いつか
愛情(side K)
俺はサスケへの想いを隠すことなく抱いた。俺の想いがサスケに伝わるように。何度も何度もサスケの名を呼んで、好きだと言って、強く抱きしめた。そしてサスケに視線で問いかけた。サスケも俺のことが好きなのかと。でもサスケはそんな俺の想いに応えようとはしてくれなかった。俺がサスケにまなざしを向けるとサスケは戸惑ったように視線を逸らした。抱きしめても抱きしめ返してはくれなかった。声をかけても返事は返って来なかった。それでも俺はサスケを愛した。いつかのようにサスケも俺に対する気持ちを向けてくれるようになると信じて、俺は俺の想いをサスケにぶつけ続けた。サスケはそんな俺の想いには目を向けず、ただセックスにのめりこむだけだった。
あの場所に行ってまで俺の気持ちを確かめようとしたのは、サスケも俺のことが好きだからなんだよね? 俺が好きだと言ったときにサスケが涙をこぼしたのは、俺を好きだったからなんだよね? そうなんでしょ、サスケ。だから俺は待つよ、サスケが俺の想いに応えてくれるまで。
けれどサスケは、一貫してセックスをするためだけに俺の家に通っているんだという姿勢を崩さなかった。それでも俺はサスケを愛し続けた。好きだと言い続けた。サスケの名を呼び続けた。キスをし続けた。でもサスケは、俺の想いに応えるどころか、俺の家に来なくなってしまった。
俺はまた勘違いをしていたんだろうか。サスケも俺に想いを寄せていると勝手に思い込んでいただけだったんだろうか。サスケは本当にただセックスだけがしたくて俺の家に通っていただけだったんだろうか。けれど少なくとも俺のことを嫌いではなかったはずだ。どうでもいいとも思っていなかったはずだ。俺はまた何か過ちを犯してしまっていたんだろうか。何かを間違ってしまっていたのだろうか。それとも、サスケには俺の想いが重すぎたんだろうか。
俺は久しぶりにサスケの家を訪れていた。気配を消して中の様子を伺うとサスケは自慰に耽っていた。小さな喘ぎ声と共に時折漏らす俺の名前。やっぱりサスケは俺のことが……いや違う、俺とのセックスが、好きなんだ。好きだったんだ。
きっといつか俺の想いに応えてくれる、そう思っていた自分を恥じた。サスケのこころはやっぱり俺の方を向いていなかった。またお互いにセックスだけに耽っていたあの頃に戻れないだろうか。サスケはもう俺と会ってはくれないんだろうか。任務中も演習中も、俺と二人きりにならないようになってしまった。俺はサスケと話し合いがしたかった。でもそんな機会はやってこなかった。そうして俺の家にサスケが来なくなって一週間が経ち、もうこのままサスケは俺に会いに来てくれることはないんだろうと思うようになった。そんな"いつか"は来ないと思っていたのに、現実は残酷だ。俺は最後にもう一度だけ、サスケの顔を見たかった。出来たら話をしたかった。どうして俺から離れていってしまったのか聞きたかった。
サスケの部屋の扉をノックして、反応を待つ。サスケは扉を開けてくれない。それでも俺は待った。一晩中でも待ち続けるつもりだった。サスケの気持ちが知りたくて、サスケの言葉が聞きたくて、たとえそれが俺を拒否する言葉だったとしても、何も言わず立ち去られるよりはましだった。
どれだけ時間が経っただろう、部屋の中の気配が動いて、玄関の扉が開かれる。俺は優しい笑顔を作ってサスケに話しかけた。
「……入ってもいい?」
歓迎されていない。それはわかってる。サスケは訝しげに俺を見つめる。
「……何の用だよ。」
「サスケに逢いたくなった。」
「それならもう用は終わっただろ。」
扉を閉めようとするサスケの隙をくぐって俺は玄関に入り込んだ。サスケの眉間に皺が寄る。そんなことはお構いなしに俺は俺の気持ちをサスケに伝える。
「顔見たら、抱きしめたくなった。」
「抱きしめたら、セックスしたくなるんだろ?」
「よくわかったね。」
「俺はもう、あんたと、セックスはしない。」
「……俺はもう、自分の気持ちに、蓋はしない。」
サスケを抱きしめようと伸ばした手は空を切った。俺はその手を見つめて、胸の前で握り締める。サスケから拒否されている。その現実が、重くのしかかった。
「ねえ、サスケ。サスケは俺のことが嫌いになったの?」
嫌いなら嫌いと、はっきり言ってよ。じゃないといつまでも期待してしまう。
サスケは何も答えてくれない。肯定も否定もしてくれない。もう、俺のことはどうでも良くなった?
「でもね、俺はサスケのことが好きなんだ。」
俺の気持ちは変わらない。波の国から、いやそれ以前から、サスケのことがずっと好きだった。
「サスケは俺のこと、どう思ってる?」
サスケは黙ったまま、視線すら合わせてくれない。
「サスケの声が、言葉が聞きたい。俺にとって不都合でも、かまわないから。」
嫌いなら、どうでもいいなら、それでもいい。サスケのことを諦められるから。
「……もう、俺に、会いに来るな。」
「どうして? もう俺が嫌い?」
サスケの言葉が胸に突き刺さる。やっぱりもう、俺たちの関係は終わってしまったんだね。
でも俺が知りたいのは、そういうことじゃない。
「俺はお前の気持ちが知りたい。」
お願いだから、はっきり言って俺を諦めさせてくれ。
「ねえ、教えて、聞かせてよ。サスケ。」
「……早く、出て行けよ。あんたに言うことは何もない。」
「嫌だね。サスケが応えてくれるまで、出て行かない。」
どうしてそんなに頑なに気持ちを出そうとしてくれないの。そうじゃないと、もしかして……そう、期待してしまう。
「……せめて、なんで教えてくれないのかくらいは、聞かせてよ。」
「俺はもうあんたに会わないし、セックスもしない。これが答えだ。」
「どうしてそう思うのかが聞きたいの。」
靴を脱いで部屋に上がった。小さな部屋の中央にいるサスケを正面から抱きしめる。嫌なら抵抗してよ。抵抗しないのなら……まだ俺への想いは残ってると、思ってしまうよ。
「上がってくるな。」
サスケは抵抗しなかった。ただ俺を言葉で拒否するだけで、抱きしめる腕を解こうとはしなかった。何も言わないのなら、それがサスケの答えだと俺は決めつける。来るなと言われても何度だって来る。それが嫌なら、ちゃんと教えて。はっきり言ってくれ。
「嫌だ。サスケの気持ちを聞くまで出て行かない。」
抱きしめる腕の力を強くすると、サスケはぽつりぽつりと話し始めた。
「もうあんたに振り回されるのはまっぴらだ。」
「……ごめん。もう態度を変えたりなんかしない。」
「もう俺たちはセフレに戻れない。だから終わりだ。」
「俺の気持ちは重かった?」
「あんたといると俺のこころはぐちゃぐちゃになる。」
「それってどういうこと? サスケはそれが嫌なの?」
「……嫌だ。もうこころを乱されたくない。」
「ならそうならないように抱く。」
「あんたが俺を好きでいる限り、それは無理だ。」
「俺たちの関係に、俺の想いはいらなかった?」
「昔の関係に戻したって、もう元には戻らない。」
「なんでそう思うの?」
「俺も変わってしまったから。」
「俺を嫌いになったから?」
「……嫌いには、なってない。」
「なら、好きになったってこと?」
サスケは何も言わなかった。否定しなかった。無言を貫いた。それはつまり、好きになった、そういうことだ。それなのに、俺を拒否するのはどうして?
「ねぇ、サスケ。サスケの口から、サスケの言葉で聞きたい。」
「俺から言うことは何もない。帰れ。」
「サスケが話してくれるまで、帰らない。」
しばらく押し問答が続いた。けれど俺はサスケを抱きしめて離さなかった。もちろん帰ろうともしなかった。
俺はサスケのことが知りたい。サスケの口から聞きたい、俺を好きでいてくれているのか。どうして俺とはもう会わないと考えるに至ったのか。じゃないと、納得できない。教えてくれるまで、何時間でも待つ。
そんな俺の態度に諦めたかのように、サスケがまた口を開いた。
「……俺はあんたが好きだ。でも、あんたとの関係はもう終わった。」
「今までの関係は終わりでいい、これからは恋人としてまた新しい関係を築こうよ。」
「言ったはずだ。俺はもうあんたとは会わない。」
「……好きなのに? どうして?」
サスケはまた押し黙る。でもそれを教えてくれないと俺はどうしたらいいのかわからない。サスケが何を望んでいるのかわからない。
もう俺たちは元の関係には戻れない。それは理解できた。でもお互いに好き同士だったら、気持ちが通じているんだったら、一緒にいたいと俺は思う。でもサスケは真逆のことを言う。まるで何かを恐れているかのように。
「俺は何があろうと、サスケが好きだし、サスケを愛するし、サスケを護る。だから俺と一緒にいてよ。俺を好きでいてくれてるのならなおさら。この約束は必ず守るから。」
サスケはまた黙って俯く。俯いたまま喋らない。
「……信じられない? どうしたら信じてくれる?」
俺は背を丸めてサスケの額にキスをする。何かが不安で、何かがこわくて、それでサスケがためらっているのなら、その何かを取り除きたい。そうすれば、俺たちは新しい一歩を踏み出せるはずだ。俺たちはお互いに好き同士なんだから。
「……俺が、好きになった人のために、してこなかったんだよな。」
抱きしめる腕の力を緩めて、その手をサスケの肩に置いた。
「キス、のこと?」
「俺はあんたを好きになった。」
いつかサスケが誰かを好きになった時のために、守り続けたファーストキス。
「……いいの?」
「証明しろ。あんたが本気なのか。あんたが言った言葉が本当なのか。」
サスケは委ねてくれた。サスケのために守り続けた大切なそれを。俺にその大切なはじめてをくれると。
俺は口布を下ろし、身をかがめた。サスケの目を見つめて、その唇をそっと重ねる。これは俺の誓いのキス。絶対に離さない。絶対に幸せにする。絶対に裏切らない。絶対に約束は、守る。
唇を離すと、サスケは俺の目を見つめた。
「……あんたを、信じる。信じてみる。」
「ありがとう……ちゃんと、大切にする。」
部屋の中で、もう一度サスケを抱きしめる。サスケも俺の背に腕を回して力を込めた。
「好きだ、サスケ。もう、俺から離れないで。」
「俺も好きだ。……カカシが、好きだ。」
手を繋いで、俺の家まで歩いた。
「ずっと好きだった。でもカカシは俺にそういうことは求めてないって思ってた。だから言えなかった。」
「俺は最初からずっと好きだったよ。好きで好きでたまらなくて、どんな感情でもいいからお前の気を引きたくて、波の国で……。」
「俺たちの間にはセックスしかないって、ずっとそう思ってた。あんたがセックスしかしなかったから、カカシにとって俺はそういう価値しかないんだって。なのに俺だけ好きになって、馬鹿みたいじゃないかって。」
「俺も……サスケと俺を繋ぎ止めてるのは、セックスだけだと思ってた。お前にとっては俺自身の事はどうでもいいんだと思ってた。」
「好きだっていう想いがどんどん膨らんで、でもあんたは俺をセフレとしてしか見てないんだと思うと苦しかった。」
「俺は寝言聞いたって言われたとき、ああ、終わったって思ったよ。でもお前が関係を続けてくれるって言ってくれたのが嬉しかった。」
「……結局、俺たちを繋ぎ止めてたのはセックスだったんだな。それがなければ、こうしてふたりで歩くこともきっとなかった。」
「もう、我慢することも、遠慮することも、悟られないようにすることも、しなくていいんだよね。」
「もう、いいだろ。遠慮なんてしなくたって。だってもう俺たちは……」
「うん、俺たちはもうお互いの気持ちを知ってる。」
「……俺はカカシが好きだ。あんたが俺の名を呼ぶたびに、俺もあんたの名を呼びたかった。」
「サスケ、俺もお前が好きだ。好きで好きで、どうにかなりそうなくらい。」
「知ってる。……あんたが開き直ってから、嫌ってくらい味わったから。」
「……嫌だった?」
「……嬉しかった。けど、……少し、困ったな。あんたの想いがあんまりにも激しかったから。」
玄関の鍵を開けて中に入る。靴を脱いで、また手を繋いで寝室に向かった。寝室の扉を閉めた瞬間、口布を下げてサスケの唇にそれを重ねて、口内に舌を差し込む。歯茎に沿って、唾液腺を刺激して、舌を絡めて、チュ、クチュ、と湿った音を漏らしながら何度もサスケの唇を奪う。
俺は馬鹿みたいに興奮しながら、サスケに問いかける。
「もう、何も遠慮しなくてもいい?」
「……好きにしろ。」
ずっとしたかった、けど我慢し続けたキスをしながら、サスケの服を脱がしてベッドに押し倒す。ゴムとローションをつけると、その指を後ろの穴に沈めていった。
「っあ、んっ……! ん、……んっ!」
唇は離さなかった。今までしてこなかった分を取り返すかのように。何度も何度も何度もキスをしては熱い息を吐く。サスケ以外もう何も見えない。胸の中の激情を解き放ってサスケへの想いを全てぶつけた。十分に指で慣らすと、ゆっくりとそれを沈めていく。キスの合間に漏れ出る吐息と声に興奮しながら、最奥までそれが届くと俺は唇を離した。お互いに荒い息を吐きながら見つめ合い、また自然に始まるキス。ゆっくりと腰を動かし始めると、サスケが声を漏らすのが愛おしい。
「サスケ、好きだ。……好きだ。」
俺は何度もこの言葉を口にした。そしてサスケの目を見つめながら激しく腰を打ち付ける。何度もいかせてその度に深く繋がりながら抱きしめ合ってキスをして好きだと言って、俺たちはお互いの愛情を確かめ合った。
サスケが好きだ。ずっと一緒にいたい。ずっとそばにいたい。たくさんキスをして繋がって抱きしめ合いたい。
今日からはそれが日常になる。俺は嬉しくてたまらなかった。