その中に柱間を探して、何もなかったようにおっさんと話をしているその腕を掴んで壁まで追いやった。
「あんな事をしておいて名乗りません、は通らねえぞ。」
「おお、勿論だ。名刺交換だろう。」
互いに名刺ケースから一枚取り出して、右手で差し出し左手で受け取る。こんな奴の名刺奪い取って眺める程度でちょうどいいくらいだが悲しいかな、相手が誰であろうと身体に染みついた習慣は変えられない。名刺入れの上に置いた柱間の名刺の、そこに書かれている名前を見て、マダラは目を疑った。
千手商会 代表取締役 千手 柱間
千手……柱間……?
「……お前、まさか、中学のとき剣道をやっていたか」
マダラの名刺を見て、柱間が笑う。
「そうだ、久しいな。俺と渡り合えたのは唯一お前だけだったぞ、マダラ。……いや、うちはコーポレーション代表取締役のうちはマダラ」
「お前はわかっていたのか、俺がうちはだと。」
「当然だ、マダラが面と手ぬぐいを外すまでオレはお前を見ていた。その特徴的な髪は変わらんなぁ。」
知っていて、柱間はマダラがあのときのうちはだと知っていて……馴れ馴れしく話しかけてきた挙句に……。
つまり、マダラの昔からの念願はついさっき、理想的な形で叶っていた。
しかし後からそれを知らされても遅い。
「……納得いかねえ……あれがはじめてなんて認めんぞ俺は。もっときちんと……。」
「ん、つまりそれはあれか、二回戦目があるということか?」
あの千手だった。
ずっと想い続けていた、俺に敗北の味を知らしめたあの。
こうして再会したからには逃さない。
「責任を取ってもらう、それだけだ。ホテルはとってあるのだろう、タクシー乗り場はどこだ。」
マダラに引っ張られながら、その耳が赤い事に気がついて、柱間はクスッと笑った。
「……つまり、マダラもオレと同じだった訳か。」
