いつか

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成人向,長編,原作軸,完結済み,カカサス小説エロ,シリアス,モブサス描写有

”いつか”は来ないと思っていた(side S)

 カカシは俺を好きだと言った。けれど関係は変えないと言った。その言葉通りに昨日と変わらないセックスをする。でも少しだけ変わったことがあった。カカシがよく俺の名前を口にするようになった。名前を呼んで、その後に続く言葉をぐっとこらえているような。……きっと、好きだと言いたいんだろう。でもそれ以上は言わないのは、カカシが今の関係を崩したくないから。
 
 俺は多分カカシが好きだ、でも今の関係を続けるのであればこの想いは悟られてはいけない。今俺がカカシを見つめているこの目はカカシのように恋慕を秘めた目をしているんだろうか。カカシが俺の気持ちに気がついたらこの関係はどうなってしまうんだろうか。恋人に発展したとしてカカシはそれを望むだろうか。なあ、カカシ。俺もあんたが好きになったみたいだ。そう言えたら、心の内を打ち明けられたらどんなに胸がすっきりするだろう。でもきっと確実に何かは変わってしまう。カカシはそれを望んでくれるのだろうか。俺もだと抱きしめて好きだと言ってくれるだろうか。……でもカカシは俺を好きだけど、今のままの関係を続けたいと言った。セックスをするだけの関係でいたいと言った。だからそれ以上は俺も踏み込むことはできない。俺たちは毎日求め合う、ただそれだけの関係。そこに恋だの愛だのはない。ふたりとも両想いで恋人として愛し合う、そんな"いつか"は来ないと思っていた。俺に出来るのは、この関係に縋り付くことだけだった。

「だめだ、ここじゃ……」
「声出さなきゃ大丈夫」
「んなことできな……ぁっ」
「静かに」
「んっ、……っ、ふ、」
「もう挿れていい?」
「ぁっ、はぁっ、はぁっ、っぁ、」
「しー……」
「はぁっ、はっ、はっ、ぁっ、はっ、……っく」
「もう出すね」
「っ! う、く、んっ、ん、はっ、はっ、っぁ……!!」
「はぁっ……サスケ……」
「っん、はぁっ、はあっ、……っ」
「……サスケ。……サスケ……もう、戻るよ。」
「っは……、わかってる……。」

 ……こんな事ばかりして、いつかバレちまうんじゃねえか、と言ったら幻術を使う用意はいつでも出来てると言われた。俺たちは任務中でも相変わらず隙を見つけてはセックスをしていた。カカシが求めてくるのは嫌じゃなかった。むしろ嬉しかった。でもそうまでしてセックスをしたがるほど、本当にカカシの性欲は強いんだろうか。それとも、俺が好きだからカカシはセックスをしたがるのだろうか。
「なぁ、あんたは俺があんたを好きだと言っても今の関係を変えないつもりなのか。」
 そう聞きたい。知りたい。でも俺は今以上の何を望んでるって言うんだ。何を求めてるって言うんだ。今のままでも十分じゃないか。毎日のようにセックスして、抱きしめ合って、名前を呼ばれて、それだけでも幸せじゃないか。それじゃだめなのか。気持ちを伝えることはそんなに重要なことなんだろうか。ただ俺がすっきりするだけで、きっと何も変わらないのに。俺はこれ以上の何を求めてるんだ。

「サスケ……」
 今日もやっぱり名前を呼ぶだけで言葉を止める。別にいいのに。好きだって言ったって。俺はもう知ってるんだから。けれどきっと、名前を呼ばれるたびに好きだと言われたら俺はもっとカカシのことが好きになる。好きだと、想われていると言葉で聞いて実感してしまったら、俺のこの想いはきっと強くなる。
 カカシはそれがわかっているから言わないんだろうか。それとも今の関係を崩したくないから言わないんだろうか。自分だけが好きだとばかり言っても馬鹿みたいだと、俺がかつて思っていたのと同じように考えているんだろうか。
 カカシは今のままの関係を望んでる。だから俺も今まで通りにカカシと接する。だけど俺の仕草が、視線が、カカシを好きだと言ってしまっていないか、それだけは心配だった。もしカカシにそれについて聞かれたら俺はどうしたらいい。正直に話すのか、はぐらかすのか、それとも嘘をつくのか。……俺を好きだと正直に打ち明けてくれたカカシに嘘はつきたくない。だとしたら、俺も正直に言うしかない。そうならないためには、カカシと接する時俺は自分を律してこの想いが漏れ出ないようにしなければいけない。カカシのことが好きだから。そのカカシが今のままの関係を望んでいるから。俺はその望みを叶えたいから。だからいつかカカシがしていたように、セックスが終わったら務めて淡白に後処理をして服を着込んでカカシの家を出ていく。本当は抱きしめ合ってキスをしてまた明日とでも言ってカカシの元を去りたい。でもだめだ、そんなことを続けていたら俺の気持ちが持たない。
 
 それなのに逢瀬を重ねる度に強くなっていくこの気持ちをどうすればいいのかわからなかった。カカシは相変わらずセックスをしながら何度も俺の名前を口にする。その言葉の裏にあるカカシの想いを考えるたびに俺もあんたが好きだと言いたくなる。カカシはもう何も隠そうとせず全身で俺を好きだと表現するようになった。その熱い視線を感じながら、抱きしめられる腕の強さを感じながら、俺はいつも俺の中の衝動と戦っていた。
 もういい加減、良いんじゃないのか。俺の気持ちを知ったって、きっとカカシは今のままの関係を望むだろう。そう思う俺もいる。いや、きっと今の関係からは変わってしまうと思う俺もいる。変わってしまったところで、きっとそれは俺たちにとって良い方に向かうんじゃないだろうか。そう思いたい俺もいる。いつしか俺はカカシが俺の名前を呼ぶたびに、俺もカカシの名前を口にするようになっていた。俺もあんたのことが。そう想いを込めて。けれど情事が終われば、俺はさっさと身支度を整えてカカシの家を出て行く。それが俺なりの線引きだった。そうすることでしかカカシの望む関係を維持し続けることは出来なかった。セックスに耽るだけの関係でいるためには、そうする以外なかった。そうでないと、この想いはきっと溢れ出てしまうから。

 だけどその日、カカシはついに口にした。奥深く繋がりながら、抱きしめ合いながら。
「サスケ……好きだ、好きだ……」
 それを聞いた瞬間、その言葉が脳に届いた瞬間、俺は自分の中から溢れ出る想いをせき止めることが出来なくて、涙がぽろぽろ零れ落ちた。強く抱きしめられているから見られてはいない。けれど涙は止まらない。好きだ。好きなんだ。俺もあんたが好きだ。全裸で抱き合っている俺はその涙を拭く術がなかった。抱きしめる腕を緩めたとき、涙をこぼす俺を見てカカシはどう思うだろう。どう感じるだろう。それが怖くて、俺はカカシを抱きしめる腕を決して緩めなかった。けれど溢れ出る涙は止まらなくて、カカシの背中にその雫が落ちる。カカシの身体がピク、と動いた。
「……サスケ?」
 困惑の色を浮かべながらカカシが俺に話しかける。けど今答えたら、きっと涙をこぼしていることがバレてしまう。
「……目に、ゴミが、入ったみたいだ。」
 ベタな嘘だなと思う。そんなこと言ったら、カカシはそのゴミを取り除こうとするかもしれない。俺の顔を伺おうと腕を緩めるカカシとは逆に、俺はカカシの首にしがみついた。しばらく静かな攻防が続いて、頑なに顔を見せない俺にカカシはついに諦めたようだった。
「……ごめんね、変なこと言って。」
 ああ、カカシにはもうバレている。俺が涙をこぼしていることが。その涙の理由が、カカシが「好きだ」と漏らしたことだということも。でもカカシは別の意味でそれを捉えていた。
「もう、言わない。ごめん。だからお願いだから、今の関係をこのまま続けさせて……。」
 再びギュッと力を込めた腕は震えていた。違う、嫌だったんじゃない、俺は嬉しかったんだ。
「俺も、このままの関係でいたい。このまま……。」
 このままカカシが望んだ関係を、続けたい。変えたくない。
「うん、わかってる。ごめんね。……動くよ。」
 その言葉を皮切りに、俺たちはまた貪り合うようなセックスに没頭していった。
 けれどこの日、カカシの中で何かが変わってしまったらしい。それ以来カカシは俺の名を呼ぶことはなくなった。俺もカカシの名を口にすることはなくなった。元に戻った、とも言える。カカシが俺に告白する前の俺たちに。
 これで良かったんだと俺は自分に言い聞かせた。でもカカシが俺の名を口にしなくなったことで、カカシの気持ちが俺から離れてしまったのではとも思った。どっちだっていい。今の関係が続くのであれば、それだけで良い。カカシが俺に想いを寄せなくなったって、セックスに耽るこの時間だけはカカシは俺を見ている。俺の方を向いている。それだけで良いんだ俺は。この関係がずっと続きさえすれば。カカシがそれを望んでさえいてくれれば。それだけで俺のこころは満たされるんだ。そうだったはずだ。そうだったはずなのに。カカシからの激しい恋慕を、愛情を、感じなくなって不安に駆られた。カカシはもう俺のことが好きじゃないのかもしれない。本当に元の、セックスに耽るだけの関係に戻ってしまったのかもしれない。だとしたら、俺の抱いているカカシへのこの想いはもう実ることはない。毎日のように抱かれながら、でもカカシはもう俺を性欲処理の相手としか見ていないんだという思いがよぎると、虚しさで頭がどうにかなりそうになる。
 なあ、あんたはまだ俺が好きなのか? それとももうどうでもいいのか?
 それを確認する方法を俺は知っていた。でももうそれはしたくなかった。カカシを裏切るような真似はしたくなかった。でも、もしカカシのこころがもう俺から離れているんだとしたら、きっとカカシは俺がそれをしたとしても何とも思わないだろう。それを思い知らされるのも嫌だった。

 それなのに、いつか通っていた出会茶屋の扉の前で、俺は立ち止まる。俺がそれをしたとして、どう転んでも良い方には向かわない。わかっているのに、確かめたくなってしまう。ドアノブに手をかけた。その瞬間、俺の肩に大きな手が置かれた。振り向かなくたってわかる。カカシの手だ。
「……なんで、ここにいるの?」
 カカシは静かに俺に問いかける。俺はどう答えたら良いのかわからない。カカシはどう思ってるだろうか。嫉妬してくれているだろうか。苛立ってくれているだろうか。それとも呆れているだろうか。俺に、愛想を尽かせてしまっただろうか。
 何も答えない俺の手を、カカシが握る。
「……ともかく、話し合いが必要みたいだね。」
 俺は俯きながらカカシに手を引かれて歩く。やがて辿り着いたカカシの家。俺たちはダイニングテーブルに向かい合って座る。
「……それで、あそこに行こうと思ったのはどうして?」
 俺は答えない。答えられない。
「……また、俺じゃ満足できなくなった?」
「違う、そうじゃない……。」
「なら、どうして? 俺の嫌がることがしたかった? 俺に嫌われたくなった?」
「違う、そんなこと……思ってない。」
「サスケ。」
 カカシは俺の顔をじっと見つめる。俺は俯いたまま顔を上げられない。
「正直に、聞かせて。どんなことでも良いから。正直に話して。怒ったりしないから。」
「……話せること、なら。」
「俺とのセックスが嫌になった?」
「なって、ない。」
「俺のことが嫌いになった?」
「なって、ない。」
「何をしたくてあそこに行ったの?」
「確かめたくて……。」
「何を?」
「それは、……言えない。」
「また他の男とするつもりだった?」
「……わからない。」
「でもあそこは、そういう場所でしょ?」
「確かめたかった、本当に、それだけだ。」
「何をそんなに……」
「あんたは、まだ、俺との関係を……続けたいと、思ってるのか。」
「……もちろん。」
「何のために? 性欲処理のため?」
「……違う。」
「じゃあ、なんで。」
「……サスケは嫌かもしれないけど、俺はサスケのことが、好きだから。」
「……じゃ、ない……」
「……何? 聞こえない。」
「嫌、じゃ、ない……。嫌じゃ、なかった。」
「でも、じゃあ……あのとき、サスケはなんで……」
「もう、いい。この話はもう、終わりだ。」
「ちょっと待ってよ。じゃあ、サスケが確かめたかったことって」
「終わりだって、言ってんだろ。」
「俺がサスケのことを、好きかどうかってこと?」
「もう何も答えねえぞ。」
 カカシは立ち上がって、俺の隣まで歩いてきた。そして膝立ちになって、椅子に座る俺を強く抱きしめる。
「……サスケ、好きだ。好きだ。ごめん。俺のせいだったんだね。……ごめん。」
 違う、カカシが謝ることじゃない。俺があんたを好きになってしまったのが悪いんだ。好きになってしまったから、勝手に嬉しがって、勝手に不安になって、そして最低な方法で、あんたを試そうとした、俺が全部、悪いんだ。謝らなければいけないのは、俺なんだ。
 好きになってごめん。ごめん。ごめんなさい。
 もうこんなことしないから。もうあんたを傷つけるようなことはしないから。もうあんたへの気持ちは表に出さないから。
 ごめん。好きになって、ごめん。

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