闇に咲く

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全年齢,中編,原作軸,完結済み,カカサス小説シリアス,ほのぼの

 家に帰り窓辺を見ると、紫陽花の花が気持ち色あせているように見えた。近づいて見ると、鮮やかな青紫色だった紫陽花の色がやはり少し薄くなっている。もう、見納めか……。
 少しでもきれいなうちに、押し花にしてしまおう。サスケは一番鮮やかなところを丁寧に切り取って、ちゃぶ台の上にに重ねたティッシュの中央に花を置き、更にその上にティッシュを重ねて、最後に忍術書を三冊その上に置く。
 一週間くらいしたら出来上がっているだろう。三冊の忍術書が載ったちゃぶ台を脇に寄せて、布団を敷く。明日も朝早い。シャワーもカカシの家で済ませたから、あとは寝るだけだ。
 いつものせんべい布団に横になると、修行の疲れもあってすぐに眠りに落ちていった。
 
 翌日、朝の修行の後昼過ぎにいつもの集合場所に呼び出された七班の三人は、それぞれ紙を一枚手渡された。
 中忍選抜試験に三人を推薦したのだと言うカカシ。サスケは紙切れから顔を上げてカカシを見ると、カカシはニコッと笑う。
「大丈夫、今のお前らならやれると思ってるよ。でもま、どうするかは各自よく考えな。」
 ……まずは、中忍。
 サスケはもちろん挑戦するつもりだった。ナルトも「やってやるってばよ!」と腕を振り上げる。少し不安そうな顔をしていたのはサクラだ。
「サクラ、忍者は戦うだけが能じゃない、だろ?」
 それだけ声をかけると、肩に手を置いて、その場を去った。
 
 その後サスケは第四演習場に向かった。一株だけの紫陽花はまだ花を咲かせていて、でもやはり少し色あせていた。その代わり、傍らに咲いていた紫華鬘は活き活きと茎を伸ばして紫陽花の花の隣にその花を咲かせている。
 サスケは紫華鬘の花を手に取り、ひとつ選んでクナイで茎を切ると、独特な香りのするその花を家に持ち帰った。
 
 三冊の忍術書の隣に、もうひとつ本の山ができる。一週間後からは中忍選抜試験が始まる。その前に、このふたつの花をきれいな状態で押し花にしておきたかった。
 来年、また一緒に見れるとも限らない。中忍になれれば分隊長だ、今のスリーマンセルも解散しているかもしれないし、カカシがまだ担当上忍のままなのかもわからない。それでも、俺の隣にいてくれるのだろうか。俺に力を貸してくれるのだろうか。
 カカシの言葉を信じたい反面、立場が変わってもなお俺に「お前はひとりじゃない」と言ってくれるのか、わからなかった。
 だからせめて、このふたつの花だけでも一緒に。
 サスケはまた靴を履き、鍛錬のために外に出た。
 
 第一演習場は第十班、第二演習場は第八班、第三演習場は一期先輩にあたる第三班が使っていて、結局サスケは第四演習場まで戻ってきていた。午後三時、まだ日は高い。手にチャクラを集中させて雷をイメージする。写輪眼でなくても見えるその手のチャクラには時折バチチ、と小さな火花が散っていた。
 違う、こうじゃない。稲妻だ。空を駆ける一瞬の光。地面に落ちるその鋭さ。この手のチャクラを、雷に。
 バチィッ!
 一瞬光がはじけて、手に集中していたチャクラとともに消えていった。今のは……成功、か? 左手に痛みが走る。見てみると、手の甲が少し赤い。今ので火傷したようだった。
 そんなことはお構いなく、感覚を忘れないようにもう一度手にチャクラを集中させる。……が、雷のように光が走ったのは、その一回きりだった。
 
 気が付けば陽が落ち始めている。森に囲まれた第四演習場は一足早く夕闇が迫ってきていた。
 見納めにと紫陽花に目を向けると、もう暗闇に紛れかけている。隣に咲く紫華鬘に触れてその花の形を確かめた後、もう帰ろうと振り返るとそこにはカカシがいた。
「……なんでここに?」
「なんとなく。いるかなと思って。」
 足音を立てずに近づいてきてサスケの隣に並び、あの日と同じように紫陽花に目を向ける。
「中忍になれたら……今の七班がどう変わるのか、不安じゃない?」
 カカシは相変わらず、サスケの思考を読んでいるかのように話した。
 七班だけじゃない、カカシがどういう立場になるのかが知りたい。
「少なくとも俺は、お前の師であり続けるし、一緒にお前の隣を歩き続けるよ。言ったろ、もうお前はひとりじゃないって。」
 そう言いながら差し出された手をどうするか悩んだ。
 カカシは本当に何があっても隣にいてくれるんだろうか。俺を強くしてくれるんだろうか。
「お前がどうなろうと、俺のこの気持ちは変わらない。……だから試験では、遠慮せず実力を出し切っておいで。」
 濃い夕闇の中で、カカシがサスケの手を取って握りしめる。火傷したところが痛み、思わず手がぴくっと動いた。
「ん……手の甲、火傷してる? ……もしかして、成功した?」
「ああ、一瞬だけ、それっぽいのができた。……一回だけだ。」
「凄いじゃない。じゃあ明日からは左腕もバンテージ巻こう。」
 カカシは手の甲に触れないように手をつなぐ。サスケもその手を握り返した。
 信じよう、信じてみよう。
 カカシは隣にいてくれる。俺はもうひとりじゃない。
「来年も、咲いたら一緒に見たい。その次の年も、毎年カカシと一緒に。」
「うん、そうだね。」
 紫陽花は夕闇でもう見えなくなっていた。見えないだけで紫陽花はまだそこに咲いている。紫華鬘の花と一緒に。見えなくてもいい。そこに確かにあるんだから。
 
 一週間後。
 本の山をどかしてティッシュをゆっくりとると、きれいな押し花ができていた。
 ラベルの面をはがして薄くしておいた牛乳パックの上に花と茎、そして小さな葉を並べて、ティッシュを二枚にはがして分けたうちの一枚を上から載せると、中温に設定したアイロンを押し付ける。
 紫華鬘も同じようにアイロンを押し当てて。熱が冷めてから二つとも栞の形に切り取って、上部に穴を開けて青い紐を通し、キュッと結んだ。
 出来上がった二つの栞を本棚の上に載せて、重しにしていた忍術書も本棚の中に戻していく。
 本棚の上にふたつ並ぶ栞はそのまま使われることなく、サスケは中忍選抜試験の会場へ向かった。

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