いつか
”いつか”は来ないと思っていた(side K)
俺が告白してからもサスケは毎日俺の家に来てくれた。
最初の内こそ遠慮していたけれど、いつからか俺はもうサスケへの想いを隠すことをしなくなった。サスケの顔をずっと見ていたい。その目を見つめていたい。声が聞きたい。だからたくさん話しかける。俺にとってサスケは大切なんだ、好きなんだ、そういう気持ちを伏せることをしなくなった。そしていつからかサスケも、俺が呼びかけたら俺の名前を口にしてくれるようになった。その目はまるで俺を好きだと言っているような気がして、いやそれは俺にとって都合のいい勘違いだと思い直して、でも抱きしめ合うときのサスケの腕の力は確かに今までよりも強くて、俺は俺の想いがサスケに伝わってるんだと勝手に思っていた。
約束した関係は崩さない。だけどその関係は少しだけ、だけど確かに変わっていた。俺がサスケと呼びかければサスケはカカシと俺の名を呼んでくれる。それが嬉しくて俺は何度もサスケの名前を口にする。ただ「好きだ」とだけは言わないように、それだけは気を付けて、俺たちは毎晩深く繋がって抱きしめ合い、名前を呼び合った。こんなに幸せなことがあるだろうか。
ねえ、サスケ、お前ももしかして俺のこと。そう聞いて確かめたい衝動に駆られてしまうのも無理はない、そうでしょ?でもそれは言わない。好きだと言わないのと同じように、今のこの幸せな関係を崩したくはないから。もし俺の早とちりの勘違いだったとき、サスケのこころが離れてしまわないか心配だったから。
でも、もしもサスケも俺のことを想ってくれているのなら。何度そんな想像をしただろうか。もしそうなら、きっと今の関係は終わって俺たちは恋人同士として新しい関係をスタートさせることになる。サスケはその変化を好むだろうか、嫌うだろうか。お互いに好き同士なら、こころを通わせているのであれば、きっと一緒に前へ進む道を選んでくれる。俺はそう信じたかった。
けれど、そう俺に思わせるような熱いセックスをしているにもかかわらず、情事の後サスケはまるで用済みと言わんばかりに何も言わずに淡々とセックスの痕跡を拭き取って服を着込んで黙って俺の家から出ていってしまう。サスケにとって俺は、俺は本当にセックスをするだけの相手なのか?そんな不安に駆られる。それともいつかの俺がそうだったように、敢えてそうすることでこれ以上踏み込まないようにしているんだろうか。
俺の告白を聞かなかったことにすると言ったサスケ。俺と激しく愛し合うかのような熱いセックスをするサスケ。セックスの後何も言わず淡々と家を出ていくサスケ。サスケの本当の気持ちは一体何なんだ。お前にとっての俺は一体何なんだ。お前にとって俺とのセックスは何なんだ。いつかサスケが俺に同じことを聞いた時、俺は「セフレだから」と誤魔化した。サスケに同じように聞いてもきっと同じ答えが返ってくるだけだ。……因果応報、とはいえ、こんなにもこころをかき乱されるなんて。
ただ何にしてもサスケの意思表示は明確だった。「セフレという今の関係は崩さない」。でもサスケが今の関係の継続を望んでいることは、少なくとも俺にとって悪いことではなかった。サスケが俺から離れていく、そんな"いつか"は来ないと思っていた。サスケの想いを尊重している限り、少なくともサスケは俺とのセックスは好きで、俺とセックスしている時は夢中で求め合うのだから、何かがあったとしてもセックスが俺たちを繋ぎとめてくれると信じていた。だから言わない。言えない。サスケが好きだとはもう、俺は言えない。言うことで何か根幹が変わってしまいそうで。サスケの求める俺ではいられなくなってしまうようで。そうなったら本当にもう、俺は用済みだ。
でもそんな激しく求め合うセックスも長くは続かなかった。いつからだろう。サスケはあの情熱的な目で俺を見なくなった。俺の名を呼ぶ頻度も減っていった。そしてセックスが終わればさっさと出て行く。なぜ?一時期のあのサスケの熱い視線は何だったの?何度も俺の名を呼んでくれたのは?……俺は何か、サスケに何かをしてしまったんだろうか。それともサスケの俺への気持ちは、もう冷めてしまったんだろうか。
でもサスケはこの関係自体をやめようとは思っていないようだった。それだけが救いだった。けれどそんなセックスをする日々が続いて、俺はもう期待することを諦めた。サスケのこころは俺の方を向いていないんだと思うことにした。その方が良い。変に期待してしまうよりも、そう考えた方が思い悩む必要もなくて気が楽だ。元からサスケは俺の気持ちには興味がないんだから、一時期の情熱的なセックスはきっと俺のぶつける熱に影響されてしまっていただけなんだろう。俺たちはただのセフレだ。その関係の中に恋や愛は必要ない。それ以上のことは、求めない。
そう決意したのに気がつけば俺はサスケの名を口にしている。サスケから何も返ってこなくても、俺はサスケの名前を呼び続ける。その後に「好きだ」と続けたいのをぐっと我慢する。そのたびにサスケは何か物言いたげな顔をして、結局何も口にしない。何を考えているの。何が言いたいの。何を伝えようとしたの。また、俺の名を言おうとしてくれてたの。どうして何も言ってくれないの。聞きたいけど聞けなかった。俺はサスケを抱く度に強くなるサスケヘの想いを、ただただぶつけた。そうすれば、またサスケが応えてくれるようになるかもしれないと思って。
それなのに、そんなセックスをしてばかりだったからだろうか。俺はタブーを犯してしまった。深く繋がりながら、抱きしめ合いながら、俺はとうとう言ってしまった。
「サスケ……好きだ、好きだ……」
やってしまった。言ってしまった。サスケは俺を抱きしめながら何も言わなかった。何も言わないまま俺を抱きしめる腕の力を強くする。けれど俺の背中に温かい液体がこぼれ落ちてきて、俺はサスケが泣いている事に気がついた。
「……サスケ?」
なんで泣いているの。なんで何も言わないの。
俺がお前に好意を寄せていることが、もしかしてそんなに嫌だった?
「……目に、ゴミが、入ったみたいだ。」
そんな嘘をつかなけれないけないほど、俺に伝えたくないのか。ねえ、サスケ。教えてよ。なんでお前は泣いてるの。腕の力を緩めてサスケの肩に手を置こうとする。でもサスケは俺の首にしがみついたまま離そうとしなかった。俺に顔も見せてくれないの。……サスケにとって俺の好意は、そんなにも、嫌だったの。
「……ごめんね、変なこと言って。」
好きだなんて言わなければよかった。これだけは言わないと自分で決めていたのに、繋がりならが抱きしめていたら、想いが溢れて止まらなくなって言葉に出してしまっていた。サスケは、俺のサスケへの告白を聞かなかったことにすると言ったにもかかわらず、俺は自分の想いをサスケにぶつけ続けてしまった。挙句の果てに、好きだとまで。サスケは何も言わなかったけれど、サスケはきっとそれが嫌だったんだ。俺の口から好きだなんて聞きたくなかったんだ。サスケにとって俺は、ただのセフレだから。
「もう、言わない。ごめん。だからお願いだから、今の関係をこのまま続けさせて……。」
サスケを繋ぎ留めたい。俺はサスケが何も言わないのを良いことに、独りよがりな俺の気持ちを押し付け続けていた。でもサスケはそれを望んでいなかった。俺の想いは俺とのセックスに必要ないものだった。
「俺も、このままの関係でいたい。このまま……。」
「うん、わかってる。ごめんね。……動くよ。」
俺は今言った言葉を誤魔化すように腰を打ち付ける。サスケはいつものように喘いで、どんどん激しいセックスをしていく。俺たちはまた貪り合うようなセックスに没頭していった。ただ、俺はもう俺の気持ちをサスケにぶつけることはやめた。サスケが求めるセックスをすると決めた。自分の気持ちはもう表に出さないと決めた。告白する前のセックスに戻った。俺の想いは実ることはない。だからせめて、この関係がずっと続くように。俺たちはただのセフレで、それ以上でもそれ以下でもない。
そうすることでサスケは満足するだろうと思っていた。けれど現実は逆だった。いつもの時間にサスケが訪れず、嫌な予感がしてパックンに追跡させたら。サスケはあの出会茶屋の前にいた。サスケは少し立ち止まって考えこんで、そして意を決したようにそのドアノブに手をかける。扉を開ける前に、俺はサスケの肩に手を置いた。
「……なんで、ここにいるの?」
静かに問いかけた。サスケは俯いて黙り込む。俺はいつまで経っても何も答えないサスケの手を握った。
「……ともかく、話し合いが必要みたいだね。」
サスケの手を引いて歩くと、サスケは素直に着いてきた。顔は俯いたまま。家に帰ってきて、俺たちはテーブルをはさんで向かい合わせに座る。
「……それで、あそこに行こうと思ったのはどうして?」
サスケは俯いたまま答えない。
「……また、俺じゃ満足できなくなった?」
「違う、そうじゃない……。」
その言葉を聞いて、少しだけ、少しだけほっとした。
でも、それなのにサスケは出会茶屋に入ろうとしていた。
俺とのセックスに満足したのならもう行かないでと言って、サスケもちゃんとその通りにしてくれていた。まだ俺に足りないものがあるのだろうか。それとも俺への気持ちが何か変わってしまったのだろうか。……そうだとしたら、きっと俺のせいだ。俺があのとき、サスケが好きだと言ってしまったから。
「正直に、聞かせて。どんなことでも良いから。正直に話して。怒ったりしないから。」
静かに、優しく声をかける。俺の何がだめだったのか教えてくれ。何だってかまわないから。
「……話せること、なら。」
サスケはぽつりと答えた。答えてくれた。
俺は言葉を選びながらサスケに問いかける。
「俺とのセックスが嫌になった?」
「なって、ない。」
「俺のことが嫌いになった?」
「なって、ない。」
「何をしたくてあそこに行ったの?」
「確かめたくて……。」
「何を?」
「それは、……言えない。」
サスケは肝心なところだけは答えてくれなかった。何を確かめたかったの。あそこでなきゃ確かめられなかったの。どうやって、確かめようとしていたの。
「また他の男とするつもりだった?」
「……わからない。」
「でもあそこは、そういう場所でしょ?」
「確かめたかった、本当に、それだけだ。」
「何をそんなに……」
サスケは何かを確かめようとした。あの場所に行けばそれが出来るとサスケは考えていた。でも具体的にどうしようとは思っていなかった。一体何を確かめたかったんだ。考え込んでいたら、サスケが口を開いた。
「あんたは、まだ、俺との関係を……続けたいと、思ってるのか。」
「……もちろん。」
そのためだったら何だってする。繋がり続けるためだったら。
「何のために? 性欲処理のため?」
「……違う。」
「じゃあ、なんで。」
俺は本当のことを言うべきか悩んだ。でももうサスケを誤魔化すようなことはしたくなかった。嘘もつきたくなかった。これを言ったら、もしかしたらサスケの気持ちは俺から離れてしまうかもしれない。けれどきちんともう一度伝えなければいけない。
「……サスケは嫌かもしれないけど、俺はサスケのことが、好きだから。」
サスケは俯いたまま、蚊の鳴くような声で言う。
「……じゃ、ない……」
「……何? 聞こえない。」
俺はテーブルに身を乗り出してサスケの声を聞こうとする。
「嫌、じゃ、ない……。嫌じゃ、なかった。」
「でも、じゃあ……あのとき、サスケはなんで……」
俺が好きだと言ったとき、確かにサスケは泣いていた。そんなにも俺が口走った言葉が嫌だったのかと俺は思った。だから俺の想いを表に出すのはやめた。でも違っていた?嫌じゃなかったのなら、ということは、逆、だった?俺はとんでもない勘違いをしていたのか?
サスケは俯いたまま。さらに視線を落とす。
「もう、いい。この話はもう、終わりだ。」
「ちょっと待ってよ。じゃあ、サスケが確かめたかったことって」
「終わりだって、言ってんだろ。」
「俺がサスケのことを、好きかどうかってこと?」
「もう何も答えねえぞ。」
サスケのこの言い方は、肯定だ。俺が俺の想いを出さなくなったから、俺がサスケとの接し方を変えたから。サスケは俺の気持ちがわからなくなってあそこへ行った。そうすることで俺がどんな反応を示すのかを確かめるために。俺がまだサスケのことが好きなのかを確かめるために。
俺は立ち上がってサスケの隣に立つと、膝立ちになって椅子に座るサスケを強く抱きしめる。
「……サスケ、好きだ。好きだ。ごめん。俺のせいだったんだね。……ごめん。」
俺はサスケが俺の気持ちをなかったことにしようとしたんだと思っていた。けれどあの情熱的なセックスはやっぱりサスケの本当の想いを映していたんだ。きっと俺と同じように、それ以上踏み込まないようにしていたんだ。
サスケは、俺がサスケを好きなことに抵抗は持っていない。それにもしかしたら、サスケも俺のことが好きなのかもしれない。
サスケの言葉を聞きたい。サスケの口から聞きたい。サスケは俺のことをどう思っているのか。