いつか
追いかけて(side S)
俺はどうしてカカシの家に通い続けているんだろうか。どうして他の二人がいるのに隠れてするほどセックスしてばかりなんだろうか。
何人かの男とやって知ったのはワンナイトであってもピロートークというかフィードバックのような話をするということだった。例えばどこが気持ちいいとかもっとこうしてとかコミュニケーションがあるわけだけど俺とカカシの間にはそんなものはない。ただカカシは全部お見通しとばかりに俺の気持ちいいポイントを欲しいタイミングで刺激してくるしもっと激しくして欲しいと思えばもうすでに激しく動き始めていたりする。会話なんて必要ないということだろうか、それとも俺とコミュニケーションを取るつもりはないということだろうか。単にセックスをするだけの間柄だから余計なものはいらないと、そういうことなんだろうか。
でも俺は見知らぬ誰かに抱かれた後腕枕に頭をのせて「よかったよ」と言われるのが好きだった。性欲だけでなく心も満たされるような気がするからだ。本来のセックスは愛の営みであるはずだから、単に性欲処理して終わりではなくこころと身体を使った双方のコミュニケーションがあるべき姿じゃないんだろうかと感じ始めている。
だとしたら今のカカシとの関係は何なんだ。セフレってセックスフレンドだろ。友達だろ。友達ならもっとくだらない話したり一緒に団子屋行ったり笑い合ったりするもんだろ。
なのにカカシは何も言わない。セックス以外の事は本当に何もしない。
出会茶屋に通っているのがバレてしつこく他の男とやるなとは言ってきたけど、俺を引き止めるために後を追うほどの執着ではなかったのだから、その程度なんだろう。カカシにとって俺はセックスさえできればどうだっていいんだ。ただの性欲の捌け口でしかない。俺もカカシとのセックス自体は好きだ。あの俺に関心のなさそうなカカシがセックスのときだけは俺だけを見ていて俺に興奮していて俺を気持ちよくさせようとしてくれる。俺はカカシを独占しているような気分になってそれが心地いい。
しつこく会うなと言われたところでもっと嫌がらせをしてやろうと思い、いつもパックンが来る時間帯に敢えて外出をした。場所は出会茶屋。俺はあんたの性欲処理するだけの人間じゃないんだと思い知らせて幻滅させてやろうと思った。
繁華街から外れたところにあるそこは男性専門の出会茶屋で、つまり男同士がやる為に集う場所だ。いつものように入り口を抜けて台帳に名前と時間を記すとちょっとした喫茶スペースに座って声をかけられるのを待つ。
日中だからかほとんど人はいなかった。知り合い同士らしい二人組が奥の部屋に入っていくのを見届けると入り口のドアが開く。目をやるとそこにはカカシがいた。……パックンを使って追跡してきたんだろうか。
カカシは俺の姿を認めると台帳に記入して真っ先に俺のところへ来た。
「俺への嫌がらせ?」
カカシは静かに俺に話しかける。でも知ったことじゃない。
「あんたとはやんねえぞ」
一刻の沈黙の後、カカシがまた口を開く。
「また俺以外とするつもり?」
「そのためにわざわざここまで来たんじゃねえか。」
「なんでそういうことをするの。」
「さぁな。」
いつもカカシがしているように俺もはぐらかす。
するとカカシは俺の手首を掴んで奥の部屋に引っ張って行こうとした。すかさず受付スタッフが駆け寄ってくる。
「お客様、当店ではあくまで合意の方にしか奥を利用させられません。」
「ほら見ろ。あんたとはしないと言っただろ。離せ。」
「でもそのままだとまた知らない奴とやるんでしょ。やめてよって何回も言ったのになんでお前はそうなの。」
「言っただろ、いつどこで何しようが俺の自由だ。」
「……俺だけじゃ満足できないってこと?」
「ああ、そうだな。」
「なら今から満足させる。だから行くよ。」
スタッフは会話を聞いてそういう仲だと判断したんだろう、黙って受付に戻って行った。
「セックスしか頭にないあんたには出来ねえよ。」
「どういうこと?」
「教えてやる義理はない。手首離せ。」
カカシは黙って掴んでいた手首の力を緩めた。
「教えてよ、どうしたらお前を満足させられるの。」
テーブルの向かい側にカカシが座る。話し合いをしたいらしい。それに応えるかどうか考えたが、いい加減セックスだけをしにカカシの家に通うのもどうかと思っていたところだった。ここで話し合いをして俺の求めていることとカカシが求めていることに相違があればそれでこの関係は終わりでもいい。
「セックスは本来何のためにするものだと思う。」
カカシの目を見て話しかける。カカシも真剣に俺の話を聞く。
「子どもを作るため……それにコミュニケーション、……愛情の発露、確認。あとは性欲処理。」
「それであんたのするセックスはどれだ。」
「……性欲処理。」
「そうだよな、俺たちのセックスはただの性欲処理だな。」
「サスケが求めてるのは違うってこと?」
「平たく言えばそうだ。なあ、ここで俺がどんなセックスしてるか聞かせてやろうか。」
「……聞きたくない。けど単なる性欲処理だけじゃない何かがあるってことね。」
「そういうことだ、わかっただろ。性欲処理しか頭にないあんたはもう帰れ。」
「……嫌だね。お前が他のやつとやるなんで考えたくもない。……話はわかった。ちゃんとサスケを満足させる。今日駄目だったら愛想つかされても構わない。だから俺にチャンスをくれ。満足できたら、もう他の男とやらないで。」
奥の部屋に入るとカカシが手を引いて俺をプレイマットの上に誘導する。
「自分で脱ぐ? 脱がせてもいい?」
カカシからそんな言葉を聞くのははじめてだ。コミュニケーションを取ろうとしているんだろうか。
「自分で脱ぐ。」
シャツを脱いでズボンに手をかけているとカカシも自分で脱ぎ始める。
二人とも全裸になるとカカシは俺を抱き上げてマットに静かに仰向けにした。
「顔見ながらしたいから。」
その俺の上にカカシが覆い被さる。額にキスをして耳、首、鎖骨と頭が下がって行く。そのくすぐったい刺激で中心が芯を持ち始めた。
「なあ、なんであんたは口にはキスしないんだ。」
「……サスケが将来好きになった人のために残してるの。」
……いつもそれ以上のことをしてるのに? やることやってるくせに変なところでロマンチストなんだな。
カカシの手が俺のそれをローションのついた手で扱き始める。
「っん、……っ」
「気持ちいい? ほら勃ってきた。」
「は……きもち、いい……」
「指、挿れるよ。」
もう片方の手が後ろの穴に回る。くにくにと穴周辺をマッサージしてからぬるりと指が入ってきた。ゆっくりと分け入るように入ってきたその指はあの気持ちいいところを指の腹で優しく撫でる。
「っぁ、……っ、んっ……」
奥まで入ってはそこを刺激しながら出て行く指は2本、3本と増えていき、少しずつそこへの刺激も強くなっていく。
「あっ、ん、はぁっ、っあ、ぅあ、んっ!」
首筋にキスをしていたカカシが顔を上げて俺を見る。興奮の色が滲むその表情に胸が高鳴った。今まではこうしてセックス中に目を合わせることすら稀だった。
「中……だいぶ慣れたけど、挿れていい?」
「んっ、挿れて、……っあ、カカシの……っ」
指がそろっと抜けていきカカシが後ろの穴にそれをあてがう。ゆっくりとその大きいものが中を埋めていくのを息を吐きながら見届けた。カカシはそれを奥まで挿れるとふう、と息を吐いて体勢を変えて俺に覆い被さり、腕を背に回して俺を抱きしめた。
「……カカシ?」
戸惑う俺は抱きしめたまま動かないカカシに話しかけるが返事がない。はじめての体位……というか深く奥まで挿れられたまま、カカシに抱きしめられているという状況に頭が追いつかない。今、カカシと深く繋がってると、そう感じる。カカシはそのままゆっくりと腰を動かし始めた。
「っあ、んっ、は、ぁあっ! カカ、んぅっ!」
何故だろう、こうして抱かれているとこころが満たされるような思いがする。俺もカカシの背中に腕を回して力を込めた。抱きしめ合いながらゆっくりとした抽送が続く。
「……俺は、これが好き。」
「えっ? あっ、なにっ、んっ! あ、あっ!」
好き? 好きって聞こえたのは気のせい? 好きならなんで今までしなかったんだ?
抽送が徐々に早くなっていく。その動きに合わせて俺は喘ぐ。
「……サスケ、もっと激しくしてもいい?」
「ぅあっ、んっ! もっと、あっ! 激しくっ」
カカシは名残惜しそうに背中に回した腕を離して俺の腰に手を添えると腰の動きをぐんと早くした。いつものカカシだ、と思ったらその視線が俺に向いていてドキッとする。なんで今日はこんなに俺の顔見るんだ、俺の目を見るんだ。わからないまま、気持ち良くて揺すぶられるまま喘ぐばかりで俺の疑問も溶けていく。
「はぁっ、気持ちいい……サスケは?」
激しく揺すぶられながらも言われた言葉は耳にちゃんと残っていた。カカシが気持ちいいって言った? 俺にも聞いてきた? 何か答えないと、と思うのに今は「あ」とか「う」とかしか口から出せそうにない。そんな俺の困惑を読み取ったのかカカシの動きがゆっくりになる。
「はぁっ、あっ、は……、ぁっ、はぁっ……」
「聞こえた? サスケも気持ちいい?」
「はぁっ、気持ち、いいっ、んっ、……っあ」
荒い息を吐きながらカカシは俺の額にキスを落とす。
「……よかった、また激しくしていい?」
「……好きに、しろ」
「やだ。ちゃんと、サスケがどうしたいのか聞きたい。知りたい。」
まっすぐに俺を見るカカシの目線が熱い。まるで本当に愛の営みをしているかのような、そんな目でカカシは俺を見ている。今までこんなことは一度もなかった。こんなふうに見られたことは。
「……っ、……はげ、しく……の方が……」
「ん、わかった。」
カカシはまた額にキスをしてから腰に手を添えて俺を激しく揺すぶり始める。ああ、いつものカカシのセックスだ。少しほっとしている自分がいた。戸惑うことも思い悩むことも何もなくただこのセックスに没頭したい。……だから俺は、カカシの家に通って……。
「あっ、あああっ! あ、あっ、ああああっ! カカッ……! いく、い、あ、あああっ!!」
ビクンと身体が痙攣する。俺の頭は真っ白になって、ビク、ビク、と震える。カカシのそれが奥で止まり、その手が俺の髪をさらっと撫でる。愛おしそうなこの顔をしているのは本当にあのカカシなのか。誰かが変化した偽物なんじゃないのか。そう思うくらい、今日のカカシは変だ。俺が出会茶屋にいたから? 他の男としようとしてたから? カカシじゃ満足できないと言ったから? 俺に執着して? それとも嫉妬して? それにしたって、こんなにも変わるものなのか。
どうせまた激しく抱き潰されるんだろうと思っていたのに。カカシには愛の営みなんて理解もできないだろうなと思っていたのに。今日のカカシはまるで恋人とするそれのように視線が熱くて、深く繋がったまま抱きしめられて、そうするのが好きだと言って。カカシにとって俺はただの性欲処理の相手だったはずだ。それが何でこんなにも態度が豹変する? わけがわからない。
思い悩む頭とは裏腹にこころは充足感で満ちていた。奥深くに入ったままずっとこうしていたい。また抱きしめてほしい。……本当はキスだってしたい。もしこれからずっと今日みたいなセックスが続くのだとしたら、毎日のようにこんなにも熱い目で見られ続けたら、……俺はもう、元のセフレ関係には戻れなくなるかもしれない。
「……時間制、だったっけ……。」
カカシが呟いた。何のことかと思ったら、店のシステムだ。ここで長い時間過ごせば過ごすほど会計は高くなる。
「まあ、いいか。今日は俺が出すよ。」
カカシが俺の背を支えて上半身を起こし、対面座位になってまた抱きしめられる。奥でまだ繋がったまま、少しずつまた腰を動かし始める。そういえばカカシはまだいってない。
「んっ、あ、あっ! は、んぅっ、あっ」
抱きしめる腕の強さに何か想いを感じるのは気のせいだろうか。それともカカシは「こういうセックスもできる」というだけの話なんだろうか。カカシの背に腕を回してカカシの体温を感じる。胸の鼓動を感じる。馬鹿みたいに早鐘を打ちやがって。……まあ、激しい運動してるんだから早くもなるか。
俺もカカシのタイミングに合わせて腰を動かして、またセックスの深みに没頭していった。
「満足、できた?」
あれからまた2回いって多幸感でふわふわしている思考にカカシの声が入ってくる。俺は何も言わず頷いた。
「……よかった。どうされるのが一番好き?」
「奥に入ったままぎゅって……」
「……それ俺も好き。」
カカシの方を見るとウェットティッシュで汚れたところを拭いている。
「好きなら何で今まで……」
またいつものカカシに戻ったのか、俺と目を合わせない。でも今ちゃんとこうして会話をしてるわけだから、セックスして終わり、ではなかった。
「……しちゃうと、本気になるかもしれないから。」
「え?」
「だって困るでしょ、サスケ。俺がお前を好きになっちゃうとさ。」
困る? 困る、のかもしれない。でも好意を寄せられること自体は別に何とも思わない。
ただそうなるともうセフレとしてカカシと会うのは……やめる、だろう。俺にその気がないのにセフレとしてセックスするのは、きっとカカシがつらいだろうから。
「俺はさ、身体だけじゃなくて心まで深く繋がれたって思うんだよ。そんな抱き方ばかりしてたら、俺単純だからさ、お前を好きになっちゃうかもしれない。」
人を好きになることがそんなにいけないことなんだろうか。カカシはそんなことよりも酷いことを一足飛びで俺にしたくせに、変なところを気にする。
ただ奥に入ったまま抱きしめられたときのことを思い出すと、確かに俺も何かが変わってしまうかもしれないと思った。俺は今までのカカシとの関係を望んでいる? それとも毎回今日みたいなセックスがしたい? もしそれで俺かカカシのどちらかの何かが変わってしまったら、一体どうなる? カカシはどうしたいんだ?
「カカシが俺を好きになっても俺は困らないけど……あんただろ、困るのは。」
カカシはだんまりを決め込んだ。無言で渡されたウェットティッシュで俺もセックスの痕跡を拭き取っていった。